33話 かがり火
「「「小鬼ノ王……!」」」
告げられた名に、魔法使い達が息を飲む。
だが、ヴィオは指揮官から目を離さず、ルナに問いかけた。
「どの程度だ」
「これも図鑑に書かれていただけですが、概ね四から三等級の冒険者と同等だそうです」
「そうか」
兎人族の戦姫、最大派閥のクランの副団長と同等の個体。
青タグでは到底敵わない、雲の上の敵。
加えて、その配下である数百の軍勢。
絶望の二文字が一行に重くのしかかるが、二人は違った。
「どうしますか?」
「籠城の礎を作る。大海蛇を拿捕した魔法を撃てるか?」
「あの時よりも、完璧に」
「では、頼む」
詳細をルナに話したヴィオは、魔法使い達に向き直った。
「これより、村に飛び込む。しっかり掴まれ」
「え?」
瞬間、舞い上がる風が一行を包み込んだ。
「《蒼き暴風渦巻き昇る》!」
膨大な魔素が迸り、蒼き暴風が渦を巻く。
螺旋状に馬車列を覆い、内側では風切り音が吹き荒ぶ。
車輪が地面を離れた瞬間、強烈な衝撃が一行を襲った。
戸惑い鳴き声を上げる幽馬を先頭に、馬車列が空を駆ける。
「なん、だ……! これぇ……!」
「は、は……中々、味わえないな……」
暴風の中。
魔法使いと女剣士が屋根にへばりつきながら、何とか目を開けようと踏ん張る。
僧侶は顔面蒼白、格闘家は楽しそうに足を広げている。
その二人を覆うように、兄弟がそれぞれしっかりと腕を掴んで離さない。
全員の状況を一瞥したヴィオは、立ったまま静かに頷いた。
「問題ない」
「「「あるよっ!」」」
心からの叫びが風に掻き消され、ヴィオは巨刃剣を構えた。
ルナに目配せした後、先頭と二台目の間に体を滑り込ませる。
直後、戻って来たかと思えば、二台目と三台目の間にも入って行った。
もう村は目前。
速度を上げた小鬼騎乗は、遥か後方だ。
「皆さん、もう直ぐです。ヴィオさーん、準備はいいですかー!」
屋根に立つルナが、後方にいるヴィオに声を張り上げた。
金属が擦れるような音が響き、それが合図となる。
馬車列が一際大きく跳ね上がり、防壁の門の真上に到達した。
瞬間――中央の馬車を残して、前後の馬車から暴風が消える。
「お、い! ヴィオが……!」
落下していく馬車に視線を奪われたまま、魔法使いが声を上げるが、ルナは誇らしげに微笑んでいた。
「心配いりません。ヴィオさんですから」
戸惑う一向が屋根の縁から何とか顔を覗かせると、落下していくヴィオと、左手に鎖が握られているのが見えた。
それぞれの両端が、前後の馬車に巻き付いている。
直後、ヴィオは左手を力の限り振り下ろした。
「マジ、かよ……!」
「うわぁー、ヴィオやっばー」
「死ぬ、高い、落ちる、死ぬ……」
「何という男なんだ……」
「兄ちゃん、出来る?」
「うん、無理だね」
二台の馬車が空中で組み合わさり、開かれた門の真上に落とされ、即席の防壁となった。
その上に着地したヴィオは、上空を見上げルナに視線を送る。
「さぁ、こちらも着地します」
暴風に包まれた馬車が旋回しながら降りてきた。
荒々しい見た目とは裏腹に、車輪は静かに地面を噛む。
砂埃が舞い上がり、屋根の上から一行が崩れ落ちてきた。
「……何だよ、これ」
「気を抜くな。しかし……酷い匂いだ」
空の旅を終えたのも束の間、魔法使いと女剣士の眉間に皺が寄った。
視界に広がるのは、まるで人が住んでいたとは思えないほどに荒れた家々。
燃やされ、崩れ、破壊された傷跡が残る。
辺りに漂う腐臭に顔を顰め、残された血痕に生唾を飲み込んだ。
「大丈夫か?」
こちらに来たヴィオが、ルナの全身を一瞥する。
「勿論。ヴィオさんも……大丈夫そうですね」
「お前達もな。依頼主は?」
一行も一瞥し、翠の双眸が老夫婦の乗る馬車に移る。
両手を腰に当てたルナが、誇らしげに漆黒の一房を揺らした。
「蒼風を纏わせていたので、乗り心地はよかったと思います。それにしても、本当にすごい匂いですね」
「見ろ」
ヴィオが即席の門を指差し、全員の視線が一斉にそちらに集まった。
「くそが……!」
魔法使いが唇を噛み、拳を固める。
格闘家は眉根を寄せ、兄弟は互いの顔を見合わせ怒りを宿す。
「うっ……おぇぇぇ!」
「大丈夫だ……さぁ、これを」
膝を折った僧侶の背中を摩りながら、女剣士が皮袋の水を飲ます。
「ヴィオさん、あれは?」
「恐らく、冒険者だろう。奴らの玩具になったか、力の誇示か」
馬車の左右、石と木材の防壁の内側。
串刺しになった亡骸が幾つも放置されていた。
装備を剥ぎ取られ、弄ばれた跡が残る痛々しい姿で。
「お前達はここに残れ」
僧侶と女剣士にそう告げると、ヴィオは亡骸の方へ歩き出した。
誰とは言わず、ルナ達も黙ってそれに続く。
亡骸を丁寧に重ね、ヴィオは馬車の荷物から酒を取り出した。
数本分を亡骸にかけると、魔法使いが一歩前に出た。
「俺が、やる……」
「そうか」
杖を翳し、魔法使いが詠唱を紡いだ。
「……燃えろ――《ファイヤ》」
小さな小さなかがり火が、亡骸に放たれた。
瞬く間に炎が燃え広がり、色が失われていく。
杖を固く握り締めた魔法使いが、声を震わせた。
「必ず……仇は、取る……!」
ヴィオはもう村の奥へ歩き出していた。
だが、追い越しざまに魔法使いの肩に手を残した。
無言で魔法使いが頷くと、僧侶がこちらに歩いて来る。
全身を震わせながら、杖にしがみつきながら。
呼吸を乱したまま、頬を濡らしながら。
「はぁ、はぁ……どう、か……女神様の、御心を……御導きを……」
燃え盛る炎の前で、膝から崩れ落ちた。
両手を合わせて、祈りを捧げる。
どうか、この者達に安らかな最期を。
呟かれる一言一言が、弾ける火花と煙に乗って空に舞い上がっていく。
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