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マインドオブマイナス  作者: 美民 栄
サイコパス編
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7/7

第七話 電話 対立

 今回、第七話からは、「サイコパス編」となります。新人研修大会を乗り越えた全切事務所たちは、今後どのような苦難が待っているのでしょうか。今後ともお付き合いください。第七話よろしくお願いいたします。

第七話 電話 対立


「グローブ回転率七十パーセント!」

“キィィィーキィー”

“キュゥゥーユ”

“ガ ガ ガガー”

 けたたましい断末魔――いや、機械音が電子世界に響き渡る。企業の取引情報を狙ったウイルスたちが、一つ、また一つと消えていく。周りを見渡して、全てのウイルスが消えていくのを確認すると、手元に目を移した。手先がまだピリピリしている。でも、前みたいに息が上がるほどの疲労感はない。

「ん…」

 ポンと全切さんが私の肩に触れた。新人の頃は声をかけることすら難しそうだった全切さんが、今ではこうして自然にコミュニケーションを取ってくれる。私には分かる。全切さんはお話したり、表情に出したりするのが苦手なだけで、優しい人なんだ。

「お二人ともご苦労様です。今回もバッチリでしたね!今帰還準備します」

 電子操縦用チョーカーから聞こえる援太さんの声は、いつも私の筋肉を緩めてくれる。それは精神的にも、物理的にも。

「電子世界からの帰還確認。お疲れ様でした、全切さん、流木さん」

「こちらこそ、いつも援太さんにはサンキューです!」

 援太さんの眼鏡が曇り、もじもじしながら、「そんなことないですよ」を連呼している。かわいい。

「真依、こっち」

 照れている援太さんを横目に全切さんが手招きしていた。私は全切さんと今回のクライアントのところへ向かった。私が全切さんの隣に立つと

「こちらが本日の駆除内容になります。請求書の確認と印鑑をお願いいたします」

 全切さんが頭を下げるのを見て、私も慌てて真似して頭を下げた。

「ん…」

 頭を下げたところで全切さんと目が合うと、感心するような笑顔を見せてくれた。きっとクライアントへの対応方法を教えようとして呼んでくれたのだろう。でも、できれば事前に一言もらえるとうれしいのだけど。

 顎のひげを撫でながら、クライアントは呟いた。

「いつも全切さんのところには大変お世話になります。いやぁ、それもここのところウイルスの出現が増えていましてね。情報の扱いには特に気を配らなければ」

 全ての仕事を終えると、駐車場で待ちくたびれたワンボックスカーに乗り込んだ。

「この時間から事務所に帰ると西日がしんどいですね。気を付けて帰りましょう」

 全切さんフーっと息を吐くと車が動き出した。

「それにしても、流木さんの活躍すごかったですね!画面越しに見ていましたよ。あれから一か月過ぎたとは思えないくらいです。新人研修大会のときとは大違い!」

「ホントですか!?」

 そう言葉を返すと、全切さんが少し強めにアクセルを踏んだ気がした。

「最近ウイルスが増えているとか言っていましたが、この調子なら何が来ても大丈夫ですね!」

 景気のいい言葉を聞きながら、私は頬杖をしてビルに沈む夕日を見ていた。


 電話は苦手だ。言葉を考えている時間もないし、敬語は難しいし。だから事務所にかかってくる電話は基本的に援太さん、時々全切さんが受けている。

 しかし、

「ちょっと買い出し行ってきますね!」

「休憩もらいます……」

 二人そろって外出とかムリなんだけど。大抵の場合、こういう時に限って

“プルルルル プルルルル プルルルル”

 最悪だ。三コール以内には出なければ。

「は、はい、お電話ありがとうございます。全切さん、じゃなくて、全切電子操縦事務所です!」

 握りしめた受話器が汗でじんわり湿る。

「すみません。パソコンに不具合があって、住所は……」

 淡々と、温かみのない声が続く。何だか聞いているだけで余裕がない感じ。

「以上です。お願いします。」

「あっ、待ってお名前!」

“プーーッ プーーッ”

 不意を突かれるようにして電話が切られてしまった。どうしよう、住所があれば現場には行けるけど、名前が分からなければ、クライアントを特定できないぃ。

 メモを握りしめながら、事務所中をあたふた歩き回っていると

「ただいま帰ってきました!」

「休憩あざます…」

 ガーーン、終わった。

「どうしました?流木さん。顔が青いですか…?」

「そ、そ、それがですね……あはは」

 窓は全部閉まっているはずなのに、事務所に冷たい風が吹いた。

「はぁ…」

 社長椅子で足を組む全切さんに、私は一億回頭を下げた。


 少し雑なアクセルとブレーキに体が揺れる。

「名前と要件、電話番号。聞かないと案件進まないから」

「はい。その通りです。すみません」

 トホホ……。今回はこの程度で済んだけど、この沈黙が一番こわい。

“パチン”

「よし!これから行く現場の確認をしましょう!」

 援太さんが手を叩いて空気をリセットすると、助手席から資料を読み上げた。

「場所は西遅稲田一の六の一、四階。一般企業のオフィスと推測します。昨日からパソコンがフリーズ、改善が見られないことからウイルス感染の疑いあり、とのことです。」

「あと十分ぐらいで着くから」

「はい」

 トーンが低い返事をすると、車は赤信号で停止した。


 現場は何も変哲もないコンクリート製のビルであった。強いて言うならば、大きい大学が近いために、私よりやや若い世代が多い。通り過ぎる人たちは、どこか和気あいあいとしていて、どこか繋がりが薄い。その空気は、目の前のビルにも似ていた。

「流木さん、電子用チョーカーのセット運んでもらってもいいですか?」

 どうしてコンクリートは冷たいのだろう。丈夫さと引き換えに、何か大事なものを失ったみたいな――そんな感じがした。

「流木さん?」

「わっ!ごめんなさい」

 背後からグッと援太さんがのぞき込んできた。

「どうしました?ぼーっとビル見つめていましたけど」

 何でもないですと弁明すると、私は急いで電子用チョーカーセットが入った段ボールを持った。落ち込んでないかとか、電話のことは気にしなくていいとか、お腹すいていますかとか、浴びるほどの心配とミニチョコレートをもらうと、エレベーターに向かった。

 エレベーターには書類の入ったカバンを持つ全切さんがいた。たまたまタイミングが一緒になってしまったようだ。私は目線をそっと下に移した。それとは相反してエレベーターは上がっていく。二階……三階……

「……あたしも、電話……苦手だから」

「えっ?」

 今なんて?

“チン!ヨンカイデス”

 全切さんは扉が開いた瞬間に、エレベーターから降りた。私はなびく全切さんの赤い髪に見惚れると、急いでエレベーターから降りた。


 「誰もいないですね」

「そうね……」

伝えられた住所どおり、ビルのオフィスに入った。人気のない部屋を二人で見渡す。

「私住所間違えちゃいましたかね…?」

 その時だった

“ガチャッ”

 後ろから電子用チョーカーを押し当てられた。「あっ」と声を出す暇もなく、意識が闇に落ちた。

 落ちたかと思えば、今度は意識が急激に浮上する。 何が起きたのか、どうしてこうなったのか――考える余裕すらないまま、視界が一気に開けた。

“ファーーン”

「地下鉄……?!」

 気づけば、私たちはプラットフォームで倒れていた。青色の筋の入った電車が通り過ぎる。

「おい!援太!聞こえる?応答して」

 いつの間にか立ち上がっている全切さんが、チョーカーに向かって何度も呼びかける。しかし、その声は虚しく響いて消えていった。

「クソッ……とりあえず周り調べるよ、真依」

 ピリッとした空気が一瞬走ると、全切さんがスタスタと歩き始めた。

「は、はい!」

 うろたえながらも、私は全切さんについていった。

“カツ カツ カツ カツ”

 プラットフォームを端から端まで歩いていく。企業の広告、ホームドア、随分と大きい駅みたい。端まで行くと上階へ行くエスカレーターが見えた。

「上ってみよう……」

「はい……」

 エスカレーターのベルトに手をかけた時だった。乗る直前で足を止める。

「間もなく、一番線に、〇▼#%!がまいります。黄色い点字ブロックの内側にお下がり下さい。間もなく……」

 声が濁り、言葉が崩れていく。

「構えて、真依」

 全切さんが小さな声で言った。その一言で全身に力が入る。グローブに電子が集まる。全切さんの手から大鎌が作られる。

二人しかいない地下鉄、不気味なアナウンス。

“ファーーン”

 警笛が鳴り響いた時だった。音の鳴る方へ振り返るとーー

“キュイーーン”

“キュゥゥーユ”

“ガ ガ ガガー”

 その音は、電車の到着を知らせるものであるはずがない。やってきたのは電車ではなく、無数のウイルスだった。人の形をした一つ目のウイルス、足の生えた蛇のようなウイルス。歪み、叫び、這い寄るその姿は、見ただけで吐き気がするほど『生理的に無理』だった。

「真依、倒すよ!」

 全切さんと背中を合わせると、一斉に飛び掛かった。

「サイス加速率五十パーセント」

 全切さんが右手を振るうと、それに合わせるようにして、大鎌が宙を舞う。ウイルスの悲鳴が聞こえるよりも前に、何体も何体も、切り裂かれていく。

「グローブ回転率百パーセント!!」

 手のひらから放たれた電子は、地面を通りウイルスの体へ刺さる。

“キュイーーン?”

“ズゲ ズゲ ゲェェ”

“ダダダ ダヴァヴァ”

「まずいです!倒しても倒してもキリがないです!」

「う゛、うん……」

 拳を振るえど、大鎌を振るえど、どんどんと上り側の線路からウイルスがやってくる。まるでコピー&ペーストで大量生産されているみたいだ。じんわりと体力が奪われていく。援太さんがいれば、ウイルスの場所や数を教えてくれるのに……。

「きゃっ何!?」

「ごめん真依!そっちにウイルスが!」

 全切さんが切り逃したウイルスが私の腕を掴んできた。次の瞬間、ウイルスの手が縄のように伸び、私の体を口から足先まで容赦なく絡め捕った。 息が詰まり、声が喉の奥で潰れる。

“キキィーダダハ”

 私を拘束したウイルスがエスカレーター付近へ走り始めた。

「ん、んん…」

 どうにか喋ろうとしても、開くことができない。

「真依、今そっちに……」

“ウダウダーーダダダ”

“キャァァァァ”

数多のウイルスが統率されるように全切さんの妨害に集中する。その間にも私を連れたウイルスは、上階方向のエスカレーターに乗る。

「ん……ん」

 助けを求めて声を絞り出すのに、エスカレーターは容赦なく上へと運んでいく。私を拘束したウイルスは、首をゆっくり百八十度回転させると、遠ざかるプラットフォームへ手を振った。それはまるで私たちの絶望を楽しむかのように。

“ヴァアイ バイ”

「真依、真依ぃぃぃ……」


 「随分と醜いなぁ。……それでも一級電子操縦士のつもりか?」

 あたしの背後から聞こえる甲高くも太い声。腕輪が服と擦れる音。振り返る必要も気分もない。

「あぁ、『元』一級電子操縦士だったか、今は」

 奴の声で全てのウイルスが静止した。どれもこれも奴が仕掛けたのか。悪ふざけも甚だしい。

「その程度の実力じゃ、元ナンバーワンも堕ちたものだな。ははっ」

 だんだんと近づいてくる奴に、あたしは目線を後ろに送った。

「何のつもりだ……」

 目線が奴と合った。

「かつての師に向かって……裃誠斗」

 奴は、眉間にしわを寄せて唸るように言った。

「俺は一度だって、お前を師匠とは思ったことなんてない。全切最子!」

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