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大賢者の用心棒〜部隊を離反して無職になった元傭兵、怨霊と呼ばれた女の護衛になる〜  作者: 竜ノ塚


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22話 溝浚い日和

「お願いします……」

「反省はされましたか?」

「それは、もう」


 翌朝、受付嬢の冷えた声音がルナに刺さった。

 俯く華奢な体を一瞥しながら軽く溜息を吐くと、置かれた蜂の依頼書に手を伸ばす。


 昨日の蜘蛛の一件。

 ルナは意気揚々と報告したが、結果はとても怒られた。

 どう考えても偶発的とは言えず、また無傷で七等級相当の魔獣を討伐してきたのだから。

 危険であり、規律を乱す行為だった。


「素人でない事は重々承知しております。ですが、規則は規則。他の駆け出しの方が真似したら、責任を取れますか?」

「はい……すみません……」

「自己責任だろう」


 淡々とした答えに、受付嬢が顔を上げた。

 普段眉一つ動かさないその瞳に、僅かだが怒りが宿る。


「確かに、仰る通り……冒険者は自己責任の世界です。でも、なぜギルドがあると思いますか? 規則があると思いますか? 生きて帰って来て欲しいからです」

「……成る程」

「お二人は良いかもしれませんが、これ以上規律を乱すならば……冒険者章を剥奪し、追放処分とします」

「それは……」

「困るな」

「でしたら、ギルドの方針に沿って行動して下さい。冒険の末の無茶は、こちらも起こらないように細心を払います。ですが、蜂の依頼なのに蜘蛛の討伐証明だけ持ってくるような事はなさらないように」


 ルナは俯き、ヴィオはほんの少しだけ上を向く。

 それだけで、受付嬢には十分だった。

 彫刻のように変化のない顔が、僅かに目尻を緩める。


「私個人としては……お二人に大変期待しております。規律を乱したとしても、棘銀蜘蛛の希少個体討伐は素晴らしい戦果です。いずれ、南方支部を代表する冒険者になってくれると確信しております」


 金と銀の双眸を俄かに輝かせ、ルナが横を見上げる。

 どうだろうな、とヴィオはボソリと呟いた。


「その為にも、昇級は必須。だからこそ、上の魔獣を狙った事も道理としては理解出来ます。ですので、ここからは助言です」

「是非、聞きたいです」

「審査は、評価点・貢献点・人格点の総合で判断致します。中でも、貢献点と人格点が大きいですね。お二人は評価点はもう十分……寧ろ、貢献点と人格点が足りません。特に、人格点」


 最後の言葉だけ殊更に強調して聞こえたのは、気のせいではないだろう。


「えっと、貢献点と人格点と言うのは……?」

「貢献点は地域や人々に還元出来たのか、人格点は言わずもがな……規則を守り、規範となっているかです。要は、信用を積み上げろ、という事ですね」

「……道理だな」


 黒禍として、雇われ兵として、ヴィオは契約と信用の中で生きて来た。

 だからこそ、受付嬢の言葉はすっと腹に収まる。

 冒険者とは言っても、実態は武装した殺傷能力を持つ個人。

 それを国が、街が、村が受け入れている担保は信用以外の何物でもない。


「貢献点と人格点を上げるには、どうすればいいですかね?」

「人格点は上げるものではなく、下げないように行動するものです。貢献点に関しては、八等級ですと……ピッタリの依頼がありま――」

「ではそれで」


 ルナが即答すると、受付嬢が引き出しから一枚の依頼書を取り出した。


「かしこまりました。では、依頼を変更しまして――南東区画の溝浚(どぶさら)いで受理致します」

「どぶ……?」

「承知した」


 受付嬢も一つ頷き、業務を手早く終わらせる。


「では、いってらっしゃいませ」


 いつものお辞儀が、いつも以上に綺麗に見えた。



 ▽▼▽



「ヴィオさーん! いきますよー!」

「あぁ」


 側溝の中に立ち、ルナが勢い良くスコップを滑らせた。

 ヴィオは反対側から淡々と泥を押す。


「ふぅ……ここは綺麗になりましたね。報告してきます」


 外套と釣鐘型の袖を外し、裾を腰のあたりで結び、ブーツを脱いで泥に塗れて。

 時折大きく息を吐きながら、汗を拭って笑みを浮かべる。


「あぁ」


 タオルで泥を落としたルナが、現場監督の元へ走る。

 その間、ヴィオは手押し車に一杯になった泥を所定の位置まで運んだ。


「監督、次はどこですか?」

「はっはっはっ! 嬢ちゃん威勢が良いな。仕事も……完璧だ。次は、ここから一本入った通りに行ってくれ」

「了解です。ヴィオさん、行きましょう」

「あぁ」


 ルナが駆けて行った方を見ながら、ヴィオも足の泥を落とす。


「兄ちゃんホントすげー体してんなぁ。冒険者辞めて、ウチに来るか?」

「クビになったら考えよう」

「はっはっはっ! 楽しみにしてるぜ。じゃ、向こう頼むわ」

「承知した」


 笑い声で送る現場監督に、ヴィオは軽く後ろ手を振りながらルナの元へ向かった。

 通りを曲がった奥には、静謐な佇まいの教会が建っていた。

 ステンドグラスに描かれた女神の微笑みが、陽の光を浴びて石畳を照らす。

 ルナは既に作業を始めていたが、道を挟んだ反対側にも作業者がいた。


(……手慣れている)


 白金の長髪を一つに纏めた女の、手早く泥を掻き出す手際の良さ。

 淡い色彩に染まる毛先が、何処となく品位を醸し出す。

 薄い上着に短パン姿ではあるが、体の使い方は素人ではなかった。


「ヴィオさーん、早くー!」

「あぁ」


 ルナに呼ばれ、対面から泥を押して行く。

 すると、女がこちらを向き、額の汗を拭いながら声を掛けてきた。


「今日は良い天気で、溝浚い日和ですね」

「えぇ、とても」


 ルナが微笑みを返し、ヴィオは軽く会釈を返す。


「御二方は……まぁ、冒険者さんですか。それなのにそんなに一生懸命……きっと、良い事が返ってきますね」

「溝浚いもやってみると奥が深いもので。ねっ、ヴィオさん」

「別に」

「もっと、一つ一つを楽しんだ方がいいと思いますよ?」


 澄んだ蒼玉色の双眸で二人のやり取りを見ながら、静かに笑みを溢す。

 その後は特に会話もなく、仕事が終わった。


「ふぅ、終わりましたね。報告にいきましょう」

「あぁ」

「御二方共、お疲れ様でした。機会がありましたら、是非教会にもいらして下さいね。私、神官も務めておりますので、御二人の武運をお祈りさせて下さいな」

「ありがとうございます。その時は是非」


 ぺこりと頭を下げたルナが、着替えを済ませて通りに向かう。

 スコップを肩に担いだヴィオは女を一瞥するが、柔らかな微笑みは変わらない。

 また一度会釈をしてからルナを追うが、胸中では警戒の色が薄く伸びていた。


(()()()、か……手練だな)


 二人を見送った女は、一人になるとまた作業を始める。

 すると、石畳を均等に弾く足音が響いて来た。

 女を見るや、大きな溜息を吐き出す。


「またこの様な事を。エスカローザ様がすべき事ではありませんぞ」

「あら、そんな事はありません。貴方も、偶には手伝ってくれてもよいのですよ?」


 呆れと疲労を滲ませた声に、エスカローザはクスクスと笑みを溢す。


「……考えておきましょう。ところで、何やら機嫌がいいようですが」

「いえ、ただ……今日は素晴らしい出会いがあったのですよ。いずれまた、女神様の御導きがあるでしょう」

「左様で」


 作業を終え、泥を落とす。

 男から受け取った法衣に着替え、髪を解いたその姿は厳かな佇まいとなる。

 最後に、()()()()()を首に掛け、エスカローザは清廉な声音で言葉を紡いだ。


「では、参りましょうか。サリヴァン」


 リザディア最大派閥の一つ、クラン【聖光の使徒】団長。

 三等級冒険者がそこにいた。

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