14話 外套
「あまり変わり映えしませんね」
夕暮れに染まる森の中、ヴィオの半歩前をルナが歩く。
生い茂る緑、時折目に入る倒木、捻じ曲がった木の根。
異様な空気を除いた霊峰と大差ない風景に、ルナは少し拍子抜けしていた。
「油断するな」
「は〜い……あっ、気分転換に海の異形について聞きたくないですか?」
漆黒の一房を揺らし、ルナが後ろを振り返る。
枝先や茂みの影から視線を戻し、ヴィオは軽く頷いた。
「半蛇や大海蛇は、魔獣と呼ばれる生物です。体に魔素も流れてましたし、間違いないと思います」
「冒険譚に書いてあったのか?」
「はい。しかもですねぇ……魔獣がいるとなれば、新大陸には私達に最適な仕事が――あっ!」
含みのある笑みを浮かべていたルナが、ヴィオの後方の大木を指差した。
見ると、枝の先に緑色の果実が実っている。
「《蒼き風の羽衣》」
蒼い風を羽衣のように纏い、ルナがふわりと飛翔する。
「見た事ない種類ですね。食べられるのかな?」
ルナが果実を指でつつく傍ら、ヴィオは改めて木々を見渡した。
(あれは齧られていない。やはり、いるな)
咀嚼跡があるもの、実が成っている間隔。
概ね、方向は合っているようだ。
「ルナ、前方に何か見えるか?」
「ちょっと待ってくださいね……高台、低い崖が見えます。ここから、もう少し歩いたところですね」
「そうか」
ヴィオの横に舞い降りたルナが、小首を傾げて顔を覗き込んできた。
「どうした」
「魔法が使える私がいて、よかったですね」
「あぁ」
「魔素も十分にありますし、私を捨てていく選択はなくなりましたね」
「あぁ」
「……ふふっ」
僅かに口角を上げ、ゆっくりとヴィオの後ろへ浮かぶ。
「そこにいろ」
「え?……あぁ、成る程です」
ヴィオが巨刃剣に手をかけ、周囲を警戒している。
一拍遅れて、ルナもその正体に気が付いた。
「グルルル……!」
茂みの奥から、真っ黒な体毛を持つ狼が現れた。
額に鋭い一角を生やし、牙をギラつかせながら低く唸る。
「これも見た事ない種類ですね。うーん……【漆黒を体現せし猛る雄角持つ――」
「角狼でいいだろ」
瞬間、飛びかかって来た狼の首が地面に転がる。
巨刃剣を翻すと、残りの角狼が後退った。
ヴィオが一度地面を踏みつけると、脱兎の如く姿を消した。
すると、巨刃剣を収めたヴィオが、徐に狼を木に吊し始めた。
「まだ名付け終わってないのに――何してるんですか?」
「血抜きだ。肉質が悪くない」
「え、頭斬っちゃったのにですか?」
「……」
ヴィオは無言で武器帯から小刀を取り出した。
腹を捌いて内臓を取り出し、そこだけは手際良く進めていく。
「解体は、慣れてますね」
横に浮かびながら、凝視してくる金と銀の視線が刺さる。
ルナはずっと霊峰で暮らしてきたが故に、狩猟能力が非常に高かった。
「……果実を幾つか取って来てくれ」
「はーい」
ルナを払った隙に、大まかに肉を切り分ける。
適当な葉で包み、腰にぶら下げた。
「見えた高台に向かう。案内してくれ」
「了解しました……ふふっ」
着地したルナに続いて、ヴィオも歩いて行く。
▽▼▽
暫く歩き、空が黄昏に染まる頃。
二人は高台の下に着いた。
苔むした岩肌の窪みを見つけ、ヴィオが枯れ木を置いていく。
「ここで休憩ですか?」
「野営だ。この先へは、明日動く」
ヴィオはさっと火を起こし、入り口の半分を塞ぐように巨刃剣を地面に突き立てた。
切り出した角狼の肉を火の上に吊し、枯れ木を焚べる。
「まだ少し日が出てますし、もうちょっと進めるんじゃないですか?」
「森の日の入りは、感覚よりずっと早い。直ぐに暗くなる」
「そうなんですね……樹海はずっと暗かったから、新鮮です」
焚き火を見つめる金と銀の双眸が、少しだけ細くなる。
ヴィオは肉を回し、浜辺で採っていた葉を絞る。
その様子を、ルナは興味深そうに見つめた。
「成る程。そういう使い道もあるんですね」
「海水で育った葉だからな。塩気程度にはなる」
「ヴィオさんて、意外と博識ですよね。傭兵というのは、皆そうなんですか?」
「大なり小なり、生きる為の知識は身に付けるものだ。全く気にせず戦いだけに注力するやつもいるが、俺の場合は……ただの受け売りだ」
白髪頭のニヤけた顔が過ぎると、ヴィオの眉根が僅かに寄った。
「なんか、すっごい嫌そうな顔してますけど」
「……そうか?」
「はい」
「そうか」
また肉を回し、裏面にも葉を絞る。
「ところで、新大陸には、恐らく文明がある。それも、向こうと変わらぬ程度には」
「冒険譚に記されてますからね。当然です」
「……お前、霊峰でどうやって獲物を見つけていた?」
「え? 風を張り巡らせて、それに引っ掛かったらズバッと」
それが普通じゃないんですか?と笑みを浮かべるルナを見て、ヴィオは小さく溜息を吐いた。
「森に入ってから果実があったな」
「はい。あ、これどうぞ」
ルナから果実を受け取り、小刀で半分に切っていく。
「魔獣が咀嚼した跡とは別に、もいでいった跡があった。地面には薄らと足跡もな」
「全然気付かなかったです」
また肉を回し、その上に果実を絞る。
酸味を含んだ爽やかな香りが弾け、食欲をそそった。
「いい匂いですね〜」
「咀嚼、収穫の跡が果実の毒性を否定した。狼の肉質も柔らかく、血にも毒は含まれていなかった。草木になんら変化がなかったからな」
「血抜き、ですね」
「……そうだ」
「ふふっ。となると……人が狩場として使っている可能性が高い、という事を痕跡から読んだわけですか」
「人かどうかは分からんがな」
頃合いとなったところで、ヴィオが肉を切り分ける。
新しい葉に乗せて、ルナに渡した。
「ありがとうございます」
「熱いぞ」
ほど良く焼き色の入った肉を一口噛んだ瞬間、濃厚な肉汁が溢れてくる。
柔らかさの中にも弾力があり、絞った果実が爽やかな後味となって鼻を抜けた。
「美味しい。狼肉とは思えないほど、脂も乗ってますね」
「臭みもないな」
舌鼓を打ちながら、柑橘系の果実は正解だったと小さく唸る。
程なくして、食事も終わり。
ヴィオは岩肌に背中を預け、片膝を立てて座り込む。
その側で横になったルナに、黒い外套が渡された。
「裏面を使え」
「ヴィオさん……ありがとうございます」
髪を解いたルナは、焚き火で輝く翠の双眸を見つめた。
最初の野営から、そうだった。
決して横になる事はなく、外套を渡してくれる。
綺麗に折り畳んで頭に敷いたルナから、小さく吐息が漏れた。
「もう寝ろ。明日は早いぞ」
「はい……でも、もう少しだけいいですか?」
ヴィオは外から視線を外さず、一つ頷いた。
「夜行性の獣に気を付けろ、囲まれないようにしろ、出入り口をせばめろ……でしたよね」
「あぁ」
霊峰にいた時は、こんな風にならなかった。
でも、この外套はいつもこうだ。
瞼をゆっくりと上下させながら、ルナは教えられてきた事を反芻する。
「加えて、初見の森だ。何がいるか分からん内は、夜は歩き回るべきじゃない」
「だから、ここを……選んだ、んです……」
「そうだ。それに――」
ヴィオは口を閉じると、帳が下りた森を見据えた。
小枝が弾ける音に、側から聞こえる落ち着いた寝息が混じる。
ルナは外套を指で掴みながら、微睡に落ちていた。
ヴィオは時折り枝を焚べながら、夜の火を守る。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク登録や、評価して下さると大変執筆の励みになります。
宜しければ、応援のほどお願い致します。




