二、偽装された死
傷付いた主君に対し、諸将は平伏して容態を問うたが、曹操は満面の笑みで述べた。
「はっはっは。これしきでわしが死ぬものか。しかし、匹夫の計に嵌るとは不覚。必ずやこの借りは返すぞ」
郭嘉、
「速やかに善後策を練りましょう」
曹操、
「こたびは火計にまんまとやられたが、それを逆に利用してくれる。わしの火傷が悪化して、五更を過ぎる頃には死んでしまったと詐るのじゃ。さすれば呂布は必ずや兵を率いて来攻してこよう。わしは馬陵山に兵を伏せ、その半数が渡った所で攻撃──呂布を虜とする!」
「まさしく、良策でございます」
こうして軍士に縞素を着せて喪を発させ、曹操死せり──との虚言を流すと、たちまちに濮陽の呂布へ「曹操は肢体に火傷を被り、帰陣するもその身死に至る」という報せが飛んだ。
呂布は即座に軍馬を整え、馬陵山へと殺到する。曹操の砦へ到らんという所で、一声の鼓動響き渡り、伏兵が四方から打って出て来た。
「しまった! 罠だったのか!!」
先の戦のお返しと言わんばかりに曹軍は猛攻を展開。呂布は死に物狂いで脱出したものの、人馬の大半を失う大敗を喫した。濮陽へ逃げ帰った呂布は、以降守りを堅めて出撃してこなくなった。
さて、この年は蝗が大量発生しており、作物の悉くが食い荒らされていた。その影響により、関東一帯では一斛あたり五十貫まで穀物が高騰し、人々が互いに喰らい合う程の大飢饉が巻き起こった。
この煽りをもろに食った曹操軍では兵糧が払底してしまい、曹操は已む無く鄄城へ撤退。呂布の方でもまた兵を連れ、食糧を求めて山陽へ移動、一時休戦の運びとなった。




