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戦場を降りた最強の傭兵、大賢者の護衛となる〜魔法も魔獣も問題ない。害があるなら、潰すまで〜  作者: 竜ノ塚


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28話 大変お世話になりました

 ギルド・治癒室――



 翌朝。

 ベッドが幾つも並べられた大部屋の中。

 一番隅の壁際で、ヴィオが黒皮の装備を整える。

 対面では、ルナがその様子を見つめていた。


「それで、生かして帰したと」


 ベッドの端に腰掛け、足を揺らす。

 夜通し起きていた為か、目の下に薄らと隈が出来ていた。


「高位の冒険者を()れば、ギルドが動くだろ」

「こっちは明確に命狙われてますけど」

「生きてる」

「それは結果論です」


 問答を重ねる度に、ルナの眉根が寄っていく。


「私の為とはいえ、ヴィオさんがいなくなっちゃったら、誰が護ってくれるんですか?」

「……留意する」


 僅かに言い淀んだヴィオを見て、ルナは漸く少し笑みを浮かべた。


「まぁ、いいですよ。今日は休みましょう。受付嬢さんも心配してましたね」

「あぁ」

「あっ、受付嬢さん呼びに行くんだった。ちょっと行ってきますね」


 漆黒の一房を揺らしながら、ルナが颯爽と駆けて行く。

 残されたヴィオは支度を整え、右腕の状態を確かめた。


(傷は完治、動作も問題ない)


 跡もなく、指を開け閉めしても違和感はない。

 魔法という力を改めて体感すると同時に、不備も痛感した。


(捕まらん程度の薬ぐらいは、常備しておく必要が……)


 その時、ヴィオから溜息が漏れ出た。

 視界の端で捉えた窓に映る人影は、白銀の長髪に大きく長い耳を揺らしている。

 入口で止まる事なく、一直線にヴィオの元へ歩いて来た。


「うわー、すごい嫌そう。後ろ姿でも分かるよ」


 ベッドの端に腰を下ろし、キサラが足を組む。

 分厚い背中を眺めながら声をかけるが、返答はなかった。


「え、無視? おーい、ヴィオくーん?」

「用件は」


 ヴィオは僅かに首を後ろに曲げ、横目のまま淡々と返す。

 キサラは耳を細かく震わせ、手を当てながらわざとらしい声音を出した。


「あれ、聞き間違いかな。今、面倒だって言った?」

「そのつもりだ」

「そんな邪険にしないでよー。今日はさ、そのぉ……」


 明らかに落ちた調子に、ヴィオは再び溜息を吐いた。

 それでもキサラの方を向き、腕を組みながら次の言葉を待つ。

 すると、黄金色の双眸がヴィオを見上げ、両の人差し指を合わせた。


「昨日の件はさ、そのー勘違いだったっていうか……早とちりだったっていうか……ごめんね」

「そうか」

「ちょっと考えたらさぁ……君は情報が欲しかったのかなぁって。実際薬買ってないし、最近だよねリザディア(ここ)来たの」

「そうだ」

「……怒んないの? いきなりさ、命狙われたのに」


 チラチラとヴィオを見上げながら、キサラが口角を揺らす。


「別に」

「……え、終わり?」


 ヴィオの首が斜めにズレると、キサラから溜息が漏れた。

 なんでかな、と強めに聞き返す。


「お前にも理由があっただろう。何だ、その部族の……」

「ウリク・リュー」

「それの若いのが原因だったな。面倒ではあったが、俺もお前を殺す気だった。お互い様だろ」

「そう、なるんだ……ホント、面白いね」


 小さくそう呟いたキサラは、袖の中から巾着を取り出した。


「これ、君の忘れ物。迷惑料も上乗せしといたから」


 頭に渡した時よりも、倍以上に膨れ上がった巾着。

 ヴィオは中身を半分出すと、キサラの手に返した。


「え、なんで?」

「治療代と損害補填だ。お前、治安部隊になんと説明した?」

「……転んだ、って」

「全く同じ事を受付嬢に言った。まるで信じていなかったが、お咎めはない。ならば、壁の()()()()()()に返すのが道理だ」


 身支度が終わった事を確認しながら、視線だけで他にはあるかと促してくる。

 自然と口角が緩んでいたキサラが、思い出したように黒い外套を取り出したその時。

 何かが弾ける音が響いた。


「……うわ」


 本能的に後ろを振り返ったキサラから、一言だけ零れ落ちる。

 漆黒の一房を揺らし、静謐な光を灯す金と銀の双眸。

 穏やかな微笑みを携えたルナが、そこにいた。


「ヴィオさん、こちらの方はどなたですか」


 鈴のような声音が、淀みなく言葉を紡ぐ。

 この時、瞬時に視線を走らせたキサラは理解した。

 ヴィオも、受付嬢も、さっきの音が聞こえていない。

 空気が捻じ曲がるような不協和音は、キサラにだけ向けられたものだったと。


「さっき話した、()()()()だ」


 受付嬢の手前、昨日の件には触れられない。

 眼鏡の奥の視線が刺さるが、巨躯は微動だにしなかった。


「そうでしたか」


 静かに頷いたルナが、キサラの前までやって来る。

 右手を差し出し、微笑んだまま小首を傾げた。


「私、ルナ・メレスギルと申します。()()()()ヴィオさんが 大変 お世話に なりました」

「……キサラ・アラナンク。宜しくね」


 握り返した手から感じる魔素は普通ではなかった。

 戦姫の首に、一筋の汗が流れる。


「ヴィオさん、それは」


 挨拶が済んだルナが指差したのは、ベッドの上に置かれた黒い外套。

 ヴィオの視線がキサラに移る。


「何だ?」

「あー、これはねぇ……」


 黄金色の双眸が天を仰ぐ。

 視界の隅には、ルナの笑顔が常に入っていた。


「……では、準備も出来たようですし。ヴィオさん、新しい外套を買いに行きましょう――私が、ヴィオさんに、似合うものを、選びますから」

「そうか」


 ヴィオが歩き出そうとした時、小さな咳払いが聞こえた。


()()()()お二人に個人的に問います。遺恨はありませんね?」


 ヴィオは肩を竦め、キサラは首を振った。


「かしこまりました。では、ギルドとしては何も問題はありません。ですが、今後も同じようになるとは限りませんので……真摯に受け止めておいて下さい」

「承知した」

「は〜い」

「それでは、ヴィオさんがお世話になりました。キサラさん、また――ヴィオさん、行きましょう」

「あぁ。世話になった」


 漆黒の一房を揺らぎもさせず、ルナが部屋を後にする。

 受付嬢に会釈したヴィオも、その後に続いた。

 残された二人の視線が、ゆっくりと交わる。


「……踏んだかな」

「……恐らく、大きなものを」

「ぷっはぁ〜! ルナ君や〜ば〜」


 解放されたキサラが、ベッドに大の字になった。

 ヴィオも異常だったが、あの契約主はそれ以上だ。


「戦闘部族でも、そう思いますか」

「う〜ん、相当だね。見た事ない生き物だよ」


 再び視線が交わる。

 その後暫く、二人は何も言わなかった。



 ▽▼▽



 それから一週間が経ち、ヴィオ達は順調に階段を登っていた。

 受付嬢の指導の元、討伐と生活の依頼を交互にこなしていく。

 時には休みの日に都市を巡ってみたり、時には駆け出しの窮地を陰ながら救ってみたり。

 あれからキサラとの接触もなく。

 ヴィオは相変わらずだが、ルナは穏やかに過ごしていた。


「ヴィオ様、ルナ様、少し宜しいですか?」

「はーい」


 ある日、受付嬢から声がかけられた。

 カウンター越しに対面すると、青い枠の依頼書を提示した。


「こちら、"推薦依頼書(レコメンドクエスト)"となります。等級は七、昇級したての方々の肩慣らしとなる依頼です」

「俺達は無理だろ」

「ですよね?」

「本来はそうです。ただ、推薦があれば二等級までなら上の依頼を受理する事が出来ます。今回は、私がお二人を推薦させて頂きます」


 予想だにしない言葉に、二人は顔を見合わせる。

 ヴィオは淡々、ルナは満面の笑み。

 受付嬢は眉一つ動かさず、説明を続けた。


「依頼内容は、東門から馬車で二日の村までの護衛。街道には、七等級相当の魔獣が出ます。合同依頼となりますが、お二人には……護衛の護衛をして頂きたいのです」


 初日に、八等級最難関の大閃蜂を討伐。

 次の日には、七等級の希少個体である棘銀蜘蛛を討伐。

 戦闘能力で言えば、申し分ない二人。

 その後はしっかりと貢献点も積み上げ、ギルドと都市双方からの信用も重ねている。

 受付嬢の推薦は、理にかなったものだった。


「いかがでしょう?」

「こちらの利益は? 無論、金の話じゃないぞ」


 そう来ると分かっていた受付嬢は、カウンターの上に青いタグを二枚置いた。


「お二人の功績は十二分。昇級審査は確実に通るでしょう。ですが、今回の依頼を完遂して下さったならば、帰還時にこちらをお渡しします」


「七等級……そうなると!」

「――転移陣(ポータル)が使用可能になります」

「ヴィオ さん !」


 金と銀の双眸が輝き、ヴィオの腕を幾度も叩く。

 逡巡したあと、ヴィオは静かに頷いた。


「ありがとうございます。では、明朝一番でこちらにお越し下さい。依頼詳細の確認と、顔合わせを致します」


 受付嬢のお辞儀に送られ、二人はギルドを後にした。

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