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追憶の中で 3

前話の続きです。

次の日、わたしは少しだけドキドキしながら図書館に来た。大丈夫だと思うけどもし怖い人がわたしを捕まえるために待っていたらどうしよう?

でもそんな心配は無用だったみたいで、図書館は相変わらずがらんとしているし、同じ場所で難しそうな本を読んでるアルが一人いるだけだった。その光景にホッとすると同時に少しでもアルを疑ってしまって申し訳なくなった。


今日もまたサンドイッチを作ってもらった。ハムと玉子のやつ、美味しいって言ってたから多めに作ってもらったんだ。喜んでくれるといいな。

ふふふっと笑いながらアルの方へ近づいて、おはようと声をかけるとアルもおはようと返してくれた。それだけで何だか嬉しくなる。


目の前の席に座って、アルをじっと見た。一昨日は“帝国偉人列伝”を読んでいたけど、今日は“帝国の歴史から学ぶ経済学”というまた難しそうな本を読んでいる。わたしは気になって聞いてみることにした。


『アルはどうしてそんなに難しい本ばかり読んでるの?』

『父上の跡を継ぐためにたくさん勉強しないといけないんだ』

『だからそんなに難しい本読んでるのね!アルは頑張り屋さんね、すごいわ!』

『これぐらい普通だよ』


帝国ではこれが普通なの?信じられないわ。


『そうなの?わたしには絶対無理!やっぱりアルはすごいよ!』

『すごくなんか、ないよ。本当はもっと色んなことを知っておかなきゃいけないんだ』


あれ?褒めたはずなのに俯いちゃった。悔しそうな、悲しそうな顔をして両手で本をぎゅっと握りしめてる。

今にも泣きだしそうな顔をしているアルを何とか元気づけてあげたくって、わたしは必死に言葉を探した。


『アルは頑張ってると思うよ?』


でも結局こんなことくらいしか言えなくて。


『どうしてそんなこと分かるんだ。ベルは僕のこと何にも知らないだろ。しかも勉強しないで話ばかりしてるし』

『確かに、わたしはアルのこと何にも知らない。おしゃべりも、ごめんなさい。お勉強の邪魔しちゃって』

『あ、そんなつもりじゃ・・・・』


元気づけてあげるつもりが反対に私の方が泣きそうになってる。アルも心配そうな顔でこちらを見ているし。こんなはずじゃなかったのに。わたしは顔をあげてアルの目を見ると、でも!と続けた。


『アルが頑張っているのは分かるよ!だってわたしの周りでこんなに難しい本読んでる人いないもん。みんなどうやってお勉強やお稽古から逃げようかって話ばっかり。わたしだってそう。それにおしゃべりよりも勉強しようとしてる人なんて初めて見たわ!』

『それは君の周りの人間だけだろ。僕は違う。本当に努力するつもりがあるならどんな状況だろうと、一つでも多くの知識を頭に入れていないといけないんだ』

『そうかなぁ。ずーっと頑張り続けてたらいつかは倒れちゃう。休むことも必要よ?ちゃんと休んでこそ頑張れるっておかあさまも言ってたもの』

『僕には休む暇なんかない。まだまだ足りないんだ』


耳を貸そうともしないアルの態度に今度はムッとしてしまった。だって、アルってば自分で自分を追い込んでいるように見えるんだもの。


『わたし、アルのこと良く知らないけど、知ってることもあるよ!わたしと同い年って言われてびっくりしちゃうくらい落ち着いてるし、誰も見ていないところで勉強できるほどまじめだし!それに優しいからわたしの話をちゃんと聞いてくれて、何の本?って聞いたらわたしに分かるように教えてくれたし!ちゃんと本の中身を知っていないと説明できないってことくらい私でも分かるよ!』

『で、でも・・・・そのくらい誰にだって・・・』

『もう!どうして自分に頑張ってるねって言ってあげられないの?そんなに自分を責めたらいつか心が壊れちゃうよ!』

『・・・・だって、僕は“出来の悪い子”だから』


興奮のあまり泣きそうになりながら息荒く言い切ったわたしに、アルはポソっとそう言った。

何それ?

両手で本をぎゅっと握りしめたまま、アルはうつむいて顔をあげない。こんなに自分を責めるほど頑張っているアルにそんなことを言う人がいるなんて、とわたしは腹が立った。


『誰に言われたの?』

『か、家庭教師』

『おとうさまとおかあさまは知っているの?』


アルは静かに首を振った。聞いてみると誰もいないところで、二人きりだけの時に言ってくるらしい。

何それ、いじめっ子と同じじゃない!!


『父様と母様がいる前では褒めてくれるのに、二人きりになると、『今のままだと両親に失望されて捨てられる』『出来の悪い子はいらないと言っていた』って』

『そのこと、おとうさまとおかあさまに話したことはないの?』


アルはまた静かに首を振った。


『言えるわけないよ。二人とも家庭教師を信頼してるし、もし、弱音なんか吐いたら本当に捨てられちゃう・・・・!』


アルは目に涙を溜めて、震える声でそう言った。大人びて見えたアルが初めてわたしと同じ8歳に見えた。わたしと同じ年でこんなに辛い思いをしていたなんて、と思うと胸が痛くて涙があふれてくる。

気が付くとわたしはアルをぎゅっと抱きしめていた。可哀そうなアルをただただ慰めてあげたくて。


『ねえアル、わたしね、今親戚のおうちに来てるって話したでしょ?本当は私の家ちょっと遠くにあるの。ここにはおとうさまの仕事のお手伝いに来たの。わたし、頑張るって言ったらおとうさまはとっても喜んでくれたんだけどおかあさまは辛そうな顔をしてた』


びっくりして動けないのか、それともわたしの話に耳を傾けてくれているのかどちらか分からないけど、アルはそのまま聞いてくれた。


『わたし、自分が頑張ればおかあさまが喜んでくれるって思った。だから大変で辛くて、やめたいって思っても我慢して頑張ったの。そしたらおとうさまはとっても褒めてくれたんだけど、やっぱりおかあさまは辛そうな顔をしてた。わたしもっと頑張らないとって思ったら熱出して倒れちゃったの。もうこれ以上は頑張れない、ごめんなさいっておかあさまに泣きながら謝ったの。そしたらこうやってぎゅって抱きしめてくれて、大丈夫って言われて辛かったって言われたの』

『え・・・・・』

『わたしが無理して笑って大丈夫って言ってるのが辛かったって。大丈夫って言われると何もできないんだよって。辛い、助けてって言われないと助けてあげられないんだよって。おかあさまも泣いてた。何度もおかあさまが無理しないでって言ってくれたのに、わたし聞かなかったの。だから今度は心配させてごめんなさいって謝ったの。おかあさま泣きながら笑って大丈夫よって言ってくれた』

『・・・・・・・・・・・・』

『ねえ、アル。おとうさまとおかあさまにきちんとお話した方がいいよ。アルはこんなに頑張っているんだもの捨てられたりなんかしないよ。それに二人だけの時に言ってくるってことはおとうさまとおかあさまに聞かれたら困るってことでしょ?本当じゃないってことよ。大丈夫、アルは私が知っている誰よりも頑張り屋さんで、優しくて、素敵な人よ』


大丈夫よ、大丈夫よアル。そう言いながらわたしはアルの背中を優しくさすった。そして身体を話してアルの目をじっと見てニコッと笑った。


ずっと固まっていたアルはいきなり我に返ったようで、耳まで真っ赤にしながらわたしをドンっと突き飛ばしてそのまま出て行ってしまった。

突然走って行ってしまったアルの背中に一度だけ『アル』と呼びかけたけど、振り向くことは無かった。


泣いているところを見られたのが恥ずかしかったのかしら?元気づけたかっただけなのに、何だか悪いことしちゃった。ふと隣を見ると一緒に食べようと思って持ってきたサンドイッチが入ったバスケットが見えて、少しだけさみしくなった。

独りで食べたって美味しくないよね。

だからわたしももう帰ることにした。アルと一緒に過ごした図書館で独りで食べるよりお屋敷の方がましだと思ったから。


でも、明日もきっと会えるよね。その時に謝ればアルなら許してくれる。

そう思っていたけど次の日、アルは来なかった。それからリンネイルを出発するまで毎日来てみたけどアルの姿はなかった。結局アルとは仲直りできないまま、帰国することになってしまった。



・・・・・・・・・・・・・



そこで私はパチッと目を覚ました。目の前には見慣れた天井、見慣れた部屋。だけどどこか知らないところに思えた。


・・・・・・ひどく、懐かしい夢を見た。ずっと前の記憶。まだ前世の記憶も戻っていない純粋なままの頃の記憶。あの時会ったアルは今頃どうしているかしら?

今にして思えば男の子が女の子の前で泣いて、しかも弟にするみたいな扱いをされたらそりゃあ恥ずかしいわよね。申し訳ないことをしたわ。

そう言えば夢の中のあの子とアレックス様は少し似てるかも。ぼんやりとそんなことを考えたけど、いや無いなと考えを改め直す。


・・・・・ん?アレックス様?


「そうよ!アレックス様よ!」


私は興奮のあまりガバっと勢いよく起き上がった。

そうよその手があった。8歳の子供でも子ども扱いされてあれだけ怒ったのだもの、今のアレックス様の年齢ならプライドが傷つかないはずはないわ!しかも今まで興味を示してこなかった婚約者()がいきなりアレックス様にすり寄り始めたら公爵令嬢(愛人)だって黙っていないはず!上手くいけば向こうから婚約破棄を申し入れてくれて円満解決よ!!ウェールズ公爵家だって愛人公認で結婚させようとしていたんだもの、もし破棄になってもそんなに強くは出られないだろうし。


まあ、社交界で多少の醜聞くらいにはなってしまうかもしれないけど、このままアレックス様と結婚するよりマシよ!どうしても相手がいなかったらリンネイルで探してもいいわけだし。


ありがとう!リンネイル帝国のアル君!!仲直りできなかったのは残念だけど、君のおかげでアレックス様と縁が切れそうだわ!!


私は喜びに打ち震えながら両手を突き上げ、この作戦を必ず成功させてみせると心に誓ったのだった。

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