13話 上陸
「シャァァァァ!」
巨体に似合わぬ疾さで、大海蛇の牙がヴィオに迫る。
瞬間、振り抜いた巨刃剣が正確に鼻先を弾いた。
捻りを加えた追撃の牙を、横一文字に薙いだ剣閃が再び弾く。
しなやかに、且つ強靭に。
角度を変えながら襲い来る大海蛇を、ヴィオは尽くいなした。
「キシャァァァ!」
「中々鋭い」
翠の双眸と赤眼が交差し、ヴィオが駆ける。
飛来した大海蛇の顎を刹那の間合いで躱し、剥き出しになった首へ巨刃剣を振り下ろした。
「足りないか」
重なり合った鱗の一つ一つが、頑丈な盾となり肉を断ち切らせない。
大海蛇が頭ごと体当たりして、ヴィオを弾き飛ばした。
空中で回転しながら帆柱を掴み、態勢を整えると、ルナが飛来した。
「ヴィオさんでも飛ばされたりするんですね」
「するだろ」
海に潜った大海蛇の影が消えていく中、ヴィオはハンター達に視線を向ける。
続々と乗り込んでくる魔獣達を相手に、見事な立ち回りを披露していた。
ヴィオと大海蛇の邪魔にならないよう、交戦範囲に魔獣を一切近付けない。
その中核を成していたのが蒼い風。
一団を膜で覆い、適所で吹く突風が魔獣の動きを止めていた。
「流石だな」
「魔素さえあれば、獣に遅れはとりませんよ」
「そうか」
旋回した大海蛇の影が、こちらに向かって速度を上げた。
「来るぞ」
「うーん、船に穴を開けられる事はないと思いますが、突進は別ですね。あの巨体でやられたら、ひっくり返っちゃいます」
「船の守りを捨てて、蛇に一点集中すればどうだ?」
「それなら、今の魔素量でも弾き返せます」
大海蛇、甲板とヴィオの視線が動く。
「では頼む。機を狙い、釣り上げるぞ」
「了解です」
ヴィオは下へ、ルナは甲板先端の方へ飛ぶ。
海を破る大海蛇が、更に速度を上げた。
畝る胴体が完全に水中に沈み、一本の槍と化す。
ルナは機を見計らい、両手を前に翳した。
「《蒼き疾風吹き荒び断つ》!」
大海蛇の突進が船に触れる刹那、蒼き疾風を集約させた壁が現れた。
地鳴りのような重い音が突き抜け、頭蓋に衝撃を受けた大海蛇は、堪らず首を伸ばして姿を見せた。
至る所に亀裂が入り、鱗が剥がれ落ちる。
赤眼に激情を燃やし、ルナに狙いを定めた。
「シャァァァァ!」
咆哮を轟かせ、連なった牙を鈍く光らせながら迫る。
だが、ルナは微笑みを浮かべ、弧を描く何かを見ていた。
「残念でした」
刹那、大気を断絶する風切り音が疾った。
「ギシャァァァァ!」
開いた顎の継ぎ目を横から斬られた。
大海蛇の口から血が溢れ出し、首がたたらを踏む。
直後、同じ音が胴体を襲った。
海に逃げようとする大海蛇――が、逃す訳がない。
背鰭を斬り飛ばし、鱗を突き抜けた巨刃剣が大海蛇を捉えた。
「戻って来い」
手に持った鎖を、ヴィオが力の限り引き寄せる。
大海蛇は体勢を崩し、甲板に引き摺り倒された。
直ぐさま巨刃剣を引き抜き、頭上で回転させる。
柄に鎖を巻き付けて射程と遠心力を強化した一撃が、仰向けになった首元に振り下ろされた。
逃げようとすればまた引き摺り倒し、確実に削っていく。
『その鎖どうしたんですか?』
ヴィオの間合いに入らないよう、ルナは上空から風を使って声を届ける。
「下の錨から千切った」
『ただでは帰ってきませんね、ホントに。そろそろですか?』
「あぁ。蛇が動いた時、片をつける」
ヴィオが上空に視線を送ると、ルナもしっかりと頷いた。
不能の効果範囲限界まで上昇し、魔素を練り上げる。
その間、ヴィオは回転で重さを増した斬撃を放ち続けた。
「――シャァァァァ!」
弧を描いて振り下ろされた一撃を、大海蛇が身を捻って躱した。
鎌首をもたげ、蛇行しながらヴィオに迫る。
最早、多少の被弾では止まらない。
決着を着ける為、大海蛇がヴィオの頭上を覆い尽くした。
「今だ」
刹那、黒い外套を風が撫でる。
『《蒼き暴風渦巻き昇る》!』
吹き荒れた蒼き暴風は竜巻と成り、大海蛇を呑み込んだ。
螺旋状に縛り上げ、その巨体を宙に浮かせる。
鱗がへし折られ、骨が軋み、全く身動き出来ない竜巻の檻。
帆柱を蹴って跳躍したヴィオが頭上で鎖を回すと、赤眼に恐怖が宿った。
「シャァ――」
落下してくる翠の双眸が、大海蛇を映した直後。
凄まじい風切り音と共に、遅れてやってきた巨刃剣が首筋に触れた。
鱗、肉、骨。
何も遮るものなどなかったかのように。
大海蛇の首が、甲板に落下した。
『私達が乗っている時に来るなんて、間が悪かったですね』
「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」
勝鬨が上がり、戦いの終わりを告げる。
だが、ヴィオが巨刃剣を後方に構えたその刹那。
濁った赤眼が動くと同時に、大海蛇の頭部が甲板を跳ねる。
「――見事だ」
一閃。
振り抜かれた巨刃剣が、頭部を縦に両断した。
左右に滑っていく巨大な肉塊が今、完全にその動きを止めた。
▽▼▽
戦いが終わった後。
帰還を目指すという査察船から小舟を貰い受けた二人は、
順調に海を渡る。
水平線の彼方に査察船が消えた頃、舟体が砂浜に乗り上げた。
「ヴィオさん、遂にやって来ましたね」
「あぁ」
重装と軽装の足が、白い大地を踏み締める。
「空気が美味しいですよ」
「そうか」
背中を伸ばし、ルナは大きく息を吸い込んだ。
ヴィオは指を開け閉めしながら、海面に視線を送る。
大海蛇と戦った地点は水平線の先で、今の水面は緑玉色に澄んでいた。
「何か異変を感じますか?」
「問題ない」
「やっぱり、ヴィオさんは変わってますね。向こうの人がこの濃度の魔素を吸ったら、普通動けませんよ?」
「そうか?」
「はい。息苦しくなって、巨岩を背負わされたように悶えます」
「そうか」
ルナが妖しげに頬を緩ませ、ヴィオは淡々と頷く。
そして、二人は眼前に広がる森を見据えた。
「行くぞ」
「はい」
今、新大陸へ足を踏み入れた。




