動くスライム、走る竜
辿り着いたカレルギアは高さ10メートルはある壁にその周囲をぐるりと囲まれ、度肝を抜かれた。
「壁がこんなに高いのは飛竜対策なんですよ」
「とんでもねえな」
御者の答えにドンびく。まさかトカゲが飛ぶとは。
けれどこの驚きこそが気ままな旅の真骨頂だ。世の中はわけのわからんものが溢れてる。そう気を取り直していれば竜車は入場に長々と行列にならび、漸く街の中に入った。街の中でも至るところにもうもうと煙が吹き上がっている。この国は魔法のかわりに魔石を燃料にした機甲というものが発達しているらしく、この煙はそれを作っているんだとか。思えば街全体が少し埃っぽい。
その日は宿で一泊し、ざりざりとした朝飯を食ってやっと丘の上にたたずむ城に登城し、案内されたのは雑駁な空気感のある工房だった。
「第一機甲師団兵装開発部三課長のマルセス・オルトガだ。ゴドレフの冒険者ギルドから連絡を受けたが、スライムを捕獲できるとか?」
依頼者と名乗るのは中肉中背、三十過ぎの体格がよい茶髪の男だ。軍部ということに少々戦いたが、冒険者をやっていれば軍の露払いに依頼を受けることもなくはないと気を取り直す。
「捕獲とは少し違いますが、スライムを召喚できます」
「召喚……?」
マルセスはそう呟いて顎を撫でた。魔法がない土地だ。魔法使いよりさらにニッチな召喚士は馴染みがないのだろう。
「召喚というのは様々な生き物を調教なり契約なりしてその力を借りるんです。魔法がない国には霊媒といえば通じることもあるんですが」
「霊。ゴーストの類か。そいつらはこの辺りではいの一番に存在できないやつらだな」
幽霊が何をエネルギーに活動しているかなんて考えたことはなかったが、空気中の魔素がないと生きられないんだろうか。幽霊が生きる?
少々混乱したが、ともあれ百聞は一見にしかずだ。
「そのままやると失敗しました。魔素を閉じ込められる容器はありますか」
「魔素はわからないが、高密度で空気を密閉するものなら用意しよう」
マルセスが運ばせたのは、大小のジャム瓶だった。魔素ってガラスを通らないのかな。改めて考えればよくわからん。
ともあれ俺の多少の魔力と水と核となる欠片をいれて密閉し召喚を試みれば、ゴドレフとは異なりぷくりと盛り上がって瓶の中でぷるぷると動き始める。
「思ってたんと違う」
「え?」
「スライムってのはこの世界で初めて見たが、もっと可愛いものだと思ってた。本物はアメーバみたいなんだな」
アメーバ?
スライムは意思ある流動体だ。可愛いと思ったことはないが、世の中にはスライムマニアというものもいるようだから、好き好きだろう。
「形態は色々ですね。もっと粘度の高い液体をベースにすればより丸くなりますし、色の付いた液体で作ればその色になります」
「なるほど、けれどもこいつを使うには瓶から出さないと駄目だよなあ」
蓋を開ければ急にぷしゅうとしぼみ、水に戻った。俺の魔力が抜けたんだろうか。うーん?
「スライムで何をするんです?」
「何、というわけでもないが、千年近く前にこの地に普通に魔素があった時代の文献によくスライム剤という言葉が出てきてな。今魔素が増えつつあるから当時の技術を研究したい」
スライム剤。聞いたことはない。剤ということは薬かなにかの材料だろうか。
「スライムを加工するんですか?」
「ああ。薄く伸ばしたり様々な形や強度を付与して用いる汎用的な素材として使用していたようだ。布状にして口を縛って柔らかい容器にしたりとかね」
振り返れば、俺はスライムを流体としか考えていなかったが、個体として用いるならば使い勝手は良いのかな。うーん。
「もしよければしばらく研究に協力してもらえないか? 日当と成果に応じて報酬を出そう」
「金額次第です」
結局のところ日当はタリアテッレを食わせるのに十分余りある金額で、しかも軍部の寮を借受けられて食堂も使える。つまり次の旅銀を貯めるのに都合がいい。兵装開発部というのは武器や防具といったものを開発する部署で、魔石の扱いや機甲技術から得るものも大きいだろう。
そんなわけで日々研究室に通ってマルセスと一緒にあーでもないこーでもないと様々な液体からスライムを作り出し、タリアテッレはやることがないから軍属の機竜を一頭借り受けて仲良くなり、この間は一緒に火山の中腹まで行ってきたというのを聞き流した。危ないと言っても聞かないのだ。
研究は暗礁に乗り上げた。というよりもともと乗り上げていた。様々な条件でスライムを召喚しても瓶から出すと元の水と核に戻る。
「ドルチェ。一緒に山登んない?」
「登らん。前から言ってるだろ。なんでわざわざ龍のいる火山なんぞ登んないといけないんだよ」
「楽しいよ。岩が降ってきて出来た湖とかあるんだって」
「また降ってきたらどうすんだよ」
「もう煙しか出ないって聞いた」
駄目だ。タリアテッレを説得するのが面倒くさい。大きくため息を吐く。行き詰まっているのは確かだ。気分転換はいいかもしれない。けど気分転換なら別の事をする。
「じゃあもう1頭竜借りとくから」
「はぁ? 俺は乗らないぞ! おいちょっと待て」
気づけばタリアテッレは竜舎の方に走り出していて、俺はますますため息を吐いた。
翌日。空は綺麗に晴れ渡った。
火山から上がる煙もいつもより少なめで、視界良好な乾いた大地に強い風が吹く。何故今日に限って。俺はすでにうんざりしていた。
「ドルチェ、もう少し先の湖まで行っても大丈夫そう」
「お前本当に話してんのかよ」
「なんとなく」
少し先で竜に話しかけるタリアテッレの姿は気にしないことにした。俺が跨る騎竜は前を進むタリアテッレの竜に勝手についていくから楽には楽だが、普段使わない筋肉を使うものだから明日は筋肉痛間違いない。
「仕事、上手くいってないの?」
「ああ。何度スライムを作っても、外に出せばしぼんでなくなる。魔素がなければ駄目らしい」
「こいつらが湖が綺麗だっていうんだ」
話がぜんぜん繋がっていないが、それもまあいつものことである。道中野良の竜が襲いかかって来るので戦々恐々としていたが、さすが軍の竜なのかタリアテッレの手腕かうまく倒して先を進むので、止めようがない。
ふと見上げれば巨大な龍が優雅に空を舞う。マルセスは龍は人と協定を結んでいるから襲わないと言っていたが、その巨大な影の下に入る度に生きた心地がしない。気分転換と恐怖体験は似て非なるものだ。




