12話 挟撃
「ギャギャギャ!」
「背鰭がある奴に気を付けろ! 武器を持ってるぞ!」
頭上から振り下ろした斧を、背鰭を持つ個体が長剣で捌く。
怒号が轟き、裂かれた肉から赤と青の血が交差した。
剣戟の火花が散り、呻きと絶命の声が甲板を走る。
客室階層前では、ルナを背にヴィオが魔獣を屠っていた。
「これはまた、不可思議な獣ですね」
「そこにいろ」
ヴィオは刺し込まれた長剣の腹を蹴り上げ、軌道を強引に変えた。
弾かれた魔獣の腕をへし折るのと同時に、長剣を絡め取って喉元に突き刺す。
そのまま斬り上げて頭部を裂き、後方の一体へ長剣を投擲。
胸を貫通した刃は、魔獣の体ごと手摺に串刺しとなった。
ヴィオは体を反転させ、巨刃剣を眼前の一体へ振り下ろす。
縦に両断された魔獣が、左右に崩れ落ちた。
「きりがないですね。一掃しますか?」
「まだだ」
何体魔獣を屠っても次から次に現れる。
ハンターも相当数やられ、明らかに劣勢となっていたその時。
「流石は大商会。簡単には沈みませんね」
「……面倒だ」
甲板に強い衝撃が走り、船体が大きく傾いた。
船底から破砕音が轟き、足場を揺らす。
右舷へ滑っていく魔獣を尻目に、ヴィオはルナを抱えて帆柱を背にした。
態勢を整えているさなか、放送が入る。
「左舷船底座礁! 当該船員は直ちに復旧にかかれ!」
海水が船底に吸い込まれていく中、魔獣は既に戦線を立て直し始めていた。
このままでは水没か、全滅か。
打破するには、強力な一撃が必要だった。
「船を剥がす。七秒、耐えられるか?」
「他の人達の心配はいりません。やっちゃってください」
「任せた」
ヴィオが帆柱を駆け上がり、ルナは魔素の制御を始める。
一秒、二秒。
今、〈不能〉の効果範囲から抜け出た。
同時に、甲板全体を一陣の風が流れていく。
「なんだい、こりゃ……体が重くなったと思ったら、急に軽くなって」
全身を覆う蒼い風を見て、ハンターの一人が首を傾げる。
「俺達だけのようだ。見てみろ」
「どうなってんだい……」
指差した方向には、魔獣の姿があった。
喉元を抑え、甲板に突っ伏して悶えている。
すると、急転した状況を理解しきれぬ一団の耳元に、鈴のような声音が降ってきた。
『皆さん! 今すぐ左舷側に寄って何かに掴まってください!』
四秒、五秒。
突然の指示は、一団の時を止めた。
互いに顔を見合わせ、視線が交差する。
『早く!』
一秒の静寂。
瞬間、戦いを生業とする者達の本能が動いた。
一足で左舷まで滑り、力の限り何かを掴む――七秒。
「なんだぁぁ!?」
「……やるねぇ」
その刹那。
上空から迫り来る巨刃剣が、右舷寄りの甲板に突き刺さる。
船体が大きく傾き、岩礁を削った直後。
「ハンターの根性見せろぉ!」
「……とんでもない奴だ」
刺さった巨刃剣目掛けて、隕石の如くヴィオが飛来した。
柄を踏みつけた衝撃波が駆け抜け、爆音が轟くと同時に船体が浮き上がる。
殆ど横向きになった船底から岩が抜け落ち、一団の体が宙に浮かんだ。
瞬きの静止、そして。
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
ゆっくりと落ちた船体が水面に着水すると、歓声が巻き起こった。
魔獣が海に滑り落ちた甲板には、先ほどの大穴が開いている。
そこからヴィオが飛び出してくると、直ぐ横にルナが飛来した。
「飛べるのか」
胸を中心に、羽衣のように纏われた蒼い風。
体を包み込むそれは、背中で羽根のように広がっていた。
「これぐらい魔素が濃ければ、もっといけますよ」
体をふわりと浮かばせたまま、金と銀の双眸に揚々とした光を灯す。
「そうか」
「ヴィオさんも飛びたいですか?」
「別に」
「全然分かりません」
巨刃剣を構えるヴィオと、その後方で宙を飛ぶルナ。
蒼い風を纏ったハンター達は、腕や指を動かしながらその原因を見つめていた。
「この風のお陰だ、とは分かるけどねぇ。その前からいやに重たかったと思わないかい?」
「確かにそうだが、今は考えるべき時ではないな」
半人半蛇の魔獣は、一旦一掃された。
だが、このままで終わる筈がない。
「何かいますね」
「来るぞ」
誰とは言わず武器を構え、各々の得意とする陣形を成していく。
額に汗が流れ、吐息が漏れる。
渦を巻く水面の音が鼓膜を叩いた。
「あれを見ろ!」
一人が指差した先には、岩礁の間を蠢く影があった。
尋常ではない速度で泳ぎ、海を裂きながら飛沫を上げる。
時折覗く槍のような鰭が、半人半蛇は前座だと告げていた。
「あと何発残ってる」
「諸々守りながらと考えると、大きい魔法は……一、二発が限度です」
「十分だ」
影が肉迫する中、二人は視線を合わせた。
水柱が上がり、甲板に濁流が流れ込む。
ルナは効果範囲限界まで上昇し、ヴィオは右舷側へ駆けた。
「おいでなすったよぉ! 気合い入れなー!」
ハンター達は武器を構え、機を測り、神経を研ぎ澄ませる。
柱から海水が全て振り落とされたその時、現れたのは頑強な紫の鱗。
船を容易く貫かんばかりに肥大した、尾の先端だった。
「は……?」
乾いた声が漏れる。
その瞬間、後方から濁流の音が響いて来た。
「なっ――」
一拍遅れて振り返った一団の目に映ったのは、赤眼の大海蛇。
挟撃されたと理解した瞬間には、その巨体が視界を覆っていた。
連なる牙は大剣のように鋭く、開かれた顎は巨岩でさえ丸呑みにするだろう。
落ちてくる大海蛇の暗闇に、全ての者が釘付けになった瞬間。
「キシャァァァァ!」
その横面に巨刃剣が突き立てられた。
大海蛇は堪らず態勢を崩すが、直ぐに弧を描いて鎌首となる。
怒りを燃やした赤眼には、次の構えを取ったヴィオが映っていた。
「硬いな」
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