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娼館に堕ちた悪役令嬢を、元婚約者の王太子はもう一度愛する  作者: ももにく


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17/19

17

月影館の中は、夜になると昼間とはまるで違う空気になる。


 笑い声。


 グラスの触れ合う音。


 廊下を行き交う人々の足音。


 そのすべてを、マリアンヌは以前より鮮明に感じ取っていた。


「マリー」


 ミラが小声で呼ぶ。


「なに?」


「さっきのお客さん、やっぱり変だよ」


「……そう?」


「うん」


 ミラは周囲を気にしながら言った。


「普通のお客さんなら、もっと周りを見て歩くのに」


「その人は?」


「足音が一定なの」


「一定?」


「うん。まるで、誰かを探してるみたい」


 マリアンヌは少し黙った。


「……誰かを?」


「そう」


 その言葉に、胸がざわついた。


 誰かを探している。


 自分も、昔はそうだった。


 大切な人を探すこと。


 今では、もうできない。


 マリアンヌは小さく首を振った。


「きっと気のせいよ」


 その頃。


 アルベルトは一階の酒場に座っていた。


 目立たない場所から、館の様子を観察している。


 セレネの侍女がこの館にいるという確証はまだない。


 だが、ここには何かがある。


 そう感じていた。


「お兄さん」


 隣の席から声がした。


「何だ?」


「この店は初めてかい?」


「ああ」


「なら、あまり奥には行かないほうがいい」


「どうして?」


 男は声を潜める。


「ここは普通の娼館じゃない」


 アルベルトの目が細くなる。


「どういう意味だ?」


「貴族相手の裏取引もあるって噂だ」


「裏取引?」


「人身売買とか、偽造証明書とか……まあ、噂だけどな」


 アルベルトはグラスを置いた。


 人身売買。


 その言葉が引っかかった。


「最近、若い女性が何人か行方不明になっている」


「……それも、この館が?」


「さあな」


 男は肩をすくめた。


「ただ、消えた女の中には貴族の娘もいるらしい」


 アルベルトの表情が変わる。


 これは単なる侍女探しではないかもしれない。


 その頃。


 二階では、マリアンヌが一人で廊下を歩いていた。


「……」


 何となく、誰かの視線を感じる。


 見えない。


 だから余計に怖い。


 マリアンヌは足を止めた。


「誰か……いる?」


 返事はない。


 けれど、数メートル先から男の足音が聞こえた。


 コツ。


 コツ。


 一定の間隔。


 その音を聞いた瞬間。


 マリアンヌの胸がざわついた。


「……この歩き方」


 知っている。


 どこかで聞いたことがある。


 けれど、思い出せない。


 男が近づいてくる。


 マリアンヌは壁際へ避けた。


 そして。


 二人がすれ違った。


 一瞬だけ。


 マリアンヌの手が男の服に触れる。


「……!」


 アルベルトが足を止めた。


 マリアンヌも止まる。


「……申し訳ありません」


「いや」


 アルベルトは彼女を見る。


 近くで見ると、やはりただの娼婦には見えない。


 姿勢。


 言葉遣い。


 立ち方。


 どれも異様なほど上品だった。


「あなたは……」


 アルベルトが口を開く。


「はい?」


「……いや、何でもない」


 アルベルトは言葉を飲み込んだ。


 マリアンヌも何も言わない。


 そのまま通り過ぎる。


 アルベルトは振り返った。


 彼女の背中を見つめる。


「……貴族?」


 そんな疑問が浮かぶ。


 しかし、彼女は盲目だった。


 そして娼館にいる。


 まさか、公爵令嬢などとは思わない。


 一方。


 マリアンヌも歩きながら考えていた。


「……あの声」


 何かを思い出しそうだった。


 けれど、思い出せない。


 ただ――


 あの男から、王宮の騎士たちが使う革製品と同じ匂いがした。


「……変なの」


 そう呟いた。


 その夜。


 アルベルトは女主人に尋ねた。


「この館には、どれくらいの女性がいる?」


「どうしてそんなことを?」


「気になっただけだ」


 女主人は笑う。


「たくさんいますよ」


「最近入った子は?」


「何人か」


「その中に、貴族出身の者は?」


 女主人の笑顔が、一瞬だけ消えた。


「……いませんよ」


 アルベルトは見逃さなかった。


「そうか」


 それ以上は聞かなかった。


 だが、確信に近いものが生まれていた。


 この館には、何か隠されている。


 そして――


 二階の盲目の女性。


 あの女性も、ただの娼婦ではない。


 アルベルトは翌日もここに残ることを決めた。


 その頃、王宮では。


 レオンハルトが窓の外を見ていた。


「アルベルトから報告は?」


「まだありません」


「そうか」


 レオンハルトは小さく息を吐いた。


 なぜか、胸騒ぎがする。


 まるで――


 もうすぐ何かが分かるような。


 そんな予感だけが、消えなかった。

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