37話 一騎打ち
王は不満だった。
いつものように下拵えをして、いつものように狩り取る。
身包みを剥ぎ、骨まで利用する。
ただ、それだけの筈だった。
だが、その尽くが失敗した。
夜襲で削り、騎乗で追い立てた。
狩場に誘い、挟撃する筈だった。
しかし、阻まれた。
巨大な竜巻と、降って来た男と、二台の馬車に。
軍勢も削られ、後退する羽目になった。
王は不満だった。
蓄えて来た力が、無に帰する瞬間。
そんな事は認めない。
断じて、認められる筈がない。
ならば、どうする――殺す。
この醜態を収め、威光を取り戻す為に。
のこのこ現れた、あの愚か者を必ず殺す――この手で。
「見つけたぞ」
低い声音が、開けた草原に響いた。
骨で造られた玉座に座り、小鬼ノ王が巨躯を一瞥する。
二振りの刃を携え、返り血を浴びた鎧。
所々傷があり、幾つか矢が刺さっているが気にする素振りもない。
王は頬杖を突いたまま、片手を上げた。
「遅い」
瞬間。
背後から忍び寄っていた、大熊の首が飛んだ。
巨躯は振り返る事もせず、体を回転させただけだった。
王の眉間に皺が寄る。
側に仕える二体の凶小鬼に命じ、盾とならせた。
一体は大刀を構え、一体は鞭を回す。
軍の一位と二位、最強の部下だ。
「邪魔だ」
刹那――王は自らの得物を構え、玉座から飛び退いた。
眼前では、既に灰銀の髪が揺れている。
その後方では、構えたままの姿で部下の首がずり落ちていった。
有り得ない、そんな筈はない。
たかが人間如きに追い詰められるなど、あってはならない。
膝を折り、ひれ伏せ。
崇めながら、死んでいけ。
そう言うように、王は咆哮を上げた。
「ガロァァァァァ!」
地の底から轟くような凶声が、大気を揺らす。
だが、翠の双眸はほんの僅かでさえも、揺らぐ事はなかった。
「デカい声だな」
双刃を構え、右で刺突、左で横薙ぎを放つ。
王は得物――巨大な刃が付いた斧槍で捌いた。
即座に連撃を見舞うが、刃と柄を使って器用に防ぐ。
中々どうして、武器の扱いというものを知っていた。
「ゴガァァ!」
「面倒だ」
ならば、捌き切れない速度で攻めればいい。
右上段から斬り落とし、左逆袈裟。
中段から刺突二連、斜め十字一閃。
斧槍の穂先を躱し、返しの刃に右を合わせる。
軌道をずらし、一歩踏み込む。
半円の刃を蹴り、王の顔面へ右中段蹴りを見舞う。
「グッ!」
そのまま体を捻り、再び顔面へ両足を叩き込む。
反動を宙返りで殺し、地面に着地すると同時に喉元を狙う。
「ガァッ!」
「よく見ている」
だが、斧槍の腹で止められた。
王の重心が僅かに下がる。
ヴィオは更に手数を増やし、双刃を上下左右に躍らせた。
一戟ごとに火花が散り、鋭い摩擦が重厚な音を奏でる。
尚も攻め手を緩めない。
徐々に王が後退し始めた矢先。
回転した薙ぎ払いがヴィオを捉えた。
「――見事だ」
宙返りで衝撃を受け流し、ヴィオが地面に着地する。
左腕から血が零れ落ちた直後、黒い火炎球が躍り出た。
葉先を焦がしながら迫る巨大な炎を、双刃が捉える。
斜め十字に開いた穴から、ヴィオが一足で間合いを詰めた。
王が振り抜いた斧槍に、巨刃剣を合わせる。
轟音が鳴り、衝撃が体を突き抜けた。
「ゴルグガァァ!」
「業物だな」
一合、二合、三合。
刃が交わる度に閃光が弾け、大気を揺らす振動が疾った。
互いに距離を取り、間合いを測る。
巨大な槍斧を悠々と振り回す体躯は、ヴィオと比べて遜色ない。
王冠を被り、真っ黒な眼が光る厳格な顔付き。
奪った鎧を着込み、毛皮で作った外套をたなびかせるその姿。
確かに、王という言葉は言い得て妙だ。
だが、やる事は変わらない。
「片をつける」
ヴィオは巨刃剣を背負うように構えた。
踏み出した足が地面を破り、筋肉を肥大させたヴィオの投擲。
王がそれに気付いた時には、鉄塊が目前に迫っていた。
「ガロァ!」
槍斧の刃を盾のように構え、巨刃剣の切っ先を受け止める。
弾けた閃光が眼を眩まし、重圧が耳を裂く。
だが、それよりも。
受け切れぬ凄まじい衝撃に押し出され、王がたたらを踏んだ。
「――ガァッ!」
刹那の硬直。
その一瞬で、装甲の隙間に激痛が走る。
巨刃剣を追い抜いていたヴィオの拳が、脇腹を捉えていた。
間髪入れずに繰り出された、巨刃剣の一閃。
急所を庇っていた王の左腕から、骨が露出した。
「ガァァァァ!」
「硬いな」
ドス黒い血が噴き出し、厳格な面が苦悶に歪む。
好機――追撃の剣閃が、王の胸を狙った。
「成る程」
斧槍の穂先を合わせられ、軌道を変えられた。
ヴィオはその場で跳躍し、王の背後に宙返りで着地。
体を反転させ、一閃で胴を薙ぎ払う。
「グガァッ!」
巨体が吹き飛び、地面を転がった。
鎧ごと裂かれた脇腹から、血が溢れ出す。
「グゥゥ……!」
起き上がった瞬間、再びの投擲が足元を襲った。
前方にヴィオの姿はなく、直ぐに空を見上げる。
飛来する巨躯を払う為、槍斧の柄を握った。
「ギ――!?」
だが、動かない。
巨刃剣が地面に突き刺さり、刃を地面に縫い止めていた。
刹那の判断の揺れ。
下を向いたのが愚策だった。
視線を上げると同時に、回転した踵落としが顔面にめり込む。
「グッ、ギャァァァァ!」
右の眼球が潰れ、王の絶叫が響き渡る。
ヴィオはそのまま体を捻り、巨刃剣の柄を両手で掴んだ。
上段の構えから、浮き上がった反動を乗せた真向斬りを放つ。
王の右肩から下が、滑り落ちた。
「ガァッ……ギガ……」
「しぶとい」
たたらを踏む王を蹴り飛ばし、大木に打ち付ける。
直後、王の胸を槍斧の穂先が貫いた。
自らの得物に串刺しにされ、完全に身動きが出来なくなる。
最期の時――ヴィオは巨刃剣を後方に構え、地面を蹴った。
「ゴ、ギグ グギ、グ――《ガオグ》」
血溜まりを吐きながら、王が何事かを呟いた。
直線を見据え、口角を吊り上げる。
隻眼に映るのは、罠にかかった愚か者。
その心の臓を射抜く、不可視の影の矢。
「グッグッグッ……」
まだ、終わりじゃない。
この魔法に、愚か者は気付かない。
堪らず笑い声が漏れる。
どんな顔で死んでいくか、眺めるとしよう。
「グギャギャ――ガッ?」
その筈だった。
影の矢がヴィオの心臓に迫った瞬間。
右手から純白の光が漏れた。
視界を淡く染めたその輝きは、翠の双眸にはっきりと矢を映した。
半身で躱したヴィオは拳を握り締め、静かに言葉を紡ぐ。
「……助かったぞ、ルナ」
最後の一歩を踏み込み、ヴィオは更に加速した。
構えた巨刃剣を振り抜き、王の顔面に突き立てる。
破砕音が轟き、大木が二つに割れた。
その後を追うように、王の顔が左右に崩れ落ちる。
乾いた音を鳴らして、王冠が転がった。
大きく吐いた息が、夕暮れの風に乗って消えていく。
葉先が擦れる中、ヴィオはリボンを巻いた手を見つめた。
これがなければ、ルナが持たせてくれなければ。
負けていたかも知れない。
「直ぐに行く」
巨刃剣を背に収め、ヴィオは村へ駆けて行く。
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