スライムはいびきをかかない
「そういやお前は日がな一日、何やってるわけ?」
滞在はすでに半月になるが、タリアテッレは俺が起きるより早く毎日出かけている。
「俺? 俺は竜舎で働いてるんだよ」
「何だって?」
「竜の世話してるんだ。竜に乗り放題なんだよ」
「冒険者から飼育員に転職したらどうだ?」
タリアテッレが安定した職を得れば俺は村に帰れる……気はするけれど安心できる気もしないな。
気がつけばかなり高い標高まで登り、眼下にはカレルギアの街を見下ろせた。城壁都市というのはそこそこにあるが、ここまで巨大な城壁をしつらえるというのも滅多にないことだ。まぁちょっとだけ、来てよかったかも。
「こっちだよ」
答えるまもなく跨る騎竜が坂道を登り、反動で後ろに転げ落ちそうになる。着いた所はそこそこの大きさの湖だった。特に綺麗でもなく、どことなく濁っている。生物は住んではいなさそうだ。おそらく噴火で出来た穴に水が溜まったんだろう。
「ここが目的地?」
「そうそう」
「何か変だな」
竜を降りれば違和感に気がついた。竜が水を飲んでいるので大丈夫だろうと手を触れれば、随分久しぶりな感覚が立ち上る。
「魔素……? なんで魔素がこんなところに」
「えっ? ここに魔素があるの?」
よくよく観察すれば湖の底のほうから強い魔力を感じる。そういえばこの火山から溢れた魔素が空気中に混ざってるんだっけな。
試しに小さな核を水辺に放り込み、呪文を唱えれば確かに水面の中でスライムを召喚できた。けれども水から持ち上げれば、溶けるように水とともに湖に帰る。
「うまくいかない?」
「いや、ヒントになった」
火山を降りてすぐ、研究室に急いだ。
「マルセスさん、魔素の薄いところに移すから、スライムは崩れるんです」
「それは既にわかっている」
「だから魔素の塊である魔石で箱型の容器を作ってその中に入れれば、空気中でもスライムが生存できるかもしれません」
機甲に用いる魔石は魔力が高純度に固まったもので、この開発部でも研究対象となっている。これまで魔石はそのまま燃料として使用していた。だから魔石を加工するという発想がなかった。
「魔石を……箱型に? かなり大きな魔石が必要だな」
「魔石を四角く削り出してブロックのように囲うのはどうでしょう」
「ふむ、それなら可能かもしれない」
そして蓋の部分が取り外しが可能な箱が、翌々日には用意されていた。その容器のなかでスライムを召喚すれば、とうとうまともなスライムが現れた。蓋の縁、つまり魔石に覆われている部分からぷるぷると外に出ればやはり崩れてしまうが、それは今後の課題だろう。
「よし、あとはこのスライムを加工したいのだが……」
加工技術の記録ではスライムの一部を分離する瞬間に固化の魔法をかけるそうだ。固化の魔法は戦闘では敵の動きを短時間止めるものだ。俺は得意じゃないからほんの一瞬止められるくらいだが。
試したが上手くいかなかった。
スライムの核を左端によせて右端部を切断する。けれどもその部分を固化しようとしてもぷるぷると震えてうまく固まらない。
「固化というのは難しい魔法なのか?」
「本来は比較的簡単です。例えばゴブリンなんかを止めようとする時には、そのおおよその体の形を把握して、目視でもいいんですが周囲の魔素で固定するイメージでしょうか。けれどもスライムは動きますから」
ふるふると自由に蠕動するものだから形自体の把握が困難だし、少しでも隙間があればそこからにゅるりと広がり固化できない。召喚した手前ある程度動きの制御は可能だが、この蠕動はスライムの食餌本能だ。
「空間把握が得意な魔法使いなら上手くいくかもしれませんが、そもそも魔素が薄いのでわかりません」
「困ったな。この国には魔法使いはいないに等しい。ドルチェさんみたいにこの街まで来てくれる魔法使いも少ないんだよ。外から招聘するにはある程度製品化の見込みと有用性がなければ通らない」
目的のスライム剤が果たして本当にできるのか、そこは確かに不透明で、長期的な研究が必要だろう。ここは基本的に魔法はまだ使えない地で、魔法使いは嫌がる。魔法で身を守ることは困難だし、俺もとんぼ返りしようとした。
その時唐突に研究室のドアがノックされ、返事をする前に扉が開かれた。
「タリアテッレ、ノックするなら返事があるまで待てといつもいってるだろ」
「ごめん」
「それで何の用だ」
「いや、竜がドルチェが困ってそうだから行ってみたらっていうから」
……ここの竜はエスパーか。
「困ってるといえば困ってるよ」
今もスライムはぷるぷると容器からはみ出そうとして、はみ出した隙間から水に戻っている。
「スライムが動かないようになればいいんだが、殺せばまた水に戻るんだよな」
スライムはその核で動いているわけで、核を破壊すれば死んで水に戻る。本末転倒だ。
「動かないようにすればいいんじゃない?」
「それが出来たら苦労しねえ」
タリアテッレは突然スライムに手を突っ込もうとしたものだから、スパンと頭をはたいた。
「考えなしに触るなっていつも言ってるだろ」
普通の水で作っているから問題ないものの、昨日までのような酸性の強い液体でつくれば手が溶けるところだ。
「だって仲良くなれそうだと思ったから」
スライムと、仲良く……? 目の前のスライムはもぞもぞと揺れているが、知能があるようにも思えない。けれども俺は竜と仲良くなれるとも思っていなかった。タリアテッレならスライムと仲良くなれるものなのか? 頭の程度が似たようなものだから?
「ちょっとだけだぞ」
「ドルチェさん、危険ではありませんか」
「これは水で作っているので、水が物を溶かすスピードが少し早くなる程度です」
「え、それってヤバいんじゃ」
「だからなんでも触るなって言ってるだろ」
タリアテッレはそれでもゆっくりと手を伸ばし、眠い眠いと呟きながらスライムに触れれば恐るべきことにスライムの動きは静かになり、しばらくたてば静かになった。
「タリアテッレ、お前何やった」
「スライムを寝かしつけた」
「は?」
スライムって寝るのか……? 今のうちと思ってスライムの端っこを引っ張って切り取ると同時に固化の呪文をかければ、動かない状態がキープされた。3分程だけ。
「固化、通りましたね……」
「これを加工できるのだろうか」
薄く引き伸ばして被膜のように使うらしいが、流石にそこまでいくと専門的すぎるだろう。ともあれ製品化の可能性ぐらいは示せたわけだ。だから俺の役目はここまでだ。
軍部からたっぷりと成功報酬を頂き、タリアテッレも報酬として一番仲が良かった騎竜をもらった。竜車に乗る運賃は一人分減ったが、来たときとは別の国境の街キーレフについたとき一悶着があった。竜が国境を超えるのを拒否したのだ。どうも魔素が薄いところで暮らしていたせいか、魔素の濃い隣の領域に行くのを随分嫌がった。結局軍部への返却を依頼しタリアテッレは泣く泣く見送った。
「せっかく仲良くなったのに」
「生態系が違うから仕方がないさ。お前も空気の薄いとこに引っ越すと困るだろ」
「……まあね。でもせっかくもらったのになぁ」
タリアテッレは酷く残念そうに肩を落とす。それほど、というか御者がドンびく程度には仲良くなっていた。けれども俺には魔法の言葉がある。
「次に向かうエスターライヒには魔王がいたらしいぞ」
案の定、タリアテッレの表情は明るくなった。
「今もいるのかな」
「それはわからんが、平和的な魔王だったらしいから喧嘩はするなよ」
「平和な魔王? それは魔王なの?」
「知らん。世の中にはいろんなのがいるからな」
Fin




