表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: ぷるぷる
1/5

瞬間の永遠

どうせ手に入らないショーケースに入るおもちゃを眺めてねだる子供のように私は生きてきた。そうあの時まで。

そして一丁前に生きる意味に悩んでいた。理由などすぐそこにあるのに。


 私は立風椿。小学校2年生。うまく話せない。だから小学校では友達が出来なかった。つまらない学校生活の中でも唯一、昼休みにスミレが咲く中庭で先生と二人で遊ぶ時間だけは、かけがえのない楽しい時間だった。

「先生、おままごとしようよ」

「いいわよ。」

「先生はお客さん役ね。私はお花屋さんやるから。」

いつもここではおままごとをしている。ごっこ遊びはクラスメイトの流行りだ。けど友達のいない私には相手がいなかったから、先生と遊んでいる。先生のことが大好きだから、きっと友達がいたとしても、先生と遊ぶだろう。

 予令のチャイムがなると、必ずと言っていいほど先生は私につぶやく

「ごめんね。」

そう言って先生は職員室に戻る。先生は忙しい中でも私と遊んでくれるんだとすごく嬉しくなった。


チャイムが鳴り、席につく。

授業は算数だった。

「今日は、昨日の続きで、掛け算を勉強していきます。今日は4の段をテストするので、隣の人と確認してスラスラと言えるようになってから、先生の所に来てください。掛け算新幹線にスタンプを押します。」

私は先生に認めてほしくて、家でお母さんと予習してきた。3の段は覚えるのに苦戦したが、4の段は自信がある。先生の所に行くには、まず隣の人と確認しあって合格のサインをもらう必要がある。だから自信満々に隣の子に話しかけた。

「かいと君、掛け算のチェックしようよ」

嫌そうな顔をして、彼は答えた。

「えー、俺まだ覚えてないから、先に言っていいよ。」

「わかった。しいちがし。しいにがはち。しさんじゅうに。ししじゅうろく。しごが、、、。」     “にじゅうご”が出てこない。わかってはいるのに。どうして。

「覚えてねーじゃん」

「ちがう!ほんとは分かってるの!」

「じゃあいってみろよ」

「しごんん」

「なにが“んん”だよ。わかってないくせにカッコつけるなよ」

涙があふれた。普段どれだけ仲間外れにされても、一つも悲しくなんてないのに。

「おい!」

急いでトイレに逃げ出した。苦しかった。一緒に練習してくれたお母さんになんて言えばいいのだろう。教室には戻りたくない。ずっと、スラスラ話せないことに苦しめられてきたが、神様からのプレゼントだとお母さんに言われたから、自分のチャームポイントのように思っていた。けど、そのせいで苦しい。私がどれだけ勉強したって九九をスムーズに言えなかったら、勉強してないって思われるんだ。どうやっても普通に話せる人には勝てないんだ。

「どうしてわたしだけ…どうして!」

生まれて初めてこんな大声で叫んだ。

泣きながら、教室に戻った。視線が集まる中、席に着き、昼休みが来るのを待った。

「あの子どうしたんだろう」 

「いじられたんじゃね」

誰かの会話を耳に入れながら机につっぷしているとあっという間に授業が終わり、給食の時間が来た。何も食べずに先生と話すために中庭に行った。


今日はなかなか先生が来ない。話したいことはたくさんあるのに。もしかしたらさっきのことが関係しているのかな。だとしたら申し訳ない。

「椿ちゃんこんにちは」

先生が来た。

「さっきは急に教室を抜け出してごめんなさい。」

しっかり謝った。

「先生が悪いのよ。謝らないで。」

先生は優しい人だと思った。

「九九ね、昨日頑張ったのに言えなかったの。わかっているのに言葉にできなかった。そしたら馬鹿にされちゃった。」

「わかっているよ。ちゃんと椿ちゃんにもスタンプあげるから、放課後持っておいでね。」

その言葉が私は嬉しくてたまらなかった。ちゃんとわかってくれた。伝わった。その喜びで胸がいっぱいだった。そんな愛しの時間もチャイムが鳴ると終わりを告げた。


5時間目は国語だった。国語では音読を一人でさせられる場面があるが、先生が意図的に当てないようにしてくれている。家庭訪問でお母さんが頼んだらしい。

緊張しなくてよいのでとても楽な気分で授業を受けることが出来た。

「じゃあ次は鈴木君。」

「スイミーは、、、」

「よくできました。じゃあ次は佐藤君」

「先生」

「はい?」

「なんで立風だけ当てないんですか。」

時が止まった。心臓が早くなるのを抑えられなかった。

「えっと、それはですね。」

沈黙が少し続いた後に先生がまた口を開けた。

「私のミスです。立風さん音読してください。」

クラス中の視線が私に集まる。

「早くしろよ」

男子にせかされる中、震えながら立ち上がり、音読をした。

「えっと、、スイミーが、、、あ、、、」

「なんだよ。読めてねーじゃん」

「日本語も読めないのかよ」

私はどうすればよいか分からなかった。普通のことが当たり前にできないと馬鹿にされる。けど私はどうあがこうが普通にはなれない。消えたいと強く願った。早くこの教室から出たかった。大好きな先生にも迷惑を欠けてしまった。私以上に恥をかいたのは先生だと思う。先生は若いから、児童の私が見ても分かるくらいなめれがちだった。そして優しい先生はきっと今日私のことで悩むんだろう。先生はやめてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。私のそばにいてほしい。

「嫌だ。」

声に出てしまった。

「余計な事を喋らないで、教科書読めよー。」

「あ、あ、いって赤ちゃんかよ」

クラスメートの笑いの的にされながら、私は音読を続けた。

「あ、、た、、、黒の、、、」

先生は下を向いている。

「先生、日が暮れちゃうよ。」

誰かが言った。そしたら間髪を入れずに、

「先生、私が代わりに読んでいいですか?」

と席の後ろから声を上げてくれた子がいた。

「そ、そしたら菅原さん、お願いします。」

男子たちが不満そうに何かを言いながらも、彼女は音読を始めた。

そうして、すぐに読み終わると何もなかったように彼女は座った。


授業が終わり、放課後になると、菅原さんは先生に呼び出されていた。私はそれを本を読んでいるふりをして盗み聞きした。

「紗夕ちゃん、さっきはありがとね」

「私は私ができることをやっただけです。」

紗優ちゃんは素晴らしい子だ。私に手を差し伸べてくれた。けど、会話を聞いていると、どこか私が先生の悩みの種になっている気がして、気分が暗くなった。私は醜い腫物で、紗優ちゃんはそれに蓋をして見えないようにした。そのことが生んだ私の複雑な感情は、この日からずっと頭の中を支配した。会話から逃げるように、誰にも会わないように帰宅した。

家に帰ったらすぐに自分の部屋へと向かった。泣くわけでもなく、窓から外の景色を眺めていた。太陽がまだ沈んでいなく、晴れ渡った良い天気だった。鳥たちは元気に飛び交っている。ただ一人、この町で私だけが暗さで満ちている気がした。窓から目をそらし、机に目をやると母親が頼んだ通信教育の教材があった。昨日一生懸命に解いた掛け算のページが目に入り、逃げるようにベッドへ駆け込んだ。明日学校へ行ったら先生に謝らなきゃ。明日からの授業はどうやって受けよう。みんなからどういう目で見られるのだろう。いろいろなことが頭の中を駆け巡りながら、眠りについた。


翌日、学校に行くと想像と反していつも通りに時間は過ぎ、昼休みが来た。

私は急いで給食を食べ、例の中庭に向かった。

先生は昨日のことには触れなかった。おままごとをして、普段と何も変わらない時間を過ごした。この世界で先生と私の二人だけしかいないような気分になる。綺麗なお花たちによって外の生きづらい世界から隔てられている。しかし今日その平穏は破られた。

「こんにちは。先生。椿ちゃん。」

例の紗夕ちゃんである。

「こんにちは、紗優ちゃん。どうしたの。」

先生は驚きもせずに答えた。

「私も椿ちゃんと先生と遊びたくて。」

その言葉を聞いたとき私は、この中庭に広がる先生との二人だけの世界が壊れた気がした。普通なら友達が出来て嬉しい気持ちになるのだろう。けど私には、きっと紗夕ちゃんは先生と仲良くなりたいだけで、その口実に私が使われているように思えてしまうのだ。

「じゃあ一緒に遊びましょうか。何をして遊びますか?」

先生は私たちに快く語りかける。

「花かんむり作りたいです。」

紗夕ちゃんは笑みを浮かべながら言った。

「椿ちゃんもそれでいいかな?」

「え、あ、はい」

つい言葉が出てしまった。本当は先生と二人でおままごとしたいなんて言えるわけがなかった。

「それじゃ、二人でかんむりにしたい花を集めてきて。今日で集まりきらなくてもいいわよ。お家の近くの花を明日持ってきても良いし、学校終わりに二人で綺麗なお花を探しにいって見つけた花をもってきてもいいわよ」

先生の言葉に私はとても困った。家の近くの花をもってきても良いというところまでは理解できた。けれど、二人で花を探しに行くことが、あたかも前提のように語られているのが理解できない。

「私、今日椿ちゃんと綺麗なお花探しに行きたい!椿ちゃんもそれで良い?」

「え、ちょっと今日はおばあちゃんの家にいかなきゃいけないから無理かも」

とっさに嘘をついてしまった。本当は用事など何もなく暇だ。

「そっか。じゃあ明日は?」

「えっと、お母さんに確認してみる。」

家に帰ってきた。

用事がないことなど分かってはいるが、親に聞いてみた。

「お母さん、明日ってなんか用事ある?」

「何もないよ。どうして?」

なぜか素直に答える気にはなれなかった。

「えっと、聞いただけ」

「そっか」

そうして、すぐに部屋に行こうとした瞬間、母が話しかけてきた。

「友達と遊ぶなら行ってきなさいよ。宿題のことは気にしないでいいよ。」

ギクッとしたと同時に全く手の付けてない通信教材の宿題の提出期限が明日までだったことを思い出した。

良い言い訳が見つかったので、あたかも前から思っていたかのように返事をした。

「だってまったくやってないんだもん。ちゃんとやらないと、シールもらえなくて、欲しいおもちゃもらえない」

自分がやっているオンラインの宿題は提出するとシールがもらえて、何枚かたまるとおもちゃに交換できる仕組みなのだ。

「先週の分はやってないのにね。」

完全に言い訳がばれている。

「先週は学校の掛け算の勉してたからいいのー。」

これ以上話しても、ボロが出るだけなので、話しかけてくるお母さんを無視して部屋に逃げ込んだ。


部屋に入り、真っ先に布団に飛び込んだ。

目を閉じると紗夕ちゃんとのことが頭の中を駆け巡っているのが鮮明に分かる。

紗夕ちゃんは、立ち尽くした私を助けてくれた優しい人。それは間違いないのに、なぜか納得できない。それが先生を取られたことによるものなのかはわからない。

正直にいえば、先生と二人で遊びたい。明日、紗夕ちゃんと二人でお花を摘みに行くのは嫌だ。

けれど、そんなことをそのまま先生に言ったらどうなるだろうか。嫌われることは避けたい。

そんなことを考えているうちに、眠りに落ちてしまった。


ふと目が明けると、夜の10時だった。急いで明日の準備をし始めた。鉛筆を削って、教科書を入れ替えて。いつも通りのはずだが、明日のことで頭がいっぱいで、鉛筆をつい削りすぎてしまった。

お風呂から上がったとき、お父さんが帰ってきた。

「遅かったわね」

「ああ、ちょっと高校の同級生と飲みに行ってて。」

盗み聞きをしていると、どうやらお父さんは友達とバーベキューをしていたらしい。大人になっても遊んでくれる友達がいるなんて良いなぁと少し思った。私は今でもそんな友達はいないのに。

「あれ、椿まだ起きてたのか。」

盗み聞きしていたのがばれてしまった。

「おかえりなさい。楽しかった?」

「おう。椿も友達だけは大切にしとけよ。そうすれば大人になったとき、いろいろめんどくさいことを忘れて飲みにいけるぞ。」

そう言われたが、お父さんには悩みがなさそうである。

「そうだね。おやすみ。」

そっけなく返事をして、そそくさとベッドに向かった。    ……「」 監査済み


ふと目覚めると朝だった。いつものように朝ご飯を食べて学校に行こうとすると、リビングから声がした。

「遊んでくるのはいいけど、あんまり遠くに行きすぎないでね。」

正直、紗夕ちゃんとの遊びは断るつもりでいたが、お母さんにここまで言われると、遊ばずに帰ってくるのもなんだか惨めだから遊ぼうと決めた。それに、昨日のお父さんみたいに、大人になっても会うくらい仲のいい友達ができたら良いなぁと少し思っている。

「わかった。いってきます。」

そう言って学校に向かった。お母さんの顔は今日一度も見ていないが、きっと安心した表情をしているのだろう。今まで友達と遊んだことなんてなかった。きっとお母さんは、私にみんなのように友達とワイワイ楽しく過ごしてほしかったのだろう。そう考えると、今まで乗り気ではなかった遊びの誘いも少しは良いものに思えてきた。


学校に着き、授業が始まった。そして全く楽しくない午前の授業が終わり、昼休みが来た。例の通り、先生が待っててくれている。そしてその横には、左の髪の毛を大きめのパッチンで止めている女の子の姿があった。紗優ちゃんである。

「今日の給食おいしかったね」

先生が私に話しかけてきた。

「私はハンバーグあんまり好きじゃないです」

嘘を言ってしまった。嘘を言うつもりはなかったが、自然と声に出ていた。

「えー、椿ちゃん珍しいね」

紗優ちゃんがびっくりして言った。

「私はハンバーグ大好きだよ。ソースかかってるやつ。」

「デミグラスソースね。また給食に出るといいね」

先生と紗優ちゃんが楽しそうに話しているのを見て、正直にハンバーグが好きだと伝えればよかったと後悔した。

「先生のお花のネックレスかわいい」

私が話す隙もなく紗優ちゃんが話し進めていいく。

「ありがとう。そういえば今日は二人で綺麗なお花探しに行くの?」

二人が一斉に私の方を向いた。

「用事あった?」

紗優ちゃんが畳みかける。

「えっと、、、」

二人の視線をさっきより強く感じる。

「なかったです」

「え!じゃあ遊べるの!」

私の苦笑いと反して紗優ちゃんは飛び跳ねて喜んでくれている。

「よかったわね。素敵なお花があったら今度見せてね。」

「うん!見せようね、椿ちゃん!」

同意せざるを得ず、私は首を縦に小さく振った。

本当は先生と二人きりで遊びたかった。できるなら、紗優ちゃんと二人で遊ぶことは避けたかった。あの時に感じた、本当は私のことなどどうでもなく、先生と仲良くなるきっかけを作るのに利用しているだけなのではないかという考えが頭の中を駆け巡る。

「あ、もうすぐ授業始まっちゃう。椿ちゃん、一緒に教室いこう!」

「う、うん行こう。」疑いの心が晴れないまま返事をしてしまった。今日一日遊んでみて、紗優ちゃんの本当の気持ちを探ってみよう。そう決心しながら二人で教室に向かった。 


学校の授業と帰りの会が終わった瞬間、肩が少し重くなったのを感じた。

「まずは、学校近くの公園に行こ!」

急に話しかけられたのでびっくりしたが、小さくうなずき、下駄箱へ向かった。

そうして校門を出て公園に向かっている時はあまり話さなかった。少し気まずい感じもしたが、あっという間に到着した。

「なんかあるかな、椿ちゃん」

名前を呼ばれてびっくりした。自分も名前で呼んだ方がいいのかなと思ったが、今まで紗優ちゃんのことを名前で呼んだことはなかった。急に呼び出したら変かな、でも遊びに来ているのに名前で呼ばないものなんかおかしいかなと考えていると、

「椿ちゃん、大丈夫?」

と心配をかけてしまった。

「大丈夫だよ紗優ちゃん。ありがとう」

紗優ちゃんは少しびっくりとした表情を見せたが、すぐに笑顔になって

「一緒にあっちの方見に行こう!」

と手を繋いでくれた。

「どんな花がいい?」

「水色の花がいいかな」

「水色好きなの?」

「うん」

「ランドセルの色も水色だよね」

「何で知ってるの?」

「なんでって、そりゃあ知ってるよ」

二人でわいわい話しながら、かわいい花を探していたが、ピンとくる花は見つからなかった。

そうしていると夕方になり、町内放送が流れてきたので、二人の家の近くまで向かった。帰り道は会話が途切れないほどにぎやかだった。


二人の家までの分かれ道まで来たので、「また明日ね」といって別れた。そうして家に帰ると、嬉しそうなお母さんの姿があった。

「楽しかった?」

と笑顔で聞かれたので

「うん」と答えた。お母さんは他にも何か聞きたそうではあったが、私はすぐに部屋に向かった。

部屋に入った瞬間、疲れが押し寄せてきた。それは、なんだか心地の良い疲れだった。学校で一緒に楽しく過ごせる人は今まで先生しかいなかった。昼休みだけが唯一の憩いの場だった。けれど明日からは違うかもしれない。授業と授業の間の10分の休み時間も紗優ちゃんと楽しく過ごせるかもしれない。学校が少し楽しみになったのは初めてだった。楽しみを抱えて寝れるのが幸せで、遊ぶ前にあった紗優ちゃんへの疑問などどうでも良かった。

「明日が早く来てほしいな」

小声でベッドの横にあるウサギのぬいぐるみにささやきながら目を閉じた。

目が覚めると、抱いていたぬいぐるみの温もりを感じた。

駆け足で階段を下りて、リビングへ朝ご飯を食べに向かった。

おはよう、とドアを開けると、まだご飯は出来ていなかった。

「あら、今日は早いね」

お母さんが珍しそうにこちらを見ながら言った。

「いい夢見た」

「そうなの?どんな夢?」

「覚えてないけど、いい夢ー」

目の前に次々と出される朝食に目を奪われながら答えた。

「今日は何か特別なことあるの?」

「ないよー。どうして?」

「なんだかいつもより楽しそうだなって。レクリエーションでもやるのかと思ってさ

椅子をゆらゆら揺らしながら、お母さんは答えた。


そこから何度か会話をし、家を飛び出た。私が歩く道はすべてトランポリンであるかのように、ルンルンで学校まで向かった。

教室に入り、周りを見ると、何人かしかいなかった。紗夕ちゃんはいないか。もう少しゆっくり来ればよかった。

「今日は早いね。椿ちゃん」

「せ、先生、おはようございます

後ろから今日に話しかけられたので、びっくりしながら挨拶をする。

「今日も一日頑張ろうね」

そう言って先生は教卓横の机に向かった。

そんな先生を横目で見ながら、ドアから入ってくる人が紗夕ちゃんではないか見ていた。

教室に会話声があふれてきたころ、待ち望んでいた姿が見えた。

「紗夕ちゃん。おはよう」

「椿ちゃん、おはよ」

なんだかおはようという挨拶だけで終わるのがもったいなくて、

「今日も頑張ろうね」とさっき先生に言われた言葉をそのまま言ってみた

「うん!頑張ろうね」

どうしてかあがった口角が戻らないまま自分の席に着く。

一時間目は国語だけけれども、なんだか今日は嫌じゃない。

そう思いながら、教科書を準備して、チャイムが鳴るのを待った。


そうして何事もおこらず、給食を食べ昼休みになった。

今日も先生に会うために中庭へと向かった。

「あ。」

教室を出かけたところで声が出てしまった。

紗夕ちゃんと一緒に行きたい。

そう思うと同時に、引き返し、彼女の姿を探した。

次の時間の準備をしている姿をすぐに見つけ、「先生に会いに一緒に中庭にいかない?」と声をかけた。

「もちろんいいよ!」と返事が返ってきたので、二人で軽い足取りで昇降口へ向かう。

なんてことない会話をしながら、靴を履き替える。

靴が少し土で汚れているのをみつけて「紗夕ちゃん、みて。昨日の土がまだついてる。」と話しかけてみた・

「ほんとだね。お花に夢中で昨日は気づかなかった。」

「でも、紗夕ちゃんの靴は綺麗だね。」

「昨日とは違う靴なの」

「何個も自分の靴もってるの?」

「そんな何個もはもってないけど、お父さんが買ってくれるんだ」

紗夕ちゃんのお家はお金持ちなのかなと思った。確かに、休日はドレスを着て、おいしいものいっぱい食べてますって言われても素直に信じちゃうな。今つけているリボンも有名ブランドのものなのかな。そんな女の子と私は話しているのかと思うとなんだか不思議。

「椿ちゃん、いこ」

声をかけられたとおりに、腰を上げ、駆け足で中庭に向かう。

中庭に着くと、先生はすでに大きい岩に腰を掛けながら、のんびりしていた。

「先生こんにちは。」

 2人で声をかける。

「こんにちは」

「綺麗なお花見つかった?」

「見つからなかった。」

 けど色々な花見つけたんだよー。って言おうしたとき

「だからまた探しに行くの」

 と紗夕ちゃんが微笑みながら口にした。

 いいねえ。とまったりとした空気がながれる。

 そうしてチャイムがなり、2人で教室に戻るとき、

「明日さ、また2人で遊びたい」と誘われた。

「うん遊びたい!」

「明日はさ汚れてもいい靴できて」

 お花を探しに行くからかなと思いながら

「わかった!」と返事をした。


約束の時間がきて、紗夕ちゃんと遊ぶ準備をした。

お花を探すのかなと思ったけど、今日はちがうらしい。

「今日はさ、おにごっこしようよ。」

「二人で?」

「私が最初鬼やるから。10秒以内ににげて。じゃあいくよ。」

勢いにまけるまま鬼ごっこをすることになった。女の子の遊びと言えば、おままごとだったので、戸惑いながらも必死に逃げる。

「よし。いくよ!」

始まってからは他のことなんて考える暇はなく、全力で遊んだ。足の速さは同じくらい。むしろ私の方が少し早かった。

私は何回鬼になったのかいたわからないが、かれこれ二時間近く遊んで、ベンチに座った。

「椿ちゃん、疲れたね。」

「うん。すごく。」

「横になりたいね。」

「お砂場ならいいかな。」

「汚れちゃうよ?」

「でも気持ちよさそう!」

紗夕ちゃんは迷いもなく砂場に飛び込んだ。

「まるで海にきたみたいだよ。椿ちゃん。」

海なんて私が小さいときにしか言ったことがない。だから、少し海の感じを味わってみたくて、帰ったら怒られるのを覚悟で、紗夕ちゃんの横へ飛び込んだ。

「どう?海に来た気分?」

「うん。お城つくろうかな。」

「いいね。私はその周りに海かく。たくさんお魚描いたりして。」

「いつか一緒に海行きたい。」

「いつか絶対行こうね。」

即答だった。私にも友達が出来たことがうれしくて、ついついにやけてしまう。

そこから良い子は帰りましょうという放送がなるまで、夢中でお砂場遊びをしていた。

途中まで、いつか海にいったらしたいこと、食べたいものを話し合った。

「じゃあ。また明日!」

「うん!またね。」

また明日という言葉の響きに私の心は照らされる。明日も会える。それだけのことがなんて幸せなことなのだろう。早く明日が来てほしい。そう思いながら、足をはずませてあっという間に家についた。

「ただいま。」

「ちょっと。どうしたのその服。」

砂を落とす前に家に入ってしまった。

怒られるのを覚悟で正直に話す。

「友達とお砂遊びしてたの。楽しかったよ。」

「そう。すぐにお風呂入っちゃいなさい。」

口調は強かったが、あまり怒っていないようだった。

むしろ少し嬉しく思っているようにも感じた。


日が沈むのも早くなり、あっという間に夏は過ぎてしまった。

私は今日も分かれ道まで、紗夕ちゃんと帰る。

「今日私の家来る?」

紗夕ちゃんはにっこりと話しかける。

「いいの?迷惑じゃない?」

「今日みんないないの。だから寂しくて」

寂しいという言葉が私の中で鳴り響く。

私も紗夕ちゃんの力になりたい。

「行きたい!門限があるから長居はできないかもだけど。」

私たちは焦るように一つの方向へ向かった。

かなり長い坂を上ると綺麗な木々や植物が咲いていて、家々が整列していた。

家と家の間を抜けていくとすぐに紗夕ちゃんの家に着いた。

「ここが私の家。ちょっと草が生えてるけど、ごめんね。最近手入れしてなくて。」

「綺麗なお家だね。」

彼女はまるでメイドさんのようにドアを開ける。

「おかえりなさいませ。」

上品に礼をする彼女がほほえましくて笑ってしまう。

彼女は本当に美しい。綺麗だって強く思う。

歓迎されるように玄関に入ると、綺麗な靴が並んでいて、すぐそばには車椅子となにやら難しそうな機械があった。おじいちゃんたちもこの家に住んでるんだ、きっとみんなから愛されて、いろんなもの買ってもらってるんだろうなと思う。いつもかわいいお洋服を着ているから。

「こっちがリビング。座って待ってて。」

 私は椅子に座り、紗夕ちゃんがなにかを準備しているのを見届ける。

「リンゴジュースがいい?オレンジジュースがいい?」

紗夕ちゃんは、パックに入っているジュースを私の方に向けるために重そうに持ち上げる。

 私は、こっち と指をさし、リンゴジュースをもらった。紗夕ちゃんもリンゴジュースを持ってきた。

「宿題やらないとだよね。」

「そうだね。漢字ドリル3ページだっけ」

「そうそう。大変だけど、がんばろ。お菓子も持ってくるから好きなだけ食べて。」

「ありがとう。」

私たちはお菓子を食べながら、宿題に取り組む。

見本の字から一ミリもはみ出ないように、しっかりとしっかりと書き進める。

2ぺージも書いたところで集中力が途絶えて、リビングを見渡す。

「あの絵、紗夕ちゃんが描いたの?」

指をさして、尋ねる。

クレヨンで太陽と海をかいてある絵だった。

「あれはね。お姉ちゃんが描いたの。上手でしょ。」

「そうなんだ。すごいね。」

きっとお姉ちゃんが最初に書いた絵でそれをずっと飾っているのだろう。

「家族みんなで海に行ったの?」

「ううん。行きたいんだけど、面倒見る人がいないから。いけたらいいねって話してたら、お姉ちゃんが学校で海の絵を描いてきたからこれを飾って言った気分になろうって。」

きっとおじいちゃんとかおばあちゃんの介護の事だろう。いつか見たニュースでも同じようなことを言っていた。紗夕ちゃんも大変なんだなと思いながら、私はまた漢字ドリルを進める。

漢字を必死に書き続けていると外から放送で良い子は帰りましょう。という音が聞こえてくる。

ちょうど漢字ドリルも終わったので私は帰る準備をする。

「私、良い子だから帰ります。漢字ドリルも終わったし。」

「気を付けてね。今日はありがとう。」

「こちらこそだよ。」

私は玄関まで見送られる。

靴を履こうとかがんだ時、下駄箱の中に住所と家族の名前が書いてある家の名札があった。

      菅原 博 海月 加奈 紗夕 と綺麗な文字で書かれていた。

「これ外に置かないの?」

「表札の事?うん。えっと最近物騒だしね。」

「そうれもそうだね。私のうちもないよ。」

「そうなんだ」

紗夕ちゃんはあがった口角のまま、視線を上へとあげた。

「明日も遊ぼう。」

私はそう言って、手になじまないドアの感覚をかんじながら外へ出る。

外はまだ夕日が残っていた。

「綺麗だね。」

お見送りにきてくれた紗夕ちゃんがそう言った。

「綺麗ね。」

「カメラがあったら撮りたいなあ。」

「そうだね。先生にも見せれるしね。」

「今度の誕生日プレゼントはカメラにしようかな。」

「いいねえ。お花とかきれいなものいつでも見れるね。」

紗夕ちゃんは目を細めながら、じっと夕日を見つめる。

「紗夕ちゃんどうしたの?」

「カメラの代わりに目に焼き付けてるの。」

そういって今度は私のことを見つめる。

「椿ちゃんと綺麗な夕日。焼き付けた。見せたい人がいるの。」

「先生?」

紗夕ちゃんはかわいい笑顔で笑い、夕日の方へ小走りで向かう。

「秘密!」

私が目が夕日にくらんでいるすきに紗夕ちゃんは家へ戻る。

「また明日ね!」

紗夕ちゃんはそう言い勢いよくドアを閉める。

私は、門限に近い時間になっていることを思い出し、急いで家へと駆けだす。

紅葉で満たされた坂を転ばないように走る。

紗夕ちゃんは私と見た夕陽を誰かに話したいんだ。

それだけで口角は上がり、体の全ての運動が早くなる。

息を落ちつかせるように止まり、振り返って夕陽を見る。

夕陽を見るたびに私は紗夕ちゃんを、紗夕ちゃんは私を思い出すのだろう。

形にはできない愛しい瞬間のすべてを夕陽に託して。

私はもう一度家へと走り出した。不思議とこの日は体の疲れが心地よく感じた。

冬が近づき、温もりが消えてくる季節だけれど、体の奥底はずっと暖かかった。


また朝が来て、教室へ入る。

今日はもうすでに紗夕ちゃんが来ていて、手を振り、ニコッと笑う。

今日の授業は普段の授業ではなく、違う学校から音楽の先生が来てくれて合唱を教えてくれるらしい。

朝の会を終えた後、私たちは二人で音楽室へ向かった。

「今日、何の曲歌うんだろうね」

「ね。紗夕ちゃんはお歌上手そう。」

「全然だよ。」

「ピアノやってるでしょ?」

「どうして知ってるの?」

「昨日、家に遊びに行ったとき、楽譜見つけた。」

「すごい、よく見てるね。少しだけ弾けるよ。少しだけね。」

「聞きたいな。今度聞かせてね。」

「いつかね。」

話しているとすぐに音楽室につくと、私たちの先生と仲良さそうに話している女の人がいた。

チャイムが鳴り、全員そろったことが確認されると、先生は話し出した。

「みなさん。今日は私のお友達で、中学校で先生をしている先生に授業をしていただきます。」

「こんにちは。今日一日よろしくお願いします。」

黒板に名前を書き始める。

「鈴木葛美です。すず先生ってよんでください。よろしくお願いします。」

みんなでよろしくお願いしますと返事をする。

「今日はみんなで合唱をしようと思います。曲はBELIEVEです。きっとみなさん聞いたことがあると思います。まずは先生がピアノを弾きながら歌いますので、歌うところを確認してください。」

私は一生懸命歌うところを確認しながら、口ずさんだり、音程を確認したりした。隣で口ずさむ紗夕ちゃんの声はとてもきれいだった。音楽は紗夕ちゃんに教えてもらおうと感じた。

集中していたからか、二時間の授業だったのにあっという間に終わっていた。最後にみんなで歌った合唱はとても感動して、音楽って楽しいって強く思った。

私たちは教室に戻り、三、四時間目の授業を受けて、給食の時間が来た。

私はあっという間に食べて、紗夕ちゃんをまち、二人で先生のいる中庭に向かった。

中庭にはすでに先生の影が見えた。そして、さっき合唱を教えてくれた先生もいて、楽しそうに話していた。

「先生こんにちは。すず先生もこんにちわ。」

二人で口をそろえて挨拶をした。

「二人ともこんにちは。二人のことはよく聞いてるよ。」

「そうなの?」

「うん。ひーちゃんがよく話してくれるの。」

ひーちゃんとはきっと先生のことだろう。そういえば先生のことを苗字や名前をつけて呼んだことなかったなと思う。私にとっての先生は一人だけだったから。

「二人とも、ひーちゃんに渡すお花探してるんだって?」

「はい。ふたりで一番きれいな花かんむりを作ろうって話してて。」

「そうかあ。ひーちゃん楽しみだね。」

すず先生はひーちゃん先生に微笑み話しかける。

ひーちゃん先生も笑ってうなずく。

すず先生は午後も他の学年に授業しなければいけないということで早めに音楽室へと向かってしまった。

そこからはひーちゃん先生といつも通り、紗夕ちゃんと遊んだ話や今日の合唱のことやらをたくさん話した。

いつも三人でお話しているけど、話したりない。この時間がいつまでも続いてほしいと思う。

夢中になる三人の温度を覚ますように、チャイムが鳴る。

私たちは二人一緒に教室へ戻り、先生は職員室へと戻る。

階段を駆け上がると、音楽室の方から音楽がきこえてくる。

耳にすっとなじむ暖かい旋律。私は走るのをやめて、耳に焼き付けようとした。

先に階段を上り終えた紗夕ちゃんは、私の方へ振り返り話しかけた。

「どうしたの?」

「なんでもない。」

私はそういって紗夕ちゃんの方へ走り出した。

「じゃあ教室まで競争ね。」

紗夕ちゃんは走り出した。

私は急いで追いかける。走っている間も暖かい旋律が私を包んだ。

結局、紗夕ちゃんには追いつかなかった。いつもなら少し悔しいと思うのに、その旋律が聞こえている間は、なぜか愛おしく感じられた。

授業中も耳は音楽室に向けて、すず先生が弾く様々な素敵な旋律を耳と心になじませていた。

いつかまたすず先生とお話したいな。と私はそっと心の中で呟いた。


まだ寒さが残る春の日、私はいつも通り私の席に着く。

紗夕ちゃんと来年も同じクラスだといいな。先生も変わらないでほしい

それだけでいい。

もう春休みがそばにあって、今年度最後の5時間授業だった。

授業と言っても午前中はレクで、午後は将来の夢について考える時間だった。

午前中のドッチボールを終え、給食を食べ、当然のように中庭に向かった。

見慣れた影を見つけて、私は駆け寄る。

「先生、こんにちは。」

先生は顔を私の方へ向ける。

「椿ちゃん。こんにちわ。あれ?紗夕ちゃんは?」

「給食当番があるから先行っててだって。」

「そっか。椿ちゃんドッチボールお疲れ様。」

「私はなんにもしていない。先に当たっちゃったから。」

「体動かすと疲れるから、帰ったらゆっくり休みなね。」

「ううん。今日も紗夕ちゃんと遊ぶの。かけっこしたり、お砂遊びしたり。」

「体力あるね。将来が楽しみだ。」

先生はせき込む。まだ風邪が残っている。私も先週風で休んでしまい、家まで紗夕ちゃんが宿題を届けてくれた。

「先生、体調大丈夫?元気のおまじないかけてあげる。」

先生は微笑む。

「ありがとう。良くなったよ。」

私は先生の横に座り、頭を先生の体に預ける。

あたたかさが心地よい。

「椿ちゃんの将来の夢はなあに?」

「次の時間で書くよ?」

「先生に一番最初に教えてほしいな。」

私は先生の手をすりすりしながら、どうしようかなと先生にちょっかいをかけた。

「えっとね。私は先生にみたいな先生になりたい!」

自信満々に私は宣言した。

先生の表情が動いたと同時に、後ろの方から紗夕ちゃんの声が聞こえた。

「椿ちゃん、先生ー。」

紗夕ちゃんも私と同じように駆け寄る。

「何の話をしてたの?」

「今ね。将来の夢の話してたよ。次の時間の準備。」

「そうなんだ。椿ちゃんはなにになりたいの?」

「私は先生みたいな先生。」

先生の手を上に掲げながら、答えた。

「なれるよ。絶対。」

先生はそう答えた。

「椿ちゃんすごい。先生になるんだ。頑張ってね。応援する。」

紗夕ちゃんも少し微笑みながら、私にそう話しかけた。

「紗夕ちゃんはなにになりたいの?」

「うーん。まだきまってないかも。」

「職業じゃなくてもいいのよ。」

先生は優しく話しかける。

「うーん。私は優しい人になりたい。」

「紗夕ちゃんはもう優しいよ。」

「ありがとう。でももっと優しくなりたいの。本当の優しさがほしいの。」

「すごいね。」

「二人とも立派だよ。すごく立派。」

先生は優しく微笑む。

「先生の子供の時の夢はなんだった?叶った?」

紗夕ちゃんが元気な声で先生に尋ねる。

「私はずっと先生になりたかったのね。だから叶ったよ。」

「すごい。」

「だからきっと二人の夢、叶うよ。」

私たちは顔を見合わせ、嬉しい気持ちを分け合う。

私は先生に聞いてみたいことが出来たので、チャイムが鳴らないうちにと急いで先生に質問する。

「じゃあ、先生の今の夢は何?」

「そうね……」

先生は少し笑顔で上を見上げながら答える。

「二人が夢を叶えた姿を見ることかな。」

それを聞いた瞬間、私たちは嬉しくてたまらなかった。

「叶えてくれる?」

私たちの顔をみて先生はそう聞いた。

「絶対叶える!」

紗夕ちゃんはそういった。

「ずっと一緒だから。」

私も続けてそう言った。

先生が何か言おうとした時、チャイムが鳴り、私たちは教室へ戻らないといけなくなってしまった。

また授業でね、先生はそう言い残し、私たちは駆け足で教室へとむかった。

ふと先生の方へ振り返った。

先生は立ち上がって、職員室の方へ向かう前に、空を見上げ、せき込んだ。

やはり風邪をひいているのかどこか辛そうだった。

それでも先生は綺麗で、急いで職員室へ向かった。

立ち去るときの、名残惜しそうでどこか悲しそうな先生の姿は、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。


学年が上がり、クラス替えをドキドキしながら見る。

今年も先生のクラスで、紗夕ちゃんと同じならいいなって思っていた。

祈る気持ちで、掲示板を見ると私の名前はあるのに二人の名前はどのクラスにもなかった。

そのことを理解するのにどのくらい時間がかかったのだろう。

お母さんに新聞の職員異動の欄を見せてもらうと、退職と書かれていた。

先生の力ではどうしようもない小学校間の異動なら納得できたのかもしれない。

もしかしたら、私のせいで……なんてことも考えてしまう。

紗夕ちゃんは何の手掛かりもなく消えてしまった。

あれだけ一緒にいたのに何も聞いていない。私のこと、本当は好きじゃなかったのかな。

一日登校しただけで、二人のいない学校はこんなにつらいのだということを知った。

暗闇を歩いているようだった。

私は二人がまたいつ学校に来てもと分かるように、ただ学校に通い続けることしかできなかった。

それでも、その願いは卒業するまで叶うことはなかった。

学校の何を見ても、二人のことを思い出してしまう。

中庭をみれば、いつでも二人がお話をきいてくれそうで。

お花を見れば、紗夕ちゃんの声が聞こえて。喜ぶ先生の顔が浮かんで。結局先生にお花すらあげれていない。ずっと探しては、しっくりくるものがなかった。というより二人を繋ぐ明確なものを無くしてしまうのが怖かったのかもしれない。渡してしまえば、関わる理由がなくなってしまいそうで。

卒業式の後、写真を撮り合う子たちを横目に私は、砂場へと向かった。

かつて彼女が飛び込んだ砂場は真っ平で、あの日の跡はどこにも残っていなかった。

私が作った砂のお城も風に運ばれどこかに消えてしまった。

今思えば、私と紗夕ちゃんが友達だったと証明できるものが形として何も残っていない。

写真も二人や先生のいるものは背の順の集合写真しかない。

こんなことになるなら、二人で写真でも撮ればよかったと強くおもう。

そしたら、それを宝物にして、そのときのままずっと忘れずにいれるのに。彼女たちと私は間違いなく同じ時間を一緒に生きていたと証明できるのに。

いまはただ、私の中の紗夕ちゃんを体に深く深く刻むことしかできない。ただそれだけ――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ