密談
王宮の奥深く、限られた者しか入室を許されない第一王子の執務室。
重厚な机を挟んで、第一王子とバルト主任は深刻な(あるいは奇妙な)密談を交わしていた。
机の中央に置かれているのは、今朝カイトが召喚した一冊の書物――『マンガでわかる! なぜ?なに? 科学のふしぎ(小学1〜2年生向け)』である。
「……我々が住むこの大地は球体で、太陽の周りを回っている。大昔には恐竜という巨大なトカゲが支配しており、人が患う病気の原因は悪魔の呪いではなく『バイキン』なる微小な生き物……そして、神の奇跡たる虹の正体は、ただの光の屈折……か」
第一王子は、カラフルな絵が描かれたページをパラパラと捲りながら、静かに息を吐いた。
「なるほどな。異界の真理とやらが、子供でも分かるように書かれているな」
「そうでしょう! これこそ歴史を覆す大発見ですぞ、殿下!」
「異界と我々の世界がまったく同じというわけではなかろうが、なかなか面白いことが書かれているな」
バルトが身を乗り出し、興奮冷めやらぬ様子で熱弁を振るう。
「この知識を元に研究を進めれば、我が国の技術や医療は飛躍的に――」
「まあ、待て……」
第一王子はやれやれといった表情で片手を上げ、バルトの言葉を遮った。
「そうだな。たしかに、ここに書かれている手洗いや煮沸といった知識を実践すれば、すぐにでも役に立つこともあるだろう。……しかし、教会が黙っていないだろうな」
「あっ……!」
その一言で、バルトの顔からサァッと血の気が引いた。
神が創り賜うた平らな大地。
神の罰である病。
神の怒りである雷。
この一見ポップな絵柄の書物に書かれている内容は、教会が何百年もかけて説いてきた教義を真っ向から否定する異端の極みであったのだ。
「そ、そうでした……!」
「悪いが、これは私が厳重に管理しておく。これを読んだ研究員全員に、直ちに箝口令を敷け。転移者にもな」
第一王子の碧眼が、鋭く冷ややかな光を帯びる。
「もし教会の異端審問や火炙りが怖くないという命知らずがいるなら、街中で言いふらしても構わん。だが、その時は私であっても庇ってやることはできないぞ」
「わ、分かりました……。皆が興奮して書き留めたメモも、急ぎすべて処分させます」
肩を落とし、露骨にしょんぼりするバルトを見て、第一王子は苦笑を漏らした。
「そう落ち込むな。世間に公表せずとも、密かに医療や天候予測に役立てる方法はいくらでもある。教会の目を誤魔化しつつ、時間をかけて我が国の技術として昇華させればいいだけの話だ」
王子は再び机の上の漫画を手に取り、ふふっ、と楽しげに口角を上げた。
「それにしても……あの転移者は、冒険者などという荒くれ者たちの群れに放流せず、早々に手元に置いておいて正解だったな。これからも、存分に私を楽しませてくれそうだ」
バルトが退出した後も、第一王子は熱心に『学習漫画』を読み続けた。
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次話明日7:00に公開予定。




