五、河東の徐公明
鑾輿が新豊を通過し、霸陵へ至ろうとする時あたかも秋天に当たり、金風が俄かに巻き起こった。忽ちに喊声大挙し、数百の軍勢が橋上へと至りて車駕の行手を遮った。
「汝らは何者だ!?」
と、帝が勵声にて問われれば、侍中の楊琦も橋上まで馬を繰りて、
「聖駕がこの地を過ぎ去らんとしておるのに、敢えて阻もうとするとは、どういう了見か!」
一団から二人の将が進み出て言うよう、
「我々は、郭将軍の命でこの橋の守備に当たり、些細な賊徒の侵犯を防いで参った者。聖駕と申すなら、速やかに陛下のご尊顔を拝見させ給う。しからば直ちにここを通そう」
楊琦が高らかに珠簾を掲げれば、帝がこれを諭した。
「朕は躬らここにおる。卿は何故退がらぬのだ」
すると諸将は皆万歳を叫び、両翼に分かれて車駕の通行を見送った。
二将が戻って郭汜に「車駕は既に通過されました」と報せると、郭汜は語気を荒げた。
「俺は張済を騙して車駕を奪い返し、再度郿塢へ入るつもりでおったのに、お前たちはどうして勝手に逃したりしたのだ!!」
かくて二将を斬り捨てると、郭汜は兵を整えてすぐに帝を追った。
車駕が華陰県を過ぎようとした折、後方から天を裂くような喊声が俄かに巻き起こり、
「そこの車駕、止まれい!」
と叫ぶ者あり。言わずもがな、郭汜である。
「うう、やっと狼の巣から逃れ得たと思ったら、今度は虎口に迷い込むとは……」
帝は涙ながらに大臣らに告げ、皆が色を失うなか、賊軍は漸近してきた。
と、そこへどっと響き渡った太鼓の音声とともに、山間から一人の将軍がまろび出た。「大漢楊奉」の四字を記した大旗掲げ、千余の手勢とともに殺奔した一団。李傕に敗れた後、手勢を連れて終南山に駐屯していた楊奉が、車駕が近隣を通過すると聞いて、露払いの為に馳せ参じたのであった。
布陣が終わると、郭汜の部将崔勇が出馬し、楊奉の事を逆賊であると散々に罵った。これに激怒した楊奉、陣中を振り返って言った。
「公明はおるか!」
声に応じて、大斧を携えた一人の将が驊騮を疾駆させ、崔勇を相手取る。が、両馬が交わる事ただ一合で崔勇は切って落とされた。
楊奉が勢いに乗じて余勢を掩殺し、大敗を喫した郭汜はそのまま二十里あまり引き退がっていった。
かくて軍勢を纏めて謁見した楊奉に、帝が慰労の辞を述べる。
「朕を窮地からよくぞ救ってくれた。その功績は多大であるぞ」
楊奉が頓首して再拝すると、帝は宣った。
「ところで、先程賊を斬ったのは何者じゃ?」
楊奉はかくてかの将軍を引見し、車の下に跪拝させて述べた。
「この者は河東楊郡の徐晃、字を公明と申します」
帝はこれを慰労され、楊奉の庇護を受けた車駕は華陰へと至った。将軍の段煨から衣服と飲食とが献上され、この夜、天子は楊奉の陣営にてお休みになったのであった。
一敗を喫した郭汜は、明くる日もまた軍勢を整えて楊奉の陣営を襲撃してきた。楊奉側は徐晃が先陣を切ったが、郭汜の大軍に八方を囲まれてしまい、天子と楊奉がその中心部に喘ぐ形となった。
まさに危急の中に在らんという時、忽然と東南の方角から喊声が沸き起こり、一人の将が手勢を引き連れ、馬を飛ばして切り込んできた。賊軍が潰乱したそこへ、徐晃が勢いに乗って攻勢に出、郭汜軍はまたも大敗を喫した。
駆けつけた将軍を天子が見やれば、これぞ国戚の董承である。帝が哭泣して経緯を話すと、董承は言った。
「陛下、ご心配なく。臣が楊将軍と誓って二賊を斬り、天下を安んじてご覧に入れます」
帝は急ぎ洛陽へ向かうよう命を出し、連夜車駕を飛ばして、ついに弘農へと辿り着いた。




