15
街道を、一頭の馬が駆けていた。
馬上にいるのは、王宮騎士のアルベルト。
レオンハルトから直接命令を受け、セレネ付きの侍女を追っている。
「この先か……」
手元の地図を確認する。
侍女が最後に目撃されたのは、王都から西へ向かう街道だった。
そして、その先には一つの大きな街がある。
夜の街として有名な場所。
そこには、月影館もあった。
アルベルトは眉をひそめる。
「まさか……」
しかし、今はまだ確証がない。
馬を走らせる。
一方、その頃。
月影館では、マリアンヌが花を束ねていた。
「マリー、これどこ?」
ミラが花を持ってくる。
「少し大きい花?」
「うん」
「じゃあ、窓の近くがいいと思う」
「どうして?」
「香りが強いから」
マリアンヌは花に顔を近づける。
「この花、少し甘いでしょう?」
「……すごい」
「何が?」
「見えないのに、ちゃんと分かるんだね」
マリアンヌは微笑む。
「見えなくなったからこそ、分かることもあるのかもしれない」
以前なら、そんなことを考えたこともなかった。
見えることが当たり前だったから。
けれど今は違う。
世界は、少しずつ別の形を見せてくれている。
その日の夕方。
女主人がマリアンヌを呼んだ。
「マリー」
「はい」
「今夜、少し忙しくなるわ」
「……分かりました」
「あなたは客室の花を整えてちょうだい」
「はい」
マリアンヌは頷いた。
もう、以前ほど怯えなくなっていた。
何を言われても、淡々と受け止める。
それが自分を守る方法だと分かってきたからだ。
けれど――
夜になると、やはり不安になる。
知らない人間の声。
知らない足音。
自分の知らない世界。
目が見えないことで、そのすべてが何倍にも大きく感じられる。
マリアンヌは壁に手を添えながら廊下を歩いた。
そのとき。
カツン。
遠くから、靴音が聞こえた。
「……?」
足音が近づいてくる。
一歩。
また一歩。
マリアンヌは立ち止まった。
「誰……?」
返事はない。
けれど、足音は止まった。
すぐ近く。
マリアンヌは息を呑む。
「……」
しばらくして、足音が遠ざかっていく。
マリアンヌは胸に手を当てた。
「……怖かった」
それを聞いていたミラが近づいてくる。
「大丈夫?」
「うん」
「顔色悪いよ」
「見えないけど……何となく、人の気配って怖いね」
「私がいるから大丈夫」
ミラが手を握る。
マリアンヌは、その手を握り返した。
「ありがとう」
その頃。
月影館の外。
一人の男が建物を見上げていた。
アルベルトだった。
「……ここか」
侍女の足取りを追ってきた結果、辿り着いた場所。
だが、すぐには入らない。
王宮騎士だと知られれば警戒される。
そこで身分を隠して調査することにした。
「明日、客として入る」
アルベルトはそう決めた。
そして――
月影館の二階。
マリアンヌは知らなかった。
すぐ近くまで、王宮から来た人間が迫っていることを。
さらに。
その男が追っているのは自分ではなく、別の人物だということも。
夜が更けていく。
王都から遠く離れたこの街で。
二つの運命が、少しずつ交わり始めていた。




