作戦決行
次の日夜会へと向かう馬車の中で、『クリスにドレスを汚されダメになったと聞いた。また新しいものを贈る』という内容のことを言われた。
いやいや。クリス様ずっとあなたと一緒にいたじゃん、いつドレス汚したって言うのよ。下手なウソも気づかないほど私に関心がないのね。ま、貴方になんか関心持って欲しくなんかないけど。
なんていう言葉を胸の中だけに秘めて、
「頂いたドレスはまだたくさんございますので、お気持ちだけ頂戴いたしますわ」
とだけ答えておいた。すると、そうですかと一言だけ言って俯いてしまった。その視線は組んだ脚の上に置かれた手に注がれている。少し残念そうにも見えるのは気のせいだろうか。
スタイルがいい所為で脚を組んでいるだけでも絵になるのがムカつく。何?長い脚を自慢しているの?どうせ私は低身長の短足ですよ。
最早仕草の一つ一つが気に入らなくて、この息苦しさから逃れるように窓の外を見つめ続けた。
今日の夜会の主催であるギルマンテ伯爵のお屋敷に着くと、先に馬車から降りたアレックス様が流れる様な動作で手を差し出してきた。蔑ろにはしていても婚約者としての最低限の務めは果たしてくれるらしい。差し出された手を取ると全身の毛が逆立つ様な不快感を覚えた。
が、我慢よ私。婚約破棄するまでの辛抱よ!
会場に入ると招待客の人数は少なめで、比較的若い人が多い印象を受けた。
周りを見渡してみても公爵令嬢の姿は今のところない。今日実行する作戦を思うと少し残念な気もするけど、その代わりアレックス様は私の近くにいてくれるみたいだからむしろ丁度良かったかも。
ちらりと隣のアレックス様を見ると涼しい顔をして本日の主催者の元へ向かっている。
事前に聞いた話ではギルマンテ伯爵は王城の財務部でお仕事をされているらしく、文官の中でも財務部志望のアレックス様にとってはこの先上司になるかもしれない人なんだとか。
うっ。急に緊張してきた。でもここでやらなきゃ明るい未来は見えてこないわ!!
「ギルーー」
「ギルマンテ伯爵、本日はお招き頂きありがとうございます」
私は淑女の礼をしてアレックス様より先に挨拶をした。伯爵夫妻もアレックス様も目を丸くしている。それはそうだろう。この国では同伴の男性より先に女性が声をかけてはいけない。同伴者に紹介してもらうか、相手から声をかけられて初めて挨拶をすることができるのだ。
だから私がしているのはマナー違反。私はハッとした顔で手で口元を覆った。
「あ・・・・申し訳ございません。失礼な事を致しました」
もちろん知らなかったわけでも、うっかりしたわけでもなく、ワザとやっているのだ。伯爵夫妻がポカンとしている隙に私は尚も続けて言った。
「その、ギルマンテ伯爵はアレックス様の上官になられる予定だと伺いましたので、婚約者としてご挨拶しなければと・・・。アレックス様は少々気負いすぎるところがございますので、今後ご配慮頂けたらと思いまして・・・」
婚約者を心配するフリをして遠回しにメンタルが弱いからあまり仕事は振るなと言っているのだ。簡単な仕事しか出来ませんと言っているのと同じ。
さあ、どんな反応をするかしら?表面は申し訳無さそうな顔をしているが、内心は心臓バクバクだ。誰か早く何か言って欲しい。
「たしか、モリスヴェイン伯爵家のベルティーナ嬢でしたかな?アレックス殿のことをとてもお考えの様だが、優秀な人材だと伺ってますよ。もちろん配慮はしますので心配なさらずとも大丈夫ですよ」
ギルマンテ伯爵は穏やかな顔でそう言ってくれた。中々懐の広い人らしい。夫人も色々思っていることはあるだろうが、優しそうな表情のままだ。これがポーカーフェイスというものかと感心してしまった。
その後ぎこちない笑顔を貼り付けたアレックス様も挨拶をしてその場を離れた。
「ベルティーナ嬢・・・」
「あ、アレックス様これ美味しそうですよ!」
会場の隅には軽食も準備されている。主にサンドイッチやフルーツがメインに置いてあって、何かを言ってこようとするアレックス様の言葉を遮って半ば無理矢理連れて行った。
「アレックス様サンドイッチ食べますか?あ、トマト苦手でしたね。トマト抜いて差し上げましょうか?」
「えっ、な、何で・・・」
何でそれを知っている?と言いかけて慌ててアレックス様は口を閉じた。
実はギルマンテ伯爵が上司になるかもという情報もトマトが嫌いということもグレースから聞いたのだ。いくら顔が広いとは言えどこからそんな情報を仕入れてくるのか本当に謎だ。
私は周りに聴こえる様にわざと大きめの声を出した。
「はい、トマト抜きましたよ。どうぞ、アルたん♡」
その途端会場の時が止まったのかと思えるほどしんと静まり返り、すぐにひそひそと囁き合う声で溢れた。
「アル・・・たん?たんって何だ?」
「さ、さあ?でもちょっと言われてみたいかも・・・」
「アレックス様トマトが苦手なんて何か幻滅」
「そう?逆に可愛くない?」
そこかしこからそんな声が漏れ聞こえてきた。どうやら新たな扉を開いてしまった人までいるようだ。
私は心の中でニヤッと笑って更に続けた。
「あ、ごめんなさい、アレックス様。アルたんって呼ぶのは二人だけの時にって約束だったのに・・・」
私の言葉で囁きの声が大きくなった。最早囁きではなくざわめきだ。そしてその渦中にいるアレックス様はと言うと複雑な表情をしてプルプル震えている。
よしよし、ダメージを受けてるみたい。諸刃の剣で私の評判も駄々下がりだけど、少しでも気にすると終わりだ。今はただゴールに向かって進むのみよ、私‼︎
結局アレックス様はその恥ずかしさに耐えられなくなったのか、私の手を掴んでギルマンテ伯爵のもとに向かうと
「急用ができたので失礼いたします」
と言ってそそくさと会場を後にしたのだった。




