呪い
その日の【ゴミ召喚】で広場に現れたのは、ガムテープで厳重に封をされた段ボール箱、なんと十箱分だった。
「あー、今回は大量ですね。引っ越しのゴミか何かでしょうか」
ガムテープを引剥し、箱を開けてみる。中に入っていたのは、見渡す限りの紙の山だった。使用済みの大学ノートと、裏までびっしり使われた大量のコピー用紙。そのすべてに、何かの数式が狂気的な密度で書き込まれていた。
ふと、ダンボール箱のすみにあった、くしゃくしゃに丸められた紙切れに目が留まった。
シワを伸ばしてみると、そこには簡潔なルールがひとつだけ書かれていた。
『どんな正の整数も、偶数なら2で割り、奇数なら3倍して1を足す。これを繰り返すと、最後は必ず1になる』
「なんだこれ。算数のパズルか何かかな?」
俺が何気なく呟くと、他のダンボールを調べていた主任のバルトさんや研究員たちの顔色が変わった。
「ほう……偶数なら半分に、奇数なら3倍して1を足す? なんだその単純な法則は。どんな大きな数字を入れても、必ず1に収束するというのか?」
「面白そうですね。試しにいくつか数字を入れて計算してみましょう」
バルトさんたちは知的好奇心を刺激されたのか、早速ペンを手に取り、計算を始めだした。
彼らは放っておいても大丈夫そうだな。
今朝見た悪夢のこともあるし、俺はやれやれと肩をすくめ、一人で残りの段ボール箱のチェック作業に戻った。
二箱目、三箱目、四箱目……。
開けても開けても、中身はすべて数式で埋め尽くされたノートとコピー用紙の束だけ。金目の物や実用的な道具は一切出てこない。
そして、最後の十箱目。
底の方から一冊の分厚い本が現れた。
「ん? やっとノート以外のものが出たぞ。えーっと、『ミレニアム懸賞問題』……?」
表紙のタイトルを読み上げようとした俺は、次の瞬間、心臓がヒュッと縮み上がった。
その本の表紙には、黒のマジックで、元の持ち主の悲痛な魂の叫びが乱暴に殴り書きされていたのだ。
『これ以上はダメだ。頭がおかしくなる』
『3年無駄にした。これで人生終わらせたくない』
『俺はもう絶対にこの問題から手を引く!! 就活する!!!』
「あ、アカン!!」
俺は思わず、本を取り落としそうになった。
ただの勉強用ノートなんかじゃない。これは地球のどこかにいる名もなき数学徒が、自らの人生と精神が崩壊する一歩手前で、未練を断ち切るために段ボール十箱分に厳重に封印して捨てた『呪いの書』だ!!
俺は慌てて振り返り、計算を続けるバルトさんたちに向かって叫んだ。
「バルトさん!! 全員、今すぐ計算をやめてください!! それ、ただのパズルじゃないです! 地球でも誰も解けてない『未解決の難問(コラッツ予想)』なんです!!」
「……なに?」
バルトさんが、充血した目をぎょろりと俺に向けた。
「ヤバい本を見つけちゃったんです! 持ち主の悲痛なメッセージが書いてあります! これ以上関わったら、人生をドブに捨てた挙句、頭がおかしくなるって言ってるんですよ!! だから今すぐ——」
「ほう……異界の探求者ですら、人生を投げ打つほど狂わされた悪魔の数式……だと?」
「え?」
バルト主任の口角が、ニヤリと吊り上がった。
「理屈はこれほど単純なのに、試せば試すほどすべて1に飲み込まれる! 逃げ道がない! まるで神が定めた絶対の牢獄ではないか!」
「主任、97で試すと計算ステップが118回に跳ね上がりました! 規則性があるようで全く読めません!!」
「素晴らしい! 異界の賢者たちすら解き明かせなかった『神の理』が、今我々の目の前にあるのだ!!」
「いや、だから人生棒に振る羽目になりますって!!」
俺の必死の制止も虚しく、持ち主の怨念は完全に逆効果となってしまった。
未知の難問と、地球の学者が敗北したという事実が、異世界の研究員たちの学者魂に火を点けてしまったのだ。
「よし! 睡眠時間を削ってでも、1以外の数に到達する例を見つけ出し、神の理を打ち破るのだ!!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
「話を聞けぇぇぇぇっ!!」
異世界の叡智を結集した頭脳集団は、こうして地球の数学徒が遺した『呪い』に完璧に飲み込まれ、果てなきコラッツ予想の迷宮へと嬉々として足を踏み入れてしまったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、★ボタン、できたらよろしくお願いします。
次話明日7:00に公開予定。




