決意を新たに
遅くなりました!
よろしくお願いします。
その後フラフラと歩いているところで通りかかったハウスメイドさんに声をかけられサロンまで案内された。サロンの扉を開けるとライリーがお茶とお菓子を楽しんでいるのが見えた。先ほどのパーティーでもそこそこ食べていたはずなのによく食べられるわね。
そう思うとくすっと笑いがこぼれた。そのライリーの隣で朗らかに談笑するお母様と公爵夫人。その笑顔を見ながらスゥっと心が冷えていくのが分かった。
そう言えばアレックス様との婚約を受けなさいと最初に言ったのはお母様だったわね。伯爵夫人として家のためにしたことなんだろうけど、それなら下手にごまかさないで伯爵家の為に結婚してくれと言われた方がまだマシだった。
「あら、ベル遅かったわね」
どんな顔をして声をかけたらいいのか分からず入り口で立ち止まっているとお母様がこちらに気づいて声をかけてきた。私は慌てて笑顔を貼り付けて平静を装って答えた。
「アレックス様を部屋まで送り届けた後、公爵邸の素晴らしさに目を奪われていたら迷ってしまいましたの」
「ベルったらうっかりさんねぇ」
「屋敷を気に入っていただけて良かったわ、べルティーナさん。アレックスのこと、手間をかけさせてしまって悪かったわね」
「いえ、婚約者として当然ですわ」
何事もなかったように話をしているけれど、この笑顔の裏に思惑が広がっていると思ったら吐き気がしてくる。でも今はただこの場をやり過ごさないと。混乱している頭を整理するためには時間が必要だった。
それにしてもアレックス様相手に気持ちを隠して笑顔を貼り付けてきたあの苦行がここで役に立つとは思わなかった。心の中はかなり動揺しているけれど、うまく笑顔を作ることができていると思う。
そうこうしているうちにお父様たちが戻ってきた。
「あら、お話は終わりましたの?」
「ああ、待たせてしまったね。そろそろ行こうか」
お父様の言葉に頷くと私たちは玄関へと向かった。パーティーが始まる前と今とでは正反対の気持ちで私は廊下を歩いた。廊下に敷かれたふかふかの絨毯も飾られた見事な調度品も今は何の魅力も感じない。始まる前にはこの屋敷に住みたいとさえ思っていたのに、いくら外観が素晴らしくても謀略策略が渦巻くところなんて頼まれたってご免だ。
私は周りに悟られないように小さくため息を吐いた。
その後公爵様と公爵夫人に見送られて馬車に乗り込んだ私たちは屋敷に向けて出発した。お父様は公爵様とのお話がうまくいって機嫌がいいからかとても饒舌になっていて、お母様も笑顔で頷いている。ライリーはというと馬車に乗り込むなり寝てしまった。楽しそうにしていたけどやっぱり気が張っていたのだろう。糸がぷつんと切れるように寝入ってしまった。それに乗じて私も寝たふりをすることにした。この至近距離でお父様とお母様をどんな顔をして見たらいいのか分からなかったから。
屋敷についてからも私は疲れたからとそそくさと部屋に向かった。パタンと部屋の扉を閉じてふぅーっと長く息を吐いた。玄関から私についてきてくれていたマリーに着替えを手伝ってもらいながら堅苦しいドレスと一緒にこの重苦しい現実も脱ぎ落してしまえたらどんなに楽か。そんなことを考えながら普段着のドレスに袖を通した。
その時コンコンとノックをする音がしてお母様が入ってきた。お母様はマリーを下がらせるとベッドに腰掛け、私に隣に座るように促してきた。
「お母様どうされたのです?」
「ベル、何か言いたいことがあるんじゃない?」
「え・・・・・どういう意味、ですか?」
話があると言って来たのはお母様の方なのに。きょとんとしていた私はハッと背筋を伸ばしたもしかして・・・・・私が真実を知ってしまったことに気が付いたのかしら?私は背中に冷や汗をかきながら笑顔を作った。もう、この作り笑顔これ何回目?いい加減表情筋がつりそうだわ。
「お母様に隠し事などありませんわ」
「・・・・・・・そう、分かったわ。ごめんなさいね、疲れているのに」
良かった。何とかごまかせたみたい。
お母様は少しだけ淋しそうな顔をしてから部屋を出て行った。バタンと閉められる扉を眺めながら私はまたフゥとため息を吐いてそのままベッドに倒れこむ。ふと窓の外を見ると太陽は傾いてきているものの、まだ明るい。
まだ寝るには早すぎるわよね。今日のこと、これからのこと、考えるべきことはたくさんあるし。その思いとは裏腹に瞼は重くなっていく。必死に考えようとするものの結局そのまま寝入ってしまった。
・・・・・・・・・・
あの地獄のような婚約披露パーティーから数日。あれから色々考えて頭を整理した結果、やっぱり婚約破棄してもらうのが一番だという結論に達した。
前世では次に発作が起きたら終わりという言わば死の宣告を両親の喧嘩を通して間接的に知ることになった。今世でも実は愛人付きの政略結婚で私以外みんな知っているという事実をお父様たちの密談で間接的に知った。前世が肉体の死なら今世は心の死。前世は死んであの両親から逃げられたけど、今世はそうはいかない。いくら心が死のうともアレックス様との地獄の生活は続いていく。むしろ今世の方がたちが悪い気がする。
それにしても、この二つの死を間接的に知らせるなんて、私をこの世界に転生させた神様はよほど私のことが嫌いらしい。
それでも今世には前世にはなかった起死回生の一手がある。要は逃げればいいのだ。逃げ切ることができたらこの地獄から解放される。その事実だけでも救いというものだ。
昨日は思わぬ形でお父様たちの思惑を知ってしまったために困惑してしまったけど、そもそも私たちは貴族。謀略策略を張り巡らすのなんて当たり前。それにお父様は私の為に治癒の魔鉱石を製品化したいと言っていた。完全なる打算ではなく一応は私のことを想っての縁談なのだ。ショックを受けていないと言えばウソになるけど、貴族として当然のことと思えば理解はできる。
だけど騙されて望まぬ縁談を進められるやり方は納得できない。こんなこと、私のためなんかであるはずがない。だから、逃げられる可能性があるなら全力で逃げ切ってやろうじゃない!ということで婚約破棄というゴールは変えないことにした。とは言っても今までと同じ方法じゃダメだ。
まあその方法はおいおい考えるとして、とりあえずは明日に迫ったハートウェル侯爵令嬢とのお茶会に向けて心の準備をすることにした。




