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お茶会という名の作戦会議1

その日の午後、自室でお茶を飲んでいるときコツコツと窓をたたく音が聞こえた。マリーに見てきてもらうとグレースからの返事の手紙が来ているらしい。魔法で送る手紙は正式な物やそこまで親しくない相手には家宛に送るのがマナーだが、親しい間柄なら個人宛に直接送ってもいいということになっている。だから私がいる部屋に直接届いたというわけだ。

しかしマナーと言いつつも個人宛の場合は相手の魔力を感知して送るので、相手の魔力の特徴が分かるほど親しい間柄でないとそもそも送ることができない。逆にそれを知っていれば相手がどこにいても送ることができるので、前世の郵便システムと比較すると何とも便利なものだなとつくづく思う。


手紙を開けてみると、明日のお茶の時間、モリスヴェイン伯爵家(我が家)でという内容が書いてあった。

良かった。相談する内容がアレックス様のことだけでなく、お茶会のことまで増えてしまったものだから早いうちにグレースに相談したかったのだ。グレースならハルフウェート侯爵令嬢が何を考えているのか分かるかもしれない。どうして次から次へと問題ばかりが起こるのだろう。


はぁとため息を吐きながらマリーが入れてくれた紅茶を口にした。今日の紅茶はアールグレイ。その豊かな香りで複雑に絡まった感情が少しほぐれるような気がした。


美味しい紅茶とお菓子を堪能しつつ、明日のグレースとのお茶会のことをマリーと打ち合わせしていた時、屋敷がざわついているのに気が付いた。


「何かしら?」


テーブルの脇に立っていたマリーが見てきますねと部屋を出て行った・・・・・と思ったら、すぐに戻ってきた。少し困惑しているようにも見える。


「あの・・・・お嬢様、マリンガム侯爵家のクリスフォード様から贈り物が届いております」

「は?!」


びっくりして紅茶を吹くところだった。危ない危ない。

とりあえず見に行かなければと階段を下りると、玄関ホールの半分を埋め尽くしそうなほどのカンパニュラの花束に王都で有名な高級店の紅茶とお菓子の詰め合わせが届いていた。

贈り物に添えられていた手紙には“昨日のお詫びに”と書いてある。


「何の騒ぎだ?」


屋敷がざわついていることに気が付いてお父様とお母様も玄関ホールにやってきた。そして贈り物を見て目を丸くしていた。そりゃそうよね、ドレスを汚してしまったくらいでここまでされているのだから。


だけどお父様は疑問にも思わないのかクリスフォード殿は誠実な方だなと感心していた。そんなお父様をじっと見つめる。少し前までお父様は人を良く観察していて鋭い方だと思っていた。何も言う前から結婚相手を自分で選びたいという私の思いを察してくださっていたし。でも最近は何だか相手にコロッと騙されているようで本当に同じお父様か疑ってしまうほどだ。まあ、今回はそれで助かっているんだけども。


お母様は「あらまぁ」と言いながら少し困惑したように私を見てきた。朝の様子からしてきっとお母様は何かあったんだろうことは気が付いている。でも“本当は昨日何があったの?”とは聞いてこない。私も今更『実は~』なんて言えないからお母様の視線に気づかない振りをした。


目の前の大量の花束を見つめながら、屋敷中がカンパニュラで紫一色に染まりそうだと思った。それはそれで綺麗かもしれないけど、見るたびに色んな感情が湧き上がってきそう。


「カンパニュラの花言葉は“後悔”ですので、昨日お嬢様のドレスをダメにしてしまったことへの謝罪のようですね。あのドレスはウェールズ公爵令息から頂いた特別なものでしたから」

「そう・・・・ね」


カンパニュラの花言葉は“後悔”・・・・そして“感謝”。つまり昨日第二王子様の奇行をもっと早く止められなくて申し訳ない、黙っていてくれてありがとう。という意味だ。贈り物の本当の意味を知っているが故に喜ぶ気になどなれない。


クリス様を誠実だと信じて疑わないお父様は「お礼の手紙を書いておきなさい」とだけ言い残し上機嫌のまま書斎へと帰っていった。

こうも色んなことがあると頭が痛くなってくる。もう、ホント、みんな私を放っておいてほしい。

そう思いながらフラフラとした足取りで自室へと帰ったのだった。



・・・・・・・・・・・・・



次の日の午後、庭にテーブルセットを広げてグレースと一緒にお茶をした。昨日もらった紅茶とお菓子のセットをどうしても一人で食べたくなくて、グレースに一緒に消費してもらうことにした。

もちろんグレースにはクリス様からもらったとは伝えていない。


紅茶を一口飲むとそのフルーティーな香りと口当たりの良さに驚いた。ストレートティーなのにほのかに甘さを感じる。さすが高級店の紅茶、と感心しながら飲んでいるとグレースが不意に声をかけてきた。


「そういえば一昨日は大変だったわね、ベル」

「ぐっっっ」


思いがけない言葉に口に含んだ紅茶を吹きだしそうになってしまった。最近こんなことばっかり。もう人と話すときは紅茶を飲むのをやめようかしら。慌てて飲み込んでなるべく平静を装いながら「何が?」と聞いてみた。平静を装ったところで今更無駄な気もするけど。


「何って、クリス様に飲み物をこぼされてドレスをダメにされたんでしょ?」

「え・・・・あー、そうね。うん。えっていうかそれ噂になってるの?」

「噂っていうほど広まってはいないけど、昨日夜会でクリスフォード様がアレックス様に謝っているところを見ていた令嬢がいたの」

「そう、なんだ」

「でも何かわざと噂にしようとしている気がするのよねぇ。だって令嬢にドレスがダメになるほど飲み物をかけたなんて普通は人に知られたくないでしょ?それなのにわざわざ人目のあるところで婚約者に謝るなんて、どう考えたっておかしいでしょ」

「う、うん・・・・」


私は動揺を悟られないよう、気持ちを落ち着けるように今度はお菓子を口にした。

あ、美味しい。さすが高級店。紅茶もお菓子も美味しいのね。

っていうかこれ、単なる謝罪と感謝じゃなくてこれから多少噂になるけどごめんね!っていう意味も込められてたのね。いくら美味しくても胸やけがしそうだわ。

もそもそと美味しくなさそうにお菓子を食べる私の様子をグレースがじっと見つめていた。


「ベル、本当は何かあったでしょ?」

「な、何かって何が?さっきグレースが言った通りよ。ドレスをダメにされただけ」

「ごまかしたって駄目よ。ベルは動揺すると顔に出るんだから」


テーブルの反対側にいるグレースが身を乗り出してじっと私の目を見てきた。

そういえばトムにも同じようなこと言われたな。私ってそんなに顔に出るのかしら。両手で顔をムニムニしながらそんなことを思う。


グレースはじっとこちらを見つめたまま動く気配はない。わたしははぁっとため息を吐いて昨日のことを話すことにした。万が一にも両親の耳に入ったらいけないので人払いをして、マリーにも誰も近づけないでと頼んでおいた。


周りに誰もいなくなったのを確認してからわたしはぽつりぽつりと話し始めた。


「・・・・・・・・・・ということがあったの」

「何それ!?そんなことがあったのに公表すらされないの?」

「しー!!ちょっと声落として!誰かに聞かれちゃう」

「ベルはただの被害者でしょ?いいの、それで?!」

「でももう黙ってるって約束しちゃったし。それを反故にするわけにはいかないわ」


興奮気味に息巻くグレースを私は必死に大丈夫だからとなだめた。そりゃショックだったけど傷だって残らなかったわけだし。

しばらく興奮していたが、私が大丈夫だからと繰り返すとはぁーっと長い溜息を吐いて、くいっと残りの紅茶を飲みほした。


「でもマリンガム侯爵家はどうして第二王子様を支持してるのかしら?その、お世辞にも賢いとは言えないでしょう?」

「その通り、馬鹿だからよ」


カチャンとカップをおいて不躾にそう言い放った。

ちょ、それ不敬罪。誰も聞いていないからいいようなものの、随分な言い方だなと思う。否定はしないけど、うん。


「マリンガム侯爵は現宰相でしょ?宰相が国を思い通りにするためには賢くて有能な第一王子が国王になったら困るっていうことよ。だから操りやすい第二王子を国王にって推してるの」

「でも有能な第一王子様がいるのに無能な第二王子様を国王になんてできるの?」

「それが不可能じゃないのよ。第一王子は身分の低い側妃の子だけど、第二王子は王妃の子。血統を重んじる重鎮の中には第二王子を国王にっていう声もあるの」

「そうなんだ。知らなかった・・・・・でも第二王子様は女性問題で婚約破棄までされてるでしょ?それでも国王になれるの?」

「そこよ!」


グレースは人差し指をびしっと立てて続けて言った。


「女性問題を起こして、立場がぐっと悪くなっちゃったでしょ?そこで必要なのがノルマンディ公爵家の後ろ盾よ!ウェールズ公爵家ほどではないけど、ノルマンディ公爵家も建国当時から続く名門で議会でもその発言は大きな影響力があるわ。そこの令嬢と婚約できれば、ノルマンディ公爵家だけじゃなくて同じ派閥の貴族からの後押しも受けられるでしょ?だから公爵令嬢のレイラ様を取り込もうと必死なのよ」

「なるほど。だからあの時公爵令嬢を手に入れられなかったら自分は終わりだって言ってたのね」

「そんな状態なのに今回の件まで明るみに出てしまったらさらに立場が悪くなっちゃうでしょ?貴族の令嬢、しかもウェールズ公爵家嫡男の婚約者で帝国とのつながりもある伯爵令嬢(ベル)に謂れのない理由で暴力をふるったなんて、完全アウトよ」


私はうんうんと頷いた。いや、でも今回の場合明るみに出した方が良かったんじゃ・・・・。もしもあんな人が国王になったら国がだめになりそうな気がする。


「まあ、でもどっちにしても無理でしょうね。レイラ様はアレックス様にぞっこんだし・・・・あ・・・ごめん」


そこまで言ってグレースは慌てて手に口を当てた。

グレースの言葉でハッとした。アレックス様、そうよ!それが本題だったわ!

私はグレースの手をぎゅっと握って真剣な目を向けた。グレースもいきなり真剣な顔をした私に、ゴクンと生唾を飲んで次の言葉を待っている。


少しの間見つめあったまま緊迫した空気が張り詰める。その空気を破るように私はニコッと笑ってこう言った


「グレース、私、婚約破棄することにしました!」

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