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第五話 崩壊 脱出

 この作品を書き始めて第五話まで続けることができました。この第五話が、第一話から始まった新人研修大会編のクライマックスになるはずです。はずです……。今回も最後までお付き合いください。よろしくお願いいたします。

第五話 崩壊 脱出


 私、流木真依は、新人研修大会の会場である電子世界の商業ビルの一階にいた。突如現れた危険特殊ウイルスType kill zero one(TK 01)によって新人研修大会は一変、血の海の上に私は立っている。

「ねぇねぇネムリ、本物の出口はどこにあると思う?」

 こんな危険な状況、まずは兎にも角にも電子世界からの脱出を目指すのが最優先だ。しかし、TK 01によって出口が消されてしまった。

「うーん、恐らく一階にあると思うのだけど」

 出口がなくなり絶望的な事態の最中、私は不思議な少年?ネムリと出会った。ネムリは、出口はまだあることを教えてくれた。そうときたら超元気!私は這いつくばって、隅から隅まで一階を捜索した。


 「全部のテナント探したけどないよ~」

 瓦礫に埋もれた場所や、血で汚れた場所も、トイレもバックヤードも隈なく見た。しかし、出口の『で』の字もない。このままココで一生だなんて……

「出口はどこにでも作れるものではないんだ。この世界は電子でできているから、電流の流れが強いところには作ることはできない。逆に言えば電流が穏やかな場所に作ることが多いんだよ。」

 ネムリの声は、まるで水面みたいに静かだった。

「ネムリって詳しいね」

「まあね」

 ネムリと話していると、この焦燥感が少しながら和らぐような気がする。なんだかネムリには無意識のうちに頼ってしまう。

 私は手を動かすのを止めて、少しネムリと話すことにした。

「直接あのウイルスに聞くことができれば早いのになぁ」

「あいつは真依のこと殺したと思っているはずだよ。むしろ出会った瞬間にまた殺されちゃうかも」

「えっ?でも私殺されなかったし、むしろピンピンしているけど?!」

「真依が今元気なのはちょっと特殊なことでね、まぁ色々あって……」

「ちょっとそれどういう意味?!」

 ネムリが下に目線を逸らした。てか、私の体はどうなっているの?

「ほら、出口探さないと」

 話を変えられてしまった。仕方がない、今は話してくれる様子はなさそうだ。

 私たちは再び出口を探し始めた。


 出口を探しているうちに、ビルのエントランスホールに戻ってきた。ちょうどTK 01と対峙した場所だ。なんとなく悪寒が走る。

「ねぇネムリ、私を刺したウイルスってまだいるのかな?」

「そうだね……」

 ネムリはゆっくりと顔を上げた。

「上の方で電子が乱れている。もしかしたら上の階にいるかもね」

「うそ!どうしよう?!また会ったら私……」

「取り乱す必要はないよ。だって上の階には一級電子操縦士がいたじゃないか」

「そうだ!(かみしも)さんがいた!」

 裃さんなら大丈夫。だって一級電子操縦だもの。あの人が負けるはずがな……

 “ガッシャーン”

 天井のどこか高い場所から、何かが落ちてくる音が響いた。粉塵が一気に吹き下ろし、視界が白くかすむ。私はあわてて目と口を塞いだ。

 粉塵が少し地面に落ちていくと、天井に大きな穴が開いていることに気づいた。一階と二階、いや、もっと上の方から空いている。そして聞き覚えのある声が聞こえた。一瞬で胃が痛くなるあの声だ。

「ちょっとー、イタイんだけどぉー」

 声が途中でぷつぷつ途切れて、音程が揺れていた。

 粉塵が完全に落ちると、仰向けに倒れたTK01と、それの首根っこを掴んで馬乗りになっている裃さんがいた。

「吐け。ここに来た目的はなんだ」

 裃さんの声は低く、抑えた怒りが滲んでいた。

「ご、拷問したって無駄だよん。ぐはっ、だって僕ちんには情報を吐かないプログラムが何重にもされてあるんだもん。」

 TK01は全身傷だらけであることに加え、裃さんに首を掴まれている。どう考えても裃さんの方が優位なのに、どうして余裕な口ぶりなのだろう。

「この世界から出たいなら自分で探せばぁん?」

「あまり電操士をなめるなよ」

「う゛ぅ」

 裃さんは手の血管が浮き出るほど、より強くTK01の首を絞めつけた。するとTK01はこちらに指をさして

「ほ、ほら、こんな拷問する姿ってさあ、見られていいの?そこのレディーが君を見ているんじゃない?」

 裃さんは振り返り、私を見た。その瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。

「君?!」

 その刹那だった。

 さっきまで倒れていたはずのTK01が、気づけば私の背後にいた。動きに『間』がなさすぎて、人間のそれじゃない。そして奴の左手に持つナイフが私の首のすぐそばにある。人質にされてしまった。

「良かったー、レディーが居て」

「ご、ごめんなさい、裃さん」

 ナイフの冷たさが首元に触れた瞬間、足が勝手に震えた。呼吸がうまくできない。視界がじわりと滲む。

「さてぇ、どうする?レディーに何もしてほしくないならさぁ……」

 息が首筋にかかるほど近い距離で、ねっとりと囁いてくる。私の右太ももあたりを触ってきた。

「やめろ!なんでも要求を吞む。その代わり彼女に手を出すな!」

 裃さんは鋭い眼差しを向けながら、両手を上げた。

「じゃあね、土下座」

 奴はくにゃりと笑って見せると

「ほら謝れよ。あれだけ暴力振るっといてさぁ、最強の電操士さんよぉ」

 TK01の言葉に熱がこもる。

 裃さんは両手を上げたまま右膝を地面につけた。右膝が付くと、地面に溜まっていた塵が少し舞った。

 やだやだやだ、なんで裃さんがそんなことしなきゃいけないの。

「裃さんやめてください!私のためなんかに」

「そういえば、これってリアルタイムで中継されているんだっけ?ウケる。あの裃 誠斗の土下座ショーだってさ」

 どうしよう、どうすればいい。私が非力なばかりに裃さんが……。

「大丈夫だよ。新人さん」

 悟るように裃さんが口を開くと、そのまま左膝を地面につけた。後ろでTK01が高笑いしているのが聞こえる。

「頭下げろよ、あ・た・ま」

 首元からナイフの冷たさが伝わってきた。天井に開いた穴がこちらを見る。

“大丈夫だよ。新人さん”

 あの言葉だけが頭の中で反芻する。誰か助けて……。


 「リング加速率七十パーセント」

 まばたきする間に、全てがが済んでいた。裃さんの両手首に素早く電子が集まったと思えば、二つの黄金のリングと化し、それが回転すると、TK01の首と左手目掛けて飛んだ。その後はと言うと

「あァ…今日ハ楽しカったのに……ウハハッ」

 急所を突かれたTK01は膝から倒れ、ノイズを立たてながら体が崩壊し始めた。それも、不気味な笑みを浮かべながら。

「またアオウね、もし、ツギがあれバ」

奴はそう捨て台詞を残すと、跡形もなく消えていった。私は消失を目で確認すると、集中の糸がプツンと切れたように、背中から倒れこみそうになった。

「大丈夫かい?」

 裃さんが落ちてくる私をそっと受け止めてくれた。ってか裃さん近っ。あぁあ、状況が状況なら嬉しくてキュン死していたのに。至近距離のまま、裃さんは会話を続ける。

「すまない、出口を聞き出そうとしてウイルスをすぐに駆除しなかった俺が悪い。おかげで君がこんな目に……」

 憧れのイケメン最強電操士がこんな近くに……。このままずっと―。

 いや、待てよ。これってリアルタイムで放送中だよね?そうならば色々まずい。

「いえいえいえ!とんでもないです!」

 私は一旦冷静になると、裃さんから飛び降りた。こんな状況リアルタイムで流れてしまったら、一部の裃ファンに何されるか分からない。本当はもうちょっと抱かれていたかったけど。

「君、首のところに切り傷が」

 裃さんが一歩近寄って、私の首元を触ろうとする。私には裃さんの顔回りにバラの花びらが舞って見えた。思わず頬が赤くなる。が、しかし。

「あ、あのこれぐらい、全然大丈夫ですから。あははー」

 一歩下がって自力で止血する。あの裃さんに新人ごときが生で触れられてみろ、炎上ではすまないぞ。

「ごめん、嫌がらせる気はなかったんだ。もしかしてセクハラだった?」

「そんな!そんなことはありません!セクハラ、パワハラ上等!」

 この人強くてかっこいい上に気遣いもできるのか?!なんという人格なのだ。そりゃ痛めのファンもつくわけだ。

「上等って、それはまずいんじゃない?」

 裃さんが笑ってくれた。

「君面白いね」

 なんだかお腹の底が温かくなる感じがした。血の海とか、殺戮とか、ウイルスとか、もはやどうでもいい気がした。

「真依、上だ。逃げろ!」

 ネムリの声だ。そういえばネムリは?

“ガシャーン”

 天井が爆ぜるような音が響いた。


 間一髪だった。あのネムリの声がなければ、そのまま生き埋めだっただろう。一階の柱が崩れ、天井が落ちてきた。私と裃さんは、先ほど裃さんとTK01が開けた天井の穴のところに避難し無事だ。しかし、一階は完全に潰れ、今は二階という名の一階にいる。

「君、大丈夫かい?」

 粉塵が晴れると、裃さんとリングが、瓦礫から私を守ってくれていたことに気づいた。

「ありがとうございます裃さん。何度も助けられてしまって……」

「お礼は後だ。今はこの電子世界が危ない」

 そう言われると、私は周りを見て初めて気づいた。TK01がノイズとともに崩れていったように、世界がノイズを立てて崩壊し始めている。

 私たちは出口を探して歩き始めた

「とにかく出口だ。おそらくあのウイルスの崩壊がトリガーで世界が崩壊し始めたのだろう」

 裃さんは瓦礫を払いのけながら、冷静に分析する。

「一階は隈なく探しました。まぁ今一階はなくなっちゃいましたけど」

「危ない!」

 私の足の着いた場所が、いきなりノイズとともに消えた。転びそうになったところを、またもや裃さんに助けてもらった。

「……に広……に電流を……ことさえできれば……」

 裃さんが私に聞こえないぐらいの音量で呟いた。

「待ってください!今なんて言いました?!」

「あっ、すまない。別に大したことじゃないんだ。ただのタラレバさ。」

「違います!もう一回言ってほしいんです!」

「え?!一気に広範囲に電流を流すことができれば出口を探せるのにって」

「それです!」

 私の頭の中で、花火のように閃光が弾け、一つの回路がつながった。

「裃さん!それってどうすればいいのですか?」

「どうって、出口は電流の流れが穏やかな場所に作るから、一気な電流を流せれば緩やかな場所が分かるけど」

「それは知ってます!」

「そ、そうか……」

「どこで流せばいいんですか!」

 立場が入れ替わったかのように、大きな声で裃さんに問う。

「流すとしたら、世界全体に流れやすい上の方からだろうな」

 情報は揃った。後は動くだけだ。生きるか、死ぬか、やるしかない。

「裃さん、お願いです。私を最上階の六階に連れて行ってください」

「できるんだね?君に」

 私はこの時、後にも先にもしたことがない真剣な表情で頷いていたことを、知るはずもなかった。


 表の階段も、非常用階段も、行ってみたがノイズで使い物にならなかった。唯一上に行くことができる手段、それは裃さんとTK01が開けた天井の穴しかなかった。

 六階から一階までTK01の首根っこを持ちながら、床を突き破るって、裃さんの力って半端じゃないんだろうな。

「幸いなことに、世界が崩壊してくれたおかげで、瓦礫の山や剥きだしの鉄筋のおかげてなんとか上には行けそうだね。難しそうな場所は俺のリングを足場にすればいい」

「ありがとうございます、助かります」

 私たちは足場になりそうなところ、掴めそうな場所を駆使しながら、上階へ這い上がっていく。

“ガシャリ”

“ザザッザザ”

“はぁ、はぁ”

 瓦礫の軋む音、ノイズ、吐息、ありとあらゆる音が耳に入ってくる。それでも私たちは上を目指す。

 二階、三階、順調に上がる。

 四階、皮肉にもまた帰ってきてしまった服屋。

 五階、

“キィィィーキィー”

 耳に障るこの音、これは

「ウソ、まだいたのかよ、ウイルス」

 両手で天井の蛍光灯を掴んでいるせいでウイルスに抵抗する術がない。

「リング加速率十パーセント」

“ウッ キュキュー”

 裃さんが片手を差し出すと、生み出されたリングにより、ウイルスは一瞬で消えた。きっと新人研修大会のために用意された、新人でも倒せるウイルスの残りだったのだろう。さっきとは比べ物にならないほどあっけなかった。

「さぁ、六階へ急ぐんだ、新人さん!」

「はい!」

 裃さんがもう片方のリングを差し出すと、私はそれに踏み乗り、ジャンプをして六階の床になんとか捕まった。そして、這いつくばって六階に辿り着いた。

 私は息つく間もなく、ノイズや瓦礫を避けながら、催し物会場の中央付近に走った。

「大丈夫だ。行け」

 五階あたりから裃さんの声が聞こえた。私はそれと同時に、勢いよく息を吸った。

 手を広げ、天井を仰ぐ。この世界に流れる電子が、私の指と指の間を通る。

“パチッ”

“ピシッ……ピシピシッ”

 徐々に全身が静電気を帯び始める。

“ふっ”

 あの時の全切さんの声が蘇る。

“最後の技なんて……もう、鳥肌でした!”

 脳内に援太さんの声が再生される。

 今にも崩れそうな床に踏ん張り、私は覚悟を決める。

「グローブ回転率――百パーセント!」

 握りしめた両手を地面に打ち付ける。

“ドンッ――”

衝撃が足元から背骨まで突き抜けた。その途端、電子が渦を描くように広がり、電流となり、世界を引き裂くように青白く照らした。

“バリバリ――ッ!”

 息が上がる。緊急事態から始まったこの現場、とっくに限界は来ていた。私は右膝をついて、心臓あたりを手で押さえる。

「来るんだ!四階、四階の流れが遅い!」

 そうだ、まだ終わりじゃない。まだ終われない。心臓を軽く叩くと、もう一度立ち上がり、四階へ急ぐ。

 五階へ降りようと穴を覗くと、五階から裃さんが手を振っていた。

「よくやった!君のおかげで出口が見えたよ」

 裃さんが指をさす方向には、光り輝く出口が見えた。その時だった

“ザザザザッ……!”

 さっきまでいた床のデータが崩れ、黒い穴が広がっていく。

「急げ!世界の限界が近い」

 私は急いで六階から五階へ飛び降りた。裃さんと合流すると、一緒に四階へ飛び降りた。そして私たちは出口へ走り出す。

“ガタガタン”

“ヅヅ ザザッ”

 もはやノイズか瓦礫か区別がつかないほど世界が歪んでいる。

“ド、ドガンーー”

 出口の付近の天井が崩れ始めた。これでは間に合わない。

「ここは押さえておくから先に行くんだ」

 裃さんが柱となり、身をかがめば出口に行けるほどの空間は保たれた。

「でもっ」

「いいから!」

 時間がない、そんなことは分かっている。それでも、何度も助けてくれた裃さんを捨てていくなんて……。

「大丈夫だよ。新人さん」

 私は一滴涙を流すと、振り返らずに出口へ走った。

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