ジッパー
「……うん、今日は古着だな」
いつものように【ゴミ召喚】を発動すると、魔法陣からどさりと古着の山が現れた。
色褪せたジーンズ、毛玉だらけのセーター、そして、少しクタッとした灰色のジップアップパーカーだ。
「カイト殿、異界の衣服ですか。しかし、これは随分と奇妙な作りをしていますね」
バルト主任がパーカーを手に取り、『ジッパー』を不思議そうに指でなぞった。中世の服は、基本的にボタンで留めるか、紐で編み上げるのが普通だ。
「ああ、それは『ジッパー』っていって、こうやって使うんですよ」
俺はバルト主任からパーカーを受け取ると、一番下にある金具を差し込み、引き手をつまんで一気に上に引き上げた。
ジーーーーーッ。
小気味よい金属音と共に、パーカーの前が閉じる。
バルト主任の目が、これ以上ないほど見開かれた。
「な、なんだ今のは!? もう一度やってみてください!」
言われるがまま、俺はジー、ジー、と上げ下げを繰り返す。
「紐を結ぶ手間も、ボタンを一つずつ穴に通す手間も一切ない! ただ金具をスライドさせるだけで、完全に布と布が噛み合うと……!? カイト殿、これは軍服や野営のテントに使えば、着脱の時間を劇的に短縮できる魔法の道具ですぞ!! ドワーフの親方をお呼びせよ!」
王宮工房からドワーフの親方がドタドタと走ってきた。
彼はパーカーのジッパーを顔の数センチまで近づけ、食い入るように見つめた。
「……なるほど。左右に噛み合わせるための小さな金属の『歯』がズラリと並んでおる。このスライダーと呼ばれる金具を通すことで、歯と歯が互い違いに噛み合い、ロックされるという単純なからくりか。……ふんっ、原理さえ分かればこっちのものよ! 我らドワーフの鍛冶技術を見せてくれるわ!!」
親方はパーカーをひったくり、工房へと消えていった。
三日後――
「……無理じゃあぁぁっ!!!」
ドワーフの親方の悲痛な叫び声が王宮に響き渡った。
工房を覗くと、親方が床に突っ伏し、その周りには歪な形をした小さな金属片が山のように散らばっていた。
「親方!? どうしたんですか!」
「カイト殿……これを見ろ。この『ジッパー』とやらの金属の歯じゃが……」
親方は、手打ちで作った歯を並べた。
「これは悪魔の所業じゃ! 百個ある歯のうち、たった一つでも、ほんの少しでも形が違えば、途端に金具が引っかかって動かなくなりおる!!」
ドワーフの親方は、血走った目で頭を抱えた。
「しかも、これを一着の服に何十、何百と均等に取り付けねばならんのじゃぞ!? 熟練の職人がこんな米粒より小さく、かつ寸分違わず全く同じ形の部品を大量生産するなど、絶対に不可能じゃ!!」
現代のジッパーは、工業機械を使って安価に大量生産できるのだ。
産業革命のさらに先にある工業インフラがなければ、いくらドワーフの超絶技巧を持っても、どうにもならない壁だったのだ。
「す、すまんカイト殿……。わしの腕では、異界の『ジッパー』の足元にも及ばなかった……」
「い、いや、親方が悪いんじゃないですよ! これは作る前提の環境が違いすぎるんです! 」
落ち込むドワーフの親方を、俺とバルト主任は慌てて慰めた。
――異世界リバースエンジニアリング、完全敗北。
地球の安くて便利な日用品に隠された、現代工業の容赦ない技術が、中世の職人の心をへし折った瞬間だった。
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次話明日7:00に公開予定。




