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娼館に堕ちた悪役令嬢を、元婚約者の王太子はもう一度愛する  作者: ももにく


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12/19

12

王宮の地下にある記録庫。


 普段、王族ですら滅多に足を踏み入れない場所に、レオンハルトは一人で立っていた。


「婚約破棄に関する記録をすべて出せ」


 書記官が戸惑う。


「殿下……すべて、ですか?」


「そうだ」


「ですが、すでに処理が済んだ事件です」


「構わない」


 レオンハルトは冷たく言った。


「最初から調べ直す」


 書記官は頭を下げ、記録を探し始めた。


 しばらくして、分厚い書類の束が机に積まれる。


 レオンハルトは一枚ずつ目を通した。


 毒薬。


 脅迫状。


 機密文書。


 そしてセレネの証言。


 どれも一見すれば、マリアンヌが犯人だと思わせるものだった。


 だが――


「……おかしい」


 一枚の書類で手が止まった。


「毒薬の鑑定記録は?」


 書記官が答える。


「宮廷薬師が確認しております」


「誰だ?」


「宮廷薬師のバルドー卿です」


「その男を呼べ」


 数十分後。


 一人の老人が記録庫へやってきた。


「殿下、お呼びでしょうか」


「この毒薬について聞きたい」


 レオンハルトが記録を示す。


「鑑定したのは、お前だな?」


「はい」


「これは確かに猛毒か?」


「間違いありません」


「では、なぜマリアンヌの指紋が瓶についていない?」


 老人の顔が固まった。


「……」


「彼女の部屋から見つかったのなら、なぜだ?」


「それは……」


 答えが返ってこない。


 レオンハルトは目を細めた。


「もう一度、鑑定しろ」


「承知しました」


 老人が去ったあと。


 レオンハルトは別の書類を手に取った。


 脅迫状。


 筆跡鑑定の結果には、


『マリアンヌ本人の筆跡と極めて酷似』


と書かれている。


「極めて酷似……」


 レオンハルトは眉を寄せた。


「一致、ではないのか?」


 その違和感は、小さかった。


 けれど一度気づいてしまえば、無視できなかった。


 その頃。


 月影館では、マリーが花を整えていた。


「そこにある?」


 ミラが尋ねる。


「うん」


 マリアンヌは手探りで花瓶に触れる。


「少し右」


「ここ?」


「もう少し」


「……ここ?」


「そう」


 花を差し込む。


「できた」


 ミラが嬉しそうに笑う。


「上手」


「ありがとう」


 マリアンヌも笑った。


 目が見えなくなってから、初めて覚えた仕事。


 花を整えること。


 最初は何も分からなかった。


 けれど、花の形を指先で確かめ、香りを覚え、茎の長さを手で測る。


 少しずつ、できるようになった。


「マリー」


「うん?」


「最近、ちょっと元気になったね」


「……そうかな」


「うん」


 マリアンヌは少し考えた。


「ここにいるしかないから」


 その言葉に、ミラの笑顔が消えた。


「それでもいいと思う」


「え?」


「生きるために、何かを見つけるのは悪いことじゃないよ」


 マリアンヌは黙った。


「……そうだね」


 小さく頷く。


 その日の夜。


 マリアンヌは窓を開けてもらった。


 外から風が入ってくる。


 遠くで鐘の音が聞こえた。


「何時?」


「夜の八時」


「そう……」


 マリアンヌは風を感じながら、目を閉じた。


「ねえ、ミラ」


「なに?」


「王宮って、今も同じ音がするのかな」


「王宮の音?」


「うん」


 マリアンヌは少し笑った。


「朝になると鐘が鳴って……庭では噴水の音がして……」


「きっと今もそうだよ」


「そう……」


 少しだけ寂しくなる。


 けれど、以前ほど泣かなかった。


 もう、泣いても何も変わらないと知ってしまったから。


 その頃。


 王宮では、レオンハルトが一枚の書類を握っていた。


 再鑑定された毒薬の記録。


「……やはり」


 毒薬には、マリアンヌが触れた痕跡がなかった。


 それだけではない。


 毒薬が購入された店を調べると――


 購入者の名前が、存在しない人物になっていた。


「誰かが……最初から仕組んでいた?」


 レオンハルトはゆっくりと椅子から立ち上がる。


 そして、初めて口にした。


「……マリアンヌは、本当に無実なのか?」


 疑いは、まだ小さなものだった。


 けれどその小さな疑いが。


 やがて王国を揺るがす大きな真実へと繋がっていくことを、レオンハルトはまだ知らなかった。

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