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戦場を降りた最強の傭兵、大賢者の護衛となる〜魔法も魔獣も問題ない。害があるなら、潰すまで〜  作者: 竜ノ塚


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41話 帰還してこそ

 一瞬で屠られた小鬼の残党。

 焼かれた訳でも、潰された訳でもない。

 光の剣によって貫かれ、()()された。


 ヴィオが上空に視線を向けると、煌めく白金の光が見えた。

 空を駆ける翼持つ馬が引く馬車から、地上まで相当の高さがある。

 だが、それは僅かな破壊もする事なく。

 まるで羽のようにふわりと着地した直後、衝撃波が大気を抜けた。


「あの人……」

「成る程」


 二人は互いを見やり、片眉を僅かに上げた。

 柔らかな微笑みを携えながら、一人の女が悠然と歩いて来る。

 法衣の上から白銀の鎧を纏い、その風貌は聖騎士のよう。

 艶やかな白金の長髪が、淡く染まる毛先を軽やかに踊らせる。

 静謐な光を灯した蒼玉色の双眸には、既視感があった。


「ご機嫌よう。いつかの冒険者さん」


 清廉な声音が、空気を変えた。

 舞い降りてから今に至るまで、全てが予定調和だった。

 そう印象付けるほどに、深く澄んだ一言だった。


「今日は、小鬼狩り日和ですね」

「別に」


 ヴィオの淡々とした返しに、女は残念そうに眉根を寄せる。

 だが、すぐに微笑みを浮かべると、法衣の裾を摘んで優雅に一礼した。


「改めまして、エスカローザ・レメリア・シュラウゼンと申します。以後、お見知り置きを」


 顔を上げ、小首を傾げるさまでさえ清らか。

 聖母――そう形容しても、何ら違和感はない。

 ヴィオの胸元を掴みながら、ルナも綺麗に頭を下げた。


「ルナ・メレスギルです。こちらは、ヴィオさんです」

「あらあら」


 ヴィオが軽く会釈をした瞬間、エスカローザが眼前に現れた。

 初動が視認出来ないほどの速度。

 だが、巨刃剣は僅かも動かない。

 エスカローザは微笑みを浮かべ、翠の双眸を見つめた。


「反応、()()()()でしたね」

「する必要がない」


 害意もない、意図もない。

 ただ、本当に距離を詰めただけ。

 その所作で、その気配で、ただそれだけを伝える技量。

 対して、エスカローザの行動の意味を確実に読み取る技量。

 互いの力量がぶつかる中、エスカローザの瞳が、腕に抱かれたルナに移る。


「こんな殿方に護って頂けて、貴女は僥倖ですね」

「はい、最高です。私の騎士ですから」


 朗らかに笑みを見せたルナに、ヴィオが視線を送る。

 ルナは軽く肩を竦めると、エスカローザの胸に当てていた蒼い風を霧散させた。

 だが、本人は気にする素振りもなく、眉根を寄せて唇を緩ませた。


「あぁ、羨ましい。私、もう長い事そのような扱いをされていません。如何でしょう、ちょっとだけ場所を変わって頂くと――」


 瞬間、何が弾けるような音が響いた。

 エスカローザは静かに頷き、眉根を寄せた。


「過ぎたお願いでした。お詫びに、こちらを」


 そう言って、人差し指をルナの額に当てる。

 直後、ヴィオの目にも見えるほど魔素が迸った。

 ルナの頬に血色が戻っていくのが分かる。


「……とんでもない魔素ですね」

「うふふっ、それは良かった」

「でも、助かりました。ありがとうござい――あっ」


 金と銀の双眸が急いでヴィオを見上げると、案の定全身を一瞥していた。


「行くぞ」

「……はい」


 直ぐに降ろされた。

 ルナはがっくりと肩を落としながら、エスカローザにぺこりと頭を下げる。

 すると、呆気に取られていた六人が、漸く動き始めた。


「【聖光の使徒】の、団長……?」

「リザディア屈指の最強派閥……」


 魔法使いと女剣士が息を飲む。

 兄弟は厳かに一礼し、格闘家は興味津々でキョロキョロしていた。


「あ……聖母、様……!」


 殊更に反応を見せたのは、僧侶だ。

 彼女の前で膝を折り、両手を合わせて祈りを捧げる。

 俯く頭に掌を乗せ、エスカローザは慈愛に満ちた声音を紡いだ。


「信仰すべきは、私ではなく女神様。貴女方の献身を、ちゃんと見られていますよ」


 エスカローザが村の中を見渡した。

 草原にあった小鬼の残骸とは違う、荒削りな諸々の傷跡。

 奥で祈りを捧げている村人も、しっかり息をしている。

 瞬間、再び甚大な量の魔素が迸った。


「う、わ……! なんだ、これ」

「全開、だな」


 互いに顔を見合わせ、驚愕する魔法使い達。

 僧侶は仄かに頬を染め、憧憬の存在へ首を垂れた。


「感謝、致します……!」

「その想いを、再び人の為に使ってください。貴女の行く末に、女神様の加護が注がれん事を」

「はいっ……!」


 清廉な空気が、周囲を包む。

 その時、門の外から聞き覚えのある声が響いて来た。


「エスカローザ様、辺り一体の索敵と掃討は滞りなく。我が団に損害はありません」


 純白の一団を率いてきたのは、赤髪を全て後ろに流した男――サリヴァンだった。


「ご苦労様でした、サリヴァン。アデイラ、カリスタも」


 厳かに頭を下げるサリヴァンの背後で、二人の女がそれぞれ反応を見せた。


「手応えがなかった。つまらなかった」


 肩口で切り揃えられた薄桃色の髪をした女――アデイラが、ボソリと呟く。

 種族特有の褐色が純白の装備に映える、黒森人族だ。


「そう言えばさぁ、向こうの平原で首……ていうか、顔? 拾ったんだけど」


 鮮やかな空色の髪を、耳の上で大振りな二房に纏めた小人族――カリスタが陽気に掲げたもの。

 ヴィオが両断した小鬼ノ王だった。


 蒼玉色の双眸が断面、握られている巨刃剣、ヴィオへと移る。

 口元に手を当て含み笑いを溢し、ヴィオに問い掛けた。


「そうですか……経緯は分かりました。さて、これからどうなさりますか?」

「帰る」

「でしたら、私達がお送りしましょう。天馬車なら、一刻もかかりません。村の方々も一緒に。用意はいいですか、サリヴァン?」

「エスカローザ様の良きように。滞りなく計らいます」


 静かに頷き、エスカローザが手を差し出した。


「不要だ」


 しかし、ヴィオは即答だった。

 眉根を寄せて微笑むエスカローザの横で、サリヴァンは口が緩むのを我慢した。

 この男は、やはりこうでなくては。

 猛禽類のような目付きが、妖しく光る。


「一つ、言っておく」


 淡々とした声音が落ちた瞬間。

 巨刃剣を真後ろに振り抜き、中空でぴたりと止めた。

 丁度、ヴィオの首の位置と同じ高さで。


「このような形で背後に立ったら、次は問答無用で潰す」


 ヴィオの背後で景色が揺らいだ。

 サリヴァンが頷くと、純白の外套をすっぽり被った男が現れた。

 両手を上げながらヴィオの視線を躱し、サリヴァンの後ろに収まる。

 すると、エスカローザの顔が僅かに曇った。


「サリヴァン、ヨーン……不躾な行為は許しませんよ」


 空気が変わる。

 研磨されたような鋭い気配が、サリヴァン達の頭を下げさせた。


「申し訳ありませんでした」

「謝ル」

「問題ない。赤髪の手癖は知っている」


 ヴィオの言葉に、団長の眉根が動く。


「……サリヴァン、知っていると言うのは?」

「……後ほど、説明させて頂きます」


 再び頭を下げたサリヴァンに、黒森人と小人が溜息を吐いた。


(白金頭は銀、その他は赤……最強の名も伊達ではない、か)


 キサラとはまた違う、強者の所作。

 それぞれが独特の空気を纏い、それを束ねる者の存在。

 ヴィオの記憶に、また一つ刻まれた。


「お前達はどうする? 乗っていけば楽だぞ」


 観察も終わり、六人の意思を問う。

 だが、一行の心は決まっている。

 ヴィオの腕を軽く叩き、魔法使いが笑顔で答えた。


「一緒に行くに決まってんだろ。依頼が終わって、帰還してこそ冒険者だ」

「そうさ。初日の夜に乾杯したじゃないか。無事の帰還にって」


 剣士も笑顔で頷き、ヴィオを見上げた。


「そうか」

「ではでは皆さん、行きますか」


 漆黒の一房を揺らし、ルナが先陣を切って歩き出す。


「「「おー!」」」


 一行を視界に入れながら、ヴィオも後に続く。

 門の入り口まで来ると、後ろを振り返りながら巨刃剣を抜いた。


「下がれ」


 言うが先か、振り抜かれた刃が左右の防壁を崩した。

 完全に塞がれた向こう側で、遠のいていく足音が響く。

 退避したサリヴァン達の前で、一歩も動かなかったエスカローザが柔らかな微笑みを浮かべた。


「面白い殿方ですね……サリヴァン」

「はっ!」

「貴方は、早馬で村の現状と支援をギルドに伝えてください。小鬼の軍勢、小鬼ノ王の討伐も良きように」

「委細、承知しました。時にエスカローザ様、この王は十中八九【災害級依頼(レッドクエスト)】。特別指定個体(ネームド)です」


 サリヴァンの言を受け、カリスタが補足する。


「そだねー。回収した武器とか、体躯とか。諸々判断しても【ガドロガ】に間違いないと思うー」

「そうですか。では、その点も良きように計らってください。私は、殿方の意思を汲んでここに残ります」

「かしこまりました。では、団員と物資を運び入れます。ヨーンとアデイラを補佐として残します」


 エスカローザが頷くと、サリヴァンとカリスタは一飛びで門を越えていった。


「ヴィオさん、ルナさん……女神様のお導きに、心よりの感謝を」


 祈りを終えたエスカローザは、村の奥へ歩いていく。

 支援が来るまでの間、その命を護りきる為に。

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