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  作者: ぷるぷる
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永遠の瞬間

高校二年生はあっという間に過ぎてしまった。

いよいよ受験生ということで、進路を確定させなければならない。

この一年間人生で一番楽しかったと言い切れる。

しかし、きーちゃんのように夢を言えるようにはなっていない。

クラス替えもあり、環境がガラッと変わるこもあいまって不安で押しつぶれそうになる。

今日は準備登校ということで新しいクラスの発表がある。

重い足取りで普段より時間をかけて学校へ向かうと遠くから聞き覚えのある声がした。

「椿ちゃん」

息を切らしながら香澄ちゃんが走ってくる。

「4人全員一緒のクラスだったよ。」

「ほんと?」

「うん。三年間一緒なんて運命だね。」

ロマンティックなことを言う彼女の横で、私は心の底から安心する。

なれない環境でいつもと変わらない四人がいるのは心強い。

今回ばかりは神様に感謝をせざるをえない。

「受験とかもあるし、担任の先生は面倒見が良い人がいいね。」

「そうだね。」

「高1の時は無関心すぎたし、高2はおじいさんすぎて生徒のことなんにもわかってなさそうだったよね。」

「去年、私たちのクラスだけ連絡なんにも伝わってないこともたくさんあったしね。」

「良い先生でお願いします」

窓の方をみてお祈りする彼女に合わせて私もお祈りしてみる。

異様な二人を見かねたのか葵ちゃんが駆けつけてきた。

「なにしてんだ二人」

「神様に良い担任の先生がきますようにってお祈りしてた。」

「してた。」

香澄ちゃんに合わせてすかさず返事をする私に葵ちゃんは怪訝そうな顔をした。

「そもそも二人とも神とか風流とか重んじるタイプじゃないでしょ。」

「時と場合によって信じる。」

「それ神様怒って、えげつないほどやばい先生来るかもよ」

「それは困る。」

「困る。」

話が終わりかけたころ、チャイムが鳴りホームルームの時間となった。

先生が入ってきて、担任の担当科目は体育であるとわかった。

またしても隣の席になった葵ちゃんの方をみると、めんどくさそうなひと と口パクでこちらに訴えてきた。

「よろしく。今年度からこの学校に赴任してきた剣山だ。」

見るからに生徒指導の厳しい先生であるため、クラスにどよめきが走る。

そんなクラスの雰囲気にはもろともせず先生は話を続ける。

「担当科目は意外かもだが、体育だ。数学の先生だと思っただろう?俺はクールだからな」

どよめきが強くなり、葵ちゃんの顔をみると嫌悪感に満ちていた。

「俺は君たちにこの一年間体育より人生で大切なことを教えようとおもってるから、よろしくな。」

そう言ってすぐに先生は教卓を動かした。

「今から自己紹介をする。」

自己紹介というワードに心臓が張り裂けそうになる。高校で自己紹介をするのは三度目になるが未だになれない。視線が怖い。みんなが何を考えているかが怖い。

手が震えているのを隠しながら、自己紹介が回ってくるのを待つ。

「自己紹介といっても、前で話したりはしない。」

え、とクラス中がまたざわめく。

「人前で発表するのが苦手な人もいるからな。それに時間かかる割に関係深まらないし。」

つづけて先生は話す。

「みんな歩きまわってなるべく多くの人と話してくれ。その時は、緊張しいな子、自分とは価値観の違う子、活発な子いろいろ出会うだろう。すべての子を受け入れ、仲間として親睦を深めてくれ。社会とはそうあるべきだ。」

みんなの前で話さないで済んだ安心感とは違う嬉しさがこみあげてくる。

私もみんなと同じクラスメートである。そんな当たり前のことが当たり前に肯定された気がした。

クラスの雰囲気が暖かく感じられる。

自己紹介が始まると、まずは葵ちゃん、かすみちゃん、きーちゃんに話しかけた後は全く知らない子や普段関わらない活発な男の子にまで声をかけてみた。

もちろん話した人すべてと仲良くなれるわけではないだろう。

それでも私という存在を色眼鏡なしで受け入れてくれると言ったら大げさだが、一対一の会話で気まずさを感じなかったことは初めてで心が満たされていくのを感じた。

「そろそろ終わったかな。俺は月一で二者面談やるからよろしく。成績が悪い場合は毎週やる。それじゃ今日は終わり。気をつけて帰れよ。」

毎週面談じゃん、と絶望する葵ちゃんに慰めようとした時、香澄ちゃんに肩を叩かれた。

「椿ちゃん、今日時間ある?」

「えあるけど、どうして?」

「顧問の先生が呼んでてさ。なんか部活の運営のことについて話したいことがあるらしくて。」

「そっか。わかった。すぐ行くね。」

葵ちゃんには、いっしょにがんばろ、と口パクで言っておいた。

急いで支度をし顧問のいる音楽準備室へ向かった。

顧問の先生はいつもピアノを弾いているため、不在かどうかは音で分かる。

今日もどこかできいたことのある曲を弾いている。

ノックをしてはいると、香澄ちゃんといつもリードを注文しに来るので仲良くなったクラリネットの部員と高1の時同じクラスだったトロンボーンの男の子がたっていた。

「椿さん。忙しい中ありがとう。」

「今日は何のようでしょうか。」

「今日から、新たな体制で部活を進めようと思って言いたいことがあって呼びました。」

そういえば、つい先日の三年生最後の演奏会までは卒業した先輩が部長となって頑張っていたことを思い出した。

ということは代替わりで、ここにいる三人の誰かが部長やら副部長をやるのであろう。

その報告かと自分で納得して先生に聞いてみる。

「幹部の報告ですか?」

「そうそう。」

「名簿に書いて生徒会に提出するので、ちょっと待ってください。」

吹奏楽部用のノートを取り出す。二年間で自分がやってきた事務的なことが書いてあるもので、見るだけ達成感を感じる。

「まず木管リーダーが藤原彩音さん。金管リーダーが高木奏くん。」

漢字を本人に確認しながらノートに書き写していく。そういえば彩音ちゃんは朝早くからきて頑張ってたよなとか高木君は高1の時仲良くしてくれたなと関係ないことを考えながら名前を書き終え先生に合図をする。

「部長は日向香澄さん。」

びっくりというより感動した。ずっと頑張ってたもんね。よかったね。頑張ってねと声を賭けたかったが、アイコンタクトを取るだけに抑えて、自分のやるべきことに集中した。

「副部長はね、立風椿さんに任せたいと思っているの。」

「え」

驚きすぎて声がでない。

そんな私を見かねたのか先生が続けて話す。

「みんなの投票で決まったのよ。一年生の時から、必要不可欠な事務的なことを快く引き受けてくれたり、コンクール前で朝練習したいって部員が言えば、私より早く来て生徒会から鍵を持ってきて音楽室を開けてくれた。そんな姿をみんなちゃんと見て、ひとりの吹奏楽部員としてみた人だれもが思うような役職をあげたいって。」

その言葉をきいた瞬間涙が止まらなかった。

高1のときにはじめて演奏を聴き、各々が出来ることを全うし一つのものを作り上げているこの輪に入ってみたいと感じたことを思いだした。

「いいんですか。」

先生含め4人がうなずく。

「最後の一年また一緒にがんばろう」

優しく語りかけてくれる香澄ちゃんにうなずきで答える。

言葉で表すことの出来ない感情で満たされる。

この感情をそのまま伝えられるわけないが、誰かに話したいと思う。

その相手は、親でもなく葵ちゃんたちでも、小学生の時に好きだった先生と紗夕ちゃんが良い。

たくさん心配をかけただろうけど、今すごい幸せですって。

もう私のことは覚えてないかもしれないけど、それでも良い。

会いたい。伝えたい。

「じゃあ、さっそく部費を回収してきてもらってもいいかな?」

「はい」

いつもより大きな声で答え、香澄ちゃんと音楽室へ向かう。

二人にまた会いたいなと心の中で呟く。

音楽室に入り、楽器を準備している人たちをみると、この輪の中に入れたんだなと自分のことが誇らしくなる。

今思えば、香澄ちゃんと出会ったことや優しい先生と巡り会えたことが奇跡である。

自分て恵まれてるなと18年近く生きてきて、初めて感じた。

神様はやっぱりいるかもしれないとも思った。

窓の方を見て、手を合わせて感謝を伝えておく。

瞼を開け、景色を見ると太陽の光を遮るものはなく、春のこの日にふさわしいくらい光り輝いていた。


何気なく日常は流れ、梅雨になり、担任との二者面談の時期となった。

先に面談を済ませていた葵ちゃんに聞いたところ、成績が悪くても提出物とかしっかりしてるってアピールすれば大丈夫らしい。あとはなりたい将来像を聞かれるから何かしらは言えるようにしとけと。

何を言おうか考えているうちに、ドアが開き、私の番になってしまった。

私の前は優秀そうな子だったので、早く私の番がきてしまったようである。

何に緊張しているかはわからないが、鼓動が早くなる。深呼吸をしてノックをする。

「失礼します。」

「じゃあそこに座ってくれ」

今考えると先生と二人で話すのは初めてなので、しっかりと話したいことを伝えられるか緊張する。

「お願いします。」

「よし。じゃあまずこれまでの成績だが、とても良いと思うぞ。推薦でもいけるはずだ。」

「そうですか。」

「これで面談終わり。」

「え」

「嘘。」

少し笑ってしまった。さっきまでの少しぴりついた雰囲気とうって変わりかなり和やかになった。

「なにか将来なりたい職業とかはないのか?それに近づけるような大学の推薦とかがないか調べてみるからさ。」

「なりたい職業ですか……」

先生です、ときっぱり言うことはまだできない。きーちゃんのように夢を言えるようになるのは何年後なのだろうか。

「なんでも良いから気になっているのがあれば言ってみな。今話題のインフルエンサーでも笑いはしないぞ。明確なら。」

笑いはしない。という言葉が私の心の深いところに問いかける。

「俺だって高校生の頃はモデルの奥さんと高級外車ぶんぶん乗り回すのが夢だったからね。」

内容はとてもおどけているが、先生の瞳は真剣だった。

その瞳は、中庭で紗夕ちゃんと夢を語り合った時の先生の目に似ている。

あの時は、何も考えずに夢を言えたのに。

「私は、、、」

言おうとしたところで言葉が詰まる。こんな短い文も言えないのに、人に何か教えられるものか。と自分を叱る。

いうのをやめようとした時、外に咲いている赤や紫の花が目に留まる。

ほぼ毎日降る雨の中、必死に太陽のほうへ茎をのばしているように見えた。

何の花だろうと考えると同時に、昔言われた言葉が体中で鳴り響く。

椿は先生に向いてるよ。絶対。

「先生になりたいです」

「そうか。先生か。」

顔色一つ変えず、先生は話を続ける。

「椿は向いてると思うな。ちなみに小中高どの先生がいいんだ?」

「小学校がいいです。」

「そうか。」

「笑われちゃいますよね。」

「それはどういうことだ?」

「私が目指していいものなのかなって。普通の人でも苦労するのに、普通でない私が叶えられるのかわからないし。それにもし仮になれたとしても、スラスラ話せない私を見て、小学生たちは笑ったり私が言うことなんて聞かなくなるだろうなって。」

「そうか。なおさら小学校の先生に向いているよ。」

「どういうことですか」

「先生をやるには、資格がいる。人に教える資格と人を教える資格。」

首をかしげる私を見ながら先生は話を続ける。

「人に教えれる資格は教員免許。これをもっていれば、教師になれる。

そして、人を教える資格というのは、人間として大切なことを知っているかどうかだ。この二つを持ち合わせていれば先生になれる。」

なんとなくうなずく私に、あの真剣な眼差しで話を付け加える。

「人を教えるとは文字どおりのこと。生物学的なヒトではなく、社会で生きる人のことだ。

小学校という場所は、今後生きていく中で中心となる考えを養っていく場所だと考えている。

まだ幼い彼らは悪気もなく自分とは違う人を馬鹿にし仲間はずれにするだろう。

だから、誰かが悲しむ人が少しでも少なくなる方へ導く必要がある。君にはそれが出来る。」

「私がですか?」

「なんとなく生きてきた人には絶対にできない。いくら正しいであろう言葉を話しても彼らの心には響かない。けど、きっと君は普通とは何かを悩んで苦しみ、なんとか前を向き続け、今日こうして俺と話している。

そんな君が発する言葉、仕草、眼差しは単なる文字の羅列ではなく、言葉の裏に隠された想いまでもが生徒の心に伝わる。響く。」

言葉は何を話すかではなく、だれが話すかが大事であると付け加えて先生の話は終わった。

自分の中の価値観や考えがガラッと変わる話で、時間が止まったかのように何も考えられなくなってしまった。

「先生はなんで高校の先生になったんですか。」

脳というより脊髄に近いところで考えて、意味もなく聞いてしまった。

「給与が安定して福利厚生が」

と言いかけたところで、先生は時間を見る。

「今日はここまでにするか。将来についてしっかり考えているようで安心したぞ。ありがとう」

「こちらこそありがとうございました。」

「このまままっすぐ頑張れよ」

深くお辞儀をして教室を出る。次の面談のひとはきーちゃんだった。

「剣山先生いい人だよ。」

「ほんと?」

「しっかり生徒のことを考えてくれてる。」

「そっかあ。体育のテスト赤点近いけど大丈夫かな」

「それは分からない。」

二人で顔を見合わせ笑う。

じゃあ、と言ってきーちゃんが入ったすぐ後に、まずは校庭2周走ってこい!と聞こえて、腹の底から笑ってしまった。



夏になり、部活を頑張る人達にとっては最後の季節となってしまった。

私は朝音楽室のカギを開け、教室に戻り受験のため勉強を始めた。

副部長ということなので、香澄ちゃんたちと共にこの仕事を引退する。

直接演奏に関わることはないが、こうして部員たちの頑張りを音で感じながら、教室で勉強するのは何よりも好きである。

終わってほしくないなと思いながら、自分の課題に取り組む。面談をしていく中で、教育学部ではなく、他の学部で教職課程を取ることにした。大変になるが、そっちの方がいろいろ面で応用が利くという先生の考えで私も同じ考えだった。

まだ自信をもって夢を言えるようになっているかは怪しい。けどまずは、夢に一歩近づけるように勉強をしなければと参考書を開く。

部活も終わる時間になり、席を立ち、自主練する人がどのくらいいるか確かめに行こうとした時、前の扉があいた。

「椿ちゃん。ちょっとだけいい?」

香澄ちゃんの目はいつもと違い、うるんでいる。

「どうしたの?」

「よく自分でもわからないんだけど、何かに押しつぶされそうで。」

「なんでも聞くよ」

「ありがとう」

深呼吸をし落ち着きを取り戻しそうになるが、まだ呼吸は荒い。

「あのね。さっきさ、三年生だけでミーティングしたんだけどさ」

「うん。」

「もう受験勉強をしたいから、練習を減らさないかって。」

「うん」

「でも、みんなで少しでも上の大会行こうって決めたじゃん、コンクールが終わるまでは全力で頑張ろうよって伝えたの。」

「そうだよね」

「そしたらね。プロを目指すわけでもないのに、このまま部活やってもの人生にプラスにならないって。価値のない時間って言われて。」

「そっか。」

慰めの言葉を探すが、香澄ちゃんを元気づけてあげられる言葉が見つからない。

「何で悲しいかはわからない。私だって共感できる部分はあるのに。」

香澄ちゃんが私に抱きつく。

「どうしてか涙がずっと止まらないの。」

抱きつく力が強くなればなるほど、なんて声をかければいいかわからない。

結局私は、そばにいることしかできなかった。

でも、香澄ちゃんが力をこめるのに応えて、私も強くしっかりと、いつもと違う彼女をつつみこんだ。空気でさえ二人の間を入り込むことを許さないほどに。

「香澄ちゃん」

「なあに」

「私、今すごく幸せ。これまでさ、人に頼られること今までなくて、友達もずっといなかった。でも今こうして大切な人と出会えて、かけがえのない時間を共有してる。」

「そんな嬉しいこと言ってくれるの?」

「香澄ちゃんがいてほしいっていえば、何時間でも一緒にいる。」

「ほんと?」

「うん」

私は立ち上がって、元気付けようとおどけてみる。

「もし私が超一流企業の社長さんで1時間で1億もの利益を生み出せるとしよう。」

「うん」

「そんな状態でさえ、私は何時間でも香澄ちゃんとただこうすることを選ぶよ。絶対。」

何も答えず香澄ちゃんは私を抱き寄せる。

「ごめん。何言ってるかわからなかったよね。」

「ううん」

また抱きしめる力が強くなる。

「椿ちゃんとこうしていると、自分の方が正しいって思えてくる。」

「正しいよ。だれがなんて言おうと、私は正しいって思うし、みんなにそう言う。」

「ありがとう。」

その日は最終下校のチャイムがなるまで、このままだった。

「そろそろ帰らなきゃだね。」

「そうだね。」

荷物を取ろうとした時、まばゆい光が視界を遮った。

「香澄ちゃんこっちみて」

「なあに」

「夕日がすごい綺麗。」

「ほんとだ」

「オーボエ吹いてよ。」

「え?」

「前にオーボエは夕暮れの音色って言ってたでしょ。」

「そうだね」

「夕暮れって一日で一番短い時間じゃん。気づいたときにはすぐに終わっちゃってるくらいにさ。だからこの時間を最大限感じていたいの。」

香澄ちゃんは少し驚いた表情をしつつも、急いで楽器を取りに行ってくれた。

「じゃあ、お気に入りの曲吹くね。」

「お願い。」

大きく息を吸い、まるで歌うように演奏し始めた。

曲を聴いている中で、今この瞬間がかけがえのないものだと実感してくる。

青春という言葉はテレビの画面のなかだけのもので、私とは関係のないもの。

友情なんて味わうことのない感情。高校生活なんて何事もなく終わってほしい。

過去の自分に見せてやりたいくらいのまぶしい光景が私の前に横たわっている。

親に、過去の自分に、紗夕ちゃんに、そしてかつての先生に自慢したいのに、この光景は形にはできない。

自分がどれだけこの演奏に感動しても、心の中にしまっておくことしかできない。

写真や動画では、この尊さは伝わらないことは分かっている。

自分にできるのは体全身を使ってこの時間を感じることのほかなかった。

まだ、終わらないで。このまま居させて。

夕日が地平線に沈みかかけてきている。

香澄ちゃんは演奏をやめ、二人で夕日が完全に沈むのを見届ける。

地平線に夕日の縁が重なったとき、まばゆくほど輝いた。

「今日あったことは二人の秘密ね。」

秘密 という言葉が私の口角を上げる。

「なんだかそれいいね。二人しか知らない記憶。」

「でしょ。」

「思い出せば、いつでもこの光景味わえるもんね。それも二人だけ。」

一度しか味わえないことが尊さを演出することなど分かっていながらも、せめてもの抵抗を言葉にした。

「そうだよ。いつになっても忘れない。」

忘れない。香澄ちゃんにとってもかけがえのない時間であったことをとても嬉しく感じた。

私もだよ。と言いかけたが、今感じているかけがえのない感情すべてを言葉に託すのは心なかった。

「香澄ちゃん、こっちきて。」

両手を広げて、香澄ちゃんを抱きしめる。

深く強くそして確かめるように。


香澄ちゃんと駅で別れ、家までの帰り道、今日のことを思い出す。

少ししかたっていないはずなのに、すべてを思い出すことは出来ない。

まるで砂のようにどんどん記憶は消えていく。

抗うように動作の一つずつを呼び覚ます。

家に着くと、母に声をかけられた。

「遅かったね。」

「いろいろあってね。」

「いろいろって?」

秘密と言われたが概要くらいは話そうと思い、なんて答えるかを考える。友達の相談に乗ってあげたと素直にいえばよかったのだが、心の奥底でその文章を拒絶する。

「秘密」

「なにそれ。ちゃんと勉強はしなさいよ。」

適当に返事をし、ご飯を食べる。

ふと小中学生のときに不安そうに学校へ送り出してくれた母の姿を思い出し、箸を止める。

「お母さん。」

「なに、ご飯の量多かった?」

「私、今すごい幸せ。」

何気なくつぶやいた言葉に反応するように、一瞬、皿を洗う音が止まる。

「良かったね。」

その言葉だけ言い残し、また皿を洗い始める。

母が感じた感情が少しだけ分かる気がする。

いつかはちゃんと顔を見て伝えるからね。と決心しご飯をまた食べ進める。

「椿」

「なに?」

「たまには高校のお話聞かせてよ。いつでも良いから。」

「暇なときね。」

なんだか照れくさくなり、ご飯を早く食べ、部屋に向かう。

少し勉強をしようと机に向かうと、つい先日誕生日ケーキを家族で食べたときの写真が目に留まる。

ケーキの上の18という数字に重みを感じる。

良いことや楽しかったことより悪いことや辛かったことが多かった私にとって18年は文字以上に長く思える。

しかし、きっと母は私以上に悩み、苦しみながら支えてくれたのかなと思うと胸がきゅっと締まる。

今日味わったたくさんの幸せを半分くらい分けてあげたい。

形のないものはすごく不便だ。共有する事でさえ難しい。

けれど、思い出とか愛とかが自分を形どっていくんだろうと今日分かった。

結局勉強に集中する前に眠気がきてしまい、布団に入ることにした。

なんだか布団がいつもより暖かく感じた。


朝いちばんに音楽室のカギを開け、朝練をする人達に引き渡す。

そうして教室にいき、部活が終わるまで勉強する。

こうした毎日のルーティンを続けていると成績も段々伸びてきた。

夏休み前の先生との面談では、社会学部で小学校教諭を目指せる大学の推薦があり第一希望はそこにすることになった。

推薦の結果は夏休み明けにならないとわからないので、念のため一般入試にむけて勉強している。

葵ちゃんは私と同じ推薦を考えていて、香澄ちゃんは一般で頑張ると前に言っていた。

コンクールも地区大会、県大会ともに突破し、支部大会は9月の最初ということで香澄ちゃんは嘆いていたが、お盆休みからは三年生は自由参加になるとのことだった。

私も8月後半は家と図書館で勉強を朝から晩まで頑張ることにしている。

夕方になり、帰る支度をしていたとき、スマホが震える。

今週末息抜きで水族館にいかない?

葵ちゃんからのメッセージだった。

もしかしたら、なにか話したい事でもあるのかなと思い、それなら力になりたいと二つ返事で行こうと答えた。


週末がきて、水族館に行く日となった。

そう遠くない距離なので、現地集合ということになっている。

休日ということもあり、かなり混んでいるので、三年間で何度も見た姿でさえ見つけるのに苦労する。

「やっほ。」

探していると後ろから馴染みの声がした

「あ、いた。」

「やっぱ混んでんね。」

「だね。チケット買いにいこうか。」

「もう買ってある。」

準備の良さにびっくりする。

「こういう所ちゃんとしてるよね。」

「すべてにおいてちゃんとしてます。」

入場待ちの列に並び、順番が来るのを待つ。

思い返せば、二人で遊ぶのはこれが二回目だ。

4人では数えきれないほど遊んできたが、2人で遊んだことはあまりない。

一回目は入学してすぐに映画を見に行った。

終わり方が気に入らないと映画館近くのカフェで愚痴を言い合ったことを覚えている。

あの時は、席が隣なこともあって、葵ちゃんからみても一番話せる相手が私だったから誘われたのだろう。

今日はどうして誘われたのか気になってしょうがない。

「最近何かあった?」

「なんで?」

「私一人を誘うなんて珍しいなって思って。」

「いやあ、、、」

「悩みとか相談とか何でも言ってよ。」

返しに困る葵ちゃんに念を押す。

「いやね、気に入ってるのアニメとコラボしてて。ずいぶん前に椿とそのアニメの話をしたのを思い出して、誘ってみたって感じです。」

思っていた何倍も単純な理由にびっくりするも、彼女らしいと笑ってしまう。

「そっかあ。悩み事とかあるのかとおもったよ。」

「ごめん。怒る?」

「全然。むしろ安心した。」

順番が回ってきたので、順路に沿って水族館を巡る。

「葵ちゃんってどんなこと考えながら、泳いでる魚みてるの?」

「え?普通に綺麗だなとか。」

「おいしそうとかじゃないんだ。」

「私を何だと思ってるんだ。」

「今日、何食べて帰る?」

「寿司」

「ほら考えてるじゃん。」

自分でも気づいていなかったのか、あっとびっくりした表情をする。

「そういう椿は何考えてるの?」

「ぼーっとただ見てる」

「なんだそれ。」

人をかき分け、目玉の魚たちがいる大きな水槽の目の前に来た。

「見て、まぐろ」

「でかいね。」

目の前に広がる魚の大群に二人とも言葉を失う。

「そういえばさ、さっきの話。」

「ん?」

「私、水槽の中で泳ぐ魚を見て、幸せなのかなって考えちゃう」

「どうして?」

「もし、海で泳いだことがあるなら、広い世界を知っているのに、ほんとなら自由に泳げるのに今後ずっと狭い水槽の中に閉じ込められて。」

「水族館で育ったならいいの?」

「なんとなく。広い世界をしらないから。水槽が普通の価値観の下でなら、幸せになれるんじゃないかな。」

「そうかあ……。でも海を知ったうえで、水槽を選ぶ魚もいるんじゃないかな。」

「そうかな。」

「結局は自分の意志で生きる環境、魚にとっての人生を決めれるかが大事なんじゃない。魚は意思表示が難しいけど、こんだけの魚がいれば狭い水槽での生活を心の底から幸せだと思っている魚もいるはずだぜ。」

自分の意志でという言葉が私の体の中に染み込む。

「そうだね。ちょっと納得した。」

「お、わかってくれる?」

「でも私が魚だったら、海で自由に泳ぎたいって思っちゃいそうだな。」

「自由にかあ……」

「自由に自分のやりたいようにできるってきっと幸せだよ。」

「それもそうだねえ。私もこの前試合で骨折して実感したわ。」

「そういえば、大変そうだったね。足の骨折って歩けないもんね、」

「初めて当たり前のありがたさを実感したわ。階段を下りるのに人の何倍も時間かかるんだもん。」

「そうだよね。」

「だからさ……」と言いかけて彼女は話すのをやめた。

「どうしたの?」

「いやね、その時夢が決まったんだ。ビビっとくる夢が」

「スポーツ関係じゃなくて?」

「うん。でも椿の前で言うのは何か緊張する」

らしくない姿に笑ってしまう。

「どうして?」

「まだ言う資格がないと思ってる。」

「資格?」

「まだ夢を決めただけでさ、なんにもしてないじゃん。言葉だけだったらパイロットとか医者になりたいって簡単に言えちゃうじゃん。だからせめて何か夢への一歩を踏み出してから言いたい。」

「まじめだね。」

「ただその一瞬だけそうなりたいと思っただけって思われたくないから。」

「本気ってことだね。」

「うん。椿に言うのは何年先になるか分からないけど。」

「私だけ特別なの?」

「さあね」

答えをはぐらかす彼女の前で、私はその意味を分かろうとはしても答えにたどり着くことは出来なかった。

「私、足遅いけど骨折してるわけじゃないよ」

「そんなこと知ってるわ」

二人で笑いながら、目玉の水槽を後にする。

そこからは葵ちゃん目当てのアニメコラボのスタンプラリーを淡々とこなし、グッズをもらい水族館を出た。

回転ずしに入り、今日のことを満足そうに二人で話す。

「いやあ、付き合ってくれてありがとう。目当てのキャラがゲットできたわ。」

「良かったね。私も来てよかった。かっこいい葵ちゃんを見れたから。」

「そりゃ良かったです。」

先ほど水族館で見た名前の魚のおすしがずらずら並ぶ。

「やっぱマグロが一番うまいね。」

「そうね。」

「椿はさ結局なりたい職業とか決まったん?」

「決まってはいるけど……」

「いるけど?」

「私もまだ言えない。」

ほお。といった顔で葵ちゃんは水を飲みほしコップを置く。

「じゃあ20歳になってお酒一緒に飲もう。その時に二人の夢を言い合おう。」

卒業しても会ってくれるんだ、嬉しいなと思いながらうなずく。

「絶対ね。」

「うん。絶対。」

満足のいくまでお寿司を食べ終えて、最寄り駅まで向かう。

あたりはすっかり暗くなってしまった。

「今日は月ほぼ見えないね。」

「ね。三日月の終わりかけって感じ。」

「ここら辺街灯なくて前が全然見えない。葵ちゃん大丈夫?」

「うん。なんかさ、ここら辺おばけ出そう。」

「お化け?怖いこと言わないでよ。」

「あれ、意外と怖がり?かわいいじゃん。違う道見つけてそっちで帰る?」

「なんかそういわれると認めたくないな。別に怖くないしこのまま行く。」

「怖がりというより強がりか」

笑いながら葵ちゃんは走り出す。

「一人でも帰ってこれるかな」

「ちょっと早い。怖くはないけど、疲れる。」

必死に10分くらい追いかけると、明るさが増え始め、駅までたどり着くことが出来た。

「椿、ナイスラン。」

「ほんとに疲れた。明日筋肉痛だよ。」

「こんなに疲れてる中あれなんだけど、水族館から駅まで近くて明るい道あったわ。」

駅前の案内看板を見ながら葵ちゃんは気まずそうにしている。

「うそ、こんなに頑張ったのに。」

「道はたくさんあるってことだね。」

「深いこと言っている風にしてごまかさないでね。疲れたからジュースおごってください。」

「しょうがない。そのくらいなら応じよう」

駅中のコンビニに入り、ジュースをおごってもらう。

駅の中では、おなじみの駅メロが流れて、一気に現実へ引き戻される。

「明日からまた勉強だね。」

「そうだよ。もう嫌になるね。」

「辛いね。」

「まあ頑張るしかない。」

椿とお酒飲みながら将来のゆめについて話すのたのしみにしてるからと付け加え葵ちゃんは単語帳を開く。

電車に乗ってからも、二人で英単語を確認しながら帰った。

どこまでも続く一本道の線路の上で。


水族館から何日か経ち、コンクール前日となった。

私も楽器運搬のトラックの手配や当日の動きの確認を部員とするなど忙しなく時間は流れた。

その日は下校時間を過ぎても部員は帰らずに最終練習をしていた。

もう日は暮れていて、学校中の明かりは消えている。

下駄箱に筆箱を忘れてきてしまい、取りに行こうと廊下を走ると、一つだけ明かりがついた教室をみつけた。

明かりがついているのは美術室だったので、もしかしたらと思い静かにドアをあけた。

そこには想像していた通りの女の子がいた。

「きーちゃん、こんな時間までどうしたの?」

びっくりした表情できーちゃんはこちらを見る。

「心臓止まるかと思った。入試で提出する絵をかいてるの。」

目の前には最初に話したときに少しだけ見た海の絵のようなものがある。

「提出する作品ってこれ?」

「うん。一年のときから書くなら海がいいなって思ってて。」

「最初にあったときも海書いてたもんね。」

「覚えてるんだ。基本はその絵みたいな構図でさ、あとは自分の持ち味が出るように描ければっておもって。」

「すごい綺麗。あとは何を付け足すの?」

「ほぼ完成なんだけど、名前が決まらなくて。」

「名前か。」

「先生は何個か挙げてくれてるんだけど……」

「ピンとこない?」

「いやなんかさ、変なこと言ってるって思うかもしれないんだけどさ」

「うん」

「名前は生み出したものしか付けちゃいけないと思って。」

「どうして?」

「何か月もかけて一枚の白紙から仕上げてきて、その間は何をしてても絵のことを考えて生活する。楽しい側面だけじゃなく、うまく描けない葛藤とか不安とかを抱えながら完成まで向き合う。絵が出来上がってようやく気持ちの浮き沈みから解放される。そんな中自分が作り上げた一生残るかもしれないこの作品に何を託すか。この絵が何を語ってほしいのか。どんな絵であってほしいのか。それをすべて込めるのが名前だと思う。それも短い言葉で。産みだす、名前を付けるってそういうことだと思う。他人が付ける名前は単なる印象にすぎないから。」

自分の考えをはなすきーちゃんにやはり憧れを覚える。今まで何気なく見てきた作品の名前も作者の人生すべてが乗っているのかと思うと、余計壮大に感じる。

「人間もそうだからさ、」

ときーちゃんはつけ加える。

「そうなのかな。自分の名前の由来なんて聞いたことないや。」

「自分で答えを出さないといけないんだよ。そして見つけた答えを体現しながら生きてくの。」

「え?」

「子の一生を思って名付けるのに、子が長い人生を全うした姿を親は見届けることはできない。だから名前どおりの日々を送れているかなんてわからない。子が出来る名前に対する最大の恩返しは自分のお葬式やらお墓で、残された人たちがその人の大切な人たちが良い名前だね、まさにこの人を表してるよねって思ってもらうことなんじゃないかなって思うの。」

哲学的な返しに私はなにも言えずに固まる。同じ年でまだ大人でもないのに、なぜこんな考え方ができるのだろう。それをはっきりと言葉にして伝える姿には憧れを通り越して尊敬の域に入ってしまう。

二人の目のまえに広がっている名前のない綺麗で惹きこまれる絵をみて、こんな考えをもっているきーちゃんがなんと名づけるのか知りたいただ強く思う。

「ねえさ、ただ絵を見ただけの私が言うのもあれなんだけどさ。」

「なあに」

「この絵、人間の名前みたいに短く名付けてみてよ。」

どうしてこういったのかはわからないが、思いつきに近いものだと思う。海とか月とかそういう壮大なものでないときーちゃんの本当の魅力は伝わらないと体のどこかで勝手に思ったのかもしれない。

「奇遇だね。私もそうする予定だった。」

「ほんと?」

「じつはね、考えてるのが一つあるの。でも言う自信がなくて。」

「きーちゃんらしくない。大切なことはズバッと自信をもって言うのがきーちゃんだよ」

「そうかな。」

「そうだよ。」

きーちゃんは何かを決めたように黒板の方へ向かう。

「ありがとう。椿ちゃんと話して決まったよ。名前。」

黙々と黒板に名前を書く。

「沙 にする。」

「すな?」

「うん。この絵が湖じゃなくて海ってわかるのも砂があるからだと思うから。それに砂の細かくて繊細な様子をかき分けるのに苦労したし。水があるところとないところの砂は全く違う。なんでこの漢字なのかはきっとこの絵が語ってくれるよ。」

やっぱりきーちゃんはすごいなと思う。きっとこの子は画家になれる。人生全部を絵に費やして名前を残していくんだろう。

そんなことを考えながら、絵を見つめる。絵に惹きこまれたという表現の方が正しいかもしれない。ずっとその世界に浸っていると海と言われて自分がイメージするものとは一つだけ違うとことがあることに気づいた。

「この絵さ」

言いかけたところで香澄ちゃんから電話が来る。

きーちゃんに一旦ごめんと言って電話に出ると、ミーティングをするから音楽室に来てほしいとのことだった。

「ごめん、音楽室に戻らなきゃいけないみたい。」

「そっか。また感想きかせてね。」

「うん。ありがとう。」

美術室を出て、暗い階段を一気に駆け上がる。月明かりに照らされながら、四階までたどり着くと、窓に映る満月が目に入る。

「きーちゃんの絵そっくりだ。」

一人で呟き、また音楽室へと走った。


帰りが遅くなったので、学校までお母さんに迎えに来てもらった。

今日あったことを思い出し、名前の由来を聞いてみたくなったが必死にこらえる。

「明日も早いんでしょ?」

「うん。」

「早く寝ないとだね。」

「そうする。」

会話は終わり、車内は静かになる。

信号を待っている間、お母さんが口をひらいた。

「今日何かあった?出来事何でも。友達とこんな話したとかさ。」

「まあいろいろ」

「もっと詳しく教えてよ」

ごねる母に今日あったことを話したくなるが、名前の由来をつい聞いてしまいそうでどきどきする。

「なんか少しでもいいから教えてくれないの?」

信号が青に変わり、車は動き出す。

どうしても由来を聞いてみたい私は不思議な質問をすることにした。

「桜って一言で言うならどんな花?」

「急になに?」

「いいから。今日友達と話してたの。」

「うーん。暖かいにぎやかな季節に咲く切ない花」

「ロマンチックだね。」

「でしょ。」

母は機嫌がよさそうに答える。

「じゃあはさ、たんぽぽは?」

「えー元気な黄色い花ともふもふの綿毛二度楽しめる花とか?」

「そうね。じゃあつばきは?」

「寒く厳しい季節でも綺麗に咲き誇る花」

「そっか。」

 それだけ言って私は前を向いて、家に着くのを待つ。

 前には満月がとても大きく佇んでいる。

 車はそれに向かうようにまっすぐ走っていた。


朝早くに学校へ行き、楽器を積み込むのを手伝い会場に向かう。

バスの中でさえ練習をする姿をみると報われてほしいとただ思う。

彼女たちに少し近づけるように、私もリハ時間の確認や保護者の差し入れの受け取り場所など事務作業の確認をする。

会場に近づくにつれ、バスの中は騒がしくなる。

隣でずっと楽譜を読んでいた香澄ちゃんは落ち着いた様子で私に話す。

「緊張するね。」

「私は吹かないからあれだけど。みんなの演奏楽しみにしてる。」

「今日さ舞台裏で聞いてよ」

「え?」

思いもしなかった提案に戸惑う。

「三年生が何人か抜けちゃったじゃん。そのせいで打楽器運ぶ人がいないから手伝ってほしくて。」

香澄ちゃんが相談してきた後、結局受験に専念すると言った三年生の何人かは2週間ほどを残して退部していった。

そのことについては香澄ちゃんが口を開くのは初めてである。

「そういうことか。」

「いろいろすることあると思うから、無理じゃなければお願いしたい。」

「全然大丈夫。やらせて。」

ステージの配置の画像をもらい確認している間に、会場に着く。

そこからは流れるように時間は過ぎ、コンクールメンバーをリハーサル室へ誘導し、すぐにホールの入口へ行き、サポートメンバーと荷物を運びに行く。

入り組んだホール内を走っていくと、たくさんの他校の生徒とすれ違う。

挨拶をされるたびに無意識に顔を確認してしまう。今紗夕ちゃんに話したいことがたくさんある。

話したいというよりは一目でいいからまたあいたい。

ぐるぐる巻きの金管楽器が目に入るたびにそんな気持ちが増していく。

満たされつつある気持ちや思い出を共感したい。

彼女は彼女であのころのようにたくさんの人たちに囲まれて楽しそうにしてるだろうから。

結局探しても見つからずに、舞台「」裏集合の時間が来てしまう。

急いで向かい舞台裏へと初めて入る。

舞台の何倍も大きく、鉄骨で囲まれた風景に言葉を失う。

ホール内とは対称的に暗く冷たい。そこに集う人々は緊張で口数が増している。

前の高校の演奏が始まり、静かなざわめきが広がる。

いつも飄飄と吹いていたトランペットの上手な二年生も裏ではこんなに緊張しているんだなと思う。

ざわめきの中で自分の名前が呼ばれた気がしたので振り返ると香澄ちゃんがいた

「手伝ってくれてありがとうね。」

「こちらこそ。舞台裏ってこんな感じなんだね」

「三年間ずっと本当に助けられたばかりだった。いままでありがとう。」

「こっちのセリフだよ。それにまだ終わりじゃなくて、上の大会行くんでしょ。」

「それは叶わない。重要な楽器も何本も足らない。残された人たちだって納得いってないまま今日になっちゃった。それでいいんだって。」

いつになく弱気な香澄ちゃんに驚く。そういう雰囲気は漂っていたかもしれないが、直接は誰も口にすることはないと思っていた。ましては香澄ちゃんが。

かける言葉を探してもうまく見つからない。

「三年間ずっと頑張っての知ってるし、自分を褒めるように認めるように吹いてよ。」

「嫌だ。」

香澄ちゃんは悔しそうに涙ぐむ。

私の口から出た戸惑いの声は隣の演奏にかき消される。

思いがすべて届くような言葉を考える。

でも、見当たらない。

目に楽器に反射した光が入る。

思い返せば、あの時も何も言えずに大切な二人と別れて、自分の夢でさえ自信をもって言えない。

頼みたいメニューでさえも自分の口で言えない。

大好きな葵ちゃんやきーちゃんに感謝を伝えたこともない。

みんなと違うことを言い訳に逃げてきた結果だろう。

そうしてまた繰り返す。目の前ですら、私の想いは伝わらない。

必死に考えた言葉がでない。香澄ちゃんに今一番届けたい言葉なのに。

私の言葉はいつだって届かない。

前の演奏が終わろうとしている。それは香澄ちゃんたちの最後の演奏が始まろうとするということだ。

今言わないと、絶対に香澄ちゃんには届かないし響かない。

そう思えば思うほど言葉は出なくなる。

あふれ出る悔しさを隠すように香澄ちゃんの手を握る。

「香澄ちゃんの演奏好きだから頑張って」

香澄ちゃんはうつむいたままオーボエを見つめる。

伝えたかったことはこれじゃない。

前の演奏が終わり拍手が鳴り響く。

焦るように私はさらに強く手を握る。

息を大きく吸い、声を出す。吸った息すべてを言葉に変えて。

「出会えてよかった。幸せでかけがえのない時間を香澄ちゃんと過ごせたこと誇りに思う。」

出番がきて、部員は舞台へと急ぐ。

打楽器を入れようと香澄ちゃんの手を離すと、ようやく香澄ちゃんと目が合う。

「椿ちゃんのために吹く。結果なんてどうでもいい。すべてを込めた7分を椿ちゃんと共有するために今日まで音楽を続けてきたの。勝ち進むより価値がある。」

私にはもったいない言葉に涙があふれてくる。

涙をぬぐいながらも楽器を搬入し終わり、奏者が椅子の調整に入る中、私は一人舞台裏へ戻ると香澄ちゃんがいた。

「行かないの?」

「椿ちゃんの素敵な言葉借りる。この瞬間をあなたと過ごせること誇りに思う。ありがとう。」

そう言い残し、彼女は舞台へと急ぐ。

すぐに演奏は始まった。さっきの団体より何十倍も上手に聞こえる。


中盤にはオーボエのソロがあった。

私はその音色を忘れない。むしろ忘れらないのだと思う。

嘆きや叫びに近い、輪郭のはっきりとした音色。それなのに包み込んでくれるような優しい音だった。

何年も積み上げてきた澄んだ音。私のためにある音。贅沢で嬉しくて演奏を心に刻むことでいっぱいいっぱいだった。

美術は永遠の芸術、音楽とは瞬間の芸術と誰かが言っていたが、それは嘘だとわかった。

だってこの音や雰囲気、感情そして香澄ちゃんと共に共有したすべて時間はお互いの心に永遠に残るんだから。

ソロが終わり、曲もクライマックスへと向かう。

それに抗うようにこの瞬間を形にしようとする。

心に刻まれた確かなものを目にみえるようにどうにかして形に。

目の前に広がる音や風、熱を掴もうとしてもそれはすぐにこぼれ落ち、過ぎ去ってしまう。

まるで砂を握った時のように。

曲が終わり、奏者が一斉に立ち上がる。

中には涙ぐんでた人も何人かいる。

そんな中、先程とは対照的に香澄ちゃんは凛と澄んで堂々と立っている。

楽器を急いで運び終えた後、写真撮影を手伝いにコンクールメンバーとホールの入り口へ向かう。

 集合写真は写真屋さんが撮ってくれるので、各パートの写真を撮るのが私の役目だった。

「こっちでとるよ!演奏お疲れ様。かっこよかったよ」

 声をかけながら誘導し、瞬間を紙に収める。

 全てのパート取り終わったころ、先生に声をかけられた。

「椿さん」

「はい。先生も撮りますか?」

「いや、それは大丈夫よ。香澄さんと2人で写真とってあげるからスマホ貸してくださいな」

「え、そんな大丈夫ですよ」

「いいから」

先生は香澄ちゃんを呼び出し、そそのかれるようにして、写真を撮り出した。

突然のことでどんな顔をしたのかは覚えていないが、2人とも良い表情はしていたと思う。

「この写真さ現像して欲しいな。お金は部費から出そう。」

「いいですけど、先生欲しいんですか?」

「見せたい人がいるので。」

 見せたい人、と聞いて香澄ちゃんと目を合わせる。

 そうしてなんとなく、夏休み前にコンクール聞きに行きたいけど、バスケ部の合宿で行けんと嘆いていた剣山先生を思い出す。

 おそらく香澄ちゃんもそうだったのだろう。

「その人はいい先生ですか?」

 香澄ちゃんは笑いながら聞く。

「ええ。とても。」

「そうだよ。いい先生。」

 私も先生の意見に加勢する。

 先生は役員の人に呼び出されて、この場を後にする。

 私たちはトラックに楽器を運びに向かう。

「剣山先生って結婚してるのかな?」

「え、してないんじゃない?」

「先生って安定してて人気そう」

「そうだろうけど、あの先生癖強いからなあ」

 なにげないことで盛り上がれるこの瞬間が愛しい。

「お似合いだと思うけどね」

 香澄ちゃんは真剣な表情でそう言った。

「さっきの会話ってそういうこと?」

「え、そうだよ。なんだと思ってたの?」

「え、なんとなく言ったのかなって。」

「違うよー。椿ちゃんって恋には疎いんだね」

「そんなことないー。」

 そう話しながらホールから出ると、強い光が目に入る。

 眩しくて、目は開けられないが、きっとそこには輝いている夕陽があるのだろう。

「なんでこんなに眩しいんだ。」

 手で塞いでもその光は入ってくる。

「青春って感じだね。」かすみちゃんが澄ました顔で言う。

「なにそれ。剣山先生の真似?もしかして香澄ちゃん好きなの?」

 さっきの仕返しをするように茶化す。

心の中では、私もそう思っていたことはもちろん隠す。

 どんなものでも遮れない光は青春と例える以外不可能だと思った。

 夏の終わり際の夕陽。もっとも切ない気持ちになる。

 この光が私の中で消えないように、大切にできるように願った。

 何度夏が来たってこの夏は越えられない。越えてほしくない。

あっという間に楽器は搬入し終わり、結果を聞き、バスに乗り学校へ帰る。

 結果は銀賞で上の大会へはいけなかった。

 バスの中では泣いている人もいたが、香澄ちゃんは満足そうに私の肩で満足そうに寝ていた。

「ありがとう。」

 寝言のように彼女はそういった。

 本当は寝ていないことくらい分かる。

 窓には昨日よりも月が近く見えていた。

「こちらこそありがとね」

 聞こえないくらい小さな声で答え、香澄ちゃんを起こさないように、窓の方へ体を寄せる。

今まで一番月が輝いてみえる。

 紗夕ちゃん。先生。葵ちゃん。きーちゃんも見ているのかなと思うと、なんだかみんなそばにいるような気がしてくる。

 そんなことを考えながらぼっーと見ていると肩が暖かくなってきた。

 その瞬間誰よりも私のそばにいたのはこの子だったと気づく。

 今この瞬間も、入学してからこれまでの3年間も。

学校に帰ると、最後のミーティングをして仮引退となった。

帰る間際、先生に私だけ呼び止められた。

「これ、あげます」

「なんですか、これ。」

「これから夢に一直線で頑張ってくとおもうの。夢を叶えたらこの封筒をあけてほしい。」

 私は戸惑いながらも封筒をうけとる。

 おそらく先生の連絡先やら何やらが入っているのだろう。

 不思議に思いながらも私のことを想ってくれていることがただ嬉しかった。

「絶対夢叶えます!」

 そう宣言して、下駄箱で待ってくれている香澄ちゃんの方へただ走った。

 先生がどんな表情で、私の宣言を聞いていたのかを見る隙もないほどすぐに。


月日は瞬く間に過ぎ去り、いつもの4人の進路も無事決まり卒業の時となった。

卒業式も終わり、最後のクラスルームを受け終わった。

 寂しさが充満する教室で葵ちゃんと話す。

「先生めっちゃ泣いてたよ。」

「そうだね。毎月面談があったから生徒に思い入れがありすぎたんじゃない?」

「きっとそうだね。最後らへんはほぼ雑談だったけど。」

「いい先生だったよね」

「うん。」

 私は強くそう思う。何度も人生の道標となるような言葉をもらってきた。大学も最後は先生の助言で決まった。いつかまた夢を叶えたら会いにこよう。そのときこの学校にいるかはわからないけど、探し出して報告に来ようと心に決めた。

 ドアが開き、ホームルームでもらった集合写真と花を持った香澄ちゃんとキーちゃんが入ってきた。

「外でみんなで写真とろ!今なら先生いるよ!」

 葵ちゃんと顔を見合わせ、花を持ち向かう。

 外に出ると、桜が舞ってどの瞬間をきりとっても春が溢れていた。

「ここでとるぞ!」

 先生が遠くから呼びかける。さすが体育の先生と言わんばかりの声だった。

 近づくと、何人もからもらったのだろうプレゼントを抱えて持っていた。

 先生を真ん中にして校門の前で写真撮った。

「4人とも卒業おめでとう。」

 4人で合わせてお辞儀をする。

「話したら泣いちゃうから手紙で」

 と先生はそれぞれに手紙を渡した。

「先生意外とまめですね。」

 葵ちゃんは笑いながら言う。

「どうみてもそうだろう。」

「でも彼女いないんですよね?」

香澄ちゃんが戯けた表情で問う。

「それは関係ない。」

「彼女できたら言ってください。私が2人の似顔絵描きます。」きーちゃんが自信ありげに言う。

「じゃあすぐに頼むことになるな。」

 その光景が愛しく、私は笑みを抑えるので必死だった。

「これ4人からです。」私は4人で買いに行った2つのタンブラーと写真タテを渡す。

先生は驚きながらお礼をいう。

 私はせっかくならと思い、先生に提案をする。

「今からコンビニでさっきの写真現像してくるので、その写真入れてください!」

「いいのか?」

「はい!」

 私は歩いて10分くらいのコンビニまで全力で走る。今感じている気持ちを速度に変えながら。

走っていると道端の花がどんどん目に入っては消えていく。その光景がまるで自分たちの三年間のように思えてくる。

 コンビニにつきコピー機に写真を現像する。私は80円を入れ、印刷されるのを待ち、出てきたらすぐに学校へ帰る。一本道を行きより早い速度で。

まだ同じ場所にみんなはいた。

「先生!これどうぞ」

「おお!ありがとう。大切に飾る。」

「走ったら疲れました。」

「体育に比べたらなんてことないだろ。」

「そうですけど。」

「行ってもらったとこ悪いが、実はあのコンビニまでは出て左に行ったほうが早くこれるぞ。」

「え、そうなんですか。3年間通ってたのに分かりませんでした。」

「時には違う道を探してみる。そんなことも大事ってことさ。」

 先生はいい事を言った風にカッコつける。

「先生!!」

 また違う子が先生を呼んでいる。

 私達は先生に別れの挨拶をつたえ、帰ることにした。

 みんなで学校を後にする前に、私はさっきの写真を音楽の先生に渡すために急いで音楽準備室に行った。

 何度も通った廊下を走る。ピアノは聞こえない。

 音楽準備室に入っても先生はいなかった。

 せっかくなら、本当に剣山先生といい感じなのかを聞きたかったが、きっと忙しいのだろう。

 置いていこうと思い、机の方へ行く。

 机の上にはいつもコーヒカップもパソコン、そして花瓶があった。

 花瓶には赤い花ビラが放射状に咲いている。先生に一回だけ、聞いたことがあるが、生花ではなく造花なんだそう。枯れるのが悲しいから、造花として知り合いに作ってもらったのをずっと飾っているらしい。水もあげなくていいし、楽だと言っていた事も思い出す。

 お花の名前は私にはわからないが、すごく綺麗な花だと思う。

 机に写真を置く。

 その瞬間、造花から水滴が落ちたように感じた。

 ほんの一瞬たしかに見えた。

 なぜだろうと疑う間も確認する間もなく、水滴は消えてしまった。

 ふとみんなが待っていることを思い出し、急いで戻る。

「遅かったね。なにしてたん?」

 葵ちゃんが聞く。

「ちょっとしみじみしてた。」

 さっきあったことは何故か話したくなかった。

 私だけの秘密として、ずっと抱えていようと誓った。

 私だけの思い出。

 いつかあの花が何の花なのかは、またいつか先生に聞いてみようと思いながらみんなと校門を出た。

 みんなで振り返り、高校を眺める。

 形には残らない確かな青春があった。

 言葉で確かめずとも、4人同じ思いを抱えていることは分かる。

 出会えて良かった。ただそれだけ。

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