婚約披露パーティー 5
前話の続きです。
その後の会場は囁きあう人、事の成り行きを見守る人、好奇の視線を向ける人など異様な雰囲気に包まれていた。
アレックス様はいつ倒れてもおかしくないような顔をしているけど、私は気づかない振りをしてそのまま腕を絡めた。近づくだけで私の方が吐きそうになるけど、公爵令嬢に見せつけるためにはこの方がいい。とは言えずっとくっついてるのは私にとっても中々の苦行で、表情を維持できなくなってきたところで傍観者に転じていたグレースが助け舟を出してくれた。
「べルティーナ様、アレックス様はご気分が優れないようですので、椅子をご準備して差し上げたらよろしいのでは?」
「は?何言ってるの?休憩室に連れて行った方が・・・・」
公爵令嬢がもっともな反論をしてきたがそうはいかない。そんなことをしたら続きができなくなってしまうじゃない。私の運命はここにかかっているのよ!近づくだけで吐き気がするような、生理的に受け付けない人と一生を共にするなんて冗談じゃないわ!
「そうね!それがいいわ!ねえ、あなた。椅子を2脚持ってきてくださる?」
公爵令嬢の言葉を遮るように両手をパンっと叩いてそう言うと、近くにいたハウスメイドに声をかけた。立食パーティーだから椅子は用意していない。休む場合は休憩室を使えばいいのだから。でもアレックス様の婚約者に言われてしまっては従うしかないようだった。
少ししてハウスメイドが持ってきてくれた椅子にアレックス様を座らせ、その隣に私も当然のように座った。
私が「アルたん大丈夫?」「何か飲み物いる?」と声をかけ続けている様子を公爵令嬢はただ見つめてくるだけだった。むしろ言いたいことは山ほどあるけど言葉が見つからないという感じだった。
その間にも私はハウスメイドたちに「濡れたタオルを持ってきて」「アレックス様の為にお水を用意して」と次々と指示を飛ばした。そのおかげで私たちの周りでハウスメイドが常にバタバタと動き回っているというさらに異様な光景が広がっていた。
本日の主役の一人とは言え、まだ嫁いでもいない家でパーティーを台無しにして好き勝手にしているのだ。もしかしたらアレックス様や公爵令嬢がどうこう言ってくる前にウェールズ公爵家から婚約破棄を突き付けられるかもしれない。まあ、今回のことでそこまではいかないかもしれないけど、いい印象は持たれていないだろう。アレックス様が婚約破棄したいと言い出した時に止められる可能性は低くなったはずだ。
そう思ってちらりと公爵様と公爵夫人を見てみると特段気にした様子はなく、それぞれ交流を楽しんでいるようだった。意外に思っているとふと公爵夫人が話している相手に目が留まった。
あれ?公爵夫人が話しているのは・・・・ノルマンディ公爵夫人?しかもかなり親しそう。派閥違いで仲が良くないのは当主だけなのかしら?それとも主催者として表面上仲良くしているだけ?まあ、どっちでもいいわ、とこの時の私は気にも留めなかった。
その後パーティーは異様な雰囲気に包まれたまま幕を閉じ、招待客はパラパラと帰っていった。アレックス様は何とか気力を振り絞って私と並んで招待客を見送っていた。お世辞にも顔色がいいとは言えない状態だったが最後の方は最早意地だったと思う。公爵家嫡男としてみっともない姿は見せられないと頑張ったのだろう。ちょっと悪いことしちゃったかな。
招待客のいなくなった会場はハウスメイドたちが片づけを始めたので、私たちはサロンに移動することにした。うちの両親も公爵様たちもその場では何か言ってくることは無かった。この後何か言われるのかしら?それを狙っていたとはいえ実際に言われるかもしれないと思うと動悸が止まらない。ドキドキと心臓の鼓動を感じながらサロンまで大人しくついて行った。
サロンに着くと公爵様達の向かい側に私たち家族が座り、お互いに顔を見合わせる形になった。私の目の前にはアレックス様が座っていて、相変わらず死んだ魚のような目で俯いている。好きな人の前で格好悪い姿を晒してしまっただけでなく、その様子を招待客にばっちり見られていたのだから。そのダメージは相当だろう。
一体どんなお叱りを受けるのだろうかと思って構えていたから、公爵様のフゥというため息にもビクッと反応してしまった。恐る恐る公爵様の顔を見るとその表情に思わず固まってしまった。
予想と反してとてもにこやかだったから。いや、笑っているように見せかけて実は目が笑っていないとか?笑うしかないほど怒っていますーみたいな?背中にだらだらと冷や汗をかきながら公爵様の言葉を待っていると、存外に優しい口調で語りかけられた。
「べルティーナ嬢、今日はご苦労だったね。良いパーティーだったよ」
「へ?」
驚きのあまり変な声を出してしまった。顔も相当変な顔をしていることだろう。そんな私の様子に気づかないのか私とアレックス様を置いてけぼりにして皆が楽しそうに話し始めた。
「それにしてもアレックスが甘いものをあんなに食べているところは初めて見たな」
「べルティーナさんから頂くものは特別ということですよ、あなた」
「私たちも二人の仲良さそうな様子を見ながら安心しました。アレックス殿のような素晴らしい人と出会えて娘は幸せ者です」
「本当ですわね。べルティーナの為に苦手なものまで口にしてくださる方なんて、そうはいませんわ」
「私たちの方こそ、アレックスを介抱してくださるべルティーナさんを見て嬉しく思いましたわ!アレックスは自分の気持ちを面に出すのが苦手ですから、それを汲み取って下さるべルティーナさんのような方に出会えて幸せ者ですわ。使用人への支持も的確で、侍女長も感心しておりましたのよ」
「姉さまとアレックス様とても素敵でした!僕もお二人のようになりたいです!」
「来年まで待たずにすぐに式を挙げてしまってもいいくらいだな」
「まあ、あなたったら。国王陛下の予定もございますのよ。早くべルティーナさんに来てほしいからって無理を言ってはいけませんわ」
ハハハと朗らかな笑い声がサロンに響く。
え・・・・いやいやいやいや。違うでしょ!!!!
そこは何てことをしてくれたんだって怒るところでしょ!怒られるのを怖がっていたくせに褒められたら嫌とか矛盾してるのはよぉーく分かってるけど、でもそうじゃないのよぉー!!
アレックス様もどうして何も言わないの?!この女のせいで大変だったんですって!こんな人と結婚なんかできませんって!!!
そう思ってアレックス様を見ると相変わらず魂の抜けたような顔をしていて、話ができそうな様子ではなかった。まあそこまで追い込んだのは私だけども!ここはあなたに頑張ってもらわないといけないのよ!
自分でも滅茶苦茶なことを考えているのは分かっているけど、このままだと婚約破棄どころかさっさと結婚させられてしまいそうだ。しかも結婚式には国王陛下もいらっしゃるらしい。それも聞いてないんだけど。自分のことなのに知らないこと多すぎない?私。
私まで魂が飛んでいきそうな思いをしながらも、楽しそうに盛り上がる公爵様たちを見ながら異議を唱える勇気など無かった。というよりあまりにも予想外すぎて状況について行けず言葉が出てこない。
そのまま少し談笑を続けた後、公爵様とお父様だけでお話をするということで書斎へと場所を移動していった。私たちはそのままサロンに残っていたけど、公爵夫人にアレックス様を部屋まで送ってあげてほしいと言われ渋々私たちもサロンを出た。
まあ、アレックス様をこんな状態にしたのは私だけど、部屋まで連れて行くなら侍女で良くない?と思いながらもアレックス様と共に部屋まで向かった。もっとも私はアレックス様の部屋がどこにあるか分からないからただついて行くだけだけど。倒れた時に支えるなんて私の力じゃ無理だからせいぜい人を呼ぶくらいよね。そう思いながら広い廊下を歩いていくといきなりピタッとアレックス様が止まった。どうやら部屋に着いたらしい。
でもなぜか入ろうとしない。顔を覗いてみると相変わらずの顔色の悪さで。扉を開ける力も残ってないのかしら?怪訝に思いながら扉を開けようとした時、いきなり手首をつかまれた。驚いてアレックス様を見上げると先ほどまでの死にそうな顔ではなく、どこか焦ったような顔をしている。
「べルティーナ嬢、ここまでで結構です。サロンまでの戻り方は分かりますね?」
「え、ええ」
よほど見られたくないものが部屋にあるのか、早く去ってほしいという思いがバシバシ伝わってきた。嫌いな人の部屋なんて見たくもないけど、そんなに隠そうとされると好奇心がくすぐられる。かと言って駄々をこねたところで中に入るのは無理そうだ。有無を言わさぬ雰囲気でサロンに戻れというアレックス様の言葉に素直に従うことにして私はその場を離れた。
随分と歩いたところで聞こえたバタンと扉の閉まる音。私が完全に離れるまで待っていたらしい。よほど警戒しているみたいね、まあ当然だけど。私に弱みを握られたら次に何をされるか分からないものね。
そう思いながらサロンに向かって歩いていたはずが一向に着かない。あれ、曲がるところを間違えたかしら?ウソ、私、迷子?でも迷子と言っても屋敷の中だし、うろうろしてたらそのうち着けるわよね。
楽観的に考えながら屋敷探索もかねてサロンを探すことにした。廊下に飾られた花や置物を眺めながら歩いていると、やがて話し声が聞こえてきた。意外に早くサロンに着いちゃったなと思いながら近づくと・・・・あれ?男の人の声?
どうやらそこは公爵様の書斎で、お父様と二人で話し合いをしているらしい。どんな話をしているのか気になってそっと近づくと少しだけ聞き取ることができた。
「神殿と医者の説得、ありがとうございました」
「私は皆が納得できるような道筋を考えただけですよ。実現できたのは伯爵の人柄によるものでしょう」
「いえいえ、公爵の口添えがあればこそです。べルティーナのためにもあれはどうしても商品化したかったので、本当に感謝しています。それで、利益の取り分ですが・・・・」
「べルティーナ嬢が嫁いでくればもう家族です。管理さえ任せていただければあとは望みませんよ。それよりもレイラ嬢のことですが・・・・」
「私も妻も承知しております。ご心配なく」
え・・・・・どういうこと?
お父様たちの話に混乱しているとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。盗み聞きしていたことを知られるのはまずい気がする。私は逃げるようにその場から去った。
どこに向かっているかも分からず早足で歩きながら私は先ほど聞いたことを考えていた。
神殿と医者の説得って・・・・・治癒の魔鉱石のことよね?まさかこの結婚ってそのためのものだったの?お父様は治癒の魔鉱石の商品化のため、公爵様はそれを采配する権利を得るため。しかも利益を放棄する代わりに公爵令嬢を愛人として認めてほしいって・・・・。公爵令嬢はアレックス様だけでなくウェールズ公爵家にとっても重要な存在らしい。しかも私の両親もそれを承服している。
利益をもらわなくても采配権があるということはどこに優先的に納めるか自分で決められるということ。場合によっては多額の寄付をした医者に優先的に納めることもできるから、その権利があるだけでも十分な利益につながる。
それが分かっているから取り分を放棄して誠意を見せるふりをして自分の要求を通そうというのだ。
でもこれはあくまで私が嫁ぐことが前提の話。もしこの婚約が破棄になれば采配権だけでなく取り分も新たに要求されるかもしれない。
最初は早足で歩いていたものの考えるほど歩みが遅くなっていき、ついには足を止めて俯いてしまった。
思惑があるのはアレックス様だけで、他は私たちの結婚を純粋に望んでくれていると思っていたのに・・・・・蓋を開けてみたらしっかりと政略結婚だった。だから私が無茶苦茶なことをしても笑って流していたのだ。
信じていた両親にまで裏切られていたなんて・・・・もう誰を信じていいか分からない。絶望に打ちのめされながら私はその場を動くことができなかった。




