34話 【灰燼】再来
「騎乗との距離は出来た。且つ、あれだけの魔法を見せれば、指揮官なら必ず軍を再編する。時間の猶予はまだある」
ヴィオの経験則が、魔法使い達に落ち着きを与えた。
老夫婦を乗せた馬車を護衛しながら、村の中央付近まで歩を進める。
一際大きい集会所まで来ると、ヴィオが巨刃剣に手をかけた。
「まだ村人は全員死んでいないだろう。恐らく、あの中にいる」
「何でですか?」
「血痕の量と転がっていた死体の数が合わん。小鬼は雑食で人間を使って繁殖する、だったか?」
「そうです……成る程、兵糧ですか」
「そうだ」
小鬼の悪辣な思惑に、魔法使い達の空気が変わる。
集会所の奥は、雑だが高く積み上げられた防壁が鎮座していた。
ここが終点、挟撃の起点というわけだ。
「なら、早く助けに行こうぜ!」
逸る気持ちを抑えきれず、魔法使いが駆け出そうとした。
「――待て」
ヴィオが制止した瞬間。
集会所から筋骨隆々な体躯が姿を現した。
下卑た笑みを浮かべながら、痛ましい姿の女の髪を引き摺っている。
「"凶小鬼"……!」
女剣士が生唾を飲み込み、兄弟が盾と剣を構えた。
その僅かな砂利の音を、凶小鬼は聞き逃さない。
女の首を掴み、骨が軋む音を響かせた。
「あぁ……! や、め……!」
「グギャッギャッギャッ!」
「くっ……! 下劣な!」
動いて見ろ、女が死んでも構わないなら。
人質を盾に、凶小鬼がそう挑発するように高笑いを上げる。
一行の怒りは燃え上がるが、一歩が踏み出せない。
凶小鬼の口角が吊り上がり、更に女の首を絞める。
その時、女剣士の直ぐ横で地面が爆ぜた。
「ギャッギ――」
直後、女が地面に落ちた。
掴んでいた腕から鮮血が吹き上がり、凶小鬼の淀んだ眼が白目を向く。
ずり落ちた頭部を踏み付け、巨刃剣が残った胴体を縦に両断した。
「な、え、いつの間に……?」
女剣士の言葉を置き去りにしながら、戻ってきたヴィオは女を地面に寝かせた。
「直ぐに治癒魔法をかけますね」
「いや、魔素は温存しておけ。飲めるか?」
覗き込んできたルナを待たせ、ヴィオは回復薬を女にかける。
強壮薬を口元に近付け、一口、また一口と喉に流し込んだ。
意識が鮮明になった女の瞳に、恐怖が舞い戻る。
「あ……あぁ! あぁぁぁぁ!」
覆い被さる何かを遮るように、女が両腕を振り回した。
「大丈夫だよ。大丈夫。もう、大丈夫だから」
どんなに叩かれても、格闘家は止まらなかった。
強く、強く。
女をしっかりと抱き締める。
「あ、うぅ……うわぁぁぁぁん!」
次第に落ち着いていく体。
零れ落ちる雫と共に、慟哭が吐き出される。
「残党がいる可能性がある。お前達はここにいろ」
「俺も行く」
ヴィオと魔法使いが互いに視線を合わせ、集会所に入っていく。
二人が出て来る迄に、そう時間はかからなかった。
数匹の小鬼の死骸を放り出し、ルナ達にこちらに来いと手招きする。
「あっ! おばあちゃん!」
「おぉ、良かった……良かったよぉ……」
駆けて来た小さな孫を、老婦人がしっかりと抱き締めた。
周囲には荒い檻に入れられた村人の姿。
疲弊し、傷が深い者もいるが、皆生きている。
村人達を一瞥した後、ルナは横を見上げた。
「全員にかけますか?」
「重症の者にだけ、最低限の治癒魔法をかけてやってくれ。薬の数は管理して、籠城に備えろ」
「分かりました」
すると、僧侶がルナの肩を掴んだ。
「ウチがやる……ルナは、温存」
「僕達の薬も使おう。要は、ヴィオさんとルナだから」
僧侶に続いて、兄弟も怪我人を見て回る。
女剣士と魔法使いは、互いに顔を見合わせる。
自分の薬を兄弟に託すと、警戒をする為外に出た。
一行を黙って見ていたヴィオは、静かに頷く。
「全員、表に来てくれ」
あらかた作業が終わった頃、ヴィオがルナ達を外に連れ出した。
「俺達の依頼は、東の村までの護衛。つまり、依頼は完了した事になる」
真っ当な言い分。
だが、一行はヴィオという男をもう知っている。
ただ黙って、次を待った。
「ルナに頼めば、お前達をここから連れ出す事は可能だ。軍勢の追手より速く、距離を取れる」
ヴィオが見ると、ルナはこくりと頷いた。
「そこで聞く。お前達はどうする?」
少しの静寂。
魔法使い、兄弟、女剣士、僧侶、格闘家、最後はルナ。
互いに顔を見合わせ、しっかりと前を向いた。
「決まってんだろ。俺達にどこまで出来るか分かんねぇけど……逃げねぇ」
「ヴィオさんもずっと言ってたもんね。籠城して、指揮官を潰す。僕達も気持ちは同じさ」
魔法使いと剣士の言葉に、他の者もしっかりと頷いた。
翠の双眸がルナに移り、覚悟を問う。
「やりましょう、ヴィオさん。私達八人で、絶対勝ちましょう」
漆黒の一房を揺らし、ルナは力強い笑みを浮かべた。
「……そうか」
その時、角笛が響き渡った。
相手も動き出した今、やるべき事をやる。
「では、作戦を伝える」
▽▼▽
(軍勢は三層。本陣は……見えんか)
防壁とした馬車の上に立ち、ヴィオは戦況を観察する。
進軍してくる小鬼の数は百以上、様々な個体が混在している。
王の姿は見えず、戦略の高さを窺わせた。
「ヴィオさん、私も行きますよ?」
「今回の籠城でお前は要、盤上の女王だ。道を開くのは歩兵の仕事だ」
「女王、ですか。悪くない響きです。信頼する騎士がいますからね」
金と銀の双眸に僅かに熱を込め、ヴィオを見上げた。
「魔素の残量は」
「……端的なのも時と場合だと思います」
「残量は」
変わらぬ淡々とした声音を拒否するように、ルナがゆっくりとそっぽを向いた。
「……六割ぐらいです」
「となれば、どれぐらい維持出来る?」
「薬も含めて……一刻半が限界、だと思います」
ヴィオは軍勢を見据えながら、背嚢から最後の回復薬と強壮薬二本を取り出した。
回復と強壮を一本ずつルナに渡し、武器帯から漆黒の面頬を取り外す。
視界の端で捉えた初見の装備に、ルナの顔がこちらを向いた。
「それは?」
「見てろ」
端にある注ぎ口に強壮薬を流し入れた面頬を装着すると、顔の下半分を隠す形となった。
頬の位置にある円形のつまみを回し、面頬の下で濃縮された強壮薬が噴霧される。
「大丈夫、なんですか?」
「本来はもっと劇薬を使うものだ。強壮薬なら、丁度いい塩梅だろう」
数回深く吸い込むと、ヴィオの肉体が反応を見せる。
筋肉が熱を持ち、血管が浮き上がる。
吐かれる息の異常な圧が、大気を揺らすようだ。
明らかに変貌したヴィオの気配に、ルナの眉根が僅かに寄った。
「……ヴィオさん、これ」
髪を解いたルナが、白いリボンを差し出している。
「なんだ」
「ヴィオさんがくれたリボンです」
「見れば分かる」
「じゃあ聞かないでください。何も聞かずに、持っててください。言っときますけど、私の宝物ですからね」
「……汚れるぞ」
「いいです。汚れたら、私が洗いますから。絶対、持って帰って来てください」
恐れも、焦りも、何もない。
ただ、信じている。
そう伝えるように、ルナは静かに微笑んだ。
「……そうか」
「はい」
受け取った白いリボンを、籠手を外して手に巻き付ける。
装備を整え直し、巨刃剣を抜いた。
「頼んだぞ」
「いってらっしゃい」
ヴィオは一つ頷き、馬車から飛び降りた。
待ち受けるのは、隊列を組んだ小鬼の軍勢。
ヴィオは両手で持った巨刃剣の柄を捻り、構えを取った。
「「「ゲギャギャギャ!」」」
「――行くぞ」
大陸最強の傭兵部隊、通称【黒禍】。
その中核にして、最終戦力として投入されてきた男。
たった一人で、戦場を灰に帰す【灰燼】が――今、舞い戻る。
(これが、ヴィオさんの……戦争の姿)
その手には、二振りとなった巨刃剣が握られていた。
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