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傘

研究所の前の広場。日課となった【ゴミ召喚】の時間がやってきた。


冒険者ギルドでのトラックの騒ぎの後も、俺は毎日欠かさず召喚を行っていたのだが……ぶっちゃけ、俺にとってはハズレ続きだった。


召喚されたのは、ヒビが入ったガラスのコップ、空のペットボトル、そして求人チラシ。


しかし未知の異界の品々にバルトさんたち研究員は目を輝かせ、俺を質問攻めにした。だが、俺はただの一般現代人だ。


「どうやったら、こんなに透明なガラスを作れるんだ?」

「このペットボトルとやらは、何の素材で出来ているんですか?」

「この精巧な文字はどうやって描いたんですか!」


そう詰め寄られても、作り方なんて分かるわけがない。

苦し紛れに「文字のハンコを並べてインクを塗って、紙を押し当てるんです」と、活版印刷のふわふわした原理を教えたら、それだけで「なんという画期的な書物の複製技術だ!!」と研究所がひっくり返るほどの大騒ぎになってしまったのだ。






「それじゃ、今日の召喚しますよ! スキル【ゴミ召喚】!」


その日【ゴミ召喚】で広場に転がり落ちたのは、骨が折れた『ビニール傘』だった。


「あー、今回も完全にゴミですね。雨をしのぐ道具なんですけど、骨も折れてるし」


俺が苦笑しながら傘を開けたり閉めたりしてから、バルト主任に差し出すと、彼は恐る恐る傘を開け閉めして目を剥いた。


「バカな……! この軽くて細い金属の骨組み! 留め具を軽くスライドさせるだけで一斉に開き、円形の天蓋になるだと!? なんというカラクリだ!」


すぐさま王宮お抱えのドワーフの鍛冶師たちが研究所に招集され、傘のリバースエンジニアリング(構造分析)が開始された。


「あれ? もしかしてこの世界、傘って無かったの?」


俺の呑気な疑問をよそに、『カサ開発プロジェクト』は熱狂とともに幕を開けた――のだが、現実はそう甘くなかった。






数日後――


ドワーフの親方が鼻息を荒くして持ち込んできた試作一号機を見て、俺は絶句した。


「……これ、鉄の棒じゃないですか」

「おうよ! お前さんの持ち込んだ『傘』とやらを見させてもらったがな。中が空洞の鉄の棒だの、薄く曲げたU字の骨だの、あんなもんどうやって作るのか見当もつかん! だから全部、頑丈な鉄の棒で作ってやったぜ!」


ガハハと笑う親方は、その鉄の傘の骨組みを片手で軽々と持ち上げている。


「な、なるほど……ちょっと持たせて……重っっっ!!?」


受け取った瞬間、手首がへし折れそうになった。バルト主任たちも、持ち上げるのすら一苦労だ。


雨を防ぐどころか、これを振り回せばオークの頭蓋骨すら粉砕できる。完全に鈍器だった。


「だ、駄目だ! 重すぎる! 素材を変更しましょう!」






鉄での再現を諦め、俺たちは方向転換を余儀なくされた。


日本の番傘のように竹が使えればよかったのだが、この国に竹は存在しない。代わりに、現地で手に入る軽くて丈夫な木材を厳選し、凄腕の木工職人たちが作業に入った。


ネックだったストッパー機構も、金属バネを諦め、木の中棒(シャフト)に段差を作り、そこにスライド部分を引っ掛けて固定する原始的なカラクリに変更した。


そして試行錯誤の末、ついに『木製の傘の骨組み』の試作品が完成した。


「よし、鉄よりはずっと軽いな。まずは布を張って日傘を作ってみましょう」

「素晴らしい出来ですぞ! これで貴族の御婦人方も、強い日差しから肌を守れるでしょう!」


バルト主任は歓喜したが、俺は木製の日傘を持ち上げて首を傾げた。


「でも……まだ結構重いな。か弱い貴族の御婦人方が、これをずっと差し続けるのは無理じゃないかな?」


せっかく形になったというのに、実用性の壁が立ちはだかる。研究所内に重苦しい空気が漂った、その時だった。


「あの……それなら、御婦人方はご自身で持たず、使用人に持たせればよいのでは?」


研究員の一人が、ぽつりとこぼした。

その場にいた全員の顔が、パッと明るくなる。


「「「「「それだ!!!」」」」」






そもそも貴族が一人で出歩くことなどない。従者が後ろから掲げて主人を日差しから守るなら、多少の重さなど何の問題もないのだ。

ターゲット層と運用方法が定まったことで、プロジェクトは一気に加速した。




【貴婦人の日傘】

権威と富の象徴として最高級の絹生地を使用し、王宮の職人が豪華な刺繍や煌びやかなレースを惜しみなく施した、芸術品レベルの美しさに仕上げられた超高級品が誕生した。






「あ、あの、これって王様や教会が使っている天蓋と同じものじゃ……」

「え!?」

「あ……」


とある研究員のつぶやきに、『この世界に傘は無い』と思っていた俺は驚き、バルト主任はうっかり忘れてましたって顔をしている。


ビニール傘を再現するつもりが、既存の天蓋を作るという、まさに骨折り損のくたびれ儲けだったのだ。






現代ではコンビニでも買える、ビニール傘。

あの細くて軽い金属パイプや、しなやかな骨組み、簡単に開く精巧な構造。それらがいかに凄まじい技術と素材の結晶だったのかを、俺は異世界に来て初めて思い知ったのだった。




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、★ボタン、できたらよろしくお願いします。


次話明日7:00に公開予定。

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