21話 偶発的
本日より毎日20時投稿です。
「お願いします」
翌朝、ギルドの受付にてルナの声音が響く。
昨日と同じ時間、同じ依頼。
駆け出しの二人には、まだまだ余り物しか回ってこない。
「確認致しますので、お待ち下さい」
受付嬢の手慣れた作業を眺めながら、ヴィオは耳を澄ましていた。
どうやら、サリヴァンとの一件は広まってはいないらしい。
単純に二人について――特にルナの容姿について囁いているのが聞こえる。
(見た目は二十そこそこの女。そういう虫もやってくるか)
漆黒の一房を揺らし、金と銀の双眸を輝かせながら待つ姿。
白磁の肌に、整った微笑み。
女冒険者の宿命と言えば宿命だ。
しかし、それは周囲に馴染んでいると言う事でもある。
面倒な事にならなければ、邪険にする程の事ではない。
それよりも、欲しいのは情報。
都市に到着した時の、視線の主の情報だった。
(赤髪の他は、その後視線を感じない。出払っているのか、値踏みが終わったのか)
思案しながら、嘗ての同僚を思い浮かべる。
戦闘狂に病的なまでの悲観、律儀なデカブツ、武人に捻じ曲がった快楽者。
別の環境に置かれると、黒禍という枠組みが存外機能していたと思う。
それに比べれば、冒険者もギルドもクランも分かりやすい。
(人ではなく魔獣という存在が、世界を濁すというのも単純だな)
黒禍時代は契約が全て。
昨日の契約主が、今日の排除対象なんてのはざらだった。
だが、新大陸では魔獣という、資源でもあり共通排除目標がいる。
大なり小なり諍いや方向性はあるだろうが、概ね同じ向きだ。
ルナにとっても、ヴィオにとっても――住みやすい場所である事は間違いなかった。
「ヴィオさん、受理されましたよ」
「徒歩だぞ」
「分かってますけど?」
「行ってらっしゃいませ」
受付嬢のいつものお辞儀を背に、二人はギルドを後にした。
▽▼▽
北の門を抜け、二人は山に続く林道へ入る。
昨日と全く同じ工程だが、漆黒の一房が妙に跳ねていた。
ヴィオは何も言わず後方を歩くが、察したようにルナが後ろを振り返る。
「ヴィオさん……今日は蜂討伐ではありません」
「そうか」
「受けたのは蜂なんですけど、それだと昇級まで時間が掛かるんですよね」
「それで」
「冒険者の方々に色々聞いたところ、どうやらこの山には七等級相当の魔獣が棲んでいるとか」
「そうか」
ルナは両手を腰の後ろで組み、ヴィオを見ながら後ろ向きで歩く。
伸びた枝や小石に引っかかる事もなく、綺麗に避けていた。
魔素とは便利なものだ、とヴィオは思う。
「蜂の巣の奥の森にいるらしく。だから駆け出しの最難関と呼ばれていたんですね。で、今日は奥に行っちゃおうかなと」
「規則は」
「……確かに、等級以上の魔獣討伐は受けられませんけど……偶発的に出会ってしまう場合はその限りではありませんから問題ないと思いますしそういう事例は多々ありまして普通だそうです」
ルナが笑顔を貼り付けても、翠の双眸は何も変化しない。
「全く偶発的とは思えんが」
「……駄目、ですかね」
肩を落としながらも、やんわりとルナが見上げる。
少し恨めしげに、でも何か期待しているような、そんな眼差しで。
一拍置いて、ヴィオは小さく息を吐いた。
「契約主はお前だ。俺が決める事ではない」
「……それじゃあ!」
「只、護衛に支障が出ると判断したら撤退するぞ」
「はい!」
鈴のような声音を弾ませ、ルナが揚々と舵を切る。
今一度周囲に人の気配がない事を確認し、ヴィオも後に続いた。
▽▼▽
『ヴィオさん、このまま少し待ちます』
「あぁ」
手頃な大閃蜂の巣を見つけ、前回と同じように殲滅した。
二度目となると手際もよくなり、瞬く間に残骸の山が出来る。
それを餌に、ルナは空、ヴィオは枝上で待機した。
『……前方に木々の揺れを確認。多分あれですね』
大木をしならせ、一直線に振動が向かってくる。
直ぐに、ヴィオの視界にも遠くの揺れが確認出来た。
枝が軋む乾いた音が木霊しながら、徐々に大きくなっていく敵影。
もう後数十歩という距離で、ヴィオは小さく溜息を吐いた。
(また虫か)
木漏れ日を反射する銀色の体躯、無数に刻まれた毒々しい斑点。
長く太い八本の足は、節々から刃のような棘がびっしりと生え揃い、腹も顔も同様の光を纏う。
八つの青い眼が残骸の山を捉えた瞬間。
巨体に似合わぬ速度で踏み込み、蜂を貪り始める。
『棘銀蜘蛛です……けど、聞いていた話とちょっと違いますね。体だけ銀色と言っていたんですが』
「成熟しているか、希少個体か。そんなところだろ」
『成る程。では、たまたま出会いましたが余計に運が良いですね』
(……たまたま、ね)
蜂に夢中になっている蜘蛛は、こちらに気付く気配はない。
ヴィオは周囲に視線を走らせてから、ルナに指示を仰ぐ。
「で、どうする」
『今の個体以外に形跡は見られません。なので、仕留めます。絶対に仕留めます』
「どこを残す」
『うーん……眼にしましょう。触指でもいいらしいのですが、眼八つの方が評価点が高い気がします』
「承知した。脚を斬り、頭と腹を斬り離す」
ヴィオが巨刃剣に手をかけ、頭上から狙いを定めたその時。
待ったが入った。
『ヴィオさん、私がやってみてもいいですか?』
肩を竦め、ヴィオは大木の幹に背中を預けた。
片手を差し出し、上空を見上げる。
「ご自由に、契約主殿」
『ありがとうございます――いきます!』
そこからは、瞬きのように速かった。
空を裂く風切り音が蜘蛛を襲い、同時に八つの脚が斬り離される。
状況を理解する間もなく、今度は胴体が分離した。
青い眼が光を失い、地面に転がる十の部位に分けられた。
(脅威、と言うしかないな)
蜂の頭を正確に撃ち抜く技量、巨大な蜘蛛をものともしない風の刃。
そして、大海蛇を容易に拘束する竜巻。
ルナが魔素の制御において、他者よりも格段に抜けている事は理解している。
四百年間抑え込んでいたのだから、それも道理。
(……魔法を極めた相手、いずれ現れるかも知れん)
だが、新大陸にその段階に達した者がいないという保証はない。
寧ろ、ルナという一つの到達点を知っているからこそ、いると考える方が自然だ。
人か、魔獣か――敵になる可能性も。
「かた、い……! ふんっ!」
嬉々として眼をほじり出そうとしたルナだったが、全く抜ける気配がない。
指先をどんなに白くしても、思わず外殻を叩いても。
光を失った八つの眼が、歯を食いしばる漆黒の一房を映すだけ。
「……ヴィオさ〜ん?」
眉根を寄せて堪らず助けを求めるが、頭上から降って来た声は淡々としていた。
「私がやってみるんだろ?」
「……」
ルナは無言で作業を続ける。
その後ろ姿からは、なんとも言えない哀愁が漂っていた。
(魔法を使えば早いと思うが)
ヴィオは短剣を手に取り、地面へ飛び降りた。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク登録や、評価して下さると大変執筆の励みになります。
宜しければ、応援のほどお願い致します。




