19話 初依頼
「時間通り……こっち」
「ご注文の品は、完璧よ」
早朝。
店の前で、職人達が二人を出迎えた。
共に隈を作っているが、瞳は興奮を抑えきれていない。
扉を開け、早く来いと急かす。
「金は足りたか?」
「全然……でも、いい。後で話す」
「そうか」
工房に到着すると、一向は二手に分かれた。
「先ず……着てみて」
机に並べられた鎧は、落ち着いた灰色で統一されていた。
注文通りの各部位を、ヴィオは慣れた手付きで装着していく。
「……想像以上だ」
鈍い艶を放つ全身は、まるで重さを忘れたかのように軽い。
四肢の駆動を妨げずに柔軟に包まれているのに、耐久性も申し分ない。
ヴィオが静かに頷くと、アンドレアは誇らしげに髪を掻いた。
「次が本命……生まれ変わった」
金床に掛けられた布を取り去る。
吊るされた照明を浴びて、青みがかった紫色の光沢を放つ剣身。
鍔から切っ先に至るまで、薄く重なった淡い鱗を纏う。
刃先が鋭く研がれた、新たな巨刃剣が鎮座していた。
「形は振りを見て、すぐ決まった……鱗を伸ばして、一体化させた。分割点も、面倒だったけど……完璧に仕上がった」
「そうか」
「この子の名前……【巨刃剣・海鱗】」
「そうか」
「――!」
会心の名付けを流され、アンドレアの瞳が大きく見開かれた。
呪詛でも吐きそうな顔でヴィオを睨むが、翠の双眸は既に剣に注がれている。
工房の奥へ移動すると、前日と全く同じ軌道で剣を振った。
(重量は変わっていないが……軽い)
残心を取りながら、新たな剣身に視線を落とす。
淡く光る鱗の波が、ヴィオの求めた答えを体現していた。
「お待たせしました」
その時、全身を白い布で覆ったルナがやって来た。
後ろのカーコムは満面の笑みを浮かべている。
新たな装いとなったヴィオの前で止まり、全身を隈なく眺める。
「……いいですね。特に巨刃剣、しっかり魔素を感じます」
「そうか」
「あら、ほんと。でも、ルナちゃんも負けてないわよ。準備良いかしら?」
ルナとカーコムが視線を合わせ、白い布が取り払われた。
「以前の装備を昇華させた、完璧な設計よ」
現れたのは、深い蒼を主とした新たな装いだった。
胸元を覗かせた袖なしの長衣は腰で細く締まり、足元へ流れる布の下では、黒の短パンと黒タイツが隙なく脚線を覆っている。
肘から先だけを包む釣鐘型の別袖は、軽やかながら両腕を護る。
首元で揺れる蒼の外套と、純白の短靴に走る金の意匠が、蒼風を従える者としての格を滲ませていた。
「どうですか?」
「問題ない」
ルナの全身を一瞥し、ヴィオは淡々と返す。
その光景は職人の二人にとって衝撃だったが、ルナは慣れている。
ヴィオを見上げ、小首を傾げながらもう一言呟いた。
「似合ってますか?」
「あぁ」
「……ふふっ、ありがとうございます」
二文字で返したヴィオに更に驚愕を見せる職人達だが、ルナは微笑みを浮かべている。
アンドレアとカーコムは顔を見合わせ、揃って小さく息を吐いた。
「それで、金の話は」
「……あー、とりあえず足りない。特に……ルナのやつがメチャ高い」
「え」
「良いのよ、アタシが使いたくて使った素材だから。その代わり、ガンガン宣伝してきて頂戴ね」
「だから、店がいつもボロい。ヴィオもね……武器の事聞かれたら、ウチの店に」
「承知した」
「……いきなり借金生活ですね」
アンドレア達に見送られ、二人はギルドへ向かった。
▽▼▽
ギルド受付――
「お願いします」
「かしこまりました。依頼内容を照合しますので、少々お待ち下さい」
握り締めた依頼書を、ルナは気合を込めてカウンターに置いた。
受付嬢は至って冷静に、受注業務をこなす。
「……お二人の等級でも、問題ありません。受理させて頂きます」
「そうか」
すると、受付嬢と視線が合った。
「これは雑談ですが……これ以上噂になる事は、避けた方が宜しいかと」
「話が見えんな」
「では、これを」
そう言って差し出してきたのは、黒塗りの手配書。
生死問わずの文言と懸賞金、絡んできた巨漢の顔が描いてあった。
「それで」
「こちらは指名手配です。昨日クランを除名された後、懸賞金を掛けられました。この方をご存知ですよね?」
「さぁな」
「……その対応を貫いて下さい。面倒事を好む人は少ないですから」
「留意しよう」
「それでは、いってらっしゃいませ」
ルナが先頭に立ち、いざ初冒険へ向かおうとした瞬間。
「どちらへ?」
「え? 転移陣に……」
「本日の依頼の場所は、北の山。徒歩です」
「……えぇー」
「行くぞ」
小さな体がヴィオに引き摺られていく。
▽▼▽
北の山中――
生い茂る樹木の中。
他の駆け出し達も散り散りになり、今は二人だけ。
半歩前を歩くルナは、頬を膨らませていた。
「転移陣使いたかったなぁ」
「そうか」
「かなり高度な技術なんですよ? 新大陸は物に魔素を刻むっていうか、定着させる事が文化として成り立っているんです」
ルナが、新たな装いに視線を落とした。
編み込まれた意匠は、周囲の魔素を効率良く取り込んでいる。
試しに手に魔素を送り出して見ると、流れるように収束した。
「そうか。所で、今日の依頼は何だ」
「大閃蜂の駆除です」
「それで」
「最低十五匹討伐で、報酬はそれなり。八等級の中では難しく面倒だそうですよ」
朝一のギルドは冒険者で溢れかえっていた。
ヴィオの指示通り、残り物を取りに行った結果が今回の依頼だった。
遠目に黒々とした巣が見えて来ると、二人は前後を入れ替える。
ルナが指を翳し、蒼い風の弾丸が撃ち放たれた。
直撃した巣は大きく揺れ、中から赤褐色の体躯が溢れ出す。
幼児ほどの大きさをものともせず、直線的に飛び回る流線型の群れ。
不快な羽音が重なり、大気を鳴動させる。
数匹の蜂が木々の間を折れるように飛びながら、ルナに迫った。
「……やはり、軽い」
刹那、樹上から飛来した巨刃剣が先頭の蜂を両断した。
次いで、横薙ぎの一閃が左右の蜂を捌く。
残心を取るヴィオは、淀みのない断面を見やった。
(大気に漂う、魔獣が纏う、その魔素を斬っている。故に、軽い)
稲妻型に迫り来る蜂だが、結局は獲物の元に集結する。
ならば、動かず待っていれば良い。
ヴィオは重心を落とし、斬り裂き、払い、突き、薙ぐ。
残骸の山が出来上がる中、ルナも準備に入った。
「それでは、私もいきますね」
突進を仕掛けて来る蜂の大群、その悉くを風の弾が貫いていく。
蜂は弾丸、蒼い風は砲弾。
的確に撃ち抜かれた赤褐色の敵影が、みるみるその数を減らしていく。
「終わったか」
「お疲れ様でした」
程なくして、群れは全て屠られた。
二人は息を切らす事もなく、次の作業に入る。
「大顎か針の一部を持ち帰ると、討伐数が加算されるみたいですね」
翠の双眸が、残骸の山に移る。
全て急所を見事に斬り伏せていたが、肝心の部位までバラバラだった。
「……先に言え」
「忘れてました」
対して、ルナは綺麗に頭部の中心だけを撃ち抜いていた。
「ふぅ、これで依頼分完了ですね。もう何体分か持っていきますか?」
ルナが振り返ると、ヴィオの視線は別方向を見ていた。
「気付いてるだろ」
「大した反応ではなかったので」
「もっと警戒しろ」
「今後に活かします」
ヴィオの合図と共に、ルナは《蒼き風の羽衣》を纏って上空へ回避した。
直後、木々の間から人影が現れる。
顔には赤黒い血管が走り、異様な魔素を垂れ流していた。
「見つけたぜぇ……クソ野郎ぉ!」
指名手配に記されていた巨漢が、醜悪な笑みを浮かべた。
20時にもう1話更新です。




