11話 襲撃
航海十三日目。
道中送られてくる情報によれば、大陸各地で騒動が起きていたが、七日目を境にピタリと止まった。
ギドルグは言葉どおり、仕事を全うしたようだ。
「……うーん! いい風」
朝焼けに照らされた甲板の先端で、ルナは日課の潮風を浴びていた。
その姿を視界に入れつつ、ヴィオは俄かに色が変わり始めた海を見据える。
(確実に体が重くなっている。魔素の影響か)
指を開け閉めしながら、感覚を確かめる。
昨日から明確に海域が変わり、薄い粘液に浸っているような違和感があった。
ルナの想定がほぼ証明された今、懸念すべき点は一つ。
(霊峰はたった四百年であの変容。悠久の時を流れる海ならば、どうなるか)
十中八九、蠍の比ではないだろう。
ヴィオが思案していると、ルナがこちらにやって来た。
「航行は順調そのものだそうで。予定より早く着きそうだと、船員の方が言ってましたよ」
「そうか」
大振りな漆黒の一房を揺らし、ルナが小首を傾げる。
金と銀の双眸を携える妖艶な微笑みは、絶世といって差し支えない。
ハンターや船員がルナを遠くから眺めるのも、もはや日課になっていた。
(だが、初日のおかげで面倒ごとはなかった。こればかりは、ルナに感謝しな――)
視線を落としてルナと目が合うと、ヴィオに新たな想定が生まれた。
「お前は身体エネルギーが視えると言ったな」
「はい。今も視えてますよ。静かで、分厚くて、奥深くに鎮座してますね」
「魔素を扱う者は、全て同様か?」
「精度に個人差はありますが、私が元々いた地域ではそうでした。魔素が視える、という点ですけどね」
「人間以外もか?」
「生物という意味で聞いているのなら、答えは同じです」
ヴィオは再び海へ視線を戻すと、小さく溜息を吐いた。
この船で魔素持ちはルナだけだが、完璧に抑えて漏れないようにしている。
だが、大気や海の魔素の流れを切って進む影があれば、野生の性なら容易に気付くだろう。
「これだけデカい船に、百を超える餌が乗っている。いい的だな」
「これ以前までの船が未帰還の理由も、概ねそれでしょうね」
「あぁ。情報屋の話では新大陸近辺までは位置情報が送られていたそうだ。それが突如途絶え、結果船は帰らない」
「海に潜む何かのしわざ。興味深いですね」
「面倒だ」
ヴィオが眉根を僅かに寄せながら、海へ視線を戻した。
恐らく戦闘は避けられない。
とは言っても、やる事は変わらない。
そう確認するように、ヴィオは首を一度鳴らした。
「いつでも準備はしておけ」
「魔素はまだまだ弱いですが、少しずつ補給出来てます。それなりにいけますよ」
「そうか」
「はい。何が来ても私の魔法で――」
意気込むルナの腹が鳴った。
「……先ずは朝ご飯の補給に行きましょう」
「あぁ」
気不味そうなルナの後に続いて、ヴィオも食堂へ向かった。
▽▼▽
査察船四階・個室――
朝食後、二人は最初に当てがわれていた部屋にいた。
床に座り込んで巨刃剣の手入れをするヴィオを眺めながら、ルナはベッドに頬杖を突いて横たわる。
「では、おさらいしますね」
「あぁ」
「魔法とは、魔素を最終的に性質変化させたものを言います。その媒介となるのが、詠唱文です」
海域が変わってから始まった魔法講義。
知識はあって困る事はないと、ヴィオから申し出た。
朝食後の食休みも兼ねたこの講義では、俄かに弾んだルナの声音が響く。
「大きな魔法を使う為には、大まかに二つ条件があります。覚えてますか?」
「魔素の量と詠唱文の小節数」
「正解でーす。魔法には属性があります。全て言えますか?」
「火土風雷水闇光」
「またまた正解でーす。他にも細かい区分はありますが、概ねその七つです。では、全属性の魔法を覚えられますか?」
「理論上は可能だが極めて非効率」
「大正解でーす。属性には適性がありまして、人それぞれ得意分野が違います」
淀みなく答えるヴィオに、ルナは満足気に頷く。
すると、鈍く光を放つ巨刃剣が気になった。
「そう言えば、ヴィオさんの剣て独特な造りをしてますよね?」
「そうか?」
「はい。真ん中に溝がありますし、切先が割れてますし」
「これは――」
「緊急! 緊急! 船員は各自持ち場へ着け! 査察団の皆様は甲板へ!」
けたたましい汽笛と共に、船内放送が繰り返される。
二人が窓の外を覗くと、水平線に大陸が姿を現していた。
海流が渦を巻き、飛び出た岩礁が行く手を阻んでいる。
装備を整え、ヴィオとルナは視線を合わせた。
「行くぞ」
「はい!」
▽▼▽
紫がかる海が激しく波打ち、船を大きく揺らす。
甲板に集まったハンター達は、皆一様に怪訝な顔をしていた。
「おい、どうなってんだ……?」
「分からん。くそっ! 体に纏わりつくこれはなんなんだよ」
空気の重さを肌で感じ、自然と武器に手が伸びる。
その様子を、少し離れた所でルナが見ていた。
「魔素がだいぶ濃いですね。ヴィオさんは大丈夫ですか?」
「あぁ」
答えながら、翠の双眸は海面に向けられていた。
波は荒いが、ただそれだけ。
何もなさ過ぎる。
ヴィオが静かに重心を落とし、巨刃剣の柄に手を掛けその瞬間。
「うわぁぁぁ!」
「落ち着け!」
海から水柱が幾つも立ち昇った。
船を容易く超える高さまで噴き上がり、轟音を響かせる。
ハンター達は武器を構え、頭上に目を凝らした。
ルナも水柱を見上げる。
「来ましたね」
「前を向け」
言うが先か、ヴィオが甲板を蹴り抜いた。
足型に木材が弾け割れ、巨躯が弾丸のように手摺に迫る。
既に抜かれた巨刃剣を体の後方から前方へ、横薙ぎに振り抜いた。
「ギッ」
胴元で両断された魔獣の体躯。
間髪入れず、ヴィオは倒れ伏す上半身の首を踏み潰した。
爬虫類に酷似した頭部が甲板を転がる。
蛇のような下半身を海に蹴り落とし、ヴィオは視線を走らせた。
直ぐにルナの位置を確認すると、次の一体へ剣を振るう。
「――俺達も行くぞ!」
「「「うおおおおお!!」」」
出遅れたハンター達も、一斉に動き出す。
甲板には、既に十数の魔獣が侵入していた。




