長い一日の終わり
屋敷に到着したのは深夜を少し過ぎた頃だった。使用人に迎えられクリス様と一緒に中に入ると、弟のライリーが駆け寄ってきた。
「姉様!」
「ライリー!こんな夜更けまで起きていたの?」
「姉様に大変なことがあったと、屋敷中がざわついていたので目が覚めました。それで、大丈夫なのですか?」
私と同じ翠の目に心配の色を浮かべながら、早口で聞いてくるライリーに大丈夫よと声をかける。どこにも怪我などが無いことが確認出来てやっと安心できたようだった。するとそばで控えていた侍女が声をかけた。
「ライリー坊ちゃま、お嬢様の無事も確認できたことですしそろそろお休みになられませんと」
「で、でも・・・」
「ライリー君、お姉さんは本当に大丈夫だよ。夜はきちんと休んだ方がいい」
私の隣にいたクリス様が優しく声をかけるとライリーは目を見開いて驚いていた。どうやら隣にいたクリス様のことは見えていなかったらしい。その後チラチラとクリス様を気にする視線を送りながらも侍女に部屋に連れていかれて行った。
側で控えていたマリーから両親がサロンで待っていると伝えられ、私たちはサロンに行くことにした。マリーも少し心配そうにしているが私が何も言わないため、聞かずにいてくれた。
階段を上りサロンの扉を開くと、ソファに座っていた両親が揃って立ち上がった。
「べルティーナ、無事でよかった」
「トラブルがあったって侯爵家からお手紙が来て心配していたのよ」
二人とも少しくたびれた顔をしている。とても心配させてしまったようで申し訳なくなった。
何と声をかけようか迷っていると隣にいたクリス様が突然勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません!実は僕が令嬢のドレスに飲み物をかけて汚してしまったのです。幸い他の招待客に気づかれてはいないようだったのですが、そのまま参加を続けるわけにはいかず、途中退席することになってしまいました」
いつものチャラさはなりを潜め、真剣な様子で深々と頭を下げながら説明と謝罪をした。
実は帰りの馬車でクリス様に聞かれていたのだ。
『母から聞いているとは思うけど、今回の件を公にするのは難しい。完全なる被害者の君としてはとてもやりきれないと思う。本当に申し訳ない』
『いえ、いろいろ事情があると伺いましたし、侯爵夫人からも謝罪の言葉を頂きましたので・・・・』
『本当にすまない。・・・・それと、君のご両親にはトラブルがあったということだけ手紙で伝えておいた。世間には公表できないけれど君の両親には真実を伝えることもできる。君はどうしたい?』
『・・・・・両親には、言わないでください。余計な心配をさせたくないので・・・・』
『分かった。ではトラブルの件は僕が適当な理由をつけて説明するよ』
腕や身体に傷が残ったままでは大騒ぎになってしまうので治癒魔法をかけてみた。時間が経ち落ち着きを取り戻してきたからか今度はちゃんと発動した。傷跡など無かったかのように綺麗になってほっとした。
そして今その適当な理由を説明してくれている。
「しかし濡れたままでお身体が冷えては大変と思い、せめてものお詫びにと代わりのドレスを用意させていただきました。初めての夜会で令嬢に恥をかかせてしまったこと、お二人にご心配をおかけしてしまったこと、本当に申し訳ございませんでした。本当なら婚約者であるアレックスが付き添いをするべきですが、どうしても抜けることができず失礼は承知で付き添わせていただきました。未婚の、しかも婚約者がいる女性と同じ馬車に乗ってしまったこと、重ねてお詫び申し上げます」
頭を下げたままクリス様は一気に言い切った。両親はその様子に困惑はしているものの怒ってはいないようだった。むしろ事の顛末が知れて安心したような顔をしている。
こんなに心配してくれる家族を騙していることに胸がチクリと痛む。
ずっと黙って聞いていたお父様が緊張の糸が切れたように突然ドサッとソファに座り込んだ。
「そうか・・・。トラブルがあったと聞いて心配で生きた心地がしなかったが、ドレスが汚れたくらいで済んでよかった。もし怪我でもしていたらアレックス君を責め立てるところだったよ」
「あなたったら。そんなことしたら後で大変ですよ?でも本当にベルが無事でよかったわ」
お父様の隣に静かに腰掛けながらお母様がいつもの調子で語りかけた。でも顔にははっきりと安堵の色が浮かんでいる。二人とも心の底から安心しているのが伝わってきた。
トラブルと聞いただけでこれだけ心配するのだ。本当のことを言っていたらアレックス様のことを責め立てるどころか第二王子様を殴りに行っていたかもしれない。ふと隣を見るとクリス様も同じことを思っていたようで、強張った顔でこぶしをぎゅっと握りしめていた。
改めて両親から愛されていることを実感しつつも、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
その後クリス様は再び馬車に乗り込んで侯爵家へと帰って行き、両親もひどく疲れたようで早々に部屋へ引き上げていった。
そして私は湯あみの用意をしてもらい熱いお湯に身体を沈めた。万が一にも傷が残っていたらいけないのでマリーには下がってもらった。私が手伝いを嫌うことを知っているので特に怪しまれることもなかった。身体を温めながら念入りにチェックするが傷は見当たらず、安堵のため息をもらす。
・・・・・・長い一日だった。むしろ長い夜だったというべきかしら?
今の願いはただ一つ、ふかふかのベッドにダイブして何も考えずただひたすら寝たい。
その願いをかなえるべくお風呂から上がった私は素早くナイトドレスに着替え、就寝前のホットミルクも断ってからベッドにバフっと倒れこんだ。ふかふかのそれに身体を預けるとすぐに瞼が重くなり眠りの中へと落ちていった。
その日の夜、夢を見た。8年前のあの日の夢----
感想、評価など頂けると励みになります!よろしくお願いします。




