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娼館に堕ちた悪役令嬢を、元婚約者の王太子はもう一度愛する  作者: ももにく


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13/18

13

王宮の記録庫。


 レオンハルトは、机の上に並べられた書類を見つめていた。


 毒薬の購入記録。


 脅迫状。


 機密文書の持ち出し記録。


 どれも、マリアンヌを犯人にするための証拠だった。


 しかし――


「一つずつ確認する」


 レオンハルトは最初の書類を手に取った。


「毒薬は偽物だった」


 次に脅迫状。


「筆跡は完全には一致していない」


 そして最後。


「機密文書……」


 そこには、マリアンヌが王宮の書庫へ入ったという記録が残されていた。


 レオンハルトは眉を寄せる。


「入室記録は?」


 側近が答える。


「あります。三日前の午後二時です」


「マリアンヌ本人が入ったという証拠は?」


「記録上は、そうなっています」


「記録上は?」


 レオンハルトの声が低くなる。


「はい」


「本人の署名は?」


「ありません」


「目撃者は?」


「……一人だけです」


「誰だ?」


 側近が答えた。


「セレネ嬢です」


 レオンハルトは黙った。


「また彼女か」


 偶然にしては重なりすぎている。


 毒薬。


 機密文書。


 そして脅迫状。


 そのすべてに、セレネの名前が何らかの形で関係していた。


「セレネ嬢の証言をもう一度調べろ」


「しかし、殿下。彼女は――」


「俺が聞いたのは、調べろという命令だ」


「……承知しました」


 側近が頭を下げる。


 レオンハルトは椅子に座り直した。


 その胸に、奇妙な感情が生まれていた。


 マリアンヌを疑ったときには、こんなにも細かく証拠を調べなかった。


 証拠が揃っている。


 そう思ってしまった。


 彼女が必死に否定していたのに。


「……俺は」


 レオンハルトは目を閉じる。


「何をしていたんだ」


 返事をする者はいなかった。


 その頃。


 月影館。


 マリアンヌは一人で花を束ねていた。


 以前なら簡単だった作業も、今は時間がかかる。


 それでも少しずつ慣れてきた。


「この花は……」


 指先で花びらに触れる。


「少し小さい」


「分かるようになった?」


 ミラが笑う。


「うん」


「すごいね」


「何となくだけど」


 マリアンヌも笑った。


 目が見えなくなってから、彼女は他の感覚が少しずつ鋭くなっていた。


 香り。


 音。


 触れた感触。


 人の声。


 誰が歩いているのかも、少しずつ分かるようになってきた。


「ミラ」


「なに?」


「今日、廊下を歩いていたのは誰?」


「え?」


「さっき、少し重い足音がしたから」


 ミラが驚く。


「……女主人だよ」


「やっぱり」


「分かるの?」


「少しだけ」


 マリアンヌは微笑んだ。


「見えない代わりに、聞くことが増えたから」


 その言葉に、ミラは少し寂しそうな顔をした。


 その夜。


 マリアンヌは自分の部屋で、母の形見の指輪を握っていた。


 唯一残されたもの。


「お母様……」


 指輪の表面を指でなぞる。


「私、ちゃんと生きています」


 誰も聞いていなくても、そう伝えた。


「だから……心配しないで」


 涙が一粒落ちる。


 けれど、以前のように泣き崩れることはなかった。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 マリアンヌは、自分自身を取り戻し始めていた。


 その頃。


 王宮では、セレネがレオンハルトの執務室を訪れていた。


「殿下……」


 いつものように、怯えた表情を浮かべる。


「どうした?」


「最近、マリアンヌ様のことを調べていると聞きました」


 レオンハルトの目が細くなる。


「それが?」


「……怖いんです」


「何が?」


「もし、マリアンヌ様が本当に無実だったら……」


 セレネは涙を浮かべた。


「私は、取り返しのつかないことをしてしまったことになります」


 レオンハルトは黙って彼女を見た。


 以前なら、この涙を信じていた。


 だが今は違う。


「セレネ」


「はい……」


「一つ聞きたい」


「何でしょう?」


「三日前、お前は本当にマリアンヌを王宮の書庫で見たのか?」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 セレネの表情が固まった。


 けれどすぐに涙を浮かべる。


「……はい」


「間違いない?」


「もちろんです」


「そうか」


 レオンハルトは静かに頷いた。


 そして心の中で、一つ決めた。


 ――もう一度、最初から調べる。


 今度は。


 誰の言葉も信じずに。


 証拠だけを見る。


 その視線の先には――


 かつて自分が愛した婚約者の姿があった。

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