夜会にて4
少し過激なシーンがあります。
苦手な方はご遠慮ください。
「美しいご令嬢。どうか私とダンスを踊っていただけませんか?」
そ、そのお誘い、全力でお断りしたい・・・!!!っていうかさっきあれほど公爵令嬢に言い寄っていたのによく手のひらを返して他の令嬢を誘えるわね。女なら誰でもいいのかしら?
困惑して返事をすることも差し出された手を取ることもできずにいる私に第二王子様がさらに続けた。
「ああ、これは申し訳ない。いきなり僕のような王族に声をかけられては驚いてしまうよね。隠しきれないオーラって罪だよね。」
差し出していた手でまた髪をかきあげ、勝手に斜め上の解釈をし始めた。
は?何言ってんのこの人。何様だよ?・・・・って王子様か。
「そうだね、僕とダンスを踊ると他の令嬢たちから嫉妬されてしまうね。だったら二人で庭園を散歩しよう。先ほど行ってきたんだが、素晴らしかったよ」
ええ、知ってます。っていうか会場の招待客みんな見てましたよ、第二王子様が庭園に行くところ。
これまでの心の中のツッコミを悟られないように必死に笑顔を貼り付けた。その笑顔を了承と受け取ったのか半ば強引に手を引かれ、外に出てしまった。
会場から外へと続く扉を開けると短い階段があり、その先には花壇でぐるりと回りを囲まれた広場が見えた。座り心地の良さそうなベンチがいくつか配置され、中央に据えられた噴水では女性の像が手にしている水瓶から綺麗な水が静かに流れ出ていた。あちこちに設置されたランタンの灯りによって照らされた噴水は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
階段を降りると広場に入る手前に左右に遊歩道が続いている。その脇には等間隔に配置された外灯と天使や女神の形をしたいくつかの見事な彫刻。
確かに見事だけれどアレックス様のお屋敷の庭園の方が素敵だったなと思いながら第二王子様と並んで歩く。広場を囲む花壇には見事な薔薇や季節の花が咲き誇り、心を癒してくれるようだった。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったね?僕は知っての通りウィルドルフさ。この国の第二王子だよ」
ウィンクしながら語りかけてくるその様に全身が逆立つような悪寒を覚えた。人にここまでの嫌悪感を覚えるのは初めてかもしれない。アレックス様は別として。
それにしても名乗って婚約者だとばれないかしら?でもいくらどうしようもないと言っても一応彼は王子なわけで。名乗らなくては不敬にあたる。
ま、きっと名前までは知らないよね。そう心で願った。
「べルティーナと申しますわ、殿下」
家名を名乗ればさすがにばれると思い、名前だけ名乗ることにした。のだけれど・・・
名前を口にした途端それまで軽快な足取りで歩いていた第二王子様がピタッと止まった。驚いて顔を見上げると能面のような表情の抜けた顔をしていた。え、もしかしてやっぱり知ってた?どうしよう偽名を使えば良かった。
「べルティーナ・・・・?モリスヴェイン伯爵家の?」
「は、はい。そうです」
思わずはいって言っちゃった!どうしよう!これ絶対ばれてるよね?!
目の前の第二王子様の突然変わった態度に心臓がバクバクと早鐘を打っている。
でも今更自分の思慮の浅はかさを呪っても仕方ない。何を言われるのだろうかと身構えていると、突然近くの花壇にあった薔薇が生きているようにシュルルッと伸びた。しかも一本だけじゃなく何本も。驚いているとあっという間にその薔薇たちはロープのように私の身体に巻き付いた。
「いたっ・・・・・」
棘が当たってチクチクする。これ以上きつく巻き付けばその棘が肌に食い込み血が流れるだろう。
・・・・・そういえば第二王子様は木属性の魔法を得意としていると聞いたことがある。でも植物を自由自在に操ることができるほどだとは思わなかった。しかも両手を動かしてすらいない。視線だけで操っているのだ。さすがは王族。なんてそんなことを思っている場合じゃなかった。
「おま・・・・・いで」
「え・・・・?」
な、なに?何て言ったの?
「お前、アレックスの婚約者だな?!お前も俺のこと嘲笑ってたんだろ!!お前がしっかりアレックスを摑まえておかないからこんなことになるんだ!!」
「そ、そんなこと・・・・・」
私に言われても困る。私だって何も聞かされていないのだから。でもそれを言うわけにもいかないし、言ったところで更に逆上するだけだろう。
先ほどまでのスマートさはどこへやら、一人称まで変わり、こちらを睨みつけてくる目は血走っていた。荒々しい口調で責め立ててくるその間にも棘はゆっくりと体に食い込んでくる。痛みと目の前の狂気じみた様子に対する恐怖で吐き気がこみあげてきた。
どうにかしてこの状況から抜け出さなければと、指先が動くのを確認する。指先さえ動かせれば魔法が使える、そう思って魔法を発動させようとするものの、どういうわけか発動しない。どうやら動揺しすぎてうまく扱えないようだった。
第二王子様はそんな私のささやかな抵抗など気にも留めずさらに続けた。
「しかも容認してるだと?!ふざけるな!!そんなことだからアレックスがつけあがるんだろ!この欲に溺れたあばずれめ!!!レイラを返せ!」
「あ、あばすれ・・・・・?」
何で私がそんなこと言われなきゃいけないの?私だってひどい扱いを受けている被害者なはずなのに。悔しくて情けなくて怖くて涙が出てくる。
「レイラを手に入れないと俺は終わってしまうというのに!!どうしてくれるんだ!!!」
終わる?終わるって、どういう意味?
「お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ!!」
「ぁっっっ」
その時一気に締め付けがきつくなり、無数の棘が柔肌に突き刺さった。激しい痛みと血が流れ落ちる不快感で声にならない叫びが漏れた。
つばをまき散らしながら同じことを何度も何度も繰り返し言われ、とめどなく溢れてくる涙を拭うことすらできずただひたすら恐怖と痛みに闘った。
怖い怖い怖い
痛い痛い痛い
誰か助けて
「ベル!!!!」
その時私を苦しめていた薔薇がボッと炎に包まれた。不思議なことにそれは私には燃え移ることなく薔薇だけを灰にしていった。
驚いて顔を上げると少し離れたところでトムがこちらに手を向けていた。その指には火の魔鉱石がついた指輪がはめられている。
第二王子様もいきなり燃えた薔薇に驚いているようだったが、振り返る前に後ろからマリンガム侯爵様に羽交い絞めされた。そのすぐそばには真っ青な顔をした侯爵夫人の姿も見える。
マリンガム侯爵様は魔封じの魔法を発動しているようで、第二王子様の魔力は抑えこまれていた。本来なら侯爵の魔力で王族が抑えられることなど無いはずだが、今は激しく動揺して平常心ではない。もう一度私を拘束しようとするものの上手くいかないようだった。
「王子殿下!!どうかお止めください!!」
私が解放されたのを見てトムが駆け寄ってきてくれた。青い顔をしていた侯爵夫人も慌ててこちらへ向かっている。
「ベル!大丈夫か!?」
「と、トム・・・・どうして・・・・・?」
「お前が殿下に連れていかれるのが見えて、嫌な予感がして来てみたんだ」
侯爵に羽交い絞めにされた第二王子様は暴れていたがそのまま屋敷の中へと引きずられていった。パーティー会場とは別の方に行ったのでどこか個室に連れていかれたのだろう。
安堵感からがくんと力が抜け座り込んでしまった私をトムが抱き留めてくれた。侯爵夫人はガタガタと震え涙を流す私の背中を優しくさすってくれる。体のあちこちから血が流れ、ドレスにも赤いシミが広がっている。治癒魔法で治そうと思ってもやはり動揺しすぎて発動しない。
その姿をトムが苦々しい表情で見つめていた。
「ごめんな、ベル。俺は治癒魔法は使えないんだ」
あの苦痛から解放してくれただけでも十分だよ、そんな顔をしないで。そもそも対象の物だけを燃やすというのはとてもコントロールが難しいのだ。魔力量が少ないながらもコントロールの上手な彼だからこそできたことだろう。
ありがとう、大丈夫だよ。そう伝えたいのに小さく首を振るのがやっとだった。
少し経って落ち着きを取り戻してきた私を侯爵夫人が屋敷の中に連れて行ってくれた。トムもついて来ようとしていたがさすがに侯爵夫人から止められていた。
「アルスタイン子爵家ご子息のトーマス様ですね。先ほどはありがとうございました。しかしここからはいけません。彼女は女性ですよ?異性にこんな姿をずっと見られていたいと思いますか?それと先ほどのことはくれぐれも口外しないようにお願いいたします。」
そう言われてしまえば彼も引き下がるしかない。結局渋々ながらも会場へ戻っていった。
その姿を見送った後、そんなに広くないながらも居心地の良い個室に案内された。
ふかふかのソファを勧められ、言われるままに腰をおろす。侯爵夫人は侍女に何かを伝えた後、私の横に座りまた背中をさすってくれた。優しいそのぬくもりにほっとする。
そこまで時間を空けず侍女が紅茶と新しいドレスとストールを持ってきてくれた。
差し出された紅茶はローズヒップティー。その豊かな香りと温かさで気持ちがほぐれるようだった。
「べルティーナさん、娘のドレスなのだけれど合うかしら?」
「侯爵夫人、申し訳ありません。せっかくの夜会でしたのにあんな騒動を起こしてしまった上にドレスまで・・・」
「あなたが謝ることではないわ。思慮の浅い殿下のせいですわ。それにドレスも娘が使っていないものだからどうぞ気にしないで?返却も不要よ。」
申し訳なさでまた泣きそうになっている私の手を侯爵夫人がそっと握ってくれた。でもそのすぐ後に俯いて
「こちらこそ、謝らなければいけないわ。夫は今日のことをきっと公表しないわ。ご存知かもしれないけれど夫はウィルドルフ様を支持しているの。他の招待客に知られていないことを良いことに今日のことも握りつぶすと思うわ。」
「そう・・・・・ですか」
「あなたにとっては納得のいかないことでしょうけど・・・・・・本当にごめんなさい。だからどうかドレスのことは気にしないで」
「いえ、私としてもこれ以上変に注目されるのは避けたいので。その方がありがたいです」
これは本音だ。ただでさえお飾りに選ばれた哀れな令嬢なのに、それ絡みで王族に怪我までさせられたとなればどんな噂を立てられるか分からない。
用意してもらったドレスに着替え、未だ治せていない傷を隠すようにストールを肩にかけ、そのまま侯爵家の紋章が入った馬車へと連れてきてもらった。
ショックでまだうまく働かない頭でどうして私が責められなければいけないのと何度も考えた。
その時馬車の外でガタンと音がした。
だ、誰・・・・?
ストールをぎゅっと掴み息を殺してじっとしていると、静かに扉が開かれた。
「べルティーナ嬢、大丈夫?」
顔を出したのはクリス様だった。息を止めてしまっていたことにも気が付かなかった私は安堵でホウッと息を吐いた。
「く、クリス様・・・・」
クリス様はそのまま馬車に乗り込み、ばたんと扉を閉じるとゆっくりと動き出した。
「両親から聞いたよ。大変だったね。今はアル・・・アレックスの顔は見たくないと思って無理やり俺が来たんだ」
「ありがとうございます・・・・。今は、アレックス様の顔は見たくなかったので・・・・」
クリス様はそうだよねと頷いてくれた。ガタゴトと馬車は揺れていたけれどふかふかのクッションのおかげで振動はあまり感じない。沈黙の中で侯爵家の馬車って高級なんだなとどうでもいいことを考えていた。
窓の外を眺めていた時、ふと先ほどクリス様が言ったアレックスの愛称である「アル」という言葉に引っ掛かりを覚えた。小さいころに会った「アル」という男の子。その子のことを思い出そうとした時クリス様が重い口を開いた。
「べルティーナ嬢、その・・・・アレックスのことなんだけど」
窓の外を見ていた私は視線だけクリス様の方へ向けた。
「あいつ、不器用だけどいい奴なんだ。俺の口から全てを話すことはできないけど、べルティーナちゃんのことはちゃんと考えてるから」
私はまた黙って視線を窓の外へと戻した。
クリス様、ごめんなさい。私はもう婚約破棄するって決めました。あの人のせいでこんな目にまであったのにもう嫌なんです。
その言葉を胸の中だけで呟いて窓の外を眺め続けたのだった。
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