35話 二つの盤面
小鬼の軍勢が踏み込む。
刹那――左側から刃が横薙ぎに疾り、右から刺突が貫く。
武器を振り上げる暇など与えない。
一歩で踏み込み、斬り上げからの横一閃。
二本の剣身を斜め十字に構え、同時に振り抜く。
そのまま地面を蹴り抜き、集団を斬り付ける刃の旋風。
小鬼が、鎧ごと紙切れのように屠られていく。
「グォォォ!」
禍々しい棘の付いた鉄球が振り下ろされた。
ヴィオは半身で躱し、凶小鬼の懐へ潜り込む。
巨体の両足を斬り伏せ、崩れた体躯を足場に跳躍。
形態を巨刃剣に戻すと、空中から槍のように投擲した。
「「「グギャァ!?」」」
鉄塊と化した刃が地面を叩き割り、衝撃と粉塵が巻き起こる。
着地したヴィオは鉄球を振り上げ、周囲の小鬼を一掃。
巨刃剣を手に取り、再び双刃として構える。
小鬼が密集している地点まで駆け、連続で刺突を放つ。
「ギャ」
「グッ」
断末魔を上げる事も許されない。
迫る凶刃を背面で受け流し、返しの剣閃で両断する。
直ぐに体を反転し、上段から交互に双刃を振り下ろした。
灰色の外套を翻し、思うままに小鬼を屠るその姿。
【灰燼】と呼ぶに相応しい剣戟は、小鬼にとって地獄絵図だった。
(もう少し、か)
放たれた火炎球を一刀に伏し、逆の手で持つ刃を投げる。
小鬼術師の頭部が裂かれると同時に、ヴィオが間合いを詰める。
片手で回転斬りを放ち、しゃがみざまに片方を拾い上げた。
戦線が押し上げられ、一層目の軍勢はほぼ壊滅。
ヴィオは三層目の奥を見据え、二層目に斬り込んでいく。
「すごい……」
ルナの視線がヴィオに釘付けとなっていた。
異常な重量である巨刃剣が片手に対して半分の重さになったら、あそこまで速く動けるものなのか。
片刃となった不利などはなく、寧ろ回転と手数が増した事で別の異常性を醸し出している。
「だから、中央に溝があったんだ」
【灰燼】の戦闘に魅入る中、ルナの脳裏に査察船での一幕が過る。
魔法のおさらいをしていた時、ヴィオに問いかけた剣の事。
あの時は緊急放送が入って流れてしまったが、その答えが今振るわれていた。
「……あっ、ヴィオさんの読み通り」
その時、ルナの視界が別の一団を捉えた。
ヴィオが暴れている方向とは逆側、草原の陰に隠れながら小鬼騎乗がこちらに迫って来ている。
全て武器持ちで、弓や投擲も複数いた。
「ヴィオさん、私達もやりますね」
ルナは《蒼い風の羽衣》を発動し、作戦地点へと飛んで行く。
▽▼▽
「ググギ」
「ギガ?」
馬車の隙間から村へ侵入した小鬼が、首を傾げた。
以前見た景色と随分違う。
門から一直線のところに置かれた一台の馬車。
その両端には木材や瓦礫が積み上げられ、一本道が出来ている。
小鬼数人が横並びになれるぐらいの、広くない幅だ。
「グギガ!」
最後に侵入した小鬼騎乗の統率が指示を出す。
幅一杯まで広がった隊列を組むが、狼が言う事を聞かない。
もう一歩が出ず、たたらを踏む。
統率が声を荒げ、武器を振り上げたその時。
「燃えろ――《ファイヤ》!」
小さなかがり火が、地面に放たれた瞬間。
狼が立ちすくむ地点から門の入り口まで、炎の輪が噴き上がった。
「ギガガ!?」
「グギャ!」
戸惑いを見せる小鬼を襲ったのは、研がれた木の槍。
瓦礫の隙間から、木材の間から。
小鬼騎乗の急所を捉えたのは、村人だった。
「次だ! 投げろ!」
魔法使いの声が響き、瓶が次々に投げ込まれる。
全身にかかった酒の匂いが、小鬼に全てを気付かせる。
「燃えろ――《ファイヤ》!!」
上空から降ったかがり火が、小鬼に引火した。
「「「グギャァァァァァァ!」」」
火だるまになりながら、小鬼が互いにぶつかり合う。
炎が赤く燃え上がり、肉を焦がす嫌な匂いが充満する。
その時、統率が咆哮を上げた。
「ギガァァァァァァ!」
炎の壁を無理やり突破し、馬車の前に浮かぶルナへ迫る。
手に持った槍を構え、一直線に投げ付けた。
だが、飛来した盾に阻まれる。
「ありがとうございます」
「作戦、通り」
ルナが笑みを浮かべると、重戦士は誇らしげに頷いた。
「僕達も行くよ!」
「かかれー!」
女剣士と剣士が防壁の上から飛びかかる。
統率と狼の首を刎ね、炎を越えてきた次の個体へ刃を向けた。
「あたしもいるよー!」
瓦礫の下から足が伸び、狼がつんのめって転がった。
起き上がった時にはもう、上段蹴りが喉元を襲う。
骨が砕ける音が響き、騎乗していた小鬼は風の弾で吹き飛んだ。
「怪我した人、いる? いたら、こっち来て」
ルナの横で僧侶が声をかける。
皆笑顔で首を振り、無事だと告げた。
燃え盛る小鬼の悲鳴もやがて途絶え、侵入した全てを退治し終えた。
村人が互いに顔を見合わせ、冒険者達が頷く。
「「「うぉぉぉぉぉ!」」」
勝鬨が上がり、村人から涙が溢れる。
仇を取った、仕返しをした、自分達で。
凶小鬼に捕まっていた女も、頬を濡らしながら笑みを浮かべる。
ルナの元に集まった六人も、その光景を見つめて笑顔を溢した。
「へへっ、やったな」
「あぁ、私達の……いや、皆で掴んだんだ」
「てか、ヴィオやばくない? なーんで別動隊いるって分かったんだろ」
「ヴィオさんならこう言いますよ。俺ならそうする、って」
ルナがヴィオの真似をすると、僧侶が小刻みに首を振った。
「言う。絶対そう言う」
「ははっ、ヴィオさんらしいね」
勝利の余韻が広がる中、空を見上げた村人から絶望が漏れた。
「あぁ、ありゃ……無理だ」
「女神様……! どうか、我々にご加護を……!」
夕焼けに染まる空を翳らす、何百という矢の雨。
だが、冒険者達は違った。
「ルナ、あれは君任せになってしまう」
剣士が眉根を寄せ、頭を下げる。
「いえいえ、ここからは私の仕事ですから」
ルナは微笑みを浮かべると、魔素を集約させた。
「おらぁ! テメェらこっからだぞ! 気合い入れろよぉ!」
「お前に言われなくても分かっている」
「そーそー、てか全部ヴィオの作戦通りじゃん」
「やっぱ馬鹿過ぎ。帰ったら降格した方がいい」
「っ……! テメェらなぁ!」
「はいはい。皆さん、お願いしますよ――《蒼き疾風吹き荒び断つ》!」
蒼き疾風が巻き起こり、籠城地点から門までを包み込む。
空中まで届く風の壁が、矢の雨を弾き返す。
村人から歓声が上がるが、ルナ達にとってはここからが本番だ。
「はぁ……皆さん、来ますよ……!」
「「「おう!」」」
馬車の隙間。
騎乗が侵入してきた穴から、次の小鬼が顔を出していた。
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