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第四話 死亡、生存

 前回がちょっとすっきりしない終わり方をしたので、今回を読んですっきりしていただきたいです。すっきりするのかな?今回も最後までお付き合いください。よろしくお願いします。

第四話 死亡、生存


 新人研修大会、順調にウイルスを駆除し、ポイントを獲得した。そしてこれからも、その予定だった。事の発端は、あの紫マッシュ嫌味男だった。あいつから逃げて、逃げ込んだ先はおかしな空間だったし。なんでこんな雑居ビルに不思議な部屋があったのだろう。

 ただ、そこまでは良かったのだ。戻ることができるならば、戻りたい。この光景を見る前に。

 一面が血の海だった。足元にぬるりとした感触がまとわりつく。照明の白い光が、赤黒い床にゆらりと反射していた。

 血の海?おかしい。ここは電子基板が具現化した電子世界、万が一電子操縦士に危機に瀕した場合、電子チョーカーの緊急脱出機能により元の世界に戻るはず。そう習ってきた。だから電操士の血は流れるはずがない。ないんだよ……、ない。なのにどうして

 電操士が血を流して倒れているのか。私の目の前で。何人も。


「君!」

「君、ここで何をしている?」

 おそらく遠くから何回も声を掛けられていたのだろう。だけど呼ばれていることに気づいたのは、その人が私のそばに来た時だった。

「あっ……、すみません」

 そう答えて、私に問いかける主の方を向いた。

「大丈夫、焦る必要はないよ」

 その声は、血の匂いの中でも不思議と落ち着いていた。場の緊張が別物に変わる。

「ってか!(かみしも) 誠斗(まこと)さん!?」

 私でも知っている。だってあの人は有名で紳士的で、最も強い一級電子操縦士だから。長めセンターパートに銀髪、大きな瞳、勇者のような風格、まさに最強になるべくしてなるタイプ。この前この人のトレカが高値で取引されていた。

 ただ、どうして裃さんがここに?新人研修大会なんかに。

「どうして……」

「新人研修大会は中止だよ、君さっきのアナウンス聞いてなかった?」

 どこか張り詰めた表情で問い詰めてくる。銀髪が微かに揺れた。

「ごめんなさい、ちょっと訳が分からなくて……」

「いい?よく聞いて」

 裃さんのトーンが一段と声が低くなった。

「この大会のメインコンピューターに外部からウイルスが侵入した。しかもだだのウイルスじゃない。電子チョーカーのシステムにも侵入された。だから緊急脱出ができない。このビルの一階に緊急脱出用の仮出口を作ったからすぐに出るんだ!」

 肩を掴まれ、大量の情報を伝えられ、戸惑いが隠せない。

「相手の目的は恐らく金銭でも個人情報でもない。命だ。殺戮タイプのウイルスは稀な存在だが君たち三級電操士が相手できるような代物じゃない。見つからないように出口を目指せ、見つかっても逃げるか助けを呼ぶんだ」

「は?わ、分かりました……」

「階段はあっちだ」

「あぁ」

 返事もままならないまま、裃さんの指さす方へ走り出した。理解ができないが全身が強張る。今回二回目の独走。それにしても、裃さん全く動揺してなかったなぁ、状況が状況なら裃さんのサイン……欲しかったな。


 緊急要請を受けた時点で嫌な予感はしていた。だがここまでとは思わなかった。過酷な現場は何回か行ったことがあるが、さすがに今回はショッキングだ。しかも現場が新人研修大会だなんて。この子が動揺するのも無理はない。

「階段はあっちだ」

 俺はそう言ってこの子が階段へ向かって走っていくのを見送った。そして俺も元凶のウイルスを駆除するため歩き出した。ここは最上階、ここに元凶ウイルスがいるはずだ。もしくは下の階で見逃したか。

 待てよ、ここは最上階、上に逃げ場はない。俺は一度歩みを止めて手を頭に当てた。

さっきの女の子、無傷で一切血で汚れていなかったよな。その上、この状況を全く知らなかった。打砕のアナウンスも聞こえていなかったようだし。そしたら彼女は俺と出会う前どこにいたのだ?俺は彼女を呼び止めようと振り返る。

「ねぇ!さっきの子!」

 もう彼女はいなかった。下の階へ行ったのだろう。まぁ彼女が無事ならそれでいい。

 ただ、下の階は既に死者は出ていているのだから、最上階で何も知らずに立ち尽くすことはあり得ない。まして建物全体にアナウンスもあったのだ。

 もしあり得るのならば、彼女は大惨事が起きている最中、大惨事が起きていない別の空間にいて、その後ここに戻ってきた可能性だろうか。

 しかし、それもあり得ない。なぜなら、ここ最上階は催し物エリアであって、間取り上、この空間以外に部屋は


ないのだから。


 六階、五階、四階、素早く足を動かして階段を下った。踊り場で何人か倒れていた。キショいやキモいでは表せないこの気持ち。

「キィーーー」

 金属を引き裂くような悲鳴が聞こえた。すると、下からウイルスが四つん這いになり這い上がってきた。しかも黄色。表面がぐにゃりと歪み、内部の電子回路が脈打つたびに黄色い光が漏れた。もしかしてこいつが元凶?

「お願い!そこどいて!」

 右手を握りしめて、鋭い目線を奴に送る。そして階段の手すりを蹴って、私は一気に飛び降りた。

「グローブ圧縮率八十パーセント!」

 拳が空気を裂く、しかし

「キュゥ―?」

 まずい、ウイルスが、まるで人間の動きを真似るように、すっとしゃがまれた。

「っ……!」

 避けられた拳はそのまま踊り場に激突し

“ドガァァン!”

 その衝撃で壁がひび割れ天井がバラバラと崩れた。粉塵が舞い、視界が白く霞む。

「ウウゥーー!」

 階段の崩壊と共に黄色いウイルスが下へ落ちていった。私は咄嗟に四階側へ飛び退き、崩れた階段の縁に指先でかろうじて引っ掛かった。

「運が良かったのか?」

 とりあえず戦闘は避けられたみたいだ。ただ、その代償として、下の階に行くことができなくなった。

「北側に非常用階段がある」

「誰!?」

 私の右耳に誰かがそっと囁いた。聞き覚えがあるようだが、周囲を見渡しても誰もいない。まぁ、今はどうでもいい、とにかくその言葉を信じて進むしかない。こんなところで死んでたまるか。私は四階を北方向へ走った。


 さっきの可愛い服屋だ。戻ってきたのか。

“カキーン”

 何か蹴ったみたい。視線を足元に移した。金属?何だろう。

「鍵!?」

 そういえば四作野とかいうやつは大丈夫なのかな。あいつの死体っぽいのは見なかった。あいつは認めたくないけど強いから、大丈夫……きっと。

 四階を走り回ってようやく緑色の非常口看板を見つけた。扉を開くと先ほどの階段とは打って変わってコンクリートの冷たい階段があった。

「よかった!非常階段だ」

“カッ、カッ、カッ”

 順調に階段を下っていく。三階、二階、そして一階。扉を開ける、すると―

その声は、子供のように高いのに、どこか老人のように震えていた。

「あれぇ?まだいたんだ、新人ちゃん」

 頭だけがこちらを向いた。 続いて、ぎぎ、と軋むように首が回る。 最後に、体全体が遅れてついてきた。 その瞬間、目と目が合った。一瞬、世界を流れる電子の流れが止まった気がした。

「もしかしてあんた?、元凶とかいうやつ」

 そう問いかけると、目一杯の笑みを浮かべて答えた。

「そう!」


 私よりも二回りは大きい身長、シルクハット、袖口が大きく開いた腰まで丈のあるロングコート、先が反りあがったブーツ。その全てがグレー一色で、まるでモノクロ映画から出てきたピエロみたい。所々に見られる返り血が余計に私の恐怖を煽る。

 彼は踊るように語りだした。

「いやぁー愉快だね。真っ赤なステージが僕ちんの存在をより輝かせるよね。今まで盗みの依頼しか来たことなかったけど、殺しの依頼もいいもんさ。僕ちんを殺戮用にカスタマイズしてくれた主に感謝さ!」

 両手と顔を上げ決めポーズを決めたようだ。

 相手の様子を伺う。シルクハットの影が、顔の半分を不気味に覆っていた。奴の隙をみて出口に飛び込みたいが

「んで、レディーは出口を探しに来たんでしょ?」

一歩近づかれるたびに、心臓が跳ねる。息が浅くなる。足が勝手に後ずさる……。

「あちらをご覧ください!」

 奴は右後方を指し示すと、淡く光る出口が見えた。すると一枚の大きな布を取り出し、出口の方向を布で隠した。

「レディースアンドジェントルマン、わたくしウイルスType kill zero oneによるスーパーイリュージョン!とくとご覧あれ」

 そう言うと布を勢いよくめくった。一つの光景が飛び込んできた。先ほどまであった輝く出口が

「ない……」

 立ち尽くすしかなかった。なぜ、開いた口が塞がらない。あれだけ求めていた出口が。あっけなく。

「さぁ、記念に踊ろうよ!」

 ……。

 答える間もなく、両手を掴まれ強引に引っ張られた。息がかかるほど近い距離で、奴は笑っていた。どこからともなくクラシック音楽が聞こえてくる。

「素敵な顔をしているね、イリュージョン成功にふさわしい顔だ」

 社交ダンスを踊らされている。奴の手は冷たいのに、手のひらが汗で滑る。 呼吸が浅くなる。 心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。

「一二サン!一二サン!さぁダンスは快く!」

 これが、絶望……。このまま、死ぬ?

“サクッ”お腹の奥で何かが割れるような感覚が走った。

「あ゛……。」

 奴の右袖にナイフを隠し持っていたみたいだ。温かい液体が出るのを感じた。スローモーションのように世界が流れ、視界いっぱいに天井が映る。

「あれっ?もしかしてレディー糸東馬市役所で会わなかったっけ?まぁいっか。またね、いや『またね』はおかしいか、とりあえず僕ちん上にいる残り殺してくるから♡」

……。


 “ねぇ”

“ねぇねぇ”

「ねぇ」

「ねぇ!」

 あれ?私声をかけられている?

「そうだよ」

「えっ!」

 私ははっと目を開くと

 広がる天井とともに、翡翠色の髪がふわっと視界に映った。もしかして、あの時カプセルにいた子?

「大丈夫?」

 絹のような優しい声だった。そのまま天国に行ってしまいそう……、あれ?もしかして天国来ちゃった?

「天国じゃないよ」

「ふぇ?」

 そうだ!私刺されたんだ。左手を腹部にやると……、やっぱり刺されている。

「う゛あっ」

 腹部に激痛が走る。身をよじって苦痛に耐えようとする。

「何してるの?」

「え?」

「真依の本体は盾前電子操のホールにいるんだよ」

 翡翠の子は優しく語り掛ける。

「今の真依は真依であって真依じゃない」

「は?今痛いんだけど!」

「真依は刺されていると思っているから痛いんだ」

 そう言われると、すーっと痛みが引いていく。ナイフが刺されたままなのに。

「あといつまで私の膝で寝てるの?」

「うぇ?!」

 私は跳ね上がるように立ち上がった。どうやら翡翠の子に膝枕をされて介抱されていたみたい。

「ご!ごめんなさい」

「いいんだよ、気にしないで」

 そよ風のような笑顔だった。

「ってか、さっきぶりだよね?」

「そうだね」

 上目遣いがあざとい

「あなた名前は?」

「ないよ」

「ナイヨって言うの?」

「くすっ、違うよ」

「え?」

 血の臭いはいつしか消えていた。お腹にナイフが刺さっているとは思えない優しい会話だ。

「名前決めてよ、介抱したお返しとして」

「いきなり?!」

 和やか過ぎて気が抜けるなぁ

「そうだなー、さっきまでカプセルで寝てたし、ネムリとか?」

「いいよ」

「いいの?!」

 結構あっさりだな、本当にいいの?

「真依が考えたなら嬉しい」

「まぁそう言ってくれるなら」

 ちょっと頬が赤くなった。


 「さぁ、こっからどうやって出ようか」

 そうネムリがいうと正座した状態から立ち上がり、そのまま宙に浮いた。

「やっぱり浮けるんだ」

「むしろ浮いてたほうが楽かも」

 ネムリは人差し指を顎にのせて答えた。そして会話を続けた。

「さて、出口を探さないと」

「でも出口あのウイルスに消されちゃったよ!」

 私は差し迫るように返す。だけどネムリは冷静だった。

「あのウイルスは殺害に特化したウイルスであって、出口を消すウイルスじゃない」

「じゃあ出口はあるってこと?!」

 ネムリは縦に頷くと、体の底からエネルギーが湧いてきた

「それじゃあ行くしかないっしょ!」

「まって真依!」

 待っていられない、だって絶望の中から希望を見つけたのだから。考えるよりも先に足が動いていた。そしてちょっと冷静になってお腹のナイフを抜いた。

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