13
王宮の記録庫。
レオンハルトは、机の上に並べられた書類を見つめていた。
毒薬の購入記録。
脅迫状。
機密文書の持ち出し記録。
どれも、マリアンヌを犯人にするための証拠だった。
しかし――
「一つずつ確認する」
レオンハルトは最初の書類を手に取った。
「毒薬は偽物だった」
次に脅迫状。
「筆跡は完全には一致していない」
そして最後。
「機密文書……」
そこには、マリアンヌが王宮の書庫へ入ったという記録が残されていた。
レオンハルトは眉を寄せる。
「入室記録は?」
側近が答える。
「あります。三日前の午後二時です」
「マリアンヌ本人が入ったという証拠は?」
「記録上は、そうなっています」
「記録上は?」
レオンハルトの声が低くなる。
「はい」
「本人の署名は?」
「ありません」
「目撃者は?」
「……一人だけです」
「誰だ?」
側近が答えた。
「セレネ嬢です」
レオンハルトは黙った。
「また彼女か」
偶然にしては重なりすぎている。
毒薬。
機密文書。
そして脅迫状。
そのすべてに、セレネの名前が何らかの形で関係していた。
「セレネ嬢の証言をもう一度調べろ」
「しかし、殿下。彼女は――」
「俺が聞いたのは、調べろという命令だ」
「……承知しました」
側近が頭を下げる。
レオンハルトは椅子に座り直した。
その胸に、奇妙な感情が生まれていた。
マリアンヌを疑ったときには、こんなにも細かく証拠を調べなかった。
証拠が揃っている。
そう思ってしまった。
彼女が必死に否定していたのに。
「……俺は」
レオンハルトは目を閉じる。
「何をしていたんだ」
返事をする者はいなかった。
その頃。
月影館。
マリアンヌは一人で花を束ねていた。
以前なら簡単だった作業も、今は時間がかかる。
それでも少しずつ慣れてきた。
「この花は……」
指先で花びらに触れる。
「少し小さい」
「分かるようになった?」
ミラが笑う。
「うん」
「すごいね」
「何となくだけど」
マリアンヌも笑った。
目が見えなくなってから、彼女は他の感覚が少しずつ鋭くなっていた。
香り。
音。
触れた感触。
人の声。
誰が歩いているのかも、少しずつ分かるようになってきた。
「ミラ」
「なに?」
「今日、廊下を歩いていたのは誰?」
「え?」
「さっき、少し重い足音がしたから」
ミラが驚く。
「……女主人だよ」
「やっぱり」
「分かるの?」
「少しだけ」
マリアンヌは微笑んだ。
「見えない代わりに、聞くことが増えたから」
その言葉に、ミラは少し寂しそうな顔をした。
その夜。
マリアンヌは自分の部屋で、母の形見の指輪を握っていた。
唯一残されたもの。
「お母様……」
指輪の表面を指でなぞる。
「私、ちゃんと生きています」
誰も聞いていなくても、そう伝えた。
「だから……心配しないで」
涙が一粒落ちる。
けれど、以前のように泣き崩れることはなかった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
マリアンヌは、自分自身を取り戻し始めていた。
その頃。
王宮では、セレネがレオンハルトの執務室を訪れていた。
「殿下……」
いつものように、怯えた表情を浮かべる。
「どうした?」
「最近、マリアンヌ様のことを調べていると聞きました」
レオンハルトの目が細くなる。
「それが?」
「……怖いんです」
「何が?」
「もし、マリアンヌ様が本当に無実だったら……」
セレネは涙を浮かべた。
「私は、取り返しのつかないことをしてしまったことになります」
レオンハルトは黙って彼女を見た。
以前なら、この涙を信じていた。
だが今は違う。
「セレネ」
「はい……」
「一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「三日前、お前は本当にマリアンヌを王宮の書庫で見たのか?」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
セレネの表情が固まった。
けれどすぐに涙を浮かべる。
「……はい」
「間違いない?」
「もちろんです」
「そうか」
レオンハルトは静かに頷いた。
そして心の中で、一つ決めた。
――もう一度、最初から調べる。
今度は。
誰の言葉も信じずに。
証拠だけを見る。
その視線の先には――
かつて自分が愛した婚約者の姿があった。




