32話 庶民ではなかった
日の出と共に出立した一行は、残りの行程を進む。
夜襲以降、時折数体の魔獣と出交わすも、難なく討伐していた。
「右翼、異常はねぇぞ」
「左翼も平気。とりあえず平和」
荷台の上から、魔法使いと僧侶が報告を入れる。
「前方、同様に問題なしだ」
弟と最前列を護る剣士の声が、最後尾まで届く。
「同じく異常なっしー」
「こちらも、平穏そのものだ」
二台目の左右を歩く女剣士と格闘家も、状況を告げた。
「殿、異常ありません」
最後にルナが応答し、ヴィオは半歩後ろで全体を見渡す。
それぞれが監視の目を広く張り、死角を補い合っている。
一日目を切り抜けた自信と結束が、一行の成長を促していた。
だが、翠の双眸から警戒の色が消える事はない。
(野営の位置取りは、こちらに有利だった)
河川と大岩を背に陣形を組んでいた為、小鬼は正面から来るしかなかった。
だからこそ、削りという手段を選んだ事が理解出来る。
一行の殲滅が目的ではないのなら、その思惑は成功だ。
確実に体力と魔素は削られ、資源も減っている。
(となれば……次は主力投入か、誘導か)
目的も規模も不明。
だが、黒禍はその為に存在していた。
契約によって指定された相手を、確実に潰す為に。
(俺はそうしてきた――必ず指揮官がいる)
「おーい! 村が見えて来たぞー!」
魔法使いの声が響いた。
傾斜の先に広がる、石と木材の防壁。
左右は背の高い草原で、一行がいる頂上からなだらかに下る一本道。
逃げ場がない。
ヴィオがそう感じた矢先、野太い響きが木霊した。
「これは角笛? ヴィオさん、聞こえ――あれ」
小首を傾げたルナが振り返った時にはもう、ヴィオに抱き抱えられていた。
理由を問う間もなく、魔法使い達がいる荷台にそっと降ろされる。
「お前達もすぐに上がれ」
左右を歩く女剣士と格闘家にそう告げると、ヴィオは最前列へ一飛びで向かった。
「馬の操作は出来るか」
「凄いな……うん、人並みには出来るよ。僕も、弟も」
飛来したヴィオを見上げ、少し驚きながら剣士が頷いた。
「では今直ぐやってくれ。全速力だ」
真剣な声音が、兄弟達の本能を揺さぶった。
先頭の馬車に飛び乗り、馬の手綱を握った瞬間。
「ウオォォォォン!」
馬車列の左右の草原。
その後方から、草を踏み鳴らした大群が迫る。
兄弟は後ろを振り返り、同時に正面を向いて口笛を鳴らした。
「おい、ありゃ……騎乗か!」
緑の波を作る敵影は、狼の背にまたがる小鬼。
魔法使いが声を上げると、荷台に戻って来たヴィオが指示を出した。
「これから全速力で村へ入る。しっかりしがみつけ」
各々、屋根に貼り付くように力を込めた。
速度に乗った馬車列だが、いずれ追い付かれるのは明白。
いや、追い立てられているが、今は誘いに乗るしかなかった。
(包囲、遮断……面倒だ)
小鬼騎乗の数は五十は下らない。
ルナの魔法なら容易く処理出来るだろうが、使い所は考えなければ。
馬車列が最高速になった今、小鬼騎乗との差は馬車数台分。
「「「ウオォォォォン!」」」
「「「ゲギャギャギャ!」」」
(相手の思惑を外すには、時間稼ぎが必要だな)
ヴィオは指笛を鳴らして、兄弟達を振り向かせる。
こちらに来いと手振りで示し、荷台の屋根の縁を掴んで体を宙吊りにした。
空いてる手で小窓をノックすると、狼狽えた様子の老婦人が顔を見せた。
「あの、この声や馬車の速度は……襲われていますか?」
「察しの通り襲撃を受け、緊急事態と言っていい。そこで、聞きたい事が三つある」
余りにも平坦に状況を伝えられ、老婦人は呆気に取られた。
しかし、同時に恐怖が薄まっていくのも感じた。
「村の防壁の門は一つか、それは常に開け放たれているか、荷物は捨てても構わないか」
「今向かっているのは西門で、反対側に東門があります。普通は、見張りが居て閉じていますね。荷物は……構いません。皆さんに一任致します」
「承知した。これから多少動作が荒くなる。何かにしがみつき、体を固定してくれ。命はしかと預かった」
老婦人は少し喉を鳴らしたが、はっきりと頷いて見せた。
屋根の上に戻ったヴィオは、村の方へ目を凝らす。
完全に開け放たれている門は、推察通りと見て間違いない。
一拍置き、ルナ達に向き直った。
「この追い立ては罠だ。村の中にも、小鬼がいる」
兄弟、女冒険者三人、魔法使いが顔を見合わせる。
誰も声を出さないが、嫌な緊張が漂い始めた。
「だが、行くしかない。相手の思惑は削りからの追い立て、包囲からの殲滅だ。それを外すには、籠城しつつ……指揮官を潰すしかない」
告げられた事実が、駆け出しを卒業したばかりの冒険者達の肩に重くのしかかる。
冷や汗が流れ、胃に石が落ちたようだ。
何とか生唾を飲み込んだ魔法使いが、ヴィオを見上げる。
「指揮官、て……何だよ、それ……! 相手はただの小鬼だろ!? 騎乗だけど、俺達ならやれるだろ!?」
「お前の言う只の小鬼は、狼の背に跨るのか? 追いつく足を持ちながら、追い付かないように調整する頭を持っているのか?」
「それ、は……でも、指揮官だとか罠だとか、なんでそんな事分かんだよ!」
恐怖を払うように、魔法使いが声を荒げる。
ヴィオは一切の感情を見せず、淡々と事実を述べた。
「俺が嘗て、今の小鬼と同じ事をしていたからだ」
「は……?」
呆然と目を見開き、魔法使いが言葉を失った。
僧侶も、格闘家も、兄弟も。
ヴィオを見る目に冷ややかなものが混ざり始める中、女剣士が言葉を絞り出した。
「それは、無垢な人々を……襲っていた、という事か?」
「無垢かどうかは知らんが、庶民ではなかったな」
「なに……?」
訳が分からない。
数瞬の間を置いて、剣士が参ったように笑みを溢した。
「そっか……ヴィオさん言ってたね。俺は雇われ兵に過ぎん、って。つまりは、傭兵として戦に従事してたって事だよね」
「そうだ」
「……何だよ! 紛らわしい言い方すんなよ!」
「紛らわしい?」
魔法使い、格闘家、僧侶が顔を見合わせ、一斉にヴィオを見上げた。
「そうだよ!」「そだよー」「ホントにそう」
「……そうか」
僅かに首を傾げるヴィオを見て、一行から溜息が漏れた。
思い返してみれば、最初からこんな感じだった。
そう確認するように、青タグ達が視線を交わらせる。
その後ろで、金と銀の双眸が満足気に細められた。
「ヴィオがまぁ、言葉足らずなのは分かった。だが、事の信憑性も同じく分かった」
女剣士が胸に片手を添えながら、軽く会釈をする。
疑った事への彼女なりの謝意――だが、ヴィオはもう別の場所を見ていた。
「ヴィ、オ……!」
「まぁまぁ。ヴィオさんは気にしてませんから」
恐怖とは別の意味で、女剣士が僅かに震える。
ルナはその肩に手を置いて、いつもの事だと宥めた。
「見ろ」
指差されたのは、遠方に見える北側の丘。
そこには、何百という数の小鬼が集結していた。
武器持ちの個体、体格の良い個体、杖を掲げる個体。
整然と並ぶ醜悪な軍団が二手に割れ、巨大な熊に跨る一体が先頭に現れた。
「あれも只の小鬼か?」
ヴィオの問いに、誰も答えられない。
目を見開き、置かれた状況を理解しようとする事で精一杯だった。
ただ、一人を除いて。
「ヴィオさんが言ってた指揮官で、間違いないですね」
漆黒の一房を風に揺らしながら、ヴィオの隣へルナが立つ。
灰色の外套の端を掴みながら、目を凝らした。
「情報は」
「小鬼は環境によって進化するそうです。他の魔獣に乗ったり、魔法を使ったり、適応性が上がったり。あの一際大きいのは、随分色んな経験を積んだみたいですね」
「小鬼なんだな?」
「小鬼ではありますが、普通ではないですね。図鑑で読んだだけですが、軍勢を使役する力を持つとなると……」
情報を一つも漏らさぬように、金と銀の双眸が一点を見つめた。
「――"小鬼ノ王"」
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク登録や、評価して下さると大変執筆の励みになります。
宜しければ、応援のほどお願い致します。




