31話 削り
夜――
工程の半分ほどを進んだ一行は、河原で野営を組んでいた。
大岩を背に老夫婦が乗る馬車を配置。
残りの馬車を横に置いて、半円の壁を構築。
その中央で焚き火を囲み、取った一角狼の肉を煮込んでシチューを作る。
「ここでアクをしっかり取りゃ、肉が美味くなんだよ」
「ほぉ。お前、見かけによらないな」
魔法使いが揚々と鍋を掻き回す横で、女剣士が野菜を切りながら興味深そうに眺める。
「取ってきたよー」
「沢山拾えましたね」
「重過ぎ。肉体労働とか聞いてない」
こちらは格闘家、ルナ、僧侶の薪拾い組。
その後ろには、彼女達の数倍の量をヴィオが担いでいた。
「ありがとう。こっちも異変はないよ」
大岩の上と水辺で見張りをしていた兄弟も、火の元へ集まった。
香辛料と濃厚な香りが充満し、一行の食欲をそそる。
「さぁ出来たぜ! 皿だせ皿ぁ」
順に注がれる焦茶色のシチューから、ゆらゆらと湯気が立ち昇る。
依頼主の老夫婦へ配膳を済ませると、剣士が音頭を取った。
「それでは……今日は戦いもあったけど、僕達は勝った。それは明日も変わらない。この八人で、必ず依頼をやり遂げよう。無事の帰還に!」
「「「帰還に!」」」
水の入ったコップを掲げ、食事が始まる。
各々が話をしながら、シチューに舌鼓を打つ中。
一口目を頬張ってから無言のルナに、魔法使いが目を付けた。
「おーい、お口に合わなかったかぁ?」
「……お代わり、ありますか」
「くっくっくっ、太っても知らねぇからなぁ」
そう言いながら、差し出された皿に並々とシチューが注がれる。
ルナは眉根を寄せながら、一拍の躊躇を挟む。
だが、それも無駄な抵抗だった。
「……何ですか? 美味しいですけど、何ですか?」
「あはははっ! ルナったら素直じゃないんだ〜」
手の止まらないルナを見て、格闘家が目尻の涙を拭う。
「それはコイツのせい。最初の印象馬鹿過ぎたから」
「テメェ、二杯目やんねぇぞ」
苦言を呈しながら皿を出す僧侶の頭を、魔法使いが杖でコツンと弾く。
僧侶の双眸が歪み、女剣士の腕を掴んで訴えた。
「殴られた。暴力、ねぇ暴力」
「ところで、君達はなぜ冒険者に?」
女剣士が見事に躱し、兄弟に話を振る。
無言でシチューにがっつく弟の肩に手を置き、剣士は夜空を見上げた。
「故郷がね、魔獣に滅ぼされた……よくある話さ。だから、僕達が救う側になってやろうってね」
「……もう、誰も死なせたくない」
重戦士がボソリと呟く。
剣士は腕を回してはがい締めにすると、弟の頭を撫でた。
女剣士は少し目を伏せたが、優しい笑みを浮かべると兄弟をしっかりと見つめた。
「立派だ。私の仲間も、もう少し見習って欲しいものだ」
「えー、ウチは逆に田舎過ぎてさー。つまんなかったんだよねー」
格闘家は両手を頭の後ろに回し、両足を上げて見事な体幹を披露する。
「ねぇ、暴力。ねぇねぇ、暴力!」
その傍ら、僧侶は未だに女剣士の腕を揺らしていた。
「私は、とにかく強くなりたいんだ。君達のような高潔な目的はないが、その力が誰かの為になればと思う」
「へっ、俺からすりゃそれもご立派だけどな」
魔法使いがヴィオの皿に二杯目を盛りながら、静かに呟く。
女剣士と視線が合うと、そっぽを向いて調子を戻した。
「俺は誰かの為なんかじゃねぇ! 魔獣どもをぶっ殺して、ぶっ殺して、ぶっ殺す! それだけだ!」
「ふっ……お前が一番素直じゃないな」
「な、なんだテメェ! そこの兄弟と一緒にすんなよ!」
賑やかに火を囲む、団欒の一時。
ヴィオは自分の皿をルナに渡し、静かに眺めていた。
「それで、ヴィオさんとルナは? 良ければ、聞かせてくれないか?」
剣士から襷を受け取ったヴィオは、淡々と返した。
「俺は雇われ兵だ。彼女の願いを叶える為の、用心棒に過ぎん」
「……ヴィオさん」
三杯目のシチューを飲み込み、金と銀の双眸が巨躯を見つめる。
焚き火とは関係なく、仄かに染まっていく頬。
その時。
「――な、何ですか! 皆シチュー冷めますよ!」
向けられている視線に気が付いた。
特に女性陣の熱烈な眼差しが刺さる。
兄弟は互いに顔を見合わせ笑みを溢し、魔法使いは首を振って鍋を混ぜ始めた。
「……ヴィオさ――」
どうにも出来なくなったルナが、ヴィオに助けを求めようとしたが、翠の双眸は茂みへ向けられていた。
「全員武器を構えろ。ルナ、僧侶を連れて依頼主の前に」
「はい!」
短い指示が、全員を動かす。
大岩の上に魔法使い、その下には馬車とルナに僧侶。
右の馬車の前には兄弟、左の馬車の前には女剣士と格闘家。
陣形の入り口となる正面には、ヴィオが立った。
茂みから、荒い息遣いが漂ってくる。
青タグ達は息を呑み、武器を握る手に力を込めた。
瞬間、ヴィオが後ろを振り返り、焚き火を指差しながら視線を飛ばす。
直後、蒼い風が巻き起こり、燃える枝が上空を舞って前方にばら撒かれる。
「……数は二十。武器持ち複数。来るぞ」
照らされた茂みの中。
不揃いの牙を覗かせた醜悪な顔が、歪に口角を吊り上げる。
一瞬の間――そして。
「「「ゲギャギャギャ!」」」
小鬼の一団が襲い来る。
右翼、左翼共に剣戟と怒声が響き、交戦状態となった。
ヴィオの眼前にも数体の小鬼が迫る。
(奥に二陣も控えている)
振り上げられた棍棒を左手で掴むと同時に、右手で喉笛を引き千切る。
そのまま棍棒を絡め取り、左の一体の頭蓋を叩き割った。
返しの手で右の一体の胴を払い、態勢を崩した頭を踏み潰す。
刹那、茂みに生える木の枝に向かって、棍棒を投げ付けた。
鈍い音と共に、一体の小鬼が落下する。
(観測もいる。やはり……)
単体の戦闘能力は、さして脅威ではない。
昼にルナに聞いた話では、知能も高くないと言っていた。
それがここまで統率の取れた動きをするものなのか。
ヴィオの中で、疑念が濃くなっていく。
「疾れ 風の弾――《ウインドシュート》! おい! 兄貴の方がやられた! 治癒だ!」
魔法使いが数体の小鬼を仕留める間に、左翼では剣士が膝を突き、弟が二枚の盾を駆使して庇っていた。
しかし、覆い被さる小鬼の数が増し、今にも突破されそうだった。
「はぁ、はぁ……」
「死なせ、ない! 死なせない!」
右翼の女剣士、格闘家は手一杯。
中央にいた僧侶が、後方から剣士を下げようにも力が足りない。
「誰、か……! 来て……!」
「ゲギャギャ!」
小鬼は知能は低いが、零ではない。
数の力は、暴力となる。
好機とみるや、二陣の小鬼も左翼に雪崩れ込んで来た。
棍棒を振り上げた小鬼に、重戦士が囲まれたその時。
「「「ギャッ――!!」」」
群がる小鬼を、巨刃剣が串刺しにした。
緑の体躯から刃を抜き出し、残りの小鬼の首を刎ねる。
「よく耐えた」
ヴィオは兄弟を担ぎ上げ、中央へ退避した。
回復薬を頭から掛けられ、剣士の瞳に力が戻る。
「あ、あぁ! 兄ちゃん!」
重戦士が覆い被さり、兄の胸に顔を埋める。
その大きな頭を撫でてやりながら、剣士はヴィオを見つめた。
「はぁ……ありが、とう」
「問題ない」
時を同じくして、右翼も決着が着いた。
「ヴィオさーん! 終わりましたー!」
「あぁ」
魔法使いとルナの連携、女剣士と格闘家の追撃によって小鬼は全て屠られた。
青タグ達は老夫婦の乗る馬車の前に集まり、状況を確認する。
「僕は、大丈夫だ……ははっ、もう泣くな」
「うぅ……兄ちゃん……」
「はぁ……良かった。ヴィオが来てくれて」
座り込む兄弟の横で、僧侶が安堵の溜息を吐く。
「怪我はないー? 結構焦ったよねー」
「大丈夫だ。お前、助かったぞ」
「……しっかりしやがれ」
地面に大の字になる格闘家の頭を撫でながら、女剣士が大岩の上に視線を送る。
片膝を立てて座り込む魔法使いが、大きく息を吸った。
老夫婦も無事に護れた事で、一行に心地良い疲労が広がる。
だが、ヴィオは茂みの向こうを見据え、疑惑を確信に変えようとしていた。
(昼の索敵は今の夜襲の為。夜襲は削りの為。となれば……)
「ヴィオさーん!……ヴィオさん?」
「あぁ。怪我はないか?」
「大丈夫です。ヴィオさんは平気ですか?」
「問題ない。今夜は俺が不寝の番をする。明日の朝一、陽が昇ったら立つと皆に伝えてくれ」
「分かりました、けど……後で、聞かせてくださいね」
「あぁ」
ルナに伝令を託し、ヴィオは再び茂みの奥を見据えた。
闇に覆われた遥か向こう。
得体の知れない影が、蠢いていた。
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