治癒の魔鉱石
起きてすぐ私は机に向かってペンを走らせた。グレース宛に一緒にお茶をしようというお誘いの手紙だ。もちろん私の計画を話して一緒に作戦を練るため。グレースは顔は広いけど口は堅い。だから今回相談することも外部に漏れることは無いだろう、というかこんなことを相談できるのはグレースくらいしかいない。
シーズンオフで領地にいるならまだしも今はシーズン中。みんな王都に滞在しているので魔法で手紙を送ったらどんなにかかっても30分ほどで届いてしまう。さすがにこんな早くに手紙を送るのは失礼にあたる。どうしようかと思っているとタイミングよくマリーが朝食の準備ができましたと声をかけに来てくれた。
うん、朝ご飯を食べてからならちょうどいいわね。
マリーに手伝ってもらって普段着のドレスに着替え、ダイニングに入るとお父様とお母様はすでに来ていた。「おはようございます」と挨拶をして席に着く。ライリーはまだ来ていないみたい。昨日あんなに遅くまで起きていたのだ、起きられなくても無理はないと思う。
お父様は昨日の憔悴しきったような様子はなく、よく眠れたようだ。私たちの猿芝居を信じてくれたようで良かったと思う。お母様は少しの間私のことをじっと見つめてきたけれど、特に何も言ってくることはなかった。
バレたかと思ってドキドキしたわ。お母さまって鋭いから。
朝食をとりながら、ふと夢の中で作っていた治癒の魔鉱石を思い出した。そういえばあれはどうなったんだろう?あれから8年たったけど治癒の魔鉱石が出回っている様子はない。ちょうどここにはお父様がいる、気になったので聞いてみることにした。
「そういえば、以前治癒の魔鉱石を作るというお話がありましたでしょ?あれからどうなりましたの?」
するとお父様は食事の手を止めてこちらを見た。その表情は晴れ晴れとしていて、良い返事が返ってきそうだと感じた。
「ああ、そろそろ実現しそうだよ」
「研究が難航してましたの?随分かかりましたのね」
確か魔鉱石に治癒魔法を封じ込めるのは成功していたはず。あとは実用化に向けての研究のみだったはずだが、価格や量産体制など問題があったのだろうか?
私の疑問を耳にした途端に表情が苦々しいものに変わる。随分色々とあったらしい。
「いや、治癒の魔鉱石はすでに完成して量産体制も整っていたんだが、神殿と医者達が反対して製品化できなかったんだよ」
「えっ?神殿とお医者様が?・・・・・・もしかして」
「自分たちの利益がなくなるから反対していたのよ」
お母様もナプキンで口元を拭きながら会話に入ってきた。言い方に棘があるような気がするのは私だけだろうか。
「8年前だって、治癒の魔鉱石ができたら困るからリンネイル行きを拒否したんだから。そのせいでベルが研究の手伝いをする羽目になったのよ!もう怒りが収まらなかったわ!」
「え、でも確かあの時は急用で来られなくなったって・・・・」
「神殿の中にも良心的な人たちはいる。最初は喜んで手伝うと言ってくれていたんだが、どうやら上から圧力がかかったみたいでね。治癒魔法は神殿の大事な収入源だ。もちろんそれだけでまかなっているわけではないが、大きな痛手になるだろう」
「そんな・・・・人々の幸せより自分の利益が大切だなんて・・・・」
言いながら自分でも理想論だと分かっているし、社会を回すためには利益を優先するのも納得できる。でも頭では納得できるけど心はそうはいかない。いくら必要なこととは言え苦しんでいる人たちを見捨てる理由にはならないはずだ。
そういえばさっきお医者様もと言っていた。きっと同じような理由だろう。治癒の魔鉱石が出回れば病院を訪れる人もがくんと減ってしまうだろうから。
私は病気やけがで苦しむ人が減ってほしいという想いで研究を手伝ったのに、まさか同じ志を持っているはずの人たちにその道を阻まれるとは思わなかった。沈んだ表情で俯いた私にお父様が優しく語りかけた。
「ベル、さっきも言っただろう?そろそろ実現しそうだと」
パッと顔をあげるとお父様の顔は先ほどと同じ晴れ晴れとした表情。
でも一体どうやって説得したのだろう?
「魔鉱石に一度に入れられる魔力の量は少ない。だから魔力が切れるたびにその魔法が使える人が充填しなければならないのは知っているね?」
私はこくんと頷いた。魔鉱石は魔力を封入してその属性の力を発揮するが無限ではない。前世のイメージとしては電池に近いものだろうか。繰り返し使える充電式の電池のように同じ属性の魔力を充填すれば再び使えるようになる。魔鉱石はこの国だけでなく、魔法が存在しないリンネイル帝国でも使用されている。効果の切れた魔鉱石はこの国で魔力を充填して再び出荷される。
その作業は当然ある程度魔法が使える人でないと行えないので、貴族の次男や三男など爵位を継がない者たちの良い就職先になっている。魔法師団に入団して魔法を自在に操れるようになってからそちらに転職する人も少なくないのだとか。
「他の魔鉱石は充填作業を色んな所にまかせているが、治癒の魔鉱石は神殿でのみ行うという契約をしたんだ。すでに国王陛下の了承も頂いているから、治癒魔法が使えるからと言って許可なく充填、生産すると厳しく罪に問われることになったんだよ」
だからベルも気をつけないとねと茶目っ気たっぷりに言ってくるお父様に「そんなことしません!」と息荒げに答えた。
「神殿は何とかなったみたいですけど、ではお医者様の方はどうなりましたの?」
「治癒の魔鉱石の販売を病院に限定したんだよ。今まで通り神殿に行くまでのほどでもない軽いけがや風邪などの病気はそのまま医者が診る。しかし治療に時間のかかるものや、そもそも治療では治らないものには治癒の魔鉱石を販売して対応することにしたんだ。効果の切れた魔鉱石は病院経由で神殿に運ばれて充填を行うという仕組みだよ」
なるほど。と今言われたことを頭で整理しているとそれに、とお父様は続けた。
「治療を必要とするものの中には神殿でも長い時間をかけないといけないものもある。今までは通常の患者に加えてそういう患者を診ていたから、十分に手が行き届かないこともあったらしいんだ。でもこれからは本当に治療を必要としている患者のケアをしっかりとできるようになる。ようやく神殿のあるべき姿に戻りつつあるよ」
お父様の言葉に心の底からほっとしたと同時に私がやったことは無駄じゃなかったと思えて嬉しくなった。
そのあと朝食を食べ終えて、手紙をグレースに送った。
窓からグレースの屋敷へと飛んでいくのを見届けていると執事がお茶会の招待状をいくつか持ってきてくれた。何気なく目を通しているとその中にハルフウェート侯爵令嬢の名前があり、固まってしまった。
エ、ナンデコノカタガ、ワタシニ?




