8話 情報屋
舟に乗って二日後。
大陸随一の海の玄関口、海運都市アルスゥムに二人は到着した。
早速、船着場からルナが歩き出す。
「逸れるなよ」
ヴィオが注意すると、大振りな漆黒の一房がこちらを振り返る。
「逸れませんよ。ちゃんと、ここにいます」
小首を傾げ、ルナはどこか楽しげな微笑みを浮かべた。
「しかし栄えてますねぇ。これでは時間が掛かりそうですけど」
「こっちだ」
堅牢な門から伸びる入城待ちの列を躱し、関所まで一直線にやってきた。
「お待ちを。入城には審査があります故、列に並んで頂きたい」
ヴィオと遜色ない体格の番兵が、制止しながらも穏やかに声を掛けた。
その洗練された所作にヴィオは一つ頷き、懐に手を伸ばす。
金で縁取りされた一枚の羊皮紙を広げ、番兵に渡した。
「これは……委細、承知しました。本部会議所への道案内は必要ですかな?」
「不要だ。地理はある」
「では、こちらへ」
二人は門から少し離れた扉に案内された。
「成る程。装備を買う前に寄っていた路地裏は、この為だったんですか」
「一つはな」
「複数あるんですね?」
簡素な室内で書類に一筆入れるヴィオの横で、ルナは小窓から外を覗く。
「裏の世界、というやつですか。ヴィオさんを選んだ私の目も、中々ですね」
「新大陸に行ったら手探りだぞ」
「それはそれで楽しいと思いますよ。少なくとも、今の私はそう思います」
「そうか」
書類を済ませ、二人は都市の中へ足を踏み入れた。
▽▼▽
寸分の狂いなく敷かれた白磁の石畳、軒先を連ねる店の数々。
潮風に混じって漂う様々な香りと、行き交う人の大波。
大通りの賑やかな熱気を浴びて、ルナは嘆息した。
「はぁ……人間は勤勉ですね。魔法もないのに、こんなに大きな街を築くなんて」
「寧ろ逆だな。魔法なんてものがない代わりに、技術革新が起こったんだろう」
「だから、戦争がなくならないんですね」
「争いは飛躍的に物事を発展させる。その副産物の一つが、俺達のような傭兵だ。さしずめ、屍肉を漁る鬣犬と言ったところか」
「別に、そういう意味で言ったわけでは……」
ルナが見上げると、ヴィオは驚くほど淡々としていた。
「事実を言ったまでだ。俺は悲観しているわけでも、後悔しているわけでもない。しっかり稼がせてもらったからな」
「……となると、ヴィオさんは運が良い鬣犬ですね」
「運が良い?」
ルナが胸に手を当て、また尊大なポーズを取った。
「屍肉ではなく、年代ものの熟成肉が現れたんですから」
「……好みに合うか分からんがな」
「合わせます。大好物にしてみせますよ」
満足気に歩き出した華奢な背中を視界に入れながら、ヴィオも後に続く。
(屍肉も熟成肉も、大して鮮度は変わらん気がするが)
契約主としての矜持か、下手な励ましか。
どちらにせよ、悪い気はしなかった。
すると、薄い笑みを携えた顔だけがこちらを向いた。
「まさかとは思いますが、どっちも腐ってるだろとか、考えてませんよね?」
「……別に」
「なら、いいですけど」
心を読む魔法は不得手。
その言葉も鵜呑みにするのは危険だなと、ヴィオは改めて自戒した。
「先ずは、この先の料理屋へ向かう」
「……」
暫く歩いたところで声をかけたが、返答はなかった。
周囲から視線を外すと、漆黒の一房の向きと直線で結ばれた地点に、子供が群がる屋台があった。
荷台は柔らかな菓子で彩られ、微かに冷気が漂ってくる。
「甘い香りがしますけど、あれはなんですか?」
「氷菓の類だな」
「そうなんですね。どんな、感じなん――あれ、ヴィオさん?」
横にいた筈のヴィオが、何故か前方を歩いている。
程なくして戻ってきたその手には、二つの氷菓が握られていた。
「食えば分かる」
手渡された白い氷菓をぼうっと見ていたら、一口だけ齧られた茶色い氷菓もルナの手に収まった。
「味は中々。溶けるぞ」
ヴィオは屋台の脇に置かれた樽の横、壁際に背中を預けた。
ハッとしたルナは、急いで駆け寄り樽の上に座る。
子供達の真似をして、氷菓を一口舐めてみた。
「冷たっ。甘い」
「そうか」
「……ありがとうございます。ヴィオさん」
時折手元に垂れてくる氷菓に苦戦しながら、ルナは一時の休憩を楽しんだ。
▽▼▽
『潮貝亭』――
着飾った客が舌鼓を打つ、格調高い店内。
完璧に調整された照明が仄かな灯りを燻らす中、二人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「約束がある」
羊皮紙を店員に見せる。
「……承っております。どうぞ、こちらへ」
案内されたのは、三階の最奥にある豪華な扉。
店員が下がったのを見とめ、二人は個室へ入っていく。
「まいど〜、ヴィオはん。お連れさんも」
飄々とした声音を出したのは、笑顔を貼り付けた細身の男。
二人に座るよう手振りで示す。
「衰えはないな」
「おおきに。これでもサガド大商会に籍置く、管理職なもんで」
ヴィオは人数を伝えていなかったが、用意された椅子は二脚。
巨大で頑強な造りのものと、小振りながらも丹精な造りのもの。
情報屋の手腕には、毎度の事ながら舌を巻く。
「まぁまぁ、とりあえず腹膨らませましょ。お連れさん、自由に食べてくださいね」
男は二人のグラスに酒を注ぎながら、ルナの方へ海鮮料理の皿を押した。
「このような歓待の場を設けて頂きまして、心より感謝致します」
「そんな取り繕わんとええですよ」
糸目の奥からルナを見据える眼差しは、異質な圧があった。
戦う者ではなく、掻き回して嘲笑うような空気。
人間にも色々いるものだ。
そう思いながら、ルナは静かに微笑みを返す。
「……強いんやねぇ。ヴィオはんが、こないべっぴんさん連れて来た訳がよう分かったわ」
「お前はいつも一言多い。料理は安全だ。いつも通りでいい」
「そうですか。では、遠慮なく」
手前にあった魚料理を切り分け、一口頬張る。
鼻に抜ける潮と香油の香り、程良い弾力の中から旨みが溢れ出した。
「うわっ、ホントに美味しいですね」
食を進めるルナを男が眺めていると、卓を指で弾く音が聞こえた。
「はいはい。仕事の話しましょか」
「詳細を」
「ほんま変わらんわぁ」
笑いながら酒を煽り、男は二枚の薄い板と羊皮紙を取り出した。
「これが資格証で、日程と要約はここに」
「……成る程。出航は真夜中、名目は査察団派遣か」
「えぇ。お上が目光らしとりますからねぇ。ただ、渡航出来るだけの造船技術はない。今はまだ大商会の領分ですわ」
男の声が一段低くなり、糸目に妖しい光が灯る。
「情報は」
「残念ながら。しっかし、ホンマに行きはるんですねぇ」
「無論だ」
「帰って来れない、かもしれませんよ?」
男の問いに、ルナの手が止まる。
だが、横を見上げた金と銀の双眸に映ったのは、いつも通り淡々としたヴィオだった。
「帰るつもりはない。契約が破棄されるまではな」
「ヴィオさん……もう、大好物ですね」
「違う」
(かぁ〜、タラシやなぁ〜。そういうとこも全然変わってへん)
男は笑いを噛み殺すように、酒を喉に流し込んだ。
「なんだ」
「いえいえ。あ、そうそう……もう一つのご依頼の方も、準備出来てまっせ」
「そうか」
「ヴィオはんの資金失うんは痛手やなー思っとったけど、そのまま継続してくれはる気ぃするんで」
「場所は」
「馬車で半刻ほど。用意はギドルグはんがしてくれてはるんで、いつでも行けます」
男は指を鳴らし、再び笑顔を貼り付けた。
「そや、その後にココもっかい使うたら宜しいやん」
「不要だ。行くぞ」
「はい。ご馳走様でした」
ルナがぺこりと頭を下げると、室内に一陣の風が吹いた。
顔を上げたその瞳が、妖しく光る。
「ところで、このお店は貴方の持ち物ですか?」
「……そうやねぇ。僕個人の店やけど」
「そうですか。では、ずっと私を観察していたお礼に、見せてあげますね」
「そうなん? 楽しみや――はっ」
瞬間、室内の調度品が全て両断された。
照明も、卓も、食器も、酒瓶でさえ。
最後に、男が着けていたループタイが落ちていく。
「他言したら、その帯と同じ結末になりますよ」
そう言い残し、ルナはヴィオの後を追った。
「……戦争兵器に怨霊かい。新大陸に何しに行くんやろなぁ」
残された男は、四つに裂かれたループタイを見て口角を吊り上げた。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク登録や、評価して下さると大変執筆の励みになります。
宜しければ、応援のほどお願い致します。




