私の思い出
高校に入学するときがやってきた。
高校なんて早く終わってしまえばいいのにー。
学校生活で楽しかった時など特にない。
希望を胸に、とかかけがえのない三年間をとか自分には関係のない話。
だって今まで小中とそんなことを実感した瞬間などあるだろうか。
あるとすればー。
その瞬間でさえ、一瞬で終わってしまった。
早く卒業して一人で生きていけるようになりたい。
「以上で入学式を閉式とさせていただきます。 新入生は教室へ向かい、ホームルームを行ってください。」
高校生活に期待はないとはいえ、ホームルームは緊張する。瞼が重くなりながら、出口の方へ体を向けると、
「ねえねえ、教室まで一緒に行かない?」
とかわいげがいたるところに感じられる女子が話しかけてきた。
なんて返したらいいのか。私これまでろくに友達いたことないからわかんない。と考えながらも、
「う、うん。行こ」と普通の子のような返しをしてしまった。
思い返せば、中学の頃もこんなことがあった。
今話しかけてくれたこの子も、一週間もすれば私と関わることはなくなる。
私の事情をしればなおさらだ。
「名前なんていうの?」
「えっとねーうーんと。」
やはり声が出ない。自分の名前もいえないような普通じゃない人って思われただろう。
もしくは天然なかわい子キャラ狙ってる痛いやつって思われたかな。
「うんうん。」
「あ、自分の名前わかんないわけじゃないからね。」
余計なことはすんなり話せる。本当になんなんだろう。
「え、わかってるよ。」とかわいらしい笑顔で彼女は笑う。
「私はね、霧野香澄。どうやって呼んでもいいよ。」
「そっか、友達にはなんて呼ばれてたの?」
「きりちゃんとかかな。」
「名前の方じゃないんだね。」
「略しちゃうと かす だからね」
「は、そうか。」 目を見て かす と強調する彼女に自然と笑ってしまった。
「私なんて つば だよ。つばきだから。」笑いながら彼女に言葉を返す。
「そっかあ、椿ちゃんかあ。これからよろしくね。」
「う、うん!」
これから という言葉に反応してしまった。中学でも同じようなやり取りをしたことを思い出した。でも、私には来なかった これから。そのことを思い出して少し目線を下げてしまった。この子とも一瞬で終わっちゃうのかな。
そんなことを考えながら、教室に着いた。
「じゃあまたね。」と言われそれぞれの席に着いた。
今までのことを思い出しながら、ホームルームが始まるのを待った。
ざわざわが一気に収まると先生が教室に入ってきた。
「入学おめでとうございます。このクラスの担任を務めます白崎です。」
なんだか真面目そうな先生だなと思った。高校の先生はみんなこんな感じなのかな。
「それでは早速ですが、皆さんに自己紹介をしてもらいます。」
この言葉を聞くたび、鼓動が止まらなくなる。学年が上がるたび、この時はやってくる。高校ともなれば私の事情を知っている人はいない。ここでみんなと同じように話せれば、普通の高校生活を送れて友達もできるかもしれない。もしかするとこのクラスの中から、卒業してもごはんに行けるような大親友やアニメで見たような恋愛が出来るかっこいい未来の彼氏ができるかもしれない。だってもうさっき一人話してくれたじゃん。とさっきまでとは違う淡い期待を抱いていると、あっという間に自分の番がやってきたみたいだ。
「私の名前は、、、」
なんとか最初の言葉を出したとき、
「あ、そうだこの子なんですけど、、、。」
一瞬で教室中の視線が先生の方へ向く。
「吃音症っていって、スラスラと話せないことがあるから、みんな気を使ってあげてくださいね。」
そう紹介された後、さっき考えていた想像が幻想に代わっていくのを感じた。そのあと自分が何を話したのか覚えていない。先生の方へ向けられた視線が私の方へ戻ってくることはなかったことだけははっきりと覚えている。
やがて自己紹介も終わり、簡単な学校生活の規則や時間割の紹介が終わり、下校となった。
早く帰って寝よう。そう思い席を立った直後、
「駅どっち方面なの?」とクラスルームの前に話しかけてくれた女の子が聞いてきた。
「え、たぶん都会じゃない方。」
「多分ってなあに。」とまたかわいらしい笑顔で彼女は答えた。
なんて返そうかなと考えていると、
「じゃあ一緒に帰ろう」とドアの方を指さし、また笑った。
ここまできて断るわけにはいかないので、一緒に帰ることにした。
絶妙な沈黙が続く中、靴を履いて、昇降口を出ようとしたとき、
「その靴!かわいい」とかなり大きな声で、言われた。
「この靴?」
「そう!外のラインの黒がなんか大人っぽい。」
「そうなんだ。」なんだかびっくりして塩対応をしてしまった。
「どこで買ったの?」
「これはね誕生日にお父さんが買ってくれた。」
「いいお父さんなんだね。」
この光景前にも見たことがある気がするとか関係ないこと思っていると、また沈黙が続いてしまった。
どうしよう、こういう時なんて話続ければいいんだろう。友達と一緒に帰るなんて今までなかったから、わかんない。靴の話題?学校の話題の方が続けやすいかな。でも、、、と頭の中がパンクしてしまった。
「校則厳しくなくてよかったね。」
「え?」
「登下校もローファだけとかだったら、かわいい靴履けないもんね。」
そういう話の膨らませ方があるのかと感心した。
「明日から早速授業があるの嫌だね。」
「そうだね。」
「私、数学嫌いなんだよね。」
「私もだよ。」
「教科書はなんだか小さくなったけど、中身はぎっちりだよね」
「うん。」
さっきから、うんとかそうだねとかしか言ってないけど、友達と帰るってこんなもんなのかなと感じた。
走行してるうちに駅に着いた。
「私、反対方面だからこっちいくね。」
「そうなんだ。」
「明日からよろしくね!。」
またあの笑顔でほほ笑む彼女に今までに抱いたことのない気持ちを感じた
この気持ちはなんだろう。鼓動が早くなっている気がする。明日から学校生活への不安?今日一日が終わったことへの安心?
いろいろな選択肢は思い浮かぶけど、しっくりとくるものがない。これは、、、
「またね!」といい去る彼女に
「またね!」とかなり大きな声で返した。
私も電車を待っていると、入学式でもらった書類の入った袋を持った人たちが目に入る。数人でいる人も、一人でいる人も。みんなどんなことを考えてるんだろうと考えていると電車が来たので、満員に近い車内へ乗り込んだ。
ぼーっと外の景色を眺めた。ライトが付き始める車、コンビニの前でたむろする高校生、ぴかぴかスーツの社会人などなんだか忙しない風景が目に留まる。
最寄り駅に着くと、真っ先に家に向かった。
「ふう」と誰かに聞こえそうなくらいの大きさで息を吐いてしまった。
そそくさと家路につく。すれ違う中学生たちが一段と小さく見える。
今日だけでこんなに疲れるのに明日からも学校あるのかと下を見ながら歩いて、玄関に着く。
「ただいま」と言い、靴を脱ぐと、母が
「高校どうだった?」と聞いてきた。
「なんかすごい疲れた。」と乱暴に言い捨てると
「そっか、そのうち慣れてくるわよ」と少し悲しそうな母を見て、話せる友達が出来たって言いたいけど、あの子が私のことを友達だと思ってるかはわからないから、言えない。自分の部屋に入り、ベッドにダイブする。またね。という言葉が頭の中で鳴り響く。高校生活は楽しいかなと考えると、自分の中のどこかで、前と同じ、楽しいわけないと反論してくるのが聞こえる。その反論の場所が、脳なのか体なのかはわからない。結局、一周間過ごしてみて、いろいろ考えることにした。学校生活のこととか友達のこととか。とりあえず今日は早くお風呂に入って寝よう。そう思い、お風呂場へ向かった。
いつもより大きい「学校行きなさい」という声で目覚める。
時計を見て、まだ全然余裕あるじゃんかと思いながらも、リビングへ向かう。
机を見ると、白いご飯と白じゃない茶色に近い色の卵が置いてあった。
高級な卵かな。今日なんかいいことあるのかな。とか考えながらご飯を食べ、準備をした。
行ってきますといい、玄関を出ると、焦りに近いような緊張感に襲われた。初めての授業は何事もなく過ぎるだろうか。今日もあの子は話しかけてくれるだろうか。緊張は不安へと変わっていく。歩いていると、たくさんの草や花が目に入る。こんな風に一日なにも考えずに、過ごしたいなとか思ってしまう。けど、この花たちだって、誰かが抜いてしまうだけで平穏は崩れてしまう。そこに何の意味などなかったとしても。
駅に着き、電車に乗るとあっという間に最寄り駅に着いた。この駅に近い高校は私が通う高校。一目ですぐわかる新入生らしき姿は何人か見た。一人でいる人より、何人かでいる人の方が多かった。まだ二日目なのにすごいなと素直に思う。
音楽を聴くわけでもなく、ぼんやりと歩き、学校、そして教室へついた。
席に座ったとき、
「ねえ!隣の席の葵だけどさ、いろいろよろしくね!」
声が大きくて、びっくりしてしまった。見るからにクラスの中心人物になつくらい活発な子だった。こんな子でも私みたいな子に話そうなんて思うのかと少し意外だった。
「うん、よろしくね」
とだけ返し、授業の準備を進めた。
クラスルームも終わり、数学の授業になった。発表とかどうしようかなと考えていると、先生が話し出した。
「数学の授業中は班の体形にしてください。周りにわからない子がいたら教え合うように」
みんな黙々と班の形にし始める。まだ日常会話もままならないこの時期にそれはちょっと酷だなと思ったが、配られたプリントを解き始めた。中学の復習といった感じで、簡単なものばかりだった。自分の班は男子二人、女子二人で、ペンの進み具合を見ると、男子二人とも解き終えていた。
「全然わからないんだけど」
と前から声が聞こえる。
これは、男子と会話をするきっかけづくりかと疑ってしまったが、
「どうやるの?」とプリントを向けたのは私の方向だった。
またびっくりしながらも「これをこうすれば」と教えたに入るのか怪しい返事をした。
「あーなんとなく昔やったかも」と斜めにうなずく彼女に、一人の男子が
「なんか因数分解ってやつじゃね。たぶん。」と自信なさげに答えていた。うんうんそうだよと言いたくなったが、じゃあなんでさっきそう説明しないのとなりそうだからやめておいた。
「あ!ありがとう。そういえばさ二人ともさ名前なんていうの?」
二人で顔を合わせてどちらが先に言うかをうかがった。「僕は高木友
です。」
続けて、「私は、、、」と言いかけてまた声が出ない。昨日のあの時とおなじ夢から覚めるような気分でいると、さっきは話していなかった男の子が
「つばきさんでしょ」と声を出した。
「なんでわかるの」と葵ちゃんが目を丸くしながら聞いていた。
私にはわかるよと彼のほうを向くと
「元カノの名前とおんなじだから。」
と予想以上の答えが返ってきた。
「ちょっと引くかも、え、まじ?」
「まあ半分冗談。記憶力いいから、昨日の自己紹介でほぼ覚えた。君は葵さんだよね。」と自信満々に彼は言った。
「それで君の名前は?」と魁くんのほうを指した
「さっき言ったばかりだよ」笑いながら答える。
なんだか楽しいな。と素直に思った。自分たちの班が一番楽しそうだった。運が良かったなとここ数年で初めて思った。
午前中の授業が終わり、昼ご飯の時間になった。午後は部活の新入生歓迎会だからお昼休みの間もいろいろな部活が紹介にくるらしい。
全員前を向いて真剣にきいていた。
お昼休みも終わり、体育館へ向かう。いろいろなパフォーマンスが行われ、時間はあっという間に過ぎた。自分にはもう三年間分の青春を浴びたと思うくらいキラキラしていた。大会で結果を残している部活。少人数だけど楽しそうな部活。恋人がいることを暴露される人。部活とは関係のない流行りのダンスをする人たち。自分には程遠かったものがすぐそばにあった。中学は何もせず、ただ過ぎるのを待つように過ごしてきた自分にとっては刺激が強すぎる。教室に帰る途中、肩が叩かれるのを感じた。
香澄ちゃんだった。
「やっと話せた。今日意外と自由時間なかったから」
その瞬間、またであったことのない感情を体感した。「うん!」と何に対してだかわからない返事をしてしまったが、特に突っ込まれることもなく、すこし時間がたった後、急に「かわいい」と言われた。「え?」と戸惑っているとすかさず
「つばきちゃんはさなんの部活に入るの?」とごまかされた。
部活に入るつもりはなかったが、「まだ決めてない。」と答え、「香澄ちゃんは?」と聞き返してみた。
「私は吹奏楽部!中学ではさクラリネットやってたんだけどオーボエやってみたくて」
「オーボエ?」と聞いたことはあるがぱっと想像できなかったのできいてみた。
「すごく音色がきれいなの。どこか儚げっていうか、夕暮れ時の音色」
なんだかロマンチックで香澄ちゃんに似合いそうって言いたかったけどなんだか照れくさいので、
「いいね。」
その三文字に託すことにした。
周りのざわめきに誘導されるように教室に帰るまで二人でいろいろな話をした。
「一緒の部活入る?」
「楽譜も読めないし無理だよー」
「じゃあなにか気になる部活は?」
「うーん。」
部活に入る気はなかったので、やはり返しに困る。
「高校でしたいことは?」
ドキッとした。普通は勉強頑張るとか、この部活に入ってこんな成績を残したいとかいうんだろうけど、私は何事もなく卒業できればそれでよかった。けど、純粋な目で聞く彼女にそのことを言えるほど、メンタルは強くなかった。
「うーん。」
何か当たり障りのないことをいいたいが、思いつかない。
「本音言っちゃいなよ。私の口は堅いぞ。」
とおどける彼女に、どこか懐かしさを感じた。それと同時になんだか頭が回らなくなり、
「思い出がほしい」と言ってしまった。
すこしびっくりしながらも「じゃあ、今日一緒に部活見学しに行こうね。」
と言われ、「どんな返事が来てもそれを言うつもりだったでしょ」と笑い合った。
ホームルームが終わり、香澄ちゃんの部活見学に付き合った。自分は楽器を吹くわけではないので、廊下でまっていた。掲示物を見ていると、賞の多さより、大きな集合写真に目が行った。クラスより多いこの人数で活動して、全員の名前をみんなが把握しているのかなと疑問に思った。活動時間の表を見るととても忙しそうだった。香澄ちゃんは忙しくなっても私と話してくれるかな。ととても不安になった。最初に話した;何も取り柄のない女の子;より、;部活仲間:のほうを大切にするに決まっている。文字数はこっちの方が多いのに。
「そこの君。」
急に話しかけられてびっくりした。
「生徒会に入ってくれませんか?」
やけに腰の低い返事に疑問を感じながらも
「無理ですよ。人前に立つことできないですし。」
と返した。
「あ、中学とかのと違うからね。別に何も人前に出ないし。」
「そうなんですね。」
興味のない返事だとばれないように返したがばれてしまったかもしれない。
「そこをなんとかお願いできないかな。」
「人たくさんいましたよね。」部活紹介の時に合わせて紹介されていたのを思い出し、行ってみた。
「九割、仕事してないからさ。ほら、本当はバイトしたいけど何かには属してないとあれかなみたいな人がたくさん。」
「そうなんですね。」
「ごめん。9.5割かも。仕事が回らなくて」
とかなり必死そうだった。
「何の仕事しているんですか。」と聞くと
「足りないのは会計。各部活の予算を承認したり、適切に使われているか確認するために部活を視察したり。」
「なるほど。」
「他のはさ、どうにでもなるんだけど、部活の数が多いわりに、去年適切に使わなかった部活がいくつもあって。」
「はい。」
「それもさ、先生同士で監査をごまかしてたのが原因らしくて、生徒会が責任をもってやらなくちゃいけなくなったんだよね。」
そうなんですね。と言って話を終わらせようとしたら、
「吹奏楽部も去年のことで重点的に確認しなくちゃいけないんだよね。」
と言われ、ドキッとする。
「そうなんですか?」とあきらかにさっきまでとは違うトーンで聞く。
「去年ね。多額の遠征費とイベント等の開催費を新しいオーボエの購入に使ったらしくて。」
オーボエというワードに完全に耳を奪われた。
「私がやってもいいですか。」
明らかに変わった私の態度に驚きつつも
「え!ほんと助かる!ついでに音楽つながりでさ、合唱部と筝曲部もお願いね。」
といった。間髪を入れずに
「じゃあこっちにきて」と腕を引っ張られ階段を下り、生徒会室に着いた。
会計の仕事についての説明を一通りされ、生徒会の文字のついた腕章を渡された。
「説明は以上!厳しく観察する対象のとこは一週間に一回は最低行ってね。あとは生徒会室で、学校行事の準備とか慈善活動のサポートとかするから、自由に来てね。毎日来ても私とあと三人くらいはいるよ。」
自由にというのもありがたかった。
「名前聞いてなかったけど、なにちゃん?」
名前を聞かれるのは苦手だった。すぐに言えない自分はなんだか普通との差を実感されるから。
「私は、」
と言った時、強い風が吹いて砂が入ってきて、先輩が窓を見た瞬間。
「立風つばきです。」と勢いに任せて言った。
大きい声量にびっくりしながらも
「じゃあつーちゃんは普通すぎるから、かぜちゃんで。」
かぜ、なんだかめずらしくていいなと思った。私の居場所が出来た気がする。なんだかスキップしたくてたまらなくなったが我慢した。
「私はまた勧誘にいってくるから、明日からよろしくね。」とさる先輩を見ると同時に香澄ちゃんのことを思い出した。音楽室の前に戻らないと。急いで階段を上ると、香澄ちゃんとどこかでみたことのある男の子がいた。
「高木君だ!」名前を思い出したすっきり感でまた大きな声が出てしまった。
「高木君も楽器やってたんだって。」
「そうなんだ。すごいね。」
てれくさそうにする高木君を横目に香澄ちゃんが話を続ける。
「椿ちゃんはどこいってたの?」
「生徒会。生徒会に入ることになってさ。」
「え!入るの!」
「吹奏楽部の会計の監査をすることになったの」
というと香澄ちゃんが飛び跳ねて、
「え!一緒に頑張ろうね!」とはしゃいでくれた。
その後校門まで行くと、高木君が
「俺は自転車だからここで」
と別れた。
そこからは駅まで香澄ちゃんとふたりで帰った。
「なんでさ吹奏楽部の担当になったの?」
「去年ねオーボエを買うために、お金を不正に使ったんだって。」
「だからあんなに楽器綺麗だったのか。」
と激しく納得していた。
「一週間に一回は最低行かないといけなくて。」
「そうなんだ、いろいろチェックするの大変じゃない?」
「わかんないけど、無事やってけるかな。」
「先生、優しいで有名らしいし、大丈夫じゃない?」
「そういうとこの先生って怖いイメージがあるな。優しいんだ。」
「外部のホールで練習するときに来る先生が劇怖らしいよ。」
「そうなんだ。がんばってね。」
会話が終わりそうになると同時に、駅に着いた。階段を上り香澄ちゃんが
「またね!」と言ってくれた。私はこの三文字が何よりうれしかった。私も「またね」と返した。ま、た、ね、という三文字では到底背負えないような想いを込めながら。
何事もなく一週間が過ぎ、部活動の入部締めきりの日となった。香澄ちゃんは吹奏楽部に、私は生徒会に正式に入ることなった。
帰りのホームルームが終わった後、私は生徒会室へ急いだ。
一応、自己紹介という話だったのだが、集まった一年生が5しかいなく、雑談をしながら、お菓子を食べることになった。そっちの方がやりやすい。
お互いの担当や今月のする事を確認して、今日は早めに解散となった。
今月は体育祭の準備を進めるらしい。そして明日から、部活動への監査を始めることが決まった。
香澄ちゃんを待つ約束をしているので、余った時間は、教室にもどって本を読むことにした。
読む本はずっと前から少しずつ読んでいるものである。流行っているようなものとは程遠い、どことなく暗い雰囲気のお話。一気に読むと気が滅入るので少しずつしか読めない。この物語の結末を自分の目で確かめるのが最近の楽しみになっている。
教室に戻り、本を読み始めると、ドアが急に空いた。
「あれ、なにしてるん?」
と聞こえ、振り返ると隣の席の葵ちゃんがいた。
「生徒会がさ早く終わったから、友達を待つための時間つぶし。」
「そうなんや」
「葵ちゃんは」
「私は、練習道具をとりに。」
机の方を見ると、ソフトボールと書かれた袋があった。中学のときはかかわりが全くなかったキラキラした運動部の子。せっかくだから、仲良くなりたい。
「ポジションはどこなの?」と分からないながらも聞いてみた。
「ん、ショートだよ。」
「そうなんだ。」話を膨らませたいけど、どうすればいいかわからない。
「本好きなの?」と逆に聞かれた。
「うん、好き」
「最近さ、映画化した恋愛もののやつ知ってる?」
「知ってるけど、見たことも読んだこともないな」
「じゃあさ、今度一緒に見に行こうよ」
その言葉がその場しのぎのものなのか、本当の約束かは分からない。
けどその言葉に、口角が上がったのは事実。
「うん!いこう!」
「絶対ね。」
じゃあ。と付け加えて彼女は部活へ向かった。
時間がたち、約束の時間になったので、昇降口へ向かった。楽器を持った人が大勢いる中、見覚えのある影を見つけた。
「やっほ」と今度は私から声をかけた。
「やっほ、じゃあ、帰ろうか」
前と変わらず、他愛もない話をしながら駅へむかう。
「明日さ、さっそく各部活の先生と話しに行くんだよね。」
「そっか。大変ね。」
「もし見かけたら、話しかけてね」
「もちろん。」
空はすっかり暗くなり、また駅へ着きまたねと言い別れる。
葵ちゃんとの会話や生徒会での集まりとか出来ごとが多すぎて疲れた。
けど、心地の良い疲れ。家に着くと、すぐにご飯を食べ、横になった。
放課後になり、各部活への挨拶にいった。合唱部への挨拶はすぐに終わった。特別な活動も少なく、音楽会の出席がいくつかある程度なことが分かったので、本番が近くなったら、領収書をもらう程度にした。
筝曲部は筝を運ぶの和手伝い、なんてことない話を先生から聞いて終わった。
意外に早く終わったので、予定時間より早く音楽室へ向かう。ノックをして準備室へ入ると、びっくりしている音楽の先生らしき人を見つけた。
「え、あ、」
「予算のお話に来ました。」
「あ、そうだったね。」
「急にすみません。吹奏楽部の担当になった立風椿です。」
「あ、よろしくお願いします。」
やけにおどおどしている様子をみて、去年よほど予算のことで怒られたのかなと少し面白かった。
「お茶でも飲みながら話しましょうか。」と言われ、言われるがまま席に着いた。
そこからは部活の紹介、予算がいる行事や合宿の話をされ、すべてメモに書いた。
「せっかくだから、部員にも紹介しましょうか。」
「え、別に大丈夫ですよ。」
いいから。と音楽室へ連れていかれると、ミーティング中の30人くらいの視線が私に集まる。
香澄ちゃんが何か合図をしているようだったが、答える余裕なんてなかった。
「急にごめんね。こちらは生徒会の会計を担当してくれる、立風椿さんです。」
先生にそう紹介され、深くお辞儀をした。
「去年のこともあるので、日常の消耗品から部費や学校の支援金で出すものは全部、椿さんに記録や注文してもらってください。」
やることが急に増えたとびっくりしていると、
「部員が一人増えたと思って、一丸となって頑張りましょう」
部員の一人、この大人数の中で何人が本当にそう思ってくれるかはわからない。けど、今までこれといった繋がりも居場所もなかった私にとって、とても嬉しかった。
紹介が終わり準備室に戻ると、部員たちが一気に私の方に来て専門用語を言い始めた。
この会社のリードを注文してほしい。譜面台が壊れたから買ってほしい。
といった依頼をひたすら記録していく。
毎日記録することが生まれるようなので、普段は生徒会室にいることにし、必要になったら、部員たちに来てもらうことにした。
毎日生徒会室にいなくてはならなくなったが、誰かに必要とされている感覚が新品の布団で寝ているように、落ち着かないがどこか心地よかった。
入学式から一か月が経ち、いろいろなことがルーティンになって落ち着いてきた。
テストや体育祭が近づきどこかそわそわしている教室を外目に、いつもどおり生徒会室へ向かった。
「琴先輩こんにちは。」
「かぜちゃん、今日もよろしく」
今日は体育祭の案内看板を作る。静かめの男の子ふたりと先輩の4人で作っているが、会話がいまいち盛り上がらない。けど、そんなことは気にせず自分の話したいことを話し満足している先輩が好きである。
のんびりと時間がたつのを感じながら、作業をしていると、コンコンと音が鳴った。。
「吹奏楽部のものです。立風さんに用があってきました。」
部長さんがたっていたので、立ち上がり、ドアの方へ向かう。
「はい。リードの注文ですか。」
「えっとねテスト終わりに近場の高校が合同でやる演奏会があるんだけど」
「参加費の領収書ですか。」
「いや。先生がぜひ来ないかって立風さんに。」
チケットを手渡し、そういった。
戸惑いながらも受け取り、
「あ、ありがとうございます。」
とお礼を言った。
「あと、コンクールの練習に使うホールを抑えたいんだけど、その費用を多少援助できないかって」
うけとったチケットがまるで賄賂のように感じたが、
「なんとかしときます。」ととりあえず言っておいた。
やることも終わり、香澄ちゃんと合流し、演奏会に行く話をしようとした時に肩が叩かれたのを感じた。
「やっほ。」
知っている声が聞こえたので振り返ると、汗をかいている葵ちゃんがいた。
「どうしたの?」
「ちょうど練習終わって帰ろうと思ったら、椿がみえたから声かけようって」
少し驚きながらも返事をしようとしたときに香澄ちゃんが走ってきた。
「ごめん待たせたね。」
「ううん。」とだけ返す。
「あれ、葵ちゃんも一緒なの?」
「そうさっきばったり、椿と会ってさ。」
「じゃあ、今日は三人で帰ろう」
いい?と香澄ちゃんがこちらを向いてきたので、無言でうなずく。
みんなと別れ自分の最寄り駅に着き、家に着くまで三人で話したことが頭を駆け巡る。
どうやら委員会で二人に接点があったらしく、会話はとても盛り上がった。
その中で、明日からすべての部活がテスト休みに入ることを知った。
勉強することが嫌いではなかった私にとって、テストが近づくことへの焦りはなかったが、葵ちゃんはかなり焦っていた。
「明日さ、近くのフードコートで勉強教えてくれない?」
とかなり緊迫した様子で頼まれたので、思わずOKしてしまった。
上手く教えれるかな。結局わからなかったら、嫌われたりしないかな。と不安になる。
香澄ちゃんに頼ればよいのだが、明日は演奏会に向け楽器のメンテナンスをしに行くらしい。
二人だけでどこかに行くなんて親としかなかった私にとって、一対一を何時間も耐えれる自信はなかった。
あんな約束をするんじゃなかったと後悔していると家に着いたので、部屋に行き、逃げるように目を閉じた。
放課後になり、葵ちゃんと二人で教室を出て近くのショッピングモールに向かう。
最初のうちは会話が盛り上がっていたが、時間がたち沈黙の時間も長くなってきた。
フードコートに着くと、おいしそうなタピオカが並ぶお店へと向かった。
「何飲む?」と聞かれたので、前から気になっていた新作の名前を言ってみる。
ほお。とうなずき二人で注文口へ向かう
「いらっしゃいませ。」
「タピオカミルクティで」
「お客様は?」と私の方を向き尋ねられたので、メニューを指さそうとした時、メニュー表が注文口に置いていないことに気づく。
すぐに答えなきゃと焦る。案の定言葉が出ないが、これ以上こんな時間を長引かせたくないと思い、葵ちゃんの方を指さし、
おんなじもので とジェスチャーを送った。
商品を受け取り、空いている机へと向かう。
「新作頼まないでよかったん?」と聞かれ、
「やっぱり、挑戦しないで無難においしいのを飲もうと思って」となぜか言い訳してしまった。
「そうか。それもそうね。」と笑う葵ちゃんを見ながら、数学の参考書を出し、勉強をする準備をした。
専門用語を使わないでほしいと頼まれたので、これをこうするといった抽象的な教え方をした。指をさしながら教えれるので、思った通りに教えることが出来安心した。
一通り数学の範囲を学習し終え、夜になったので、フードコートを出た。
「いやあ。めっちゃわかりやすかったわ。」
「ほんと?良かった。」
「これで数学は安泰だわ。安心安心。」
ホッとする葵ちゃんをみると、こちらまで安心してくる。
他愛もない話に花を咲かせながら、駅まで向かった。
「今日は勉強の心配せず寝れそうだわ。」
「ほんと良かったよ。」
「椿、先生向いてるよ。」
その言葉を聞いた瞬間、時間が止まった気がした。
みんなと違ってスラスラ話せない私が?。
そういえば葵ちゃんは私が吃音をもっていることを覚えているのだろうか。
先生に向いているという言葉は、私の事情を踏まえたうえで言っているのか。はたまた忘れていて、数学を教えてくれたお礼として言った形式上のものなのか。
確かめようとしたが、そんな勇気は出なかった。
「ありがとう。」と返し、お互い反対のホームへ向かった。
「また明日ね。」と遠くから言われたので、手を振った。
別れてから、眠りにつくまで、先生向いてるよという言葉が脳裏から離れることはなかった。
時間はあっという間に流れ、テスト最終日となった。
なんだかんだテストに追われてしまい、他のことなど考える暇もなかった。
最終日の数学を終えた瞬間、隣の席から、
「まじで助かった。数学はいけそう。」
とお礼を言われたので、笑顔でグッドサインをしてみる。
高校初のテストを終え、浮ついた教室を後にして、生徒会室へ向かう。
階段を上っていると、重そうなものを持っている、やたらと忙しそうな人たちとすれ違う。
見覚えのあるシルエットが上の方に見えたので、しっかりと顔を見てみると目が合った。
「あ、椿ちゃん」
「やっほ。すごい大変そうだね。」
「明日本番だから、みんな急いで楽器おろしてトラックに載せるんだ。」
「あ、そうか。」
テストの忙しさで、明日演奏会を聞きに行くことを忘れていたのでびっくりしてしまった。
そういえば演奏を聴きに行くことを香澄ちゃんに言えてないことに気づいた。
明日、聞きに行くね。応援してるね。と言おうとした時、
「時間やばいからいくね。」
と小走りで行ってしまった。
サプライズで行くのも悪くないなと思い、言いかけた言葉を飲み込み、改めて生徒会室に向かった。
次の日の朝、急いで演奏会を聞きに行く準備をする。
いつも通り、朝ご飯を食べようとしたが、だれも起きていなかったので、おいてある菓子パンを食べ、家を出た。
休日ということもあり、とても人が多い。
同世代くらい見える人たちはおしゃれをしている。私はそんな洋服はもっていないので、持っている中でましなやつを選んできた。
もし休日に葵ちゃんと勉強することがあれば、世間一般的に女子高生が着ているようなかわいい洋服をお母さんに買ってもらおうと心に誓いながら改札をくぐった。
最寄り駅に着き、会場へ向かうと吹奏楽部らしき集団がずらずらとおんなじ方向へ向かっているのが見えた。
前の集団が話していることをなんとなく盗み聞きしていると、今回の演奏会はコンクール曲をホールで練習してみて、音の聞こえ方や動線の確認、ソロを吹く人を決める運動部でいうところの練習試合の側面が強いらしい。
みんないろいろ大変なんだなとしみじみ感じながら、ホールへと入った。
きらきらした入り口を通ると楽器をもった学生であふれかえっていた。
なんとかかき分け、チケットをつかい、大ホールに入ったは良いものの、どこに座ったらよいか分からない。
自由席なため、どこでもよいのだが、せっかく聞くならオーボエが良く見えるところが良い。
いつも香澄ちゃんはどこに座って練習していたかなと思いだそうとしても答えは出ず、一か八か一番左の前に座ることにした。
楽器の搬入口だったらしく、座ったときは忙しそうに楽器や席のセッティングをしていた。
自分の高校が演奏するのは2つ先だったので、他校の演奏を聴きながら待つ。
なんの知識もないので、なんかすごいということしかわからない。
それぞれの楽器たちが各々の役割を全うして一つのものを作り上げている姿はなんだか尊い。
誰か一人が欠けたらだめだということは素人にも伝わった。
自分もその尊い輪の中に入りたい――。
そんなことを考えていると、自分の高校が演奏する番がやってきた。
続々と入っていく人たちの中から、香澄ちゃんをみつける。
オーボエをもち真剣な表情で指揮者を見つめる彼女はかわいらしい普段の姿とは異なり、ただただ美しかった。
曲が始まると、よく学校で聞いた旋律が次々と流れる。このフレーズよく練習してたなと思い出し、部員じゃないのに少し感慨ぶかさを覚えた。
ソロをやる人は立つらしく、部長さんのソロが成功して、拍手が起こった。ソロは部員の取り合いになるらしくオーディションをして決めるのが普通らしい。
香澄ちゃんもオーディションのことを言っていたが、オーボエのソロは誰が吹くことになったのだろうと考えていると、よく知っている姿が立ち上がった。
ホール中に響く切ない音色。あの日、香澄ちゃんが言っていたように、夕暮れの情景が浮かぶ。不意に小学生の時に、お花を探したり、走り回ったりして5時半のチャイムと共に帰っていたことを思い出す。夕日と重なるのは、お花の髪留めをしていたあの子。名前は――。記憶を思い出している間にソロが終わってしまったのですかさず拍手をする。
演奏が終わり、差し入れを先生にもっていこうと大ホールを出て楽屋まで向かう。他の高校の生徒が楽器を大変そうに運んでいるのが目に留まる。
どこを探しても楽屋が見つからなかったので、入り口で吹奏楽部が集合するのを待つことにした。
外に出ても、搬入のトラックや来場者で騒がしかった。
演奏の余韻を静かに味わいたかったので、一旦ホールの中に戻り、近くのベンチに腰を掛けることにした。
先にカタツムリのような楽器を持った人が俯いて座っていたので、静かに腰をかけた。
私が座ったことに気づいたのか、楽器をもってけだるげに立ち上がり、私の前を通り過ぎていった。
横顔が目に入った瞬間、時間が止まった気がした。
「紗夕ちゃん?」
不意に出た言葉はカタツムリに吸い込まれ、彼女に届くことはなかった。あるいは単に人違いだったのかもしれない。
考える間もなく、追いかけようと立ち上がると、「椿ちゃん」と大きな声がきこえた。
「椿ちゃん。きてたの?」
「う、うん。先生にチケットもらって。」
先ほどの衝撃がまだ心臓に残っているが平然を装って答える。
「退屈じゃなかった?」
「すごいかっこよかったよ。ソロもすごくてなんて表現したらいいのか分からない。」
「ほんと?ありがとう。」
さっきの女の子が本当に紗夕ちゃんだったらと思うと鼓動がどんどん早くなっている。心の奥そこに大切にしまっていた記憶。突然消え去った楽しい日々。もう会うことはないと思っていた。断片的に次々と光景が思い出される。ホントなら、あの女の子を追いかけて本人か確認したい。
普段は大好きな香澄ちゃんが少し憎く感じてしまう。今できることを体中で考えた結果、勢いにまかせて口を開く、
「あのさ、」
「うん。」
「あのカタツムリみたいな楽器って何?」
香澄ちゃんは少し困惑しつつも、丁寧に答えてくれた。ホルンという楽器らしい。そのことを知っただけであの日々に少しだけ近づいた気がした。
集合場所まで二人で話しながら向かった。
「今日は来てくれてホント嬉しかった。コンクールも頑張るね。」とかわいらしい笑顔で笑う彼女を見ると、先ほど抱いた紗夕ちゃんへの感情が嘘のように消えていった。
あの日々はあの日々のままでいい。きっと紗夕ちゃんは紗夕ちゃんで楽しく生きているはずだ。今更私と関わる理由なんてないだろう、と自分で納得してしまう。
私は目の前にいる香澄ちゃんと今を満喫するよと記憶のなかにいる紗夕ちゃんと先生に別れを告げ、香澄ちゃんの手を握る。
「コンクールも聞きにくるね。」
「ほんと?むりしなくてもいいのよ」
「香澄ちゃん頑張ってるから、力になれるか分からないけどそばにいたい。」
普段言えなかった言葉が、気分の高鳴りに紛れてどんどん出てくる。
「嬉しい。嬉しすぎる。」と握っている手をブンブン振ってくる。
外に出るとまぶしいくらいの日差しがこちらに降り注ぎ、まだ高くにある太陽はこちらを見ている気がした。
朝音楽室をあけるために早く登校するのにも慣れてきたころ、昨日葵ちゃんといった文化祭の準備の時に忘れたお弁当を取りに行こうと教室へ向かった。
誰もいないと思い勢いよくドアを開けた瞬間、クラスの看板の絵を描いている少女と目が合った。
「え、あごめんなさい。昨日準備にこれなかったから、今日早く来て絵を仕上げようと思って。」
「あごめん。昨日忘れちゃったお弁当を取りに来ただけ。」
気まずいので、早く弁当を回収して帰ろうと思っていたが、女の子の近くにある綺麗な海の絵に目が留まる。
「すごく綺麗。」
これどこの海なのと聞く前に、手で隠されてしまった。
「大したものじゃないから見ないで。」
「すごい綺麗だよ。すごい。もしよかったらもう一回見せてほしい。」
必死にお願いしてみる。なぜこんなに必死なのかは自分でもわからない。でも一瞬だけ見えた海の絵にはどこか懐かしさを感じたこととこの子と仲良くなりたいという気持ちがあるのは確かである。
「じゃあ完成したら見せる。」
「いいの?ありがとう。」
それだけ言って帰るのもあれなので、いろいろ話してみることにした。
「私、立風椿です。これから仲良くしてくれたらうれしいなです。」
さっきとは違い敬語で話す私が面白かったのか、笑いながら
「菊池月咲です。よろしくね。」
「絵をかくの好きなの?」
「うん。美術部だし。椿ちゃんはなにか部活入ってるの?」
「生徒会に入ってる。今はね吹奏楽部の手伝いをしてる。」
「そうなんだ。大変そう。」
「ねえさ、お友達にならない?」
「うん。いいよ。」
あっさりと了承された。
どこかおしとやかで、語尾は弱そうな印象だったが、確かにハッキリと言いきってくれた。
そんな彼女にどこか惹かれてしまう。しっかりと話したのは今日が初めてであるのに。
「なんて呼んだらいい?」
「中学の時はきーちゃんって呼ばれてたよ。」
「菊池のき?」
「うん。そうだよ。」
「名前じゃないんだね。」
「同じ名前の子がもう1人いたから、もう1人は名前から取った つーちゃんって呼ばれてて、私はきーちゃんだった。」
「そっか。」
私はそれを聞いて、なんだかかわいそうだなとか私だったら嫌だなって思ってしまった。
なんだか比べられて、負けてしまった気がするから。
「私はきーちゃんって呼んでもらうの好きだよ。」
彼女はまた自信満々に言いきる。
「そっか。」
「立風さんはなんて呼ばれてるの?」
「私は...」
香澄ちゃんが椿ちゃん!って呼んでくれる姿が脳裏に浮かぶ。でもそれ以上に、小学生の時、紗夕ちゃんが呼んでくれた椿ちゃん。という声が鳴り響く。あの日のままのトーンで。
「椿ちゃんって呼ばれてる。」
「じゃあ私もこれから椿ちゃんって呼ぶね!」
そう言って彼女は時計を見る。
「あ!ごめん。美術部に戻らなきゃいけない時間だから帰るね。」
彼女は焦りながら、絵や道具をしまう。
「明日からよろしくね!」
彼女はそう言って、小走りで移動していった。
私はその言葉をそのまま受け取る。
どこか自信に包まれる彼女に憧れを抱いたからだ。
これから一緒に過ごしたいと、さっきの少しの会話から感じた。
私も仕事に戻ろうとお弁当を回収して教室を出ることにした。
少し足取りを軽くしながら階段を駆け上る。
香澄ちゃんに友達ができたって言おう。
その一心で太陽が暖めた床を歩く。
重力が少しだけ弱まっている気がした。
気のせいか本当かはまだ私には判断できなかった。
月日はあっという間に流れ、高校一年生が終わろうとしていた。そろそろ進路を明確にしなければならないと来週から、二者面談が始まる。将来就きたい職業や学びたい分野を先生に伝えるために、A4一枚に今後の人生計画を書いて明日までに提出しなければならない。
課題をすすめるために、いつものフードコートへ向かう。
「おそいよ」
おいしそうなカフェラテを持ちながら、葵ちゃんに声を掛けられる。
「ごめんごめん。」
「みんな来ないから、いろんな動画見ちゃって課題何も進んでない。」
「あれ、香澄ちゃんもきーちゃんも来てないの?」
「寝坊したのかね。寝坊だったら、昼ご飯おごってもらおう。」
「連絡してみようか?」
「うんよろしく。」
ラインを開いてメッセージを送ろうとする。
「あ、」
「ん?」
「きーちゃんのラインもってない。」
きーちゃんとは、文化祭の準備で仲良くなった。美術部の女の子で、すごく綺麗な絵を描く。クラスの看板を圧巻の出来で作る彼女に葵ちゃんがベタ惚れしたのをきっかけに4人で話すようになった。どちらかというと控えめな方で、私も話しやすく、放課後は二人でなんてことない雑談で夕方まで過ごしたこともあった。
「じゃあ、きーちゃんには私が連絡しよう。」
「ありがとう。」
少しだけ電車が遅れていたらしく、5分もしないうちに4人全員集合して、課題を進めることになった。
「将来の夢とかないんだが」
「ソフトボール続けないの?」
「いやあ、続けたいけどなあ。いろいろきびしいよね。スポーツ関係の会社に就職できたらいいかな」
「なんか現実的だね。葵ちゃんらしくない。」
「そうかね。そういう香澄は?」
「安定した暮らしを手に入れる。」
「安定志向すぎる。」
「ちなみに椿は?」
「え、」急に話を振られてびっくりする。
「まだちゃんと決まってないかも」
ずっと背けていた質問に頭の中が混乱してくる。先生になりたいけど、私みたいな人でもなれるもの
かな。現実的な二人の夢に比べたら、非現実すぎる夢を言うのはとても気が引ける。自分の迷いを隠すように話をきーちゃんに振る。
「きーちゃんは夢とかある?」
葵ちゃんや香澄ちゃんも興味深そうに彼女を見つめる。
「私はね、画家になってみたい。」
「画家!?すごいね。」びっくりして、むせながら香澄ちゃんが言う。
「将来有名になったらさ、私の事書いてよ」なんだかすでに誇らしそうに葵ちゃんはつぶやいた。
私は、画家という夢にびっくりしたというより、一般的には叶う可能性が低い夢を何の迷いもなく言い切るきーちゃんに衝撃というか尊いかっこよさを感じた。
どんどん盛り上がる話を遮り、口を開く。
「夢見つかった。」
「お?なんだい」
一気に3つの視線が集まり、緊張するが勢いに任せて言ってみる。
「きーちゃんみたいに夢を自信を持って言えるようになりたい」
その時の香澄ちゃんの驚いた顔、葵ちゃんの感心しているような表情、きーちゃんの照れくさそうなしぐさは私の心の中に焼き付いた。




