↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娼館に堕ちた悪役令嬢を、元婚約者の王太子はもう一度愛する  作者: ももにく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/24

7

数日が過ぎた。


 マリアンヌは、自分の目がおかしいことを隠していた。


 誰にも言いたくなかった。


 言えば、弱い人間だと思われる気がしたから。


 それに――


 これ以上、自分から何かを奪われるのが怖かった。


「マリー、朝食持ってきたよ」


 ミラの声が聞こえる。


「ありがとう」


 マリアンヌは振り返った。


 けれど。


「……あれ?」


 ミラの顔が、ぼんやりしている。


「どうしたの?」


「いえ……」


 マリアンヌは目を細めた。


「ミラ、そこにいますよね?」


「いるけど……?」


「……なんでもありません」


 ミラは不思議そうな顔をした。


 マリアンヌは、笑って誤魔化す。


 しかし、心臓は激しく鼓動していた。


 昨日までは、こんなことはなかった。


 少し霞む程度だった。


 けれど今は違う。


 近くにいる人の顔さえ、はっきり見えない。


 マリアンヌは恐る恐る手を伸ばした。


 ミラの腕に触れる。


「……よかった」


「何が?」


「ちゃんと、ここにいる」


 ミラは困ったように笑った。


「変なの」


 その日の昼。


 マリアンヌは廊下を歩いていた。


 掃除をするためだった。


 いつも通り歩いているつもりだった。


 しかし――


「……!」


 目の前の階段が見えなかった。


 一段目に気づかず、足を踏み外す。


「きゃっ!」


 身体が前へ傾いた。


 誰かに腕を掴まれる。


「危ない!」


 ミラだった。


「マリー!」


「……ごめんなさい」


「どうしたの?」


「階段が……」


「見えなかった?」


 マリアンヌは答えられなかった。


 代わりに俯いた。


「……少しだけ」


 ミラは黙った。


「ねえ」


「はい」


「本当に、目が悪くなってるんじゃない?」


「……」


「一度、女主人に言おう」


「駄目です」


 マリアンヌは即座に答えた。


「どうして?」


「……怖いから」


 自分でも驚くほど、小さな声だった。


 病気だと知られたら。


 目が見えないと知られたら。


 自分の価値がなくなる。


 そう考えてしまった。


 その夜。


 マリアンヌは鏡の前に立った。


 自分の顔を見ようとする。


 けれど、鏡の中の自分がぼやけていた。


「……」


 手を伸ばす。


 鏡に触れる。


 冷たい。


「私……」


 声が震える。


「見えなくなるの?」


 答えはない。


 もう一度、目を擦る。


 それでも、ぼやけたまま。


「嫌……」


 涙がこぼれた。


「嫌よ……」


 マリアンヌは鏡に額をつけた。


「これ以上、何も奪わないで……」


 家を奪われた。


 身分を奪われた。


 婚約者を奪われた。


 名前まで奪われた。


 それなのに。


 今度は――


 目まで。


「……助けて」


 誰もいない部屋で、初めてそう口にした。


「誰か……助けて……」


 けれど。


 その声を聞く者はいなかった。


 翌朝。


 マリアンヌが目を覚ますと、部屋の中は薄暗かった。


「……朝?」


 窓のほうを見る。


 カーテンを開ける。


 いつもなら朝の光が差し込む時間だった。


 けれど――


「……?」


 光が、弱い。


 まるで厚い霧の中にいるようだった。


 マリアンヌは何度も瞬きをした。


 それでも変わらない。


「……どうして?」


 その瞬間。


 初めて、本当の恐怖が胸を支配した。


 もしかしたら。


 このまま何も見えなくなるのではないか。


 そう思った瞬間、足から力が抜けた。


「……嫌」


 床に座り込む。


「嫌……嫌……」


 そして彼女は、誰にも聞こえないように泣いた。


 その日から。


 マリアンヌは、少しずつ光を失っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。