16話 冒険者登録
「あれがギルドですね」
大通りを暫く歩き、円蓋型の巨大な建物が見えてきた。
胸元に板を下げた者達が、頻繁に出入りしている。
「……ハンターの組合みたいなものか」
「違います。ギルドです。あと、ここではハンターとは呼びません」
「そうか」
漆黒の一房が視界に入り込んで来た。
半ば呆れたような顔でヴィオを見上げる。
「じゃあなんて呼ぶの?って普通聞きませんか?」
「別に」
金と銀の双眸が見開いていく。
本当にこの男は、興味のない事にはとことん興味がない。
改めて実感しながら、ルナはめげずに声を僅かに張った。
「探索者です。未知なる場所に赴き、己の力で道を切り拓く。楽しく生きていけそうな感じがしませんか?」
「別に」
「はぁー……まぁ、何もない私達に身分証と仕事をくれますから」
溜息を纏ったルナの視線を意に介さず、ヴィオが僅かに首を傾げる。
「その情報も冒険譚か」
「おっ、そこは食い付くんですね。そうです。冒険譚だと思っていましたが、今思うと日誌に近かったかも知れません」
「成る程……渡航者の前例は他にもいたか」
「新大陸から向こうへ、かも知れませんけどね」
「道理だな。今ならどちらの可能性もあると、自然に考えられる」
互いに視線を交わし、同時にギルドを見やる。
兎にも角にも、情報を先に持っていた事は強みになった。
そう考えながら、ヴィオがルナに向き直る。
「ハンターは登録が面倒だと聞いている」
「探、索、者、です」
「規則や制約もある。対応出来るか?」
「因みに、ヴィオさんは何歳でしたっけ?」
「二十八」
「私は四百十歳、お姉さんです。どーんと任せてください」
「そうか」
胸を叩いたルナが、自信を滲ませながら歩いて行く。
交渉の時とは大きな違いだ。
ヴィオはその後ろに続きながら、掲げられた大看板をチラリと見上げた。
(……探索者、ね)
▽▼▽
広い天井の下、設けられた幾つものカウンターに人が群がっている。
歓呼の声、怒声、神妙な声が混ざる独特な熱気。
戦場とはまた違う、野心に満ちた息遣いだ。
空いてる列を選び、暫し待つ。
二人の番がやって来ると、開口一番ルナが声を張った。
「探索者になりたい二人がやって来ました!」
「……ご足労頂き、有難うございます。二人分の登録をしたい、という事で宜しいでしょうか?」
「探索者二名でお願いします!」
(緊張はするんだな)
微妙に上擦った声を出すルナを眺めるヴィオ。
そんな二人を見ても、百戦錬磨の受付嬢は眉一つ動かさない。
手早く書類を二枚出し、カウンターの上に広げた。
「一つ確認なのですが、本当に登録で宜しいでしょうか?」
「……え?」
怜悧な声音にルナの動きが止まると、ヴィオが言葉尻を繋いだ。
「あぁ。冒険者登録を二人分だ」
「かしこまりました。では、こちらに氏名、年齢、性別をご記入ください。終わりましたら、確認致します」
ヴィオが記入を始めても、ルナは固まったまま。
すると、受付嬢の視線が僅かに動いた。
「職務上、記憶にはありましたが……随分と古い呼称を使っておられるのですね」
「ふ る い」
突き刺された一言が鼓膜で反響する中、先ほどのヴィオの言葉が脳裏を過ぎった。
「……知ってましたね」
「字がズレたぞ」
腕を揺らされたヴィオが淡々と釘を刺すが、ルナはそれどころではなかった。
「いつですか」
「ギルドに入る前」
「どこですか」
「看板」
「何で教えてくれないんですか」
「お姉さんにどーんと任せたからな」
「……っ!」
ヴィオは書き上げた書類を受付嬢に渡し、空白の書類を悶えているルナに渡した。
「早く書け」
「ヴィオさんて、ホント……そういうとこだと思いますよ……」
ぶつぶつ言いながらも、ルナは書き上げた書類を渡した。
二枚共に目を通し、受付嬢が判子を押す。
「ルナ・メレスギル様、ヴィオ・ラグドラール様、不備はありませんでした」
台座から取り出したのは、小さな白い板。
材質は鉱石のようで、ネックレスとなっている。
一度裏返し、掘ってある文字を見せた。
「名前の刻印に間違いはございませんか?」
「あぁ」
「こちらが冒険者章、通称タグとなります。八等級、駆け出しです。おめでとうございます」
早速首からぶら下げたヴィオを、ルナはタグを握り締めたまま見上げた。
「ヴィオさん、名前……いいんですか?」
「お前がくれたんだろう」
霊峰でルナは言っていた。
名をくれた相手に、自分の名を返すのだと。
――ラグドラール。
タグから見える刻印が、ルナの顔を少し伏せさせた。
「……嬉しいです」
呟かれた言の葉は、その場の誰にも聞こえない。
ルナはただ一人、自分の中だけで反芻する。
貰った名が刻まれたタグを首から下げると、大事に懐にしまい込んだ。
「常に見えるようにお願い致します」
「あっ、え、すみません……」
直ぐに掘り出されたタグを見届けると、受付嬢は静かに頷いた。
「等級は八から一までの八段階。昇級審査は実績または推薦が主となります。パーティー・クランに加入予定はございますか?」
「ない。二人組でやる」
「かしこまりました。依頼はあちら、各募集はあちら、情報広報はあちらとなっております」
受付嬢が手で示した場所には、巨大な掲示板が吊るされていた。
どれも冒険者が輪になっており、貼ってある紙を剥がしては受付に持っていく。
「施設については、都度その場で係員にお聞き下さい」
「承知した」
「最後に、冒険者同士の勝手な諍いも、場合によっては厳罰が定められております。都市内での破壊行為、住民等への殺傷行為は有無を問いません」
「……申告すれば良いのか」
「状況と内容によります。何か御質問はございますか?」
手際のよい説明を受け、二人は静かに頷いた。
「ない」
「ありがとうございました」
「ようこそ。ギルド都市リザディアへ」
受付嬢の完璧なお辞儀に見送られ、二人は列を離れた。
誰とは言わず、それとなく視線が注がれる。
新たに生まれた駆け出しを、牽制しているのだろう。
(分かりやすい。こういう所はどこも変わらんな)
黒禍に属する前から浴びて来た視線に、懐かしささえ覚える。
長居は無用と、ルナを促したその時。
「兄ちゃん、ちょいと待てよ」
人波を掻き分け、二人の前に男が立ちはだかった。
全身を鎧で固めた巨漢で、使い込まれた二本の大槌を腰に差している。
タグの色は緑、五等級だ。
「ヴィオさん、これ絡まれてますか?」
「と言うより、新米の洗礼だな」
「はぁ〜、そういうものですか」
ヴィオは軽い溜息を吐き、ルナは小首を傾げる。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ。俺が格安で手解きしてやるからよ。面貸せや」
「不要だ」
歩き去ろうとするヴィオを、強靭な腕が遮った。
大きな舌打ちが聞こえると、金と銀の双眸がゆっくりと巨漢に向かう。
「――ルナ、見てろ」
「え?」
瞬間、乾いた音が僅かに響いた。
「行くぞ。依頼を受ける前に、装備を整える」
「えっ、あれ?」
「害があれば潰す。それ以外は流す……流し方も色々あるという事だ」
「……あぁ。ヴィオさんも容赦ないですね」
二人が玄関を出て行った数秒後、ギルド内がざわつき始める。
騒ぎを聞き付けた受付嬢と主任がやって来ると、巨漢が膝から崩れ落ちた。
「これは……!」
これ以上ない程正確に、確実に――顎を打ち抜かれて気絶していた。
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