6話 契約成立
「断る」
「な ぜ で す か」
一言で断ち切ったヴィオが包帯を外しにかかると、女の両手が全力で腕に絡まった。
双眸を見開き、怨嗟でも吐きそうな顔をしている。
だが、ヴィオの首はまた斜めにズレていった。
「何故?」
女は必死に頷き、理由を促した。
「追われる身の俺が、格好の餌であるお前を連れて歩けば思う壺。奴らは執拗で、狡猾で、無駄にしぶとい。面倒だ」
瞬間、女の口角が吊り上がる。
「と言う事は、面倒な場所でなければいいんですね?」
含みのある言い方に、ヴィオの眉根が寄った。
黒禍の力を持ってすれば、大陸全土に安全な地などない。
そう、この大陸なら。
「……新大陸か」
「ご名答〜。そこなら、あなたの懸念は当てはまりません」
近年発見された未開の地、新大陸。
一般的ではないが、渡航技術は完成している。
秘密裏に利権を得ようと、各国は躍起になっていた。
「新大陸なら、黒禍も追うのは面倒だと思いませんか? 生きてるか分からない私達、というかあなたを追う利益が薄いですよね?」
「……確かにな」
女の言う事は、一理も二理もある。
統括が求めるものは不能そのものより、他者に渡さない手段の方が比重が大きい。
この大陸から離れた者にまで、貴重な部隊を使う利はないと言っていいだろう。
「……戦争に投入されるなら不要だが、護衛となれば最低限の信用が必要だ。その根拠は?」
「勿論ありますよ。あなたは、私の事は信用していない。でも、私の行動は信用出来ると言いました」
女は巨刃剣を指差した後、ヴィオの心臓に蒼い風を燻らせた。
「私が行動を間違えない限り、あなたは裏切らない。私はあなたの言葉を信用します」
「成る程」
「まぁ、間違えた時は……また殺し合いでもしますか」
「面倒だ」
「ふふっ、冗談ですよ。その一歩手前で、一言くれると助かります」
「そうか」
お願いしますね、と女は小首を傾げた。
「恩寵と呪いの関係性は理解したが、新大陸には魔素があるのか? なかったらどうする」
「心配いりません。発見の一報が入る前から、私は魔素の気配を感じていました。本当に、ごく僅かですけど」
「船で十四日の距離があっても分かるのか」
「私なら、ですけどね」
腰に両手を置いて胸を張った女に、無反応の視線が刺さる。
「ゴホン……もし、万が一魔素がない場合は、私をその場で放置して頂いて構いません」
「ほう」
「あなたが言っていたように、恩寵でこの呪いを消すのが無理なら……私は魔法に希望を見出します。新大陸には魔素がある。ならば、魔法文明がある可能性が高いですから」
「その根拠は」
瞳を妖しく細めながら、女は一冊の本を風で運んだ。
ボロボロに擦り切れた表紙が、幾度となく読まれた事を如実に語る。
「それは」
「冒険譚です。魔法文明に関する事柄、地理や生態系まで網羅してあります。しかも、こことは違う大陸を中心に据えた地図の先。ここ、この部分です。この形は、この大陸に酷似しています」
「……成る程」
根拠としては乏しいが、理由としては十分だった。
恩寵が魔素に適応されたなら、魔法が恩寵を消してもおかしくない。
ヴィオは一つ頷き、女に手を差し出した。
「ヴィオだ。改めて、感謝する」
「あ、え? 名前、今ですか?」
「忘れていた。お前の名は?」
「私の、名前……」
女はそこで言葉を切り、少し伏目になった。
ヴィオにとっては普通でも、女にとっては事件だった。
幼い頃に霊峰に飛ばされてから一度も、誰にも。
名前を聞かれた事などなかったから。
女はゆっくりと深呼吸をすると、微笑みを浮かべた。
「とっても長いので、ちゃんと聞いててくださいね」
(……とっても長いのか)
そう思った事はおくびにも出さず、ヴィオは軽く頷いた。
「アルナシオン・メレスギル・ルートワーナル――」
明るい声音で紡がれる名が、累々と積み上がっていく。
『これは何代前の先祖から取ったもので』と、注釈まで入ってしまい、とても覚え切れそうになかった。
「――ルナ」
「エイセルーン……え?」
「すまん。俺が呼ぶとしたらどうするか考えていた。続けてくれ」
「ルナ、ルナ……」
女は顎に手をやり、反芻するように呟く。
しっかり頷くと、ヴィオの手を握り返した。
「決めました。私はこれから、ルナと名乗ります!」
女――ルナは声音を弾ませ、笑顔を咲かせた。
「では、名前の交換も終わった事ですし、私と新大陸へ――」
「勘違いするな」
「え……?」
翠の双眸に見据えられ、ルナから笑顔が消えていく。
「俺は慈善も忖度もしない。他人の願いを叶えてやるなんて、高尚な志もない」
「……ですよね。ははっ」
なんて下手なんだろうか。
笑いとは呼べない乾いた声が落ちた。
一人で勝手に盛り上がって、勝手に期待してしまった。
これで、普通に生きていけるかも知れないと。
「ヴィオさんには関係ない話でした。すみません、変な事言って。忘れてくだ――」
「俺が剣を振るう理由は二つだ」
「……え?」
「生きる為か、仕事か」
ルナの顔が、ゆっくりと上がる。
「ですよね!」
瞬間、ルナの視線が室内を走った。
(何か、お金になりそうなものは……!)
バタバタと部屋中を引っ掻き回す華奢な背中。
その姿を横目に、ヴィオはふと考えていた。
(大陸にいても、追手を躱し続けるのは面倒)
先代の黒禍の一人に拾われ、気付いたら戦場にいた。
剣を振るう事ぐらいしか、生きる術を知らなかった。
(…… ならばいっそ別の場所、か)
重傷とはいえ、初めて横になって安眠していた先ほどを思い出す。
拾った命で、一度ぐらい普通の生活をしてみるのも悪くないかも知れない。
「ありました! ヴィオさんありましたよ!」
汗を拭いながら、ルナが煌めく宝石を差し出した。
「条件は?」
「はい。これを前金として、私の用心棒になってください」
「新大陸までの同行ではなく、用心棒である理由は?」
「えー、それはもう私がか弱い女の子――」
頬に指を当てたまま、ルナが固まった。
全く反応を見せない視線が痛い。
「……私は世俗に疎いです。人間の常識なんて何も知りません。そういう事も教えて貰いつつ、呪いを解く手掛かりのお助けも欲しいなと。それに……」
一度言葉を切り、ルナはしっかりとヴィオを見つめた。
「呪いを解く何かが見つかったとして。それが魔法を全く受け付けなかったら、私はお手上げです……ヴィオさんの力が必要なんです」
「……成る程」
「だから……私の用心棒として、一緒に新大陸に行ってくれませんか?」
金と銀の双眸から滲む、求め続けた願い。
ヴィオは静かに頷き、差し出された細い手を握り返した。
「契約成立だ」
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