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マインドオブマイナス  作者: 美民 栄
新人研修会編
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第六話 帰還 狂気

第六話 帰還 狂気


 新人研修大会。本来なら、新人電子操縦士たちの実力を広く知らしめる華やかな大会――そのはずだった。不思議な少年?との出会いから始まった、予想だにしない出来事の連続。電子世界(新人研修大会会場)からの脱出を目指し、ついには出口に辿り着いたものの、一級電子操縦の裃誠斗(かみしもまこと)さんを犠牲にしてしまった。


 ――徐々に、目に光が入ってくる。

「……さん……流木さん聞こえますか?」

 これは……援太さんの声だ。

「援太さん、全切さん!」

 そうだ。私は盾前電操株式会社大ホールに座っていたんだ。隣には援太さんと全切さんがいる。

「真依、無事?」

 いつもクールな全切さんが、珍しく焦った顔をしている。

「あぁ、大丈夫ですよぉっ」

 そう言って立ち上がろうとすると、脳天を殴られたような立ちくらみが襲った。私は尻もちをつく。

「とりあえず安静にしなさい」

 全切さんが軽く頭を支えてくれると、少し気が楽になった。

気分が落ち着いてくると、周りを見渡す余裕が生まれた。けたたましい救急車のサイレン、救急隊員がタンカーを持って走り回る姿。いつかの全切さんが言っていたことを思い出した。

――電子世界で負った傷は、現実世界では“精神的負担”として現れる。

もし、それが死に値するような怪我ならば、どれほどの精神的苦痛を負うのだろう。

「そちらの電操士さんは自力で歩行できますか?」

 私は援太さんと全切さんの肩を借りて立ち上がり、軽く一歩を踏み出してみる。

「なんとかなりそうです」

 笑いながら答えると、救急隊員は笑い返して別の場所へ向かっていった。

「ここは騒がしいですし、真依さんが無事ならば、一度事務所へ帰りましょう。一応片付けもありますし……」

「ちょっといいですか、援太さん。私どうしても気なっていることがあるんです」

「分かりました。僕たちは物資を車まで移動していますので、駐車場で合流しましょう。どうか無理せず」


 私は机や手すりを使いながら歩き始める。

「……さん!聞こえますか?意識ありますか?」

「お願い、目を覚まして」

「嘘だろ、嘘だよねぇ」

 一歩一歩会場内を進む度に、救護と嗚咽が飛び交う。こんな状況、誰がどうして望んだのだろう。悔しくて、不甲斐なくて、どうしようもなくて、涙を流すしかできない。

 ステージ近くに人だかりを見つけた。もしかしたら、あの人がいるかもしれない。

「裃さん……」

 思わず口が動く。何度も助けてくれた挙句、最後には自身を犠牲に出口まで導いてくれた命の恩人。どう考えても、私みたいな新人よりも、人望と実力に恵まれた裃さんが生きるべきに決まっている。もしもそのまま世界の崩壊に飲み込まれてしまったら……

 そんなことは私の想像に過ぎない。そう思っているとしても、絶望に押しつぶされて、しゃがみこんでしまう。今にも吐きそうな口を手で押さえる。

「もしかして、君……?」

 背後から右肩を軽く二回叩かれた。私はゆっくりと振り返る。

「君だよね?最後まで残っていた新人さんは」

 蛍光灯の光を反射する銀髪、隆々とした腕の筋肉、その姿は

「裃さん!」

 私は気づいたら抱きついていた。もはや痛いファンなどどうでもいい。

「無事脱出していたんだね、よかった」

 溜まっていた思いが弾けたように、いっぱい泣いた、いっぱい叫んだ。そして、いっぱい慰めてもらった。

「裃さん無事だったんですね!」

「俺かい?俺は緊急救護用の特別設定で電子世界に入ったから、いつでも緊急脱出ができたんだよ。君が出口から出たのを確認したら外界のアシスト電操士に頼んですぐに緊急脱出したさ」

「え?」

「え?俺なんか悪いことした?」

……。

 さっきまでの感情を返してほしいところだが、とりあえず自分たちの無事が確認できたことを喜び合った。

「ところで君、名前を聞いていなかったね」

「流木真依と言います。流れるTreeで流木です」

「流木さんか、素敵な名前だね」

「いえ、それほどでもぉ」

 頬が熱くなり、両手で覆って隠した。

「ところで事務所は?一体どこに所属しているの?」

「事務所ですか?全切電子操縦事務所です!」

「全切……?」

「ごめんなさい、最近できた極小事務所ですから、存じてなくて当たり前です!あはは」

 笑顔を繕う私に対して、裃さんはどこか浮かない顔をしていた。

「それじゃあ、またいつか」

 裃さんはそのまま会場の奥の方まで行ってしまった。

どうであれ、裃さんが無事だったならば良かった。おかげで体のだるさも少し和らいだ気がした。相変わらず足は重いが、私は歩いて全切さんたちが待つ駐車場に向かった。

 建物から出て少し離れたところに、ワンボックスカーが一台。夕日が沈む直前、シルバーのボディーを一瞬緑色に染めた。

 シルバーと緑……。

車と私の間に、生ぬるい風が通りすぎていった。


 しばらく休暇をもらった。一日目は倒れるように寝ていた。二日目もだらだらとスマホを見ていたら、いつの間にか日が沈んでいた。

 さすがに三日目は何もしないと悔しいから、化粧をしてみた。鏡の前に立つ。髪の毛はぼさぼさ、肌は大荒れ。

 薄ら目でスマホの電源をつけると、流行りの音楽を流し始めた。前奏のエレキギターが私の目を開かせる。ボーカルが始まると、心臓が高鳴ってきた。

「ふふーふふーふ、ふーんふん」

 鏡の反射光はステージライト、化粧ブラシはマイク。

――今の私はバンドのスターボーカリスト!

 リズムに合わせてアイラインを引き、ビートと共に髪を結ぶ。最後に鏡をみて、思わず口角が上がった。

「最高じゃん」

 鏡の中には、ちょっとドヤ顔した”いつも以上の真依”がいた。せっかくだから新しい化粧品でも買ってこようかな。


 久しぶりの出勤。働かずにお金が手に入ればいいのにな、と思いながらビルの階段を上がる。

「ん?なにこの匂い?」

 事務所の扉の前で足が止まった。恐る恐るドアノブに手をかけた。

「おはようございます……」

「おっ!おはようございます真依さん」

「……」

 全切さんはこちらにチラッと目線を送ってくれた。そして援太さんは

「今日はパーティーですよ!」

「え?!パーティー?」

 無意識に踵が上がった。

 援太さんは紺色のエプロンを着て、事務所の隅にあるコンロで何かを回している。

 私は気づいてしまった。この香りの中心にあるものが何なのか。援太さんの前で、静かに存在感を放つあの鍋こそ――

「カレーですね!」

「ピンポーン」

 全切さんがパソコンをいじりながら抑揚ゼロで答えてくれた。

 援太さんが、ほかほかの白いご飯に、とろりと滑らかなカレーを丁寧にかけていく。立ちのぼる湯気に眼鏡がほのかに曇りながらも、手を止めずに私の前へ配膳してくれた。

三人のデスクを整えて、援太さんがカレーとスプーンを用意する。そして全員が席についたとき

「せーのっ、流木真依さん、新人研修大会お疲れ様!」

“バンッ!”

 クラッカーの紐が踊るように宙を舞った。

「真依さん、本当にお疲れ様です!」

「頑張ったね、真依」

 いつの間に援太さんはパーティーハットを、全切さんは面白眼鏡をかけていた。

「ありがとうございます。私のためにこんな凄いのを!」

 思わず目を見開いて両手を頬に当てた。

「さぁ冷めないうちに頂いてください」

「もちろんです!」

 スプーンを手に取る。その瞬間、カレーの湯気がふわっと顔にかかった。

「うわ、いい匂い……!」

 ひとすくいして口に入れた途端――

「んんっ!? なにこれ、やば……!」

 声が漏れた。スパイスの香りが一気に広がって、頬が勝手にゆるむ。

「援太さん、これマジでお店レベルなんですけど!」

「そうなんです!」

 援太さんの眼鏡がキラリと光った。

「まずは小麦粉を炒るところから初めて、一日前から鶏肉をヨーグルトで漬け込みまして。ターメリックはもちろんガラムマサラ、チリパウダー、りんごジュースを加えましてですね、温度はというと…………」

「懲りないよねぇ」

 全切さんが呆れ笑いをしながら、頬杖をついて援太さんを見ていた。

 必死に熱弁する援太さん。呆れている全切さん。それを笑いながら見る私。なんだか体の底から温かくなるような気がした。これはきっと、カレーのスパイスの影響だけじゃない。今日の事務所は、いつにも増してキラキラしていた。これがいつまでも続けばいいな。

「そうえば、車乗る前どこ行っていたの?」

 急に全切さんがこっちを向いた。

「えっ、えっと、新人研修大会の帰りの直前のことですよね?」

 顎に手をつけて思い出す。

「大会中に助けてもらった人にお礼を言いに行っていました。私てっきり、その人死んじゃったと思っていたんですけど全然元気で気が抜けちゃいました。あははぁ」

「そう」

 全切さんが一口カレーを食べる。

「誰なの、その人」

「それが驚かないでくださいよ。あの裃さんです!」

 全切さんのスプーンが止まった。目線が、わずかに逸れる。

「……そう」

 思ったよりも薄いリアクションだったなぁ。まあ全切さんならしょうがないか。

「スパイスは最初に入れてはダメでして、先に赤ワインとりんごジュースを入れて三十分煮込んでアルコールと酸味を飛ばすのです!ここを怠ると雑味が増えてしまってですね、ここまでの玉ねぎが台無しになってしまってですね…………」

 まだ言ってるよこの人。


 「よろしいのですね。誠斗坊ちゃん」

「何度も言っているじゃないか。世間がどう言おうが、俺はやり通す」

「かしこまりました。坊ちゃんが望むならば、どこまでも」

「それと、仲居さん。ターゲットはあくまでも”アイツ”だけだ。…彼女は傷つけるなよ」

「この仲居(なかい) 堅司(かたし)、坊ちゃんの命に背いたことはございません」

 いつも良くしてくれる仲居さんには申し訳ない。だが、俺はもう腹をくくったのだ。法を犯そうが構わない。全てはあの女に見せつけるためだ。

 全部お前が悪いんだ。

 最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。

 第一話から続いてきた「新人研修大会編」はここで区切りがつきます。次回、第七話からは「サイコパス編」となります。

 まだまだ続く電子操縦士たちのお話。あのキャラが出たり、深掘りされたり、今後もお付き合いいただけたら幸いです。

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