30話 自慢の実況
陽も高く昇り、馬車列は順調に東の街道を進んでいた。
先頭を守るのは剣士と重戦士の兄弟。
二台目の左右に女冒険者三人が展開し、屋根の上には魔法使いが寝そべる。
依頼主の老夫婦が乗るここは、一番人員を厚くした。
(四方異常なし。ルナも落ち着いているな)
最後尾、殿を務めるのはヴィオとルナ。
半歩前を歩く漆黒の一房と全体を視界に入れながら、規則的な歩幅で追従する。
車輪が土を踏む小気味良い音を聞きながら、草原の香りを満喫しているルナを眺めた。
(旧大陸とは随分趣きが違う。灰色の空ばかり見てきたせいか)
遥か遠くに聳える白い頭の山脈、ここから視認出来る程の大樹の姿、青々と広がる晴天。
通り過ぎた薫風に銀灰の髪が揺れると、ルナが下から覗き込んできた。
「そんなに心配しなくても、もう平気ですよ」
「そうか」
「お姉さんですから。多分、きっと……恐らく」
「……そうだな」
ルナが微笑みを浮かべたその時、車列が止まった。
最前列の剣士が手で合図を出している。
各々戦闘体制に入り、周囲に目を凝らした。
「魔法はまだ温存だ。薬の準備はしておけ」
「了解です」
馬車とルナを背に、ヴィオが重心を落とした。
吹き抜ける風が、緑色の絨毯の葉先を揺らす。
その瞬間、魔法使いの怒号が響いた。
「左右から一角狼が来てんぞ! 数は十! 前衛は分かれろ! 後衛は距離を取れ!」
存外的確な指示に、ヴィオは静かに頷いた。
ちらりとルナを見ると、双眸を細めながら横を向く。
「まぁ、ヴィオさんには到底及びませんけどね」
「俺は右に行く。左が崩れそうだったら、補助してやれ」
「……はーい」
右側に移ると、剣士、格闘家が構えを取っていた。
となれば、左は重戦士と女剣士で、僧侶と魔法使いが中央。
即席の一行として、過不足ない配置。
ヴィオはまた一つ頷きを見せる。
(それぞれが役割を理解している……懐かしいな)
脳裏に異常な同僚達が過ったが、今は集中だ。
ヴィオは剣士と格闘家の間合いを測り、巨刃剣から手を離す。
今回は、素手の方が都合がいいだろう。
じりじりと、草を揺らす音が迫る。
「来るよ!」
「はいよー!」
飛び出して来た狼に、剣士が横薙ぎの一撃を見舞う。
格闘家はもう一体を引き付け、体を躱す。
一歩踏み込み、体重を乗せた裏拳を放った。
「よいしょー!」
二頭の狼が左右に飛ぶと同時に、別の三頭が飛び出してくる。
二人は即座に反応を見せるが、一体が抜け出した。
ヴィオは飛びかかってきた狼の下に体を滑り込ませ、首元に腕を絡ませる。
横長の体躯を上下逆転させると、容易く骨をへし折った。
「ヴィオさーん! 的確に攻撃を躱して首を固めてそのまま骨をへし折るなんてしかも目にも止まらぬ速さで何事もなかったかのようにー!」
やたらと詳細な説明をしながら、ルナが荷台の上に視線を送る。
自慢げな金と銀の双眸を見て、魔法使いが小さく舌打ちした。
「俺も負けてらんねぇな。疾れ 風の弾――《ウインドシュート》!」
杖から風の弾が発射され、左側の狼に被弾する。
盾に齧り付いていた一体、細剣の間合いを測っていた一体。
そして、草陰から機を窺っていた一体。
三体の狼に同時に当てる技量は、口だけではなかった。
「助かった」
「やるな。私も格好いいところを見せなければ」
重戦士と女剣士の士気が上がり、残りの狼へ向かっていく。
魔法使いは戦況を把握しながら、ルナに視線を落とした。
片眉を上げ、左側を指差して口角を吊り上げる。
すると、金と銀の双眸が見開かれ、二頭の狼の口を掴んでいるヴィオに更なる声援が送られた。
「ヴィオさーーん! 素手でその威力! ただ掴んだだけで粉砕!」
二体の頭をぶつけ、両腕でそれぞれの首を挟む。
一体目と同じく首をへし折り、最後に残った一体へ向かう。
格闘家にやられて満身創痍の狼は、最後の力を振り絞り、ヴィオに飛び掛かる。
瞬間、上下の顎に手を差し込まれた。
ヴィオが腕を振り切ると、狼の顔が半分に千切れ飛ぶ。
(……やり辛い)
ヴィオの眉根が僅かに寄ったところで、一行の初戦闘は終わりを告げた。
すると、魔法使いが徐に荷台から飛び降りる。
ルナを素通りして、三白眼がヴィオを見上げた。
数瞬の間の後、ボソリと呟く。
「……悪かったな」
フードを目深に被り、顔を伏せた魔法使いが手を差し出した。
「問題ない。的確な指示、見事だった」
ヴィオは静かに頷き、握り返した。
直ぐに手を離した魔法使いが荷台に戻ろうとした時、得意げに眉を上げるルナが目に入った。
「……うるせぇよ」
荷台に上がり、また大の字になった魔法使いがボソリと呟く。
すると、僧侶や格闘家がルナの周りに集まってきた。
「ねぇねぇ、ヴィオさん強過ぎない? どこで修行したの? 流派は?」
「ルナの魔素、なにこれ? 理解不能」
「ヴィオさんが強いのは当然、ヴィオさんだからです。私は……それほどでもないですよ」
囲まれたルナ、チラチラこちらを見る魔法使い。
「怪我はないね?」
「ない……兄ちゃんも、無事だ」
「流石は兄弟。事後の連携が違うな」
傷を確かめあう兄弟と雑談する女剣士。
ヴィオは何も言わず、静かにそんな彼らを眺めていた。
(知り合い……仲間、か。ルナには必要かも知れんな)
普通に生きる事。
呪いが解けた先に広がる未来。
普通の生活も悪くない――そう思った光景は、こういう事なのかも知れない。
(いつか――何だ)
その時、翠の双眸が草原の方へ向けられた。
転がる狼の頭から角を折り、狙いを定める。
「ギャッ――」
短い断末魔が響き、全員の視線が集まった。
ルナが直ぐに駆けて来ようとするが、その場にいるように手振りで示す。
ヴィオは巨刃剣を抜き、草原の中へ入って行った。
「……これは何だ」
程なくして戻って来たその手には、絶命した魔獣の足が握られていた。
吊り下がったその姿は、子供ほどの薄汚れた体躯。
緑色に染まった肌は硬く、醜悪な顔から不揃いな牙が覗く。
「小鬼、ですね」
ルナが即座に答える。
初めて見るヴィオとは対照的に、他の冒険者はやれやれと首を振った。
「なんだよ、小鬼かよ」
魔法使いが構えていた杖を下ろし、また寝そべる。
「びっくりしたー。小鬼、出るんだねここ」
構えた足が宙ぶらりんになり、ついでに柔軟を始めた格闘家。
「はぐれだろうね。さぁ、一角狼から取れるものは取って、先を進もう」
剣士が指示を出し、各々が動く。
程なくして、馬車列が再び動き出した。
固定の位置に戻ったヴィオは、ルナに問い掛ける。
「この、小鬼というのは珍しくないのか?」
「そうですね。図鑑によると、大陸全土に分布しているそうです。東の街道には、いなかった筈ですけど」
「……そうか」
魔獣というものは、えてして襲って来るものだ。
基本的な性質は、どんな種類もそう変わらないだろう。
だが、この小鬼は違った。
明らかに、視ていた。
姿を隠し、一行の動向を観察していた。
(……偵察は、当然やるべき手段だ)
話に花を咲かせる一行を視界に入れながら、ヴィオは変わらぬ歩幅で追従する。
その胸中に、一抹の警戒を灯しながら。
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