5話 用心棒
「お見苦しいところをお見せしまして」
「問題ない」
「そう、ですか」
対面に座るヴィオは、女が泣いてる間ずっと無言で待っていた。
その姿に、不思議と嫌な気はしなかった。
「では、情報交換といこう」
「そうですね……今まで何をしてましたか?」
「契約によって戦争に赴き、対象国の戦力と首級を潰してきた」
「……誤魔化さないんですね」
察しはついてましたが、と女は視線を武器へやった。
手入れのされた、使い込まれた巨刃剣。
あの時の化け物じみた様相は、普通ではなかった。
「事実だからな」
「契約という事は……傭兵というやつですか」
「元、傭兵だ」
「嘗て、あなたと同じような黒い鎧の男を殺しました。彼は同業ですか?」
「恐らく。何世代か前の部隊の一人だろう」
「部隊?……というか、元?」
今度は女が首を傾げる。
「契約で動く傭兵部隊、【黒禍】。俺は七日前までそこに属し、今は無職で奴らに追われる身だ」
「成る程。本当に、私を狙ってきたわけではない……逃亡先が、たまたま霊峰だったわけですね」
女は顎に手をやり、情報と事実を繋げていく。
同時に、全身から気まずさ滲んだ。
「あのー……そうですね。私から、仕掛けた事に関してまして、言いたい事が――」
「勘違いするな」
女が入り口を模索していると、ヴィオが遮った。
「俺はたまたま追われていただけだ。仮に、お前を討伐しろと契約を結んでいた場合、全力で殺しにかかっていたぞ」
「ですよね……ふふっ」
慰めも、憐れみも、世辞もなく。
ただ、事実だけを述べる。
たったそれだけの事が、こんなにも沁み込むとは思わなかった。
女の口角が思わず上がると、ヴィオの眉根が少し寄った。
「……命を狙われて喜ぶ類か、お前は」
「……全然違いますけど。私がそういう趣味の女に見えたんですか」
「笑った」
「笑いましたけど。意味が全然……いいです。なんで追われてるんですか」
女は軽く溜息を吐きながら、どうぞと手を差し出して促した。
「〈恩寵持ち〉を知っているか」
「……特殊な紋様を持ち、異能を発現させた人間、ですよね」
「そうだ。【黒禍】は全員恩寵持ち。珍しい効果の者は再利用する為、分解される」
「嫌な言葉ですね」
ヴィオは淡々と喋っているが、内容は異常にしか聞こえない。
ただ、そんな理不尽を受け入れる気はない。
そう暗に伝えるヴィオの空気に、女は小さく目を伏せた。
「俺の恩寵は〈不能〉。範囲内の全ての恩寵の効果を黙らせる。これがお前の効果を黙らせた理由だ」
「っ……やはり、そうですか」
ごくりと女の喉が鳴る。
最初に感じた違和感は、短剣を振り上げた時に根拠となった。
忌まわしき呪いが発動していない。
その想定が今、答えとなって示された。
「恩寵持ちは、円形の紋様を体のどこかに持っている。俺のは見たな?」
「うなじにありましたね」
「お前の左目の下、不定形な紋様は付与型の証だ。誰に……いや、どんな効果だ?」
女は銀の瞳の下を触り、口角を上げる。
「私の……私が受けた呪いは〈強制排出〉です。常時、魔素が流れ出していきます。あなた方の言う身体エネルギー、と言えば分かりますか?」
その顔はまるで笑顔に見えず、乾いた声を落とした。
「……成る程な。霊峰の変容、身体の異常、全てに説明がつく」
本来、この大陸にはない筈の異質な力。
それに晒されていれば、何かしら変調をきたす事はおかしい事ではない。
「疑いも、嘲りもないんですね」
「実際にこの目で見て、体で感じてるからな。そもそも、恩寵なんてもんが存在するんだ。別の何かがあっても不思議じゃない」
「あなたって、本当に……」
今度は確実に、女が頬を僅かに緩めた。
すると、ヴィオが静かに頷きを見せる。
「どうしました?」
「魔素、と言ったか。昔白髪頭に読まされた文献に記述があった。嘗てこの霊峰には……今の通称で呼ばれるより、ずっと昔だが」
「いいですよ、気にしなくて」
ヴィオが僅かに言い淀むと、女は口端を緩めながら促した。
「……大賢者と呼ばれる存在が住み、特殊な技法を用いたと言う」
「恐らく、私の先祖の先祖の先祖あたりでしょう。幸いにも霊峰だけは魔素が充満してたので、私は生きてこれましたけど」
「不能をすり抜けたお前の術、その大賢者と同じものか?」
「だと思いますよ? その名は《魔法》。この世の理を魔素に刻み、顕現させる術です」
「……成る程な」
ヴィオの視線が、部屋のあちこちに送られる。
真新しい本の山、新聞紙の束、流行りの趣向品。
霊峰に籠っているだけでは、決して手に入らないものばかり。
この女は、中々どうしてしたたからしい。
「魔法とやらは、存外便利な代物のようだ」
「まぁ、そこそこ。必要な分だけなら、大した魔素の消費もありませんし。使いようですね」
女は肩を竦めるが、ヴィオは寧ろ感心していた。
「生きる為に必要なら、出来る事をやるのは当然」
「……変わってるって言われません?」
「いや。変わらないとは言われるが」
「多分それ、同じ意味ですね」
「そうか」
そもそも、他者がどう評価しようが興味もない。
そう見えた女の口角が、また僅かに上がる。
「では、一度整理する。俺は追われる身で、霊峰に身を隠しにきた。お前に仕掛けられ、身柄を押さえられ、手当を受けた。結果的に、お前は恩人となった」
「なんか棘があるような気がしますけど、続けてください」
「お前には付与型の恩寵、魔法の二つの力がある。身体エネルギーと同系統ならば、魔素がなくなればやがて死に至る。故に、この場に留まっている」
「ですね。不能なんて力がある事に驚きましたけど」
ヴィオは一拍思案したあと、改めて口を開いた。
「強制排出の恩寵持ちが、今でも幅を利かせている話は聞かない」
「でしょうね。呪いを受けたのは四百年前で、その時に殺しましたから」
「ならば話は早い。死してなお残るとなれば、相当に強力だ。排除するのは不可能に近い――恩寵では」
「……普通に、受け取るんですね」
女はもう自覚していた。
最後に笑みを浮かべた日なんて、思い出せないほど昔だと。
「お前の力に黒禍が目を付ければ、面倒な事になる。契約外の他人に責を負わせるのは寝覚めが悪いからな。俺はここを発つ」
ヴィオが立ち上がると、女も同時に立ち上がった。
徐に拍手をしながら、作った笑顔を貼り付けている。
「怨霊は逃げて来た傭兵と相打ち。その後、霊峰には姿を現さず、大陸の伝承が一つ消えたのでした〜」
ヴィオの眉根が寄ると、拍手が止んだ。
本物の笑みを浮かべ、真っ直ぐに双眸を向ける。
「私の用心棒になりませんか」




