異界遺物研究所
数日後。
王宮の敷地内にある、元々はガラクタ置き場だったという古い石造りの倉庫。そこが急遽、俺の新しい職場『異界遺物研究所』としてあてがわれていた。
薄暗い倉庫の中央には、俺が召喚した事故車の2トン・トラックが鎮座しており、数人の研究員たちが食い入るように車体のあちこちを観察したり、ボディーをコンコンと叩いたりしている。
「……で、カイト殿。これを直せますか?」
腕を組みながらそう尋ねてきたのは、俺の直属の上司に任命された主任研究員のバルトさんだ。無造作に束ねたボサボサの髪と、よれよれの作業着がいかにも『研究狂い』という雰囲気を醸し出している。
「無理です。俺は専門の整備士じゃないですし、何より交換用の部品がありませんから……。素人で分かる範囲でよければ説明しますけど、聞きます?」
「頼みます」
バルトさんが真剣な顔で頷いたので、俺はトラック指差しながら解説を始めた。
「まず、この黒い輪っか。『タイヤ』っていうんですが、中に空気が詰まってます。これが回転して前後に進みます」
「なるほど、ところでこの白い箱は何です?」
「この白い箱は『バッテリー』といって電気……雷の力を溜めておくパーツなんです。『エンジン』というタイヤを回転させる装置を始動させるのに使います」
「うむ……動力源は何だい? 魔力かい?」
「『ガソリン』という燃料です。火をつけると爆発的に燃えるんで気をつけてください。」
俺は、ガソリンタンクをコンコンと叩いて
「この中に入っているんと思います。漏れてないみたいなんでとりあえず一安心ですけど、そのうちなんとかしないとダメですよね……」
「ふむ……雷を溜める魔道具のようなものに、専用の燃料か……」
「ええ。あとこれ、見ての通り『事故車』だと思うんです。動かそうとしても何の反応もしませんでした。だから、外見だけじゃなくて見えないところが壊れてると思います」
俺の説明を、バルトさんは手元の紙に猛スピードでメモしていく。他の研究員たちも作業の手を止め、俺の言葉に耳を傾けていた。
「なるほど……。直すのが無理だとしても、この未知の構造を理解するためには、とりあえず分解してみないことには始まらないな。カイト殿、どうやってバラせばいいですかな?」
「あー……できるだけ壊さずに分解ですよね。それだと、まずは『工具』が必要になります」
俺はダンプの車体に近づき、六角形の小さな金属パーツを指差した。
「この六角形の出っ張り、『ボルト』っていう留め具なんですけど。これを左に回して外すための道具を、まずは作らないといけません」
俺はバルトさんから紙と羽ペンを借りると、先端がU字になった『スパナ』と、丸い輪っかになった『メガネレンチ』の絵をサラサラと描いてみせた。
「この六角形の角に引っ掛けて回すんです。ボルトによってサイズも違うので、何種類か揃えないとダメですね」
「……異界の遺物を分解するための道具を、一から作るところから始まるわけか」
やれやれ、とバルトさんは大げさに頭を掻きむしった。
気の遠くなるような作業工程を想像して、悩んでいるようだ。
「ちなみにですね」
俺は紙の余白に、もう一つ別の絵を付け足した。
「あっちのパネルを留めている、頭に十字の溝があるやつは『ネジ』って言います。あれを外すには、この『ドライバー』っていう先端が十字になった専用の棒が必要です」
「…………」
無言になるバルトさんと、見慣れない工具のスケッチを興味深そうに覗き込む研究員たち。
俺の異世界公務員ライフは、『地球の工具のイラストを描く』という、予想外の仕事からスタートすることになった。
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次話20:00に公開予定。




