メロン
「……うっ。生ゴミも召喚されるのか……」
いつものように【ゴミ召喚】のスキルを発動した俺は、魔法陣から現れた物体を見て顔をしかめた。
透明なビニール袋の中には、網目模様の緑色の皮と、ワタにまみれた大量の種が放り込まれていた。わずかに甘ったるい匂いが漂っている。
「カイト殿、これは何ですか?」
すぐさま背後に控えていたバルト主任が、目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ただの生ゴミですよ。地球の果物『メロン』の皮と種です」
「メロン……知らない果物ですね」
バルト主任は生ゴミと聞いても全く嫌がる素振りを見せず、ビニール袋を開いた。
「ほう、種が大量に残っていますね。これなら栽培できるかもしれない。おい、宮廷魔導師殿をお呼びしろ!」
主任の鶴の一声で、緑色のローブをまとったエルフの宮廷魔導師のフローレンが研究室に現れた。彼女は不満げに長い耳を揺らし、腕を組む。
「やれやれ……我輩に異界の果物を育てろと? 魔法の性質に合わず、失敗しても知らんぞ」
「構いません。是非お願いします」
バルト主任に促され、フローレンは花壇にメロンの種を埋めた。
そして、杖を構えて植物成長魔法を発動する。
足元の土がボコボコと動き、瞬く間に緑色の双葉が顔を出した。
ツルが生き物のようにスルスルと伸び、黄色い可愛らしい花がいくつも咲き誇る。……が、そこまでだった。
花はぽろりと落ち、あっという間にツル全体が茶色く干からびて枯れてしまった。
「ふむ。残念じゃが、魔法で育つ野菜ではなかったようじゃな」
フローレンは杖を下ろし、やれやれと肩をすくめた。
俺はその言葉に引っかかりを覚えた。
「……あの。魔法で育つ野菜と、育たない野菜があるんですか?」
「うむ、話題の転移者殿か。その通りじゃ。魔法で育つのは、土の下にできるカブやニンジン。あとは葉物じゃな。ナスやキュウリのような実をつけるものは、なぜか魔法では育たんのじゃよ」
フローレンの言葉を聞いて、俺の頭の中に中学校の理科の授業の記憶がフラッシュバックした。
「もしかして……受粉してないんじゃないですか?」
「受粉?」
フローレンとバルト主任が同時に首を傾げた。
「えっとですね、キュウリやメロンには、雌花と雄花があるんです。雄花の花粉が、虫や風で運ばれて雌花の真ん中につくことで『受粉』して、初めて実がなるんですよ。魔法で一瞬で成長させると、虫が花粉を運ぶ時間がないから実がつかないのでは?」
「……それは、本当か?」
フローレンの目が、驚きで丸くなっていた。
「試してみましょう。もう一度、種を埋めますんで」
俺の提案で、再びメロン栽培の実験が開始された。
「花が咲いたら、そこで一旦魔法を止めてもらっていいですか?」
「良かろう」
フローレンが魔法を唱えると、再びツルが伸び、黄色い花が咲いた。そこで魔法をピタリと止める。
俺は花を観察し、花の付け根に小さなふくらみがない雄花をちぎった。そして花びらを取り除き、中心の雄しべを、付け根がふくらんでいる雌花の雌しべにチョンチョンとこすりつけた。
「これで……受粉しました」
「ほう。これで実がつくのか? もう魔法をかけてもいいのか?」
「いえ、確か花粉から管みたいなのが伸びて、下の小さな実の部分まで届くのを待たないといけないはずです。一日くらい待ったほうがいいのかな?」
「一日じゃな。分かった」
そして、一日後。
研究室のメンバーと宮廷魔導師のフローレンは、花壇の前に固唾を飲んで集まっていた。
雌花はすでにしおれていたが、その付け根のふくらみは、昨日よりわずかに大きくなっているように見えた。
「それでは、魔法をかけるぞ!」
待ってましたとばかりに、フローレンが杖を振り下ろす。
植物成長魔法が発動した瞬間――雌花の付け根のふくらみが、風船のように膨張し始めた。
ソフトボール大になり、バスケットボールほどの大きさになり、表面に美しい網目模様が浮かび上がる。
「おお……!!」
絵に描いたような立派な大玉のメロンに成長した。
バルト主任が包丁を入れ、パカッと半分に割る。瑞々しい薄緑色の果肉から、芳醇な香りが爆発的に広がった。
切り分けられたメロンを、皆で一斉に口に運ぶ。
「……っ!! 甘い! こんなに甘い果物、初めてじゃ!!」
フローレンが耳をピンと立てて叫んだ。
バルト主任も、他の研究員たちも、笑顔でメロンを貪っている。
「受粉……ただ花粉を擦りつけるだけで、魔法の限界を超え、これほどの至高の果実を生み出すとは……!」
「カイト殿! この受粉という異界の秘術を使えば、ナスもキュウリも、魔法で成長できるということですな! 農業革命ですぞ!!」
ただのメロンの生ゴミと、中学校レベルの理科の知識。
それがまた一つ、この世界の常識を、そして劇的に塗り替えてしまった瞬間だった。
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次話未定。




